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メディアよ、国家と組織の闇を暴け ジャニーズ、フジ問題、西山事件の核心 喜田村洋一弁護士が語る

ジャニーズ問題とジャーナリズムの責務を問う新刊『報道しないメディア』(岩波書店)を上梓した喜田村洋一氏
ジャニーズ問題とジャーナリズムの責務を問う新刊『報道しないメディア』(岩波書店)を上梓した喜田村洋一氏

倉重篤郎のニュース最前線

文春砲の守護神 ◇なぜメディアはジャニーズ性加害事件を報じなかったのか

 ジャニーズ性加害事件を先駆的に報じた『週刊文春』に並走する文藝春秋顧問弁護士の喜田村洋一氏が、『報道しないメディア』(岩波書店)を刊行した。メディアの不作為が性加害を温存させた構造を説くこの新刊をめぐって、さらにフジテレビ問題、西山事件について、ジャーナリズムの真価とは何かを法的見地から語ってもらった―。

 政治とカネの問題から芸能スキャンダルまで、「文春砲」が相変わらず冴(さ)え渡っている。永田町も霞が関も、同業の新聞、テレビまで、文春が次に何を書くかに注目する。文春報道の論評・拡散に務める社会運動家も多い。他誌の先行報道でも、文春が掘り下げることでニュースバリューを高めることもある。昨年12月19日発売の『女性セブン』が報じた中居正広氏のフジテレビの女性アナウンサーへの性加害疑惑を文春が取り上げた(12月25日電子版)のもその一例だった。

 その評価を不動にした一つが、1999年のジャニー喜多川氏の少年たちに対する性加害告発報道だろう。文春は、芸能界とメディア界でタブー視されていたこの問題に取り組み、チームを組んで何十人もの該当する少年たちに取材を重ね、キャンペーン報道を行った。ジャニー氏とジャニーズ事務所から損害賠償訴訟を起こされたが、4年3カ月にわたる法廷闘争の末、ジャニー氏の性加害を司法に認めさせた。

 ただ2004年のこの最高裁決定は大きく報じられず、世に広く警告を放つこともなかった。他メディアの続報や掘り下げの欠落や、ジャニー氏と事務所のメディアに対する影響力が、事務所に対する社会的制裁を半端なものにし、ジャニー氏に悪行を続けさせた。問題が再燃したのは、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン氏による長年の性暴力への抗議から発した世界的な「#MeToo」(性被害者が次々に加害者を告発する)運動の流れで、23年3月に英国BBCテレビがジャニー氏問題を特報してからだ。ここに至って日本の全メディアが横並びに追いかけた。その情けない経緯はご存じの通りだ。

 文春以外の日本のメディアはなぜ、最高裁まで認めたこの芸能カリスマの非道に対し、真っ当な報道ができなかったのか。被害拡大に無力だったのか。週刊文春を発行する文藝春秋の顧問弁護士で、一連の法廷闘争でも主任弁護人を務めてきた喜田村洋一氏がこのほど『報道しないメディア』(岩波書店)というブックレットを出版、ジャニーズ裁判の経過を踏まえ、メディアの不作為を分析し、自由な報道の実現を訴えた。

 喜田村氏は東大卒業後、弁護士資格を取って米国に留学、多くが反トラスト法など国際経済弁護士を目指す中、米国民主主義の原点にある言論、表現の自由について徹底勉強、ニューヨーク州でも弁護士登録し、帰国後は公益社団法人「自由人権協会」代表理事を務めるなど、人権派弁護士の草分けとして活躍してきた。

 89年の法廷メモ国家賠償訴訟では、司法記者クラブ所属の記者しか法廷内でメモが取れなかった慣行を改め、一般傍聴人にもメモを認めさせると同時に、報道のための取材の自由についても十分尊重すべきであるとした判決(最高裁大法廷)を引き出し、05年の在外邦人選挙権訴訟では、それまで制限されていた外国在住の日本人が国政選挙での投票権を実際に行使できるようにするため、弁護団長として違憲判決(同)を勝ち取った。この判決によって公職選挙法が改正された。

 ここ30、40年は文春報道に寄り添い、その報道内容の法的なチェック、助言役、法廷弁護人を務めてきた。誰よりも早く文春報道の中身を知る立場にいる法曹人で、文春砲の守護神とも言うべき人物だ。喜田村氏には、西山事件(〈注〉)についても聞いてみたい。

ジャニーズ問題への「認知バイアス」

 文春砲はなぜ強い?

「組織的な取材で、きちんと事実関係を押さえているからだ。例えば、19年参院選を巡る河井克行、案里夫妻の選挙違反事件の時は、50人しかいない記者のうち13人を一斉に走らせ、(法定上限を超える報酬を支払った疑いで)ウグイス嬢ら関係者に対し同時刻に事実関係をあてた。言い逃れや事後調整を許さない取材で、脈々と受け継がれたノウハウでもある。情報を持ち込めば、文春はちゃんと書いてくれるという実績も作り、証拠付きの筋のいい内部告発やタレコミが来るようになった」

 文春とはいつから?

「花田紀凱(かずよし)編集長の頃からだ。今や文春記者の誰よりも長くなった。訴訟は累計すれば何百件もやった。今も20件ほど同時進行で抱えている。(勝率は?)最近はメディア側が負けることが多いが、そんな中では圧倒的に勝っている」

 どんな役回り?

「こういうテーマで取材しようと思っているが、名誉毀損(きそん)にならないためには何にどう注意すべきか。こんな情報を得たが、これで書けますか、といった相談に答えることだ。重要なのは、題材、トピックの社会的公共性だと思っている。離婚や不倫も一般人なら別だが、政治家ら公人なら意味を持ってくる。原稿もチェックする。言葉遣いにも節度が欲しい。そこまでやっているメディア弁護士はあまりいないのではないか」

 特別な権限だ。

「スーパーデスクではない(笑)。相談に乗り、もう少し追加取材が必要だとか言うだけだ」

 ジャニー氏報道は?

「相談を受けていたが、いよいよやりますというからゴーサインを出した。この問題には、芸能界ネタへの偏見、人権侵害への認識欠如、被害者が少年であることによる事態の軽視、といった認知バイアスがあったが、日本一の人気プロダクションで少年の人権が日々蝕(むしば)まれているという社会公益性の高い事件であることに着目した。野次馬だけではないぞという意気込みが一連の連載記事にはあった」

 訴えられた時は?

「今度は『よし来い。いらっしゃい』と(笑)」

 裁判は長かった。

「地裁の審理は2年強。証言者は9人だったが、ハイライトは、ジャニー氏から性加害を受けたと証言する少年2人と、そのようなことは絶対にやってないと否定するジャニー氏に対する尋問だった」

「ジャニー氏に対し、少年たちがなぜ噓(うそ)をついてまであなたの名誉を傷付けるようなことをするのかなどと質問を続ける中で、ジャニー氏が『噓、噓と仰(おっしゃ)いますが、彼たちが噓の証言をしたということは、僕は明確には言い難いです。はっきり言って』とポロっと答えた場面があった」

 証言は噓ではないと。

「この裁判勝ったと思いましたね」

 だが一審は敗訴だ。

「木を見て森を見ない判決(02年3月27日)だった。少年がホテルの場所や被害日を正確に覚えていないことにこだわり、証言の全体としての信憑性を過小評価、ジャニー氏の発言の微妙な変化もジャニー氏の寛容の情と認定した。即日控訴した」

「高裁では新たな証言はなかったが、裁判官がジャニー氏側に対し地裁での証言の変化に追加説明を求める一幕があった。裁判官が我々と同じように見ているのではないかと期待が膨らんだ。判決はその通りになった(03年7月15日)。逆転勝訴だ。少年たちの具体的供述を評価、揃(そろ)って虚偽の供述をする動機が認められないとし、ジャニー氏の社会的地位、少年たちが受けた精神的衝撃からすれば、彼らが捜査機関や保護者にうち明けることがなくても不自然ではない。ジャニー氏の性加害を断れば、ステージの立ち位置が悪くなり、デビューできなくなると考えたことも十分首肯できるとした。これに対し、ジャニーズ側が不服申し立ての上訴を行ったが、最高裁はそれを退け(04年2月24日)高裁判決が確定した」

反省しない事務所と報道しないメディア

 ほぼ完全勝利だ。

「当然、私は二つのことを期待した。一つは、ジャニー氏の性加害の事実が報道機関の共有認識として次の報道に役立つだろう。もう一つは、ジャニー氏は今後こういう行為を行ってはならないし、ジャニーズ事務所も代表取締役がそんな行為をしないよう監視、制止する義務を行使するだろう」

 いずれも裏切られた?

「メディアは書かないし、事務所も動かない」

「文春の連載の後、全くと言っていいほど報道は行われなかった。高裁、最高裁判決ですら短く報じられただけで、掘り下げた報道はなかった。そのためジャニー氏の性加害は社会一般には知られないままとなり、ジャニー氏は判決後も性加害を続け、新たな被害者を生んだ。ジャニー氏は19年7月死去したが、死亡記事でも司法判断で性加害が確定していることに触れたものはほぼなかった。ジャニー氏はショービジネスの天才として死んだわけだ」

「事務所側も判決にきちんと向き合わなかった。弁護士が悪かったから負けたなどと受けとめ、社内体制を切り替えなかった」

 メディアを抑え切れるという事務所側の傲(おご)りも?

「メディアの中にジャニーズ事務所所属のタレントの写真集やカレンダーを出して儲(もう)けているところや、週刊誌の表紙に使って売り上げを水増ししているところがあった。テレビは、事務所を敵に回してタレントを使えなくなることを恐れていた。ひと言でいえば、メディア側が事務所に侵食されていた。事務所を怒らせると何をするかわからない。触らぬ神に祟(たた)りなしという雰囲気が生まれていた」

「逆に言うと、文春がなぜ報道できたか。女性誌も持っているが、ジャニーズ系を使わなかった。カレンダーも出してなかった。それでも、ジャニーズのタレントが写っている広告は文春には掲載しないということや、本の帯に顔写真を入れる際、ジャニーズのタレントだった場合なかなか許可がおりないという嫌がらせはあったという」

 そしてBBC報道だ。

「何の忖度(そんたく)もないBBCが食らいついた。『#MeToo』運動を取材する中で世界を眺めると、日本にも格好のケースがあった。しかもこれは最高裁で事実が確定した、全くの安(あん)パイだった。BBCが報道するのは当然だった。それでも書かなかったのが日本のメディアだ。事務所側もメディアもおかしかった。ジャニーズ問題とは、反省しない事務所と、書かないメディアの『合作』だったと思う」

 文春砲はフジテレビ問題でも炸裂(さくれつ)した。

「女性週刊誌は美談がらみの終わった話というトーンで報じたが、文春報道以降、フジテレビのメディアとしての問題点が浮き彫りにされた。そもそも女子アナという言葉が隠語めいておかしい。女性アナウンサーでしょう」

 10時間の会見は?

「いくら何でも長すぎた。メディアを自称する人たちが意見を言うばかりで、的確に質問して追い詰める作法がなくなっている」

「報道の自由」を活かし「自由な報道」を

「報道の自由」を改めて定義してほしい。

「『報道の自由』とは、憲法21条(集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由の保障)を根拠にした、民主主義制度にとって圧倒的に大事な権利だ。政府の政策を知るのも、批判するのも、メディアを通じた情報提供が必要だ。個人の力では限界がある。メディアという事実報道のプロ組織が、国民の目となり耳となる。これがなければ民主主義は成り立たないと思っている」

 自由を支える司法判断は?

「米国では1964年のサリバン判決がある。60年代の公民権運動を背景に修正憲法第1条の言論の自由(Freedom of Speech)の範囲を拡張した米連邦最高裁の記念碑的な判決だ。アラバマ州の市警察長官サリバンが、60年にニューヨークタイムズ掲載の意見広告について、事実誤認があったと名誉毀損による損害賠償を請求、州裁判所はNYタイムズ紙に対し50万㌦の賠償を命じたが、連邦最高裁では、この判決を違憲だとし、言論の自由は名誉毀損にも適用されると宣言した。これにより、米国メディアは、ベトナム戦争やウォーターゲート事件についても名誉毀損を恐れず踏み込んだ記事を書けるようになった。名誉毀損との闘いは、実は国の政治のあり方の透明度を高めている。そこを理解し、頑張ってほしいというのが私からのメッセージだ」

 西山事件の位置付けは?

「西山事件で大きかったのは最高裁小法廷が78年5月31日に下した決定だ。記者の国政に対する取材報道について『報道機関が公務員に対し根気強く執拗(しつよう)に説得ないし要請を続けること』を是とした。西山氏は取材の手段・方法が問題とされ有罪にされたが、報道目的であれば根気強い執拗な説得等が許されるとされた意味は大きい。一般人には許されない公務員へのアプローチも記者については正当業務行為となるわけだ。西山氏が自らを犠牲に引き出した最高裁の判断だとも言える。問題は、今のメディアがこの特権をどこまで活(い)かしているのかだと思う」

   ◇   ◇

 かつてこの欄にも登場した故西山氏の闘いを無駄にすべきではない。喜田村氏は「西山氏への有罪判決は間違っているので何とかしたいと思っている」とも語った。我々は報道の自由を通じて民主主義の底上げに寄与できる。そのための叱咤(しった)と期待をいただいた。


きたむら・よういち

 1950年生まれ。弁護士。自由人権協会代表理事。文藝春秋顧問弁護士。メディア裁判の第一人者。著者に『報道被害者と報道の自由』『MEMOがとれないー最高裁に挑んだ男たち』ほか


西山事件

 1972年、毎日新聞政治部の西山太吉記者が沖縄返還時の日米密約を暴くも、外務省の女性事務官から情報入手した際の取材手法を指弾された。事務官は国家公務員法の機密漏洩の罪で、西山記者はその教唆の罪で、それぞれ有罪が確定したが、この事件は国家機密をめぐる記者とその情報源への法的判断としても重大な意味を持つ

サンデー毎日 0302号表紙 中島颯太
サンデー毎日 0302号表紙 中島颯太

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