ポツーン、と。
金髪の少女が独り、街角に立っていた。
彼女は迷子のような不安げな表情を浮かべていた。
マトモな人間ならば必ず庇護欲を掻き立てられるような、そんな絵になる顔だった。
「まっ、マズイ……‼︎ こんな魔境で我が一人になるなど、死んでしまうぞォオオオオッ! 我を置いていくなどッ、霧黎はどういうつもりだァ⁉︎」
だが、それは見た目だけの話だ。
挑発に乗って吹き飛ばされた数秒前の自分を忘れたのか、ディートリンデは自分の自業自得を棚上げして叫ぶ。
(いや、しかしッ、本当にマズイであるぞ⁉︎ こんな所をもしも六道伊吹が通り掛かったら───)
───コツン、と。
静かになった街に足音が響く。
不意に鳴った音に反応して、顔を上げる。
そして、足音の主と目があった。
「あっ」
「あ?」
ディートリヒの顔が凍りつく。
喉が張り付いたみたいに声が出なくなる。
噂をすれば影。死神は呼び声に応える。
「オイッ、テメェは……‼︎」
(確かにこの世界の神様は散々冒涜してきたであるがッ、それにしたってこの仕打ちは無いであろォ……‼︎)
それはラスボスの宿敵。
それは
「なぁ、何で生きてやがるッ‼︎ ディートリヒ……‼︎」
「我の名はディートリンデである! そんな可愛くない名は捨てたァ‼︎」
ほとんど反射に近かった。
六道伊吹はディートリンデを視認した瞬間、既に《
「ごぼッ⁉︎」
「──《
二度目。
ギャリギャリギャリッ‼︎ と。
残機も友もいないディートリンデは死に絶え───
試行回数2
「手を出すのが早過ぎではないかァッ⁉︎」
ディートリンデは異能を持たない。
彼女の異能は全て栗栖椎菜に奪われた。
しかし、それは異能を使えない事と同義ではない。
例えば、天命機関が扱う“奇蹟”。
異能を持たない彼らは、それでも第四摂理を解き明かす事で異能と同じ力を手に入れた。
ディートリンデの使う時間遡行───《
異能ではなく、歪んだ物理法則を利用した自然現象。
天命機関が未だ理論すら完成させていないそれを、ディートリンデは
とは言っても、肉体ごと移動する事はできない。今のディートリンデにできるのはただ精神を過去に転写することだけだ。
(……いつまでもここにいたら、またヤツと鉢合わせかねんなァ。とっとと逃げ───)
「───よぉ、テメェが異能の反応源か?」
ひゅっ、と思わず息を呑む。
そうだ、そうだった。
クシャナから奪った記憶が反芻される。
この男の可能性は無限。未来もまた無限に分岐する。故に、時間遡行した所でヤツの動向など読めるはずがない。
「あ? この世界観は──」
「
先手必勝。
今度はバレる前に殺す。
魔法───ではない。
ディートリンデはもう異能を持たない。
それは“
「……“奇蹟”は俺の世界観には通用しねぇよ」
「だったらッ、物理攻撃で死ぬのである‼︎」
見せかけだけは同じでも、ただの自然現象である“奇蹟”と異能である魔法では大きな違いがある。
“奇蹟”は世界観を貫通する効力を持たない。魔法が存在しない世界観を持つ相手には、“奇蹟”は通用しない。
そんな事は知っている。六道伊吹に“奇蹟”が通用しないなど、ディートリンデは原作知識から熟知している。
故に、物理攻撃。
転生者と天命機関の戦闘で破壊された床や建物、その瓦礫を“奇蹟”によって浮かせて放つ。
“奇蹟”そのものが効かずとも、その副産物である高速の瓦礫は六道伊吹を容易く粉砕する。
…………はずだった。
「ほらよっと」
「…………は? 貴様ッ、何を───」
人並外れた体幹、早過ぎる決断力、信じられない度胸。もはや、ディートリンデは笑うしかなかった。
ゴキャッ‼︎ と、六道伊吹の手がディートリンデの頭を地面に沈める。
同時に喉を押さえつけられ、呼吸をすることも声を出すことも出来なくなった。
そして、マウントを取った状態で六道伊吹は告げる。
「
「ッッッ⁉︎」
声の出ない驚愕。
うつ伏せになっているため、六道伊吹がどんな顔をしてその言葉を吐いているのか分からない。
それが一層、不安を煽る。
「クシャナの《
「ぁ……ッ」
「だが、テメェは俺と出会わないほど前には戻らなかった。加えて、今もそれを使わない。だったら簡単だ。
(まだ二周目であるぞォ⁉︎ なぜ分かるッ⁉︎)
六道伊吹の言う通りだった。
ディートリンデの《
故に、肉体から解き放たれて魂が輪廻に還るまでの一瞬しか使用する事ができない。過去に戻れる時間制限もその一瞬のみの行使による制限だ。
マズイマズイマズイ……‼︎ と、ディートリンデは焦りながら思考を巡らせる。
必死に身を捩って抜け出そうともがくが、六道伊吹の手は尋常では無い怪力でディートリンデを圧迫する。
六道伊吹が頭を押さえつけたまま動かないのは時間遡行しても押さえつけたままにするため。
詰みループはダメだ。
たった数十秒間全力で少女を抑え続ければいいだけの六道伊吹とは違って、ディートリンデは幾千幾万と無意味な死を繰り返すだけになってしまう。
そんなの、無理だ。詰みループから抜け出すよりも先に、心が諦めて異能の発動を止めてしまう。
(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎)
声なき声でディートリンデは叫んだ。
それは魔法と呼ぶには稚拙な、ただ魔力を撒き散らすだけの原始的な魔法。
狙いも加減も効かず、暴発のようの形で魔力が放出される。六道伊吹には傷ひとつ付かない。
「チッ、しくじった……‼︎」
暴発した魔法は内側から破裂し、ディートリンデの心臓を破壊───
試行回数3
魔王からは逃げられない。六道伊吹と
試行回数4
魔王からは逃げられない。六道伊吹と
試行回数5
全然関係のない第三位の異能に殺害される。
試行回数6
魔王からは逃げられない。六道伊吹と
試行回数7
第三位の異能に殺害されかけるも、六道伊吹の介入により九死に一生を得る。その後、正体がバレて殺害される。
試行回数8
ディートリンデはもはやヤケクソだった。
「たっ、助けて……‼︎」
「あ?」
一人の少女の叫び声が六道伊吹の耳に届く。
その声の主は十二歳くらいの金髪の美少女だった。
パタパタと少女は薄いサンダルでアスファルトの上を駆け、
「何だあれ? 第三位の異能か?」
「たすけてぇぇえええええええッ‼︎」
「走りながら叫ぶなんて、よく息が保つな……」
ガガガガガガガガッ‼︎ と。
兵器の車輪がアスファルトを砕いて進む。
それは三メートルくらいの運転席の無い戦車のような兵器だった。
自律型致死兵器とでも呼べば良いのか。
現代の科学技術でも再現できそうなそれ。
しかし、確かにそれは異能の反応を発していた。
「ほんとにッ、死ぬ……‼︎」
キュイーン、と戦車が少女に狙いを付ける。
戦車の
その瞬間、六道伊吹の手が伸びた。
「おらよ」
二度目。
《
ゼェハァ、ゼェハァ、と。
金髪の少女は荒い息で地面に倒れ込む。
尻餅をついて、汗ばんだ髪をかき上げてこちらを見る。
「あっ、ありが───」
「
「───がッ⁉︎」
少女の鼻の骨が折れる音が響く。
軽い身体は吹っ飛び、少女は頭から地面に落ちた。
「なっ、なんッ⁉︎」
「ドブ臭えよ、テメェ。わざわざか弱い少女みてぇな演出をしやがって。最初っから演技だろ? こっちを利用してやろうって魂胆が見え見えなんだよクソが」
「ごっ、ぎッ⁉︎」
六道伊吹は痛みに寝そべる少女の
全体重を乗せて、肋骨にヒビが入る程に全力で。
「わがっ、こえにいッ⁉︎ ……ぁッ」
「何するつもりかは知らねぇが、やらせると思うか?」
ディートリンデの反撃も虚しく、六道伊吹の攻撃の方が早い。彼に容赦はなかった。
救いは、第三位の異能に紛れてこちらの時間遡行特有の気配には気づかなかった事か。
《
「取り入る相手を間違えたな、転生者」
ドシャッ‼︎ と、小さな頭が潰れる。
脳漿が撒き散らされ───
試行回数9
無理。
試行回数10
無理に決まっているのである。
試行回数11
何故ッ、何故我なのだ⁉︎ 何故ッ、我がこんな目に遭う⁉︎
試行回数12
やめろッ! やめろやめろやめろやめろッ‼︎ やめて……っ‼︎
死んだ。
死んだ。
死んだ。
死んだ。
死んだ。
逃げても死んだ。
命乞いをしても死んだ。
立ち向かっても死んだ。
死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。
試行回数■■■■
「《
二度目。
トンッ、と六道伊吹の手が胸を叩く。
見たことの無い異能を撃ち込まれる。
それはどの周でも見たことのないモノ。
それは次の周へなんて行かせないモノ。
「ディートリヒ。テメェが無限に重ねた《
「…………………………、」
「だが、これで二度目の生還だ。テメェには《
六道伊吹は勘違いをしていた。
今のディートリンデは容易く死ぬ。
死ぬ前に魂を破壊されるか、或いは死後に異能を無効化されるだけでも、いとも簡単に。
だが、勘違いを指摘しても意味はない。
そもそも、その一撃はディートリンデを殺害できるのだから。
「“
「──────」
《
もう過去には戻れない。今度の今度こそ、ディートリンデに次の人生はない。
自身の未来が
────だが、
「………………
ディートリンデはそう言って諦めた。
彼女の心はもう限界だった。
クシャナですら発狂した無限
それはあのディートリンデすらも匙を投げたくなるような無茶苦茶だった。
元より、ディートリンデは人生を謳歌したいだけの怪物だ。
人生が楽しいから生きたい。ただ、それだけで数百年の時を重ねてきた
それは言い換えれば、苦しい人生なら簡単に死を選ぶということ。生きたい時に生き、死にたい時に死ぬ。ディートリンデはそういう人間だ。
ザンッ‼︎ と、黄金の剣が振るわれる。
刃がディートリンデを断ち、血をブチまける。
いつかの戦いを再現するかのように。
ディートリンデはそれを抱き締めるかのように受け止め──
──
「オイオイ、ちょっと諦めるみたいな雰囲気出してたじゃねぇか。何頑張っちゃってんだよ、ディートリヒッ‼︎」
「我、の…………」
「あ?」
「
確かに、諦めた。
確かに、一度は死を受け入れた。
でも、だけど。
それだけで、生きようと思えたのだ。
数秒前までは死にたかった。
だけど、今は死にたくない。
ただそれだけのことが、ディートリンデの命を救った。
「我は、間違っていたのである」
「間違いだらけだろ、テメェは‼︎」
「我はもう独りではない。独りで貴様に勝つ必要も、独りで貴様から逃げる必要もないッ‼︎」
「……?」
六道伊吹は眉を顰めて首を捻る。
ディートリンデの発言の意味が分からなかったから。
だが、彼女はその行動を逆に嗤った。
「
「ッッッッッッ‼︎‼︎‼︎」
反射的に、六道伊吹に怒りが込み上げる。
だけど、六道伊吹自身がその怒りを理解できない。
その、一瞬の逡巡。
本来の六道伊吹であれば生まれないはずの隙。
それを活用にして、彼女は叫んだ。
「
馬鹿みたいな他力本願。
それはまるでヒーローに助けを乞うヒロインの姿にも見えた。
「……はッ。馬鹿か、そんなご都合主義が今更起こる訳が──」
「──
「テメェッ、は……⁉︎」
「
端的に、霧黎は言った。
いつも通り、まるでバイト先で先輩と会ったみたいなテンションで。
九相霧黎は何処までも普通だった。殺し合いという異常な状況では返って不自然さが浮き彫りになるほどに、彼は普通の男子高校生の真似をした。
しかし、六道伊吹はそんな言葉は聞いていなかった。
彼が注目するのは少年の手にある
「あり、得ない」
「何が?」
「そのパイルバンカーはッ、ブレンダ先輩のものだろ⁉︎ あの人がそう簡単にやられる訳が……‼︎」
「簡単ではなかったよ。
ダンッ‼︎ と六道伊吹の身体が動いた。
怒りが脳を突き抜け、九相霧黎の目の前へ足が大きく踏み込む。
だが、それよりも早く。
九相霧黎はディートリンデを抱き抱えてこう言った。
「────《
ガバッ‼︎ と、地面に大穴が開く。
いや、厳密には異なる。穴を開けたのではなく、
しかも、六道伊吹が異能を無効化できないように、表面だけは通常の地面を残したまま器用に。
「そのッ、異能は……‼︎」
「すまないね、センパイ。あなたと正面から戦うつもりはない。当たり前の物理法則に埋もれて死ね」
落ちる、落ちる、落ちる。
単純な落とし穴。この高さから底まで落ちれば、人体は衝撃に耐えきれない。その上、落とし穴を作るのは異能でも、できた穴自体は異能じゃない。
最期に。
頭上にいる二人に手を伸ばしながら。
無意識に、彼はこう呟いていた。
「…………
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
etc
▽転生者
六道伊吹
“奴隷”
“冥府送り”
“
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ