2025年2月、JCB社が会員規約を変更し、暗号化されたEメールアドレスや電話番号を広告プラットフォーム企業に提供することをアナウンスしました。この変更について、一部の人が「JCBが個人情報をそのまま広告プラットフォーム企業に渡している」と誤解し、不安になっています。
しかし、実際には個人情報がそのまま流出することはなく、この方法は広告業界では一般的なものです。この仕組みを詳しく説明し、誤解を解いていきます。
この記事のサマリー
今回のアナウンスされたような動きは、JCBに限らず多くの企業がデジタル広告の最適化や効果測定のために行っていることです(特に、この3〜4年で普及してきた仕組みとなります)。この仕組みには、メールアドレスや電話番号がそのまま広告プラットフォーム企業に渡るわけではなく、受け取った広告プラットフォーム企業が受け取った情報を悪用することはないと信じています。
とはいえ、自身の個人情報は自身で守ることも必要なので、正しい情報を理解したうえで、自身で判断するようにしましょう。
では、ここから本文に入っていきます。
「暗号化された情報」って何?
JCBの説明では、「復元できない暗号化を施したEメールアドレスや電話番号」とあります。これはハッシュ化という技術を使ったものです。
ハッシュ化とは?
ハッシュ化とは、元となる文字列を特定の計算方法で元に戻せない形に変換することです。
例えば、以下のような形です。
example@email.com
→a6b9f3c2d1e8...
090-1234-5678
→f3e9a7b2c8d0...
こうすることで、元の情報には戻せなくなり、変換された文字列をもとに、元の文字列に戻すすることは基本的にできません。
ハッシュ化の特性 – 同じ文字列なら同じ値になる
ハッシュ化の大きな特徴の一つは、「同じ文字列に対して、同じ方法でハッシュ化すると同じ値になる」という点です。
例えば、
test@example.com
をハッシュ化するとabcd1234xyz...
という値になったとします。
別の人が同じ方法を使ってtest@example.com
をハッシュ化しても、必ず同じabcd1234xyz...
になる仕組みになっています。
また、ハッシュ関数は一方向性であり、元のデータを知らない限りハッシュ値から元の情報を復元することはできません。
これらの特性を利用すると、広告プラットフォーム企業が持つハッシュ化された情報とJCBが提供するハッシュ化された情報を照合し、一致するものがあるかを確認できます。広告プラットフォーム企業側は自社の会員のEメールや電話番号を保持している状態で、JCBが提供するハッシュ化データと広告プラットフォーム企業のデータを照合することで、一致するものについては元のEメールや電話番号が特定可能になります。つまり、JCBの提供するハッシュ化情報を利用することで、広告プラットフォーム企業の持つ顧客データと突き合わせて特定の個人を識別することができる仕組みになっています。
JCBは何のためにこの情報を使うの?
その1:ターゲティング広告への活用
JCBは、より便利な広告を届けるために、暗号化した情報を広告プラットフォーム企業と共有します。
この仕組みのメリット
現在のWeb広告の多くはターゲティング広告という方法を使っています。これは、興味のある人に適切な広告を見せる仕組みです。
例えば、
- JCB会員が旅行に興味を持っている → 旅行に関連した広告が表示される。
- クレジットカードの特典情報を知りたい → その人に合ったキャンペーン情報が届く。
- ファッションに興味がある人 → 関連するブランドの広告が届く。
といった形です。
この仕組みの流れ
通常は、広告プラットフォーム企業の持つデータのみでこのようなことを実現していますが、その精度を高めるために、以下の流れを使うことがあります。
- JCBが特定の領域に興味を持つユーザーの会員のEメールや電話番号をハッシュ化し、広告プラットフォーム企業(Google、Meta、LINEなど)に送る。
- 広告プラットフォーム企業も自身のサービスのユーザーのEメールや電話番号を同じ方法でハッシュ化したデータを持っている。
- 広告プラットフォーム企業が受け取った情報と、自社の情報が一致した場合に、そのユーザーを「特定の領域に興味を持つユーザー」と判断し、その人に合った広告が配信される。
- 企業は特定のターゲット層に向けた広告を最適化できるため、無駄な広告配信を減らせる。
この流れでも分かるようにEメールや電話番号がそのまま広告プラットフォーム企業に渡るわけではありません。
その2:広告効果の測定
提供したハッシュ化データを利用して、広告の効果を測定することもできます。これは、Meta広告のコンバージョンAPIやGoogle広告の拡張コンバージョンといった技術を活用した仕組みです。これらのシステムでは、広告の成果(コンバージョン)が発生した際に、JCBが持つハッシュ化されたデータと広告プラットフォーム企業が持つデータを突き合わせることで、どの広告が効果的だったのかを測定できます。
例えば、Meta社は自身のサービス利用ユーザーに広告を出しますが、このとき誰にどの広告を表示したか、クリックしたかの情報はMeta社が保持しています。広告をクリック後、JCBのサイトで何らかのキャンペーンに応募したときに、どの広告をクリックした人がキャンペーン応募したかを追跡するためにCookieを使った仕組みがよく使われています。このCookieを使った仕組みをより高い精度で実施するために、Eメールや電話番号をハッシュ化した情報が使われます。
これにより、
- どの広告がJCB会員に効果的だったのかを分析できる。
- 特定のキャンペーンがJCB会員にどれくらい影響を与えたのかを把握できる。
- 広告のパフォーマンスを向上させるための改善策を立てることができる。
この方法も、ハッシュ化された情報を使用するため、JCBが直接広告プラットフォーム企業にEメールや電話番号を渡すことはありません。
誤解されやすいポイント
JCBの規約変更について、間違った理解が広がらないよう、ポイントをまとめました。
誤解 | 実際の事実 |
---|---|
JCBが個人情報(Eメールや電話番号)をそのまま広告プラットフォーム企業に渡している | 渡すのはハッシュ化された情報であり、元の情報を広告プラットフォーム企業に渡しているわけではない。 |
広告プラットフォーム企業がJCB会員の個人情報を自由に使える | ハッシュ化されたデータでターゲットを特定するだけである。 |
JCBの会員情報が第三者に売られている | 広告の最適化が目的であり、個人情報の売買を目的としているわけではない。 |
JCBの情報を使えば誰でもターゲティングできる | 企業が広告を配信するための仕組みであり、一般の人が自由にアクセスできるわけではない。 |
JCB会員にとってのメリット
JCB会員にとって、この仕組みには以下のようなメリットがあります。
メリット1:自分に合った情報を受け取れる
JCBのこの取り組みにより、会員の興味や関心に基づいた広告がより表示されやすくなるため、関係のない広告を無駄に見せられることが減ります。たとえば、旅行好きの会員には旅行関連のキャンペーン情報が届き、ファッションに興味がある会員にはアパレルブランドの最新情報が届くなど、より自分に合った情報が得られるようになります。
メリット2:お得なキャンペーン情報を逃さない
JCBは会員向けに様々なキャンペーンを提供しています。この仕組みを利用することで、JCB会員に限定された特別な割引やポイントアップキャンペーンなどの情報を適切なタイミングで受け取ることができます。例えば、旅行の計画を立てているときに、JCBカードの割引対象ホテルの情報が届くと、よりお得に利用できる可能性があります。
メリット3:安全に利用できる
JCBはハッシュ化という技術を使い、Eメールや電話番号そのものを第三者に渡さない仕組みになっています。したがって、広告が配信されても、JCBのEメールや電話番号が直接漏れることはなく、安全にサービスを利用することができます。
メリット4:不要な広告を減らせる
この仕組みによって、JCB会員に関係のない広告が表示される機会が減ります。ターゲティングが適切に行われることで、興味のある分野の情報だけが表示され、無駄な広告をスキップする手間が減るのです。
まとめ
JCBの会員規約改定の誤解されやすい部分について詳しく説明しました。Web広告やデジタルマーケティングの専門家の立場では、この会員規約改定により、個人情報が不正に扱われることはまず起こらないと思っています。とはいえ、自身の個人情報は自身でコントロールすることが大前提であり、そのためにも、正しい知識を身につけていく必要があるでしょう。