「つ、疲れた……」
アーディに買い物に付き合ってもらったベルは、ぐったりとした様子で本拠に帰って来ていた。
ヘスティアはまだバイトなのか帰って来ておらず、ベルは一人、柔らかなソファに体を沈める。
「アーディさん……贈り物選びに付き合ってくれたのは嬉しかったし、いいお菓子と紅茶も買えたから感謝もしてるんだけど、やっぱりさぼりだったんだ」
ベルは最後に見た彼女の姿を思い出す。
それはベルがリューに渡す用の贈り物を買った後のこと。
なんだかんだとアーディに振り回され、一緒にお昼まで食べた後、交易所の辺りを歩いて露天商の売り物を見て回っていた時だ。
「やっぱり姉妹だったんだなぁ。お姉さんのシャクティさんも美人さんだったし……」
突然「げ、お、おお、お姉ちゃん!?」なんて叫んだアーディの方を見ると、アーディと似た容姿をした美女が、彼女の前に般若の顔で立っていたのだ。
「怖かったなぁ、シャクティさん。美人が怒ると怖いって、本当だったんだ」
その時のシャクティの剣幕といえば──それはもうすごかった。
アーディの隣で聞いていたベルも、思わず嫌な汗をかいてしまうほどに。
「最後は引きずられて連れ去られてたし……仲は……悪くないんだろうけど……」
長々と続いたシャクティのお説教が終わった後、最後に「すまなかったな、少年」とシャクティは言い残し、アーディの首根っこの辺りを掴んで連行──アーディも都市の憲兵なのに──シャクティは都市の巡回に戻っていった。
後ろ向きで抵抗できずに引きずられるアーディはといえば、「あ~! まだベル君の髪を撫でてないのに~!!」と、未練たらたらな様子だった。
「今度会った時には撫でられるんだろうなぁ……断ろうかな。……ダメなんだろうなぁ」
アーディのベルの髪に対する執念は侮れない。
二人で街を歩いている時もチラチラと見ていたくらいで、いつ触ろうかとタイミングを計っているように見えた。
「それにしても、アーディさんも英雄譚好きなんだ。髪を触られるのは……ちょっと嫌だけど、英雄譚のお話はしてみたいかも」
意外というかなんというか、アーディもベルと同様に英雄譚が好きなのだそうだ。
しかもかなりニッチでマニアックな物も知っているぐらい。
ベルの身近でそういった話ができる人はいないし、英雄譚好き同士で貴重な会話ができそうだ。
「英雄譚といえば……シルさんから借りた本があったな。神様もまだ帰って来てないし、帰ってくるまでの間に少し読んでみよう」
そう思い、鞄の中から白い本を取り出すベル。
本のタイトルは──『キャピッ☆ これでキミも魔法使い! 誰でもわかる魔法指南書! めざせマジック・マスター!!』
「そ、そこはかとなく地雷臭が……」
ま、まぁいいだろう、と、ベルは本を開く。
「『第一章、ゴブリンに教える魔法の使い方』……ゴブリンに魔法を教えちゃダメでしょ。そんなのされてたら、僕、今頃死んじゃってるし」
あぁ、嘗ての日々を思い出す。
あれはそう、お義母さんが「まず手始めに、お前をモンスターの巣に放り込む」なんて言った日だった。
「ゴブリンの巣に叩き込まれてボコボコにされた記憶ががががが」
嫌な事を思い出したと、ベルは頭を振るって本の内容に目を落とす。
最初こそ変な始まり方だったが、読み進めていくうちに意外とまともな内容になってきて……。
『じゃあ、始めよう』
自分の声が聞こえた。
『僕にとって魔法はどんなもの?』
炎だ。お義母さんは『音』だったけど、僕にとっては炎。強くて熱くて猛々しい、そんな炎。
『魔法に何を求める?』
より早く、あの人のところへ。より速く、あの人の場所へ。
駆け抜ける雷霆のように、助けてくれたお祖父ちゃんのように、育ててくれたお義母さんのように、僕を助けてくれて修行もつけてくれている、風のように速いあの人のように。
早く、速く、
『それだけ?』
叶うのなら、ずっと憧れている英雄譚の英雄のような、今でも憧れ続けている英雄のような、そんな英雄に、僕はなりたい。
『子供だなぁ』
ごめん。
『でも、それが
「ベル君! 起きるんだベル君!」
「……神、様?」
そう言って、ベルは目を擦りながら起き上がる。
「帰って来てたんですね、神様」
「ああ、今しがたね。それよりもベル君、何も体にかけずにソファで寝るなんて、そんな恰好じゃ風邪を引いちゃうぜ?」
「あれ、寝ちゃってたんですか、僕? たしかに疲れてはいましたけど……」
恩恵持ちでも風邪を引くことがあるのだろうかと疑問に思いつつも、ベルはヘスティアに尋ねた。
ベルの質問にヘスティアは「ああ」と前置きして、ベルが疲れていた原因を聞いてくる。
「それはもうぐっすりとね。今日は一日お休みしてたんだろう? どうして疲れてたんだい?」
「疲れって言っても、体じゃなくて気疲れのほうですけど……今日は買い物に行って、それで色々とあったので……」
「その色々が気になるところだけど、ご飯の時間だ。先に準備だけして、話しは食べながらでもしようか」
「もうそんな時間なんですね。わかりました、神様」
窓の外に視線を向けると、すっかり日が落ちているのが見えた。
ヘスティアと二人で夕飯の準備をして、席に着く。
ベルが夕飯のパンを口に入れていると、ヘスティアが口を開いた。
「それでベル君、買い物をしてたって、何を買ってきたんだい?」
「クッキーと紅茶です。ほら、昨日リューさんが僕達を酒場まで運んでくれたそうじゃないですか。そのお礼をと思って」
「そういえばそうだったね。エルフ君にも、ボクがお礼を言っていたって伝えておいてくれ」
「わかりました、神様」
「で、気疲れした原因っていうのは何なんだい?」
「えっと、今日は朝から『豊穣の女主人』に行ってたんですけど……」
ベルは今日一日のことをヘスティアに話していく。
途中まで笑顔で話を聞いてくれていたヘスティアだったが、アーディと買い物をすることになった
「バイトしているボクを差し置いて、なんでその日会った子とデートなんてしてるんだベル君!」
「デ、デデ、デートなんてしてませんよ神様! ちょっと買い物に付き合ってもらってただけです!」
「いーやデートしてるね! 世間一般ではそういう行為をデートと呼ぶんだぜベル君!」
「だから違いますって! それに僕がアーディさんに一方的に振り回されていただけですから!」
「ベル君を振り回していただって!? どんな怪力なんだいその子は!?」
「アーディさんはレベル5ですよ! それに比喩表現ですから! 落ち着いてください神様!」
レベル5と言われ驚いたのか、ヘスティアは「お、おう」と面食らい、一度息をはいて落ち着いた。
「ごめんよベル君。今、落ち着いたとも。それで、そのアーディ君に買い物に付き合ってもらったんだっけ?」
「そ、そうです。アーディさんはその……結構面白い人で……誰とでも仲良くなれるような人というか……」
「あぁ、なんとなく想像つくよ。それじゃベル君が振り回されるのも分かる気がするな」
「はい。それで買い物が終わった後も街を色々と見て回って……最後はアーディさんがお姉さんのシャクティさんに抵抗できず連れ去られてって感じです」
「君を振り回したアーディ君と有無を言わさず連れ去るシャクティ君との姉妹の力関係がよくわかるね」
「そうですね。アーディさんを見つけた時のシャクティさんの顔、すごく怖かったですから」
そうやって一日の報告を終え、二人で夕飯の片付けも終え、寝る準備に入ったところで、ベルはヘスティアに尋ねられた。
「ベル君、今日はステイタスの更新はしないのかい?」
「そうですね……今日はもう眠いですし、したことと言えば買い物と少し本を読んだだけですし……明日の朝にでも……。あっ、明日からリューさんとの修行がまた始まるので、僕、朝早くに出なきゃいけないんです。なので明日の夜ですかね」
「明日だったら……うん、朝で大丈夫だぜ、ベル君」
「え? どうしてですか?」
最近の朝は、ベルがリューと修行している関係から、ヘスティアはベルが本拠を出て行ってから起きているはずだ。
それなのに、ベルと同時に起きようとする理由が思い当たらず、ベルはヘスティアに尋ねる。
「明日はいつもの東の売り場じゃなくて西の方へ行かなきゃいけないんだ。ヘルプを頼まれてね。場所自体は教えて貰ってるからいいんだけど、初めて行く場所でね。余裕を持って行きたいんだよ」
「そうだったんですね。わかりました。じゃあ明日の朝にお願いします」
「了解だ、ベル君」
「ベル君、魔法が発言した」
「……なんですって?」
ヘスティアの『魔法』の言葉に、思わずそう聞き返すベル。
ヘスティアはベルのお尻の上に座ったまま、同じように答えた。
「うん、だから魔法だ。魔法が発現したんだよ、ベル君」
「え、ええええええええ!?」
聞き返し、聞き間違いでないと分かったベルは絶叫した。
「いやぁ、びっくりしたよ。なんか使えそうな経験値があるなぁとは思ったんだけど、まさか魔法とはね。はい、ステイタスの写し」
そう言いながら、ヘスティアはベルの上から退き、羊皮紙を渡してくる。
ベルは慌ててそれを受け取った。
ベル・クラネル
Lv.1 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :A849→855
耐久:S924→932
器用:A862→871
敏捷:SS1168→1179
魔力:I0
《魔法》
【ファイアボルト】
・速攻魔法
《スキル》
【】
アビリティ熟練度、トータル30オーバー。
更新前はシルバーバックと戦っただけだから、こんなものだろう。
だとしても上がりすぎだが。
だがアビリティの伸びよりも気になるのが魔法だ。
アビリティもアビリティで敏捷がSSだったり耐久がSだったりとすごく気になるが、やはり魔法だ。
ベルの魔法のスロットは一つ。
その一つが埋まっていた。
「ど、どんな魔法なんでしょう、神様? 速攻魔法ってありますけど……」
「それは使ってみないことには分からないけど……ベル君は魔法が発現することの心当たりはあるかい?」
「うーん、昨日少しだけシルさんから借りた本を読んだだけですけど……」
そう思い、ベルは昨日ソファに置きっぱなしだった本を取りに行く。
そしてページをパラパラとめくり確認すると、途端に顔を青くした。
「べ、ベル君? どうしたんだいそんなに顔を青くして。まさかやっぱり風邪でも引いたんじゃ……」
「か、かかか、神様……僕ちょっと急用が……ってまだこの時間に酒場は開いてないし……リューさんのところにも行かないといけないし……と、とにかく! 行ってきます!!」
そう言い残し、白い本と荷物を引っ掴んだベルは、脱兎のごとく本拠から出て行った。
「ベル君!? ベルく──ん!? ってはやぁ!! ……行ってしまった。はぁ、帰ってきてから理由を聞けばいいかぁ」
◇◇◇
「はぁ……神様に事情も説明しないで飛び出してきちゃった。本拠に帰ったら後でちゃんと話そう」
ベルはリューから渡された住所の書かれた紙を片手に、【アストレア・ファミリア】の本拠に向かっていた。
「とりあえず酒場には……リューさんとの特訓が終わってからかな。その頃にはシルさんもいるだろうし。……それにしても、なんで酒場に
冷静になった頭で考えてみるも、酒場の事情も客の事もすっぱりわからないベルでは結論を出せない。
「うう……胃が痛い。金庫にあるお金で足りるかなぁ」
質にもよるが、魔導書はそれはもう偉く高い。
恐らくだが、質が高い魔導書なら、ヘスティアから貰った『ヘスティア・ナイフ』と同等かそれ以上の金額がするだろう。
お金で解決できれば御の字。そうでなくても厄介ごとに巻き込まれるかもしれないと、ベルは胃の辺りをさする。
「こんな気持ちで特訓に集中できるかな……いや、しなきゃいけないよね。リューさんに時間を取ってもらってるんだ。うん、切り替えた」
そうして書かれた住所通りの場所に到着したベルは、【アストレア・ファミリア】の本拠を見上げる。
「ここが【アストレア・ファミリア】の本拠……『星屑の庭』。お洒落な本拠だなぁ」
目の前に
【アストレア・ファミリア】本拠『星屑の庭』。
その門の前で、ベルはリューに言われた通り待っていると、しばらくして館の玄関が開き、ベルの方に向かってくる人影が一つ。
「あっ、リューさ……えっと、どちら様?」
門を開けに来たのは金髪のエルフの少女ではなく、赤髪と緑の目を持ったヒューマンの少女。
少女は門を開けると「ふふん」と鼻を鳴らし、ベルの問いに答えた。
「よく聞いてくれたわね、お弟子君! そう! 私こそが! 清く正しく美しい! 【アストレア・ファミリア】団長のアリーゼ・ローヴェルよ! バチコーン☆」
キラっと、そんな効果音が聞こえそうなウィンクをし、少女──アリーゼが自己紹介をする。
オラリオには変──独特な自己紹介をする人が多いのかななんて思いつつ、ベルも自己紹介を返した。
「えっと、【ヘスティア・ファミリア】所属のベル・クラネルです。初めまして、ローヴェルさん」
「アリーゼでいいわよ、お弟子君! 君の話はリオンやアルフィアから聞いてるわ!」
「そ、そうですか。それで、アリーゼさん。リューさんが迎えに来てくれるって話だったんですけど……」
「ああ、そのこと……大丈夫! 私が勝手に来ただけだから! リオンならもう起きてるし、そのうちこっちに来るわ!」
「そのうちって……入れ違いになったらどうするんですか、アリーゼさん」
「その時はその時よ!」
「えぇ……」
身も蓋もないアリーゼの言葉に絶句する。
この人もアーディさんと似たような人だとベルが思っていると、ベルの聞き慣れた声がアリーゼの後ろから聞こえてきた。
「その心配はありませんよ、クラネルさん」
いつも修行をつけてくれる時の格好で、リューが二人の前に姿を現す。
ベルはリューの姿を見ると、破顔しながら挨拶した。
「リューさん! おはようございます!」
「おはようございますクラネルさん。その後、体調は大丈夫でしたか?」
「はい! 昨日も丸一日休んだので、体調は万全です。あっ、それとこれ、一昨日のお礼です。【ファミリア】の皆さんで食べてください。クッキーと紅茶が入ってます。あと、神様もリューさんにありがとうって言ってました」
ベルはリューにクッキーと紅茶の缶が入った袋を差し出す。
それを受け取ったリューは空色の瞳を一瞬だけ丸くした。
「こんなお礼をされるようなことはしていないのですが……ええ、ありがとうございます。後でみんなでいただきますね」
「ほんとに素直でいい子ね、お弟子君! リオンにはもったいないくらいよ!」
「ええ!?」
なんかとんでもないことを言われたような気がするベル。
その言い方では、まるでベルとリューが付き合っているかのようではないか。
そんなことを考えて顔を赤くし、明後日の方向へと思考を飛ばしてブツブツと誰も聞き取れない早口の小声で何かを呟くベルを傍目に、リューとアリーゼが言葉を交わす。
「変な事を言わないで下さい、アリーゼ。クラネルさんが困惑しているではありませんか」
「そう? 私は思ったことを言っただけよ?」
「そ、そんな……リューさんにもったいないのではなくて僕の方がリューさんを師匠に持つ方がもったいないというかなんというか……」
「……見てくださいアリーゼ。これがクラネルさんという人なのです。あまり彼に変な事を言わないように」
「ええー、私だってお弟子君と色々話したいのに……そんな仕打ちは酷いじゃない!」
「別に私はクラネルさんと話すななんて言っていません。変な言葉遣いをやめて欲しいと言っているのです」
「私は変な言葉遣いだなんて思ってないわ!」
「貴女からすればそうなのでしょうが、他の者にとってみれば違うのです。それを理解していますか、アリーゼ?」
「もちろん!」
「ああ、これは理解できていない時の返事ですね」
「二人とも朝から元気ね。けど、いつまでそうしているつもりかしら? 早く彼を案内したらどう?」
と、そこへ、四人目の声が響く。
胡桃色の髪、星海のような碧い瞳。
【アストレア・ファミリア】の主神、アストレアが三人の所へやって来ていた。
「アストレア様! おはようございます!」
「アストレア様、おはようございます」
「ええ、おはよう二人とも。それで、さっきも言ったのだけれど、彼を早く案内したらどう? 別にここでお喋りするのも構わないのだけれど、今日はそういうわけではないのでしょう?」
「そうでしたね。ではクラネルさん、私について来て下さい。訓練場所に案内します」
アストレアに促され、ベルに声をかけるリュー。
しかしベルの耳にはリューの声が届いていなかった。
「そもそも僕とリューさんは付き合ってないというかいえいつかはそういう関係になりたいのですけれど今はそうじゃないというか……」
「クラネルさん? 聞いてるのですか? クラネルさん?」
「確かに僕はリューさんのことが好きですけどまだそんなこと言えないというかいえいつかは言うつもりですけど今はまだそんなこと言えるほど強くもないしそもそもまだリューさんと僕とじゃ釣り合いがとれていないんじゃないかって思ってるしなにより僕とリューさんは他派閥だし……その!!」
「く、クラネルさん!?」
急に大きな声を出したベルに驚きの声を上げるリュー。
ベルは俯けていた顔を上げるとアストレアが来ていたことに今気が付いたようで、大慌てでアストレアに挨拶した。
「あ、ああ、アストレア様!? すいません気が付いてなくて! 僕っ、ベル・クラネルって言います! 初めまして! アストレア様!!」
ベルの急転直下な挨拶にも動じないアストレア。
彼女はたおやかな微笑みを湛え、ベルに応じる。
「ええ、初めまして、ベル。私が【アストレア・ファミリア】の主神のアストレアよ。あなたのことは、リューと、あとはアルフィアからも少しだけど、聞いているわ」
アルフィアと、義母の名前を出されたベルは、たった今思い出したかのように言う。
「そ、そうだ! 以前はお義母さんがお世話になっていたみたいで……そのっ、ありがとうございます!」
「いいのよ。それよりも、ベル? 今日はリューに修行をつけてもらいに来たのでしょう? リューもあなたがついて来てくれるのを待っているの。早く行ってあげて」
「は、はい! ありがとうございます、アストレア様! えっと……それじゃあ、行きましょう! リューさん!」
「え、ええ。私について来て下さい、クラネルさん」
「はい! あっ、アリーゼさん! アストレア様! 本拠にお邪魔します! それとっ、失礼します!」
頭を下げてそう言い、ベルはリューの後について行く。
その場に残ったアリーゼとアストレアは二人の後ろ姿を見送ると、
「とってもいい子そうですね、アストレア様。アルフィアとは全然似てませんけど」
「ええ、そうね」
なんて短いやりとりをして、本拠の中に帰っていった。
◇◇◇
「それで、クラネルさん。どうも私達の本拠に来る前に何かあったようですが……どうかされたのですか?」
「それが……実は僕、今朝魔法が発現したんです」
「魔法が?」
「はい! それで、リューさんにもそのことを相談したいなって思って、いいですか?」
「ええ、私にできることでしたら、いくらでも相談になりましょう。私は貴方の師匠ですから」
そんな会話を訓練場所への道中で交わすベルとリュー。
ベルは魔導書のことも交えながらリューに話す。
「それで、これがその魔導書なんですけど……やっぱり謝りに行った方がいいですよね?」
「そうですね。よろしければ私も同行いたしますが……どうでしょう?」
「そ、そんな!? リューさんは関係ないですし……大丈夫です! そもそも! 僕がちゃんと確認しなかったのが悪いので……」
「いえ、弟子の尻拭いをするのも師匠の務めでしょうし……私もクラネルさんと一緒に酒場まで行きます。異論は認めません」
「尻拭いって……はい、わかりましたリューさん」
そこまでする必要はないんだけどなぁと、ベルは肩を落とす。
そんなベルを元気づけようとしてか、こんな提案をリューがしてきた。
「クラネルさんはまだその魔法を一度も使っていないのですよね?」
「はい……そうですけど」
「では今日の修行で試し打ちをしてみましょう」
「い、いいんですか!? その……本拠に被害が出たりとか……」
「問題ありません。もしも何かあれば、それは貴方に魔法を使うよう指示した私の責任でもあります。貴方にだけ責任を負わせるような真似はいたしません」
「で、でもっ……もしも本当に何か大変な事になったら……」
「心配ありませんとも。仮にもし何かあれば……その時はその時です」
「その時ってなんですか!? 何も考えてないんじゃないんですか!?」
「そんなことはありません。さぁ、着きましたよクラネルさん」
「はぐらかさないで下さいリューさん! 怖いじゃないですか!!」
そうして二人して訓練場所に辿り着き、早速ベルは魔法の試し打ちをすることにする。
リューがベルから10
「ではクラネルさん、魔法を撃ってみてください。速攻魔法というのですから、恐らくは魔法名を唱えるだけで発動するでしょう」
「はい!」
大きく返事をして、ベルは一度深呼吸をする。
初めての魔法。しかも自分だけの魔法。
義母の魔法は発生も早く高威力だったが、果たして自分のはどんなのだろうと、ベルは魔法の名前を唱えた。
「【ファイアボルト】!」
瞬間、的に向けた掌から放たれる雷を纏った炎。
その炎は的に当たり、穴をあける。
それを見たリューは、なにやら一人でぶつぶつと呟いていた。
「なるほど……やはり速攻魔法というだけあって、詠唱が必要ありませんか。威力は低いですが、それは手数で補える。なにより詠唱が必要ないというのが大きい。これは当たりの魔法ですね、クラネルさん」
「そ、そんなことよりも見ましたか今の!? 魔法! 魔法が出ましたよリューさん!!」
「そんなにはしゃがないで下さい、クラネルさん。今日は魔法も使った訓練にします。これから沢山使うのですから、一々驚いていては体がもちませんよ」
「え!? いいんですか!? 魔法を使っても!?」
「ええ、構いません。それだけの威力ならば、被害もでないでしょうし……なにより、その魔法は速攻魔法。戦闘中の手数を補えるのですから、使わない手はありません」
それに、とリューは続ける。
「手数が増えれば戦闘の幅も広がる。貴方の戦闘スタイルにもあってますし、どんどん使ってください」
「! はい!」
その後はいつも通りに修行をこなし――いつもどおりベルはボコボコにされ――二人は休憩に入った。
「僕の魔法……無詠唱なのはいいですけど、威力が低いですね」
「そうですが……それは今後は魔力で補えるでしょう。それにその魔法は速攻魔法。つまりは一度の戦闘で沢山使う機会があるのです。故に本来であれば伸びにくい魔力ですが、そのうち気にならなくなるぐらいには魔法の威力も伸びていきます」
「うーん、でも、僕の中では魔法って必殺の一撃というか……逆転の為の切り札みたいなものですから、なんかなぁって」
「それもそうですが……私は貴方の魔法を羨ましく思いますよ、クラネルさん」
「どうしてですか、リューさん?」
「速攻魔法というのもそうですが……その魔法は貴方らしい。私の魔法など、私とは似ても似つかないような魔法ですので」
「そんなことありませんリューさん! リューさんの魔法はその……すごいです!」
「良い誉め言葉を思いつかなかったのなら、無理に褒めなくて結構ですよ、クラネルさん」
「くっ」
そんなことを言われ、何も言い返せない自分が恥ずかしいとベルは思う。
頬を染めるベルを横目に、「ところで」とリューが切り出した。
「そろそろ酒場が開く時間です。私もご一緒しますから。行きましょう、クラネルさん」
「やっぱりついてくるんですね、リューさん。……はい、わかりました」
そうして二人は酒場へと向かう。
道中は今日の修行の内容の振り返りの会話で時間を潰し、二人は酒場へと着いた。
「シルさーん? いらっしゃいませんかー?」
「ベルさん! それにリューも! おはようございます」
「おはようございます、シル。単刀直入に言います。実は貴女からクラネルさんが貸してもらった本が魔導書だったのですが……」
本当はベルが説明しなければならないのに、リューの方から事情を説明してしまい、ベルの出る幕がなくなってしまった。
これでは本当に弟子の尻拭いだと、ベルは思った。
「そうですか……でも使っちゃったものは仕方ないですし……このまま黙っていましょう!」
「し、シルさん!? そんなことできませんよ! だって魔導書ですよ魔導書! これすっごく高価なものだってお義母さんが言ってました! なにより! 使っちゃったんですよ僕!」
魔導書は一度使えば効力を失くし、ただのガラクタに成り下がる。
そのことを義母から教えられていたベルは食い下がるも、それを止めたのは、いつの間にかその場に来ていたミアだった。
「やめな坊主。使っちまったもんは仕方ないんだ。とっとと諦めて帰りな」
「ミア母さん。ですが、それではクラネルさんが罪悪感を感じたままです。何かこう……罰のようなものでもなければ、クラネルさんは納得しませんよ」
「罰ってリューさん……でも、そうです! 何か僕にできることはありませんか? 例えば……そう! 酒場の手伝いとか!」
そんな提案をするベルに、ミアは何か考えるような仕草を見せると、こう言った。
「だったらここの酒場で一週間、そこのへっぽこエルフと一緒に働きな。それでチャラにしといてやるよ」
「僕はそれでいいんですけど……リューさんもですか? リューさんは何も悪くないのに……」
「いえクラネルさん。弟子の後始末を付けるのも師匠の役目。それに私は元々ここの手伝いもしている。その手伝いに来る日が少し早くなっただけなので、何も問題はありません」
「で、でもっ……」
「はいはいやめやめ。人の店の前で痴話喧嘩なんてするんじゃないよ。そこのへっぽこエルフもいいって言ってんだ。さっさと二人して帰りな」
「ち、ちわっ……そんなことしてません!?」
「そうですミア母さん。私とクラネルさんは痴話喧嘩などしていない。ただ少し……そう、話しをしていただけです」
「いい例えを思いつかなかったからといって、ごまかすんじゃないよへっぽこエルフ。それを痴話喧嘩と呼ばないんなら、なにをそう呼ぶんだい? え?」
「み、ミア母さん。冗談はそのぐらいにしてください。クラネルさんの様子がおかしくなっています」
「僕とリューさんが痴話喧嘩? 痴話喧嘩ってなんだっけ? 夫婦がするものじゃなかったっけ? それをしてた僕とリューさんは……夫婦? 夫婦!?」
「く、クラネルさん!? 戻ってきてくださいクラネルさん!!」
ベルの肩を掴み揺さぶるリュー。
リューの方からベルに触りに行ったことにシルとミアが驚愕の表情を浮かべるも、それを指摘できる人はこの場に居ない。
「はっ……いったい僕は何を!? いつの間にか告白を通り越して夫婦に!?」
「いったい何を言っているのですかクラネルさん!?」
「はぁ……これは重症だね。リュー、その坊主の頭をひっぱたいてやりな」
「ですがミア母さん。そんなことをしたらクラネルさんの頭が……」
「いいから叩きな。それにその坊主の頭の中は今残念な事になってんだ。叩いたところでそんなに変わんないよ。それに大丈夫、アンタが叩いた程度じゃその坊主の頭は吹っ飛ばないからね」
「流石に酷すぎではありませんか、ミア母さん? ですが……仕方ありませんね。失礼します、クラネルさん」
そう言って、未だに「僕とリューさんの子供が……八人も!?」なんて言っているベルの頭を叩くリュー。
スパァンっと快音が鳴り、勢いよく頭を叩かれたベルは正気を取り戻した。
「あ、あれ……? リューさん、僕はいったい何をしていたんですか?」
「何もしていません。ええ、何もしていませんとも、クラネルさん」
「そうですか? 僕、何かとんでもないことを口走っていたような気がするんですけど……」
「そんなことありません。というより、貴方が口走っていたことを、私達は誰一人耳にできていません」
「そ、そうなんですか? リューさんも、ミアさんも、シルさんも……?」
「ええそうですよベルさん。誰もベルさんがリューと夫婦になったなんて言っていません」
「聞こえてるじゃないですかやだぁ!!」
兎の悲鳴が一つ上がって、その場はお開きになった。
なお、ベルとリューの顔は二人揃って赤く染まっていた。