元体操選手、セクシー動画で〝炎上〟…中国スポーツ選手の悲劇 天沼康

「正論」3月号 連載「中華考現学」

パリ五輪の中国選手団と面会する習近平国家主席(右手前)=20日、北京の人民大会堂(新華社=共同)
パリ五輪の中国選手団と面会する習近平国家主席(右手前)=20日、北京の人民大会堂(新華社=共同)

中国では就職状況も相変わらずの厳冬期のようだ。先日もこんなニュースがあった。天津市の下水管理部門が「糞便や油汚れの処理」を行う職員を、大卒者を条件に募集したところ、1人の枠に300人近くが応募したという。「就職環境は悪化し、学歴の価値は下がっている。今や何でもありの時代だ」。ネットではこのようなコメントがあったという。

大学生ですらこのありさまだから、一般の人の境遇はより厳しい。最近では、生活に困った元スポーツ選手がセクシーな映像をネットで発表していたことが、物議をかもした。

「600万のフォロワーが1日でたったの4万に。これが当局が彼女に与えた〝クリスマスプレゼント〟」。こんな一文がネットに掲載されたのは昨年末のこと。

中国の元体操選手、呉柳芳さん(30)は動画アプリ抖音(TikTokの中国版)でセクシーな衣装を着けてなまめかしく踊る動画を次々と発表し、「擦辺舞」(検閲ギリギリの踊り)と呼ばれ注目を集めていたが、11月24日、抖音によりフォローが禁止された。呉さんは4歳から体操の訓練を受け、2008年にはナショナルチーム入りし、段違い平行棒や平均台などの種目でワールドカップ優勝などの成績を残したが、2012年、18歳のとき、試合中に負傷。五輪には出場できないまま翌年引退し、最近はネットにセクシーダンス動画をアップしていた。ところが、東京五輪で金メダルを取った後輩選手が「体操のイメージを汚した」などと批判、これをきっかけに動画のほとんどが削除された。直後に彼女は生活の厳しさをこう訴えた。

「引退後、北京で教師をやったが給料がもらえなかった。その後杭州でネットのライブ配信をやったが、毎日6時間続けても基本月収は3千元(6万円強)だった」「生活のため、自分の運命を変えようと思い(動画を始めた)」

これが世間の同情や注目を集めたことで、再び呉さんのアカウントは解禁となり、フォロワーは600万を突破。ところが抖音は12月24日、彼女のアカウントに再び目を付け、フォロワーはわずか4万人へと〝整理〟された。

中国など共産圏国家が国の威信をかけて養成する「ステート・アマチュア」については、多くの悲劇が語られる。成功したごく一部を除き、ドーピングによる健康障害を患ったり、スポーツ以外に技芸や学歴がないためまともな再就職先がなく、地下鉄内で大道芸を演じて糊口をしのいだりしている。彼女もその意味では、国の栄誉のために養成され、不要となり見捨てられた存在だ。ネット上にも「スポーツ選手は年数などに応じた引退後の生活保障を与えられるべきだ」との意見があった。

初めに紹介した一文も、彼女への同情を込めて、その仕打ちを「クリスマスプレゼント」だったと皮肉っているわけだ。これは「某総局」(スポーツを管轄する国家体育総局を指す)の差し金だったとして、「某総局は呉さんに十分な生活の保証を与えるどころか、苦労してようやく(動画配信の)芽が出始めた時に、すべてを奪い尽くすという〝クリスマスプレゼント〟を彼女に与えた。これは〝親〟のすることか、人としてできることか?」と批判した。

そして、汚職で相次ぎ逮捕、処分されている総局の局長らトップが、さらなる処分を恐れ、彼女から生計の道を奪ったとして、彼女を擁護した。「その人が窃盗や詐欺、汚職などの犯罪をしていないのなら、気に入らなくても好きにさせればいい、あまりにもひどくいじめてはいけない」

在米作家、余潔氏はラジオ・フリー・アジアにこのほど寄稿、「中国のネット管理部門や民間の〝ネット自警団〟が、呉さんら元運動選手が生活のために始めた合法的な動画配信の権利を奪ったのは、彼らの中国での厳しい生活環境と、中国に基本的な言論とネットの自由がないことを示している」と指摘した。国の栄誉のために人生を捧げたスポーツ選手を、組織のメンツのためぞんざいに扱う、そんな現実が浮き彫りになった。(作家、チャイナウオッチャー)

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