『────許される訳がないだろう』
『とう、さん……⁉︎』
それは〈列強選定〉の終盤。
九相霧黎との決着後に目にした白い男。
七年前に死亡したはずの元熾天使“剣”、六道伊吹の父親──アダマスがそこにいた。
『そもそも、わたし達は死んでいなかったとかぁ?』
『忘れたのか、伊吹。《破邪の剣》は元々誰の所有物だった?』
生きていたのはアダマスだけではない。
元熾天使“宝石”にして、六道伊吹の母親であるクリス。
元熾天使“聖杯”にして、《破邪の剣》に宿っていたグレイ。
黄金時代と呼ばれた熾天使の三騎が揃う。
『六界列強・第一位、アリス・アウターランド。彼女は既に転生している』
『────ボクの、せいなのか』
そして、それを上回る衝撃。
白色光に輝く童女の転生と、それに伴い粉々に砕け散った世界。
それら全てが折手メアのちょっとした思い付きの結果だという事実。
『第一位に勝つ未来は存在しない。世界の終わりは確定した』
『この世界は折手メアの終末摂理によって何度も繰り返されている』
『ならば、わざわざ抗って無駄な痛みを積み重ねるよりさっさと次へ行くべきだろう?』
アダマスはこの世界の可能性を諦めた。
ここから逆転して第一位に勝てるなどという世迷い言を切り捨てて、次の世界へ進むために世界を滅ぼす。他ならぬ、第一位の目を覚ます事によって。
そして。
そして。
そして。
そして。
そして。
そして。
「──《主人公補正》ッッッ‼︎‼︎‼︎」
それでも。
この世界は終わらなかった。
第四章 夢幻地獄エンドレスループ
End_Game.
「……第一位が目覚めない、か」
アダマスの声が虚しく響く。
第一位、アリス・アウターランドの目は開かない。
それどころか、白色光に輝く髪も徐々に宇宙を内包したようなオーロラ色に変化していく。
粉々に砕け散った世界さえも、元の形へ修復を始めていた。
「ボクをっ、六界列強・番外位を舐めるなよっ‼︎ 原作主人公を生かすための異能を拡張げれば、逆説的に世界さえ修復できる‼︎」
相当無理のある異能の行使だったのか、疲労によりその美貌を歪ませて折手メアは吠える。
サラサラだった銀の長髪は、土埃と脂汗でベトベトになっていた。
世界が壊れたら俺も死ぬ。
だから、俺を生かすために世界を救う。
彼女は《主人公補正》を用いて、そんな暴論を押し通した。
アダマスは溜息を吐く。
どうしようもない馬鹿を見たような顔で、冷たい目線で折手メアを睨む。
「────ああ、全く。予測通りだとも」
直後の事だった。
ゴッッッガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
惑星自体が揺れたと錯覚するような衝撃と爆風があった。
「君の異能による延命は既に想定していた。確率としては1%にも満たないモノだったがね」
「な、にが……」
「しかし、そんな低確率の世界線が実現しているという事は、それだけ多くの世界が犠牲になっているという事か。先程の第一位の覚醒で終わった世界線だって沢山あったのだろう」
「何が起こった⁉︎」
衝撃の正体は恐らく爆発。
何処かで起こった爆発の衝撃がこの場所にも伝わったのだろう。
近くには爆煙もきのこ雲も見えないため、爆心地は何処か分からない。──何処か分からないほど遠くの衝撃がここまで届いている事に恐怖を覚える。
「プランB」
アダマスが告げたのは短い一言。
惑星を揺るがす衝撃の正体について答える。
「言っただろう? 君達の行動は予測済み。であれば、その対応策も事前に用意しているに決まっているだろう? 皮肉な事に私は、世界の救い方よりも世界の終わらせ方を考える方が得意だったようでね」
淡々と、業務連絡のようにヤツは言う。
世界を救うために世界を終わらせるという矛盾を、機械のように冷たく実行する。
アダマスの後ろに佇むクリスとグレイは口を挟まない。その態度が、アダマスの兇行を容認している事を告げていた。
「今のは第三次世界大戦の始まりを告げる嚆矢。世界各地で核兵器を撃ち込み合った衝撃だ」
「っっっ⁉︎」
「わざわざ死にゆく人々を苦しめる趣味はないが、迅速な世界の終わりのためならば仕方ない。天命機関を率いる上層部──灰色の枢機卿は表舞台の権力者達。その社会構造自体を揺るがせば、灰色の枢機卿の動きは麻痺する」
天命機関の動きを鈍らせる。
そのためだけに、ヤツは世界大戦を引き起こす。
そして、陰謀はそれだけに留まらない。
「加えて、核が撃ち込まれたのは世界各地の《千年奈落》。番外位、君ならばその名を知っているな?」
「……天命機関が有する、転生者の収容施設。現在の技術じゃ殺害不可能と目された不死身達を封印して、未来まで収容し続ける脱獄不能の監獄!」
「天命機関の創設以来、二千年間溜まりに溜まった不死身の転生者共が解き放たれた。ヤツらは無秩序に暴れ、世界に災禍を撒き散らす。動きが麻痺した天使では対処は追い付かず、世界中で広がる惨劇は騒音となって第一位の覚醒を促進する」
耐えられたのはそこまでだった。
もはや本能がヤツを許さない。
自分でも自覚できない速度で、拳を握って叩きつけていた。
「──何度言わせる。予測通りだと」
「ぁッ、がァっ⁉︎」
メキメキメキメキィィッ‼︎ と。
振るった右手が掴まれ、桁外れの怪力によって握り潰される。
アダマスの指は俺の肉に食い込み、骨を直接へし折る。
「ごっっっ、がァァアアアああああああああああああああああああああああああああッ⁉︎⁉︎⁉︎」
「この世界は《主人公補正》によって延命した。裏を返せば、伊吹か番外位のどちらかが死ねばこの世界が終わる」
「ぐッ、誰かを犠牲にしないと世界が救えねぇのか⁉︎ なら最初ッから救わなくて良いだろうがッ、そんな世界‼︎ 代われッ、俺が滅ぼしてやる‼︎」
「ああ、クソ。教育を間違えた。それとも番外位の悪影響か? やはり度し難いな君は!」
「教育なんざしてもらってねぇよ! 椎菜の母さんに頭下げて養育費払えッ、クソ野郎が‼︎」
潰された右手が変形する。
俺が宿ったこの身はディートリヒが作り、クリスが産んだ《名前のない怪物》。どんな形にも変形する事ができる。
一瞬で圧縮された肉塊が、超高圧水斬撃のように解き放たれる。
ザグンッ‼︎ と。
斬撃によって血飛沫が舞う。
斬られたのは俺の腕の方だった。
「要請。担い手よ、当方の刃を使え」
「アダム。貴方の予測通りなのだとしても、防御をこちらに任せるのはやめてくれるかしらぁ。心臓に悪いわぁ……」
痛みすらなかった。
瞬きの内に、俺の右手は刈り取られていた。
《破邪の剣》。その黄金の刃で刻まれた聖痕は、如何なる手段を用いても治癒する事はできない。
「……世界ごと消え去る記憶なのだとしても、我が子が苦しむ姿は心が痛むわぁ。早く終わらせてあげましょう」
「不可能だ。今この場では六道伊吹は殺せない。番外位の異能、因果を捻じ曲げるそれは第一位クラスの存在でなければ対抗できない。いいや、今回の結果を見る限り、場合によっては第一位の干渉にさえ押し勝つ可能性がある」
無論、正面から戦えば勝つのは第一位であるが……とアダマスはぼやく。
その声に込められていたのは失望と諦観。凄まじい異能とそれに見合わない人格を持った少女に対する、憎しみにも似た感情だった。
気づけば、俺の右手は修復されていた。
恐らく、《主人公補正》の効果だろう。
改めて折手メアのデタラメさを認識する。隣にいるのは、一歩間違えれば──いや、一歩正しければ、第一位が転生しない未来を作り出せたかもしれない少女だ。
「ともあれ、仕切り直しだ。第一位が覚醒する場所にて再戦をしよう、伊吹。無論、諦めて世界の終わりを受け入れて貰っても構わないが……」
「そんな言葉に頷く世界線があるとでも?」
「……ああ、分かっている。そうなる確率は0%だと。だが、既に私は知っている。この世界が救われる可能性もまた0%なのだと」
「俺は知らねぇな。たとえこの後の世界を救うためなのだとしても、今ここにいる俺たちの世界を滅ぼしていい理由にはなんねぇだろうがッ!」
九九を救うために一を切り捨てるアダマス。
一の悲劇が許せなくて九九を殺す六道伊吹。
意見は何処まで行っても平行線だ。
あるいは、九相霧黎よりも相容れない。
世界を救うために罪を犯す正義の味方。
ああ、なんと言う美談。吐き気がする。
「今ここで来いよ。俺の目的はテメェの後ろにいる終末に用がある。テメェなんざ前哨戦でしかねぇんだよ」
「生憎と、私もまた君ではなく君が守る世界に用がある。ここで君を殺せない以上、君に構っている暇はない。見逃してやると言っているのが分からないのか?」
「逃げるって言えよ、臆病者。折手メアがそんなに怖いか? 予想外がそんなに恐ろしいか? テメェの予測した結末を覆すのに必要なのは、何よりも大きな予想外だろうが」
「折手メアに希望を託した結末が第一位の転生だった。私はもう曖昧な感情論には流されない。確率論に導かれた結末こそがこの世界を救う。……これ以上の対話に意味はないか」
アダマスは強引に会話を断ち切った。
諦観。そして使命感。
彼の目にはもう確率しか見えていない。
「この世界に残された制限時間は残り三六〇分。せいぜい足掻くと良い」
瞬間、消えた。
アダマスも、クリスも、グレイも。
第一位でさえも、周囲にはもういない。
先程までの会話が白昼夢だったのかと錯覚するような消失。しかし、夢ではない。
今なお続く惑星を揺るがす爆弾の衝撃が、新たな戦いの始まりを告げていた。