ワンダリング・ウィール2

 調査局に関わることは多かったが、本部に足を踏み入れたのは数回だ。クエルにとって慣れない場所である。

 お役所とは思えないシンプルでモダンな建物の中を歩く。知らない局員ばかりで、改めてこの組織は以前より大きくなっているのだと感じる。

「あ、あの」

 クエルは、前を歩くセーブル調査官に話しかけた。

「はい、なんです~?」

「グレイスさんやルーシーは?」

「グレイスちゃんもルーシーちゃんも、そろってサンフランシスコに出張中です~。羨ましいですね~」

「じゃあシェイウッド調査官は……」

「シェリーちゃんはフロリダですね~」

 クエルの知り合いの調査官たちは誰もいないらしい。かといって、他の知り合いとして局長を呼びつけるのはさすがに気が引ける。組織のトップであるばかりか、彼女は超存在なのだ。

 超存在といえば、クエルの身近にはシリウスがいる。今回の件ではシリウスにも頼りたくない。

 人間の問題はできるだけ人間で解決すべきだからだ。そういう意味でも、すぐ局長に泣きつくことはできない。

『現実干渉波動を検知。第二即応分隊、出動せよ!』

 館内放送が響き、何人かの隊員がアーマースーツを着用してクエルの横を通り過ぎていった。裏手のヘリポートに向かったようだ。

「わあ……」

 クエルは知っている。あの全身鎧は手甲型の端末から一瞬で着用できる優れもので、簡単な宇宙服の機能まであるということを。

 LD犯罪が広域化したことに対抗し、装備がグレードアップしている。超存在メテオがもたらした恩恵の一つで、かつてそれが使われていた場所をクエルは知っている。

「すごいですよね~。ありがたいことです~」

 クエルの目線に気づき、セーブル調査官が言った。ここでは比較的新参の彼女にも局の装備は真新しいらしい。

「でも、これくらいは必要なんです。LDは本当に本当に危険なので~」

 背中を向けたままセーブルが言った。表情は見えないが、なんだか実感がこもった言葉に聞こえた。

「ええ……そうですね」

 クエルは思い出す。地球全体を危機に陥らせた数々の事件を。

 だが、超存在の働きで世界は守られてきた。安定に向かっている。これも、メテオの根幹だったレムリア世界での経験の通りだ。

 レムリア。メテオの出身のクラスターコアで、人類の指標となりえるものだ。

 そこでは深淵に似た存在の出現で文明が一度リセットされ、人類は黒耀星という何もない惑星の開拓から再スタートしなければならなかった。

 黒耀星は、この太陽系でいう火星の位置にある惑星だった。地球以外の惑星の開拓は壮大な計画だっただろう。ブロッサムアースでは探査機を送ることさえ成功していない。だがレムリアアースでは実を結び、地球以上に幸福度の高い社会を築くことができた。

 レムリアには、調査局局長の柩の祖先となる人造人間たちがいた。旧文明で生み出された彼女らは道具のように使われていたが、黒耀星の最初の開拓を行って人類を導いた。

 そのおかげで、人造人間たちは天使と呼ばれ崇められたという。柩はその末裔というわけだ。

 未開の惑星の居住環境は過酷だったかもしれないが、残酷な境遇にいた人造人間たちにとって黒耀星は精神的な救済の地の意味があった。レムリアの後期の歴史は、およそ理想的といえるものだった。

 過去の失敗に学び、テクノロジーで問題を解決していったからだ。黒耀星以降のレムリア史に悲惨な争いはなかった。技術者の端くれであるクエルにとって、その歴史は望ましく見えた。

 だから調査局は信用できるのだ。柩は何を考えているかわからない超存在だが、レムリアから続く信念が彼女の中に存在している。

「存在する価値がないほど世界が悲惨にならないように、私たちは存在することにしたんだ」

 思い出す。東京である人物から聞いたその言葉を。

 その人は、クエルにレムリア史を教えてくれた人。東京事件で都内のアパートで過ごした時、クエルは掃除用ロボットに憑依したとあるメテオのエージェントと数日一緒に過ごした。

 次の戦場であるカナレイカに移動するまでの短い間だった。そのエージェントは本当にいろいろなことを知っていた。

 そして、見せてもらった。メテオコアの中にある巨大な構造物、世界救済の拠点。意識に情報を流し込まれ、クエルは人知を超えた星の船を知った。

 全長二キロにも及ぶ星間調査船オウミⅣ。アーマースーツの姿をした数万のロボット兵と、それを統率する数百人に満たない人間。あの空間に収録された数々の世界を安定化させるため、メテオは今も手を尽くしている。

 収録した世界を数値的に調整し、時には武装したスタッフや兵士がその世界の中にダイヴして修正を行う。クエルは思い出す。アーマースーツで収録世界に向かうエージェントや、そのための機材をメンテナンスするスタッフの姿を。

「なんで、私なんかにあんなものを……?」

 最新の機器が並ぶ局の中、クエルはつぶやいた。

 あのエージェントは一体、何を思ってクエルに情報を明かしたのか。

 くだらないこともたくさん話したので、深い意味はないのか。あの掴みどころのない声を最近もどこかで聞いた気がするが、どこだっただろうか。

 もう連絡がつかず、意図はわからないままだ。しかしクエルは、どんな使い走りでもいいからオウミの中で仕事につきたいと思うようになっていた。

 クエルはまだ知らない。オウミで仕事につく前に、自分が人類で初めて火星に足跡をつける者になるということを。

 あちこち見ながら歩いていると調査部のオフィスについた。セーブルがゆったり話し始める。

「局に泊まってもらうことになりますけど、待遇はホテル級ですよ~。その前にちょっとだけ、私に取り調べさせてくださいね~」

 壮大な夢を見る前に現実の問題だ。セーブル調査官は今回の件の担当であるらしい。

 オフィスに入る。壁や扉はなく、透明な仕切りで区切られた開放感のある空間だ。

 思ったよりずっと整然としていた。調査官たちは皆、机に向き合って事務仕事をしている。

「結構地味なんですよ~、調査官のお仕事って」

「はあ、意外です」

「書類仕事が九割以上で、私は事務方に近いですかね~」

 本人が言う通り、セーブル調査官はあまり荒事に強そうには見えなかった。実際、調査局の役割を考えると普通の事務員が数多く必要なのはわかる。

 LD法に基づいて調査をするのが調査局の仕事である。流行の情報素子を扱う会社のほとんどは合法で、承認調査を依頼されるという仕事が大半だそうだ。

 踏み込んで執行しなければならないような仕事は一部の調査官のみが担当している。連邦捜査局や他の警察機関、軍から引き抜かれた者による少数の執行担当だ。

 そちらも数が増えたそうだが事務員ほどではない。加えて、今では一般の警察もLD事件の捜査ができる。クエルの家に来た市警の刑事たちも同じである。

「先輩たちはいないですが、はやく解決できるようにがんばります~」

 どうも頼りないセーブル調査官はそう言って、クエルを面談ブースへと招いた。

 面談ブース、ようするに取調室だ。小綺麗な部屋にデスクが置かれている。ちょっとだけ緊張してしまう。

 怖気付いていてはいけない。調査局がクエルの身柄を占有できるのは二日間のみだ。長い時間とは言えない。その間に今回の件が解決できなければ、調査局と市警の関係が悪化してしまうかもしれない。

 クエルが原因でそんなことになってほしくない。協力を惜しむつもりはない。

 しかし、そういえばクエルは事件について何も聞いていない。セーブル調査官はどうも反応が鈍く、局までの車中でも全然話ができなかった。天気がいいということを十秒おきくらいに話していただけだ。

 セーブルは一つのファイルを出してきて中のものをデスクに広げた。そこには、近所の風景が映された写真がいくつもあった。

「最近、あの近くに暴走族がいるのは知ってますよね~?」

 セーブルは言った。そういえば最近、そんな噂をよく聞く。

 珍しいものではない。暴走族バイカーギャングは、違法合法問わずストリートレースやツーリングを取り仕切る集団のことだ。

 合衆国においては戦場帰りの荒くれ者が組織した歴史があり、中には五十年近く抗争を続けるようなチームもある。そう聞くとまるでマフィアのようだが、実際に窃盗や殺人、麻薬売買などに関与したケースもあったほどだ。その逆で、ギャングとは呼べないようなまともな互助会も存在しているらしい。

「今回のはそういう伝統的なバイク乗りさんではなくて、のりものを犯罪の道具にした集団という感じですね~」

 セーブルはそう説明し、改造されたバイクや自動車の写真を見せてくれた。

 バイクや車は専門外のクエルでも、改造車を趣味にしている知り合いのものを見たことはある。しかし、写真のものはそれらとは全く違っていた。

「ブラックウィドウ、という名前のチームです。怖いですね~」

 写真にはステルス戦闘機のように角張ったカウルのバイクが写っていた。チーム名の通り、どれも黒い塗装で統一されている。

 車高が高い。オンロード車に走破性を高める改良を施す「スクランブラー」というストリートカスタムに似ている。

 異様なのは、後席など不要なものを全てとっぱらいナンバープレートさえ外してしまっていることだ。ただの暴走行為が目的でないことは明らかであった。

 犯罪を行うのに特化した改造。そのように見えた。

 集団の噂だけは聞いていたが、使っている車両は初めて見た。そして、なぜクエルが呼ばれたのか少しわかった気がした。

「……これを、私が作ったと疑われてます?」

 クエルは言った。このような特殊な改造はバイクのカスタムのセオリーではない。そこで、近所にいる風変わりなメカニックであるクエルに目をつけたのか。

「市警の人たちはそう考えていますね~」

「ど、どうして」

 クエルは上ずった声を出してしまう。確かにクエルなら特殊な改造バイクを作れるかもしれないが、それだけで市警に尋問される筋合いはない。

「そこが問題ですよね~。したっぱを捕まえて押収した端末に、クエルちゃんの名前や連作先があったっていうんです」

 セーブルは言い、クエルはぞっとした。

 クエルはこんなバイク集団を知らない。心当たりすら全くない。それなのに、そいつらの中に自分の名前が出て連絡先まで知られている。

 どうなっているのだ。クエルは強い恐怖を感じた。

「市警の人たちはずいぶん失敗をしているらしいです。だから焦っちゃったんでしょうね~」

 セーブルはさらに事情を説明してくれた。

「……焦っただけじゃないかも」

 クエルはLDに関わっている。警察はそれを知っているはずだ。

 今のような贖罪の旅を始める前、クエルは自白が目的で警察に出頭したことがある。その時は証拠不十分で釈放だったが、クエルはLD犯罪の有力候補として記録されているのだろう。

 その上で名前が出れば疑われて当然だ。警察がクエルを疑う理由はわかったが、わからないことがまだある。

「なんで……こいつらは私を知っているんだ?」

 改めて写真を見てみる。どんな集団なのか。

 皆、変わったイレズミをしている。直線的な模様、蜘蛛の巣のようにもバーコードのようにも見える放射状の模様を腕や足などに刻んでいる。

「今はこういうのが流行ってんのかな?」

 よくわからない趣味だ。組織のマークかと思ったが、イレズミはそれぞれで微妙に模様が違っていた。

 写真を見ていく。構成員が写っているが、やはり誰も知らない。

 だが最後の写真、改造バイクにまたがった若い女の子のライダーを見た時だけ妙な感覚になった。

 なのでよく見てみたが、やっぱり知り合いじゃない。こんな子に会ったことはないはずだ。

「大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげますよ~」

 不安を感じるクエルに対し、セーブルはそう言って微笑んだ。

 安心するような、本当にこの人で大丈夫かと心配になるような。複雑な気持ちだ。



 待遇はホテル級と聞いていたように、本部の中にある宿泊用の部屋はとても快適だった。

 十分な広さがあり、クエルが泊まったこともないような上品な部屋だった。国賓を招いても失礼にならなそうだ。

 セーブル調査官は少々の情報を明かしてくれ、あとは何も言わずクエルをここに案内した。鍵もかかっていなければ監視もない。

 思い出すと、ほんのひとことでもクエルに対して質問らしい質問をしてこなかった。あれでは事件の概要を説明しただけだ。

 全く疑っておらず、事情がわからないクエルに気を使ってくれただけだった。ぼんやりしているようで、もしかすると気が使える人なのか。

「暴走族か……」

 クエルはつぶやく。人生で全く関わったことのない人々だ。

 整備士だった頃は身近にバイカーがいて、改造バイクを近くで見たことはある。しかし、クエルはジャンクの電子機器をいじっているようなオタクだ。バイクの世界には入っていけなかった。

 同僚のマークやフレッドのような陽気な整備士ならそういった趣味を持てたのだろうか。そういえば、フレッドはプライベートで車をいじっていると言っていた気がする。

「フレッド……?」

 その名を思い出して、クエルは部屋に置かれたファイルを慌てて開いた。

 写真を見ていく。そして、探していた一枚を見つける。

 腕に蜘蛛の巣のようなイレズミをした女の子のライダーが写っている一枚。ぜんぜん知らない、会ったことのない子である。

 なぜか気になった写真だ。女の子の顔を見る。気が強そうなその顔は誰かに似ていると気づいた。

 整備士仲間の一人であるマークの親族には先ごろ会うことができたが、フレッドの遺族には会えなかった。フレッドは養護施設の出身で、その養護施設はつぶれていて追跡できなかったのだ。

 他にフレッドにつながる情報は見つけられなかった。クエルはそれでも諦めず、施設周辺の住民や出入りしていた業者に聞き込みを行った。

 わかったのはひとつだけ。施設にはフレッドの実の妹もいた、ということだけであった。その妹がどこにいるのかまではつきとめられなかった。

「まさか」

 その時、部屋の外から大きな音が聞こえた。

 窓に駆け寄って外を見た。すると、本部の敷地の外の道路に真っ黒なバイクがいるのが見えた。

 ヘルメットごしで、ライダーの顔は見えない。こちらを見ているようだ。

 独特の改造バイクでわかる。あれは写真に写っていた女の子だと。

 黒いバイクはエンジン音をたてて走っていった。クエルは思わず窓から身を乗り出した。

「待って!」

 声が届くはずがない。クエルは部屋を飛び出て、一階から外に駆け出した。

 バイクの音がする。大通りをまっすぐ遠ざかっていく。クエルは周囲を見たが、局員は誰もいない。

 呼びに行っている間に見失いそうだ。逃したくない。あのライダーは重要参考人で、クエルが個人的に会うべき相手だ。

 しかし、ずらりと並んだ捜査車両はメテオの技術の産物だ。局員がいなくては容易に手が出せない。どうすればいいのか。

 その時、駐車場の隅に他の車両を見つけた。

「ルーシーのバンディットか!」

 それは友達であるルーシーのバイクだった。リッタークラスのネイキッドタイプで、メタリックなディープブルーの塗装が捜査車両とは一線を画している。

 前に乗っていたバイクを分隊の後輩に譲り、最近出た新型を買ったのだとルーシーが言っていた。バイクとおそろいの青に白いレーシングストライプが入ったヘルメットまである。

 まだぴかぴかだ。休暇にはこれで同僚と出かけたいと言っていたが、仕事が忙しくてほとんど乗れていないらしい。

「ごめんルーシー!」

 クエルはイグニッションに細工をしてエンジンを始動させ、友人のバイクにまたがった。大型の中ではかなり軽量に作られたこの車種なら、小柄なクエルでもぎりぎり取り回すことができる。

 スロットルを開けてエンジンを回し、クエルは去っていく改造バイクを追いかけた。



(「ワンダリング・ウィール3」へつづく)

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