(リューさんと訓練♪ リューさんと訓練♪)
スキップもかくやといった足取りで、
あのリューが、ベルの憧れで好きな人が、
リューと出会ってから僅か三日、その短期間でこんなにもお近づきになれるなんてベルは思ってもみなかった。
まさに望外の喜び。浮かれるなというのは無理な話だ。
そうして朝っぱらからルンルンの気分で、意気揚々とベルはリューとの集合場所に辿り着く。そこには既に準備万端のリューの姿があった。
「おはようございますリューさん! 今日からよろしくお願いします」
「おはようございます、クラネルさん」
『豊穣の女主人』の裏手、そこの開けたスペースがリューの指定した訓練場所だった。なんでもそこは、酒場にいるときリューが普段から自己鍛錬に使用している場所らしく、ベルが来ることもミアから許可を取ってくれたそうだ。
ベルのために色々と動いてくれたその事実に恐縮してしまう。
朝の挨拶を交わす二人。素振りをしていたのだろうか、リューの手には前に見た木刀とは違った木剣が握られていた。
「すいません、少し遅かったですか? 早めに出たつもりだったんですけど」
「そんなことありませんクラネルさん。私が少し早く来すぎていただけです」
持っていた荷物を邪魔にならないよう壁際に置きつつ尋ねると、リューはベルの気を遣ってかそう返答する。
事前にリューから言われていたとおり、自分の武器もいくつか持ってきている。彼女の様子からこれから何をするのかは明白だったため、ベルも自分の武器──ナイフを一本取り出した。
「それでは早速……と言いたいのですが、その前に一つだけお聞きしてもよろしいですか?」
「? なんですか?」
なんだろう。修行前だし、心構えとか、覚悟とか、そういうことを聞かれるのかな。なんてベルは考えて、思わず身構える。
そんな安易な思考を読み取られたのだろう。リューは首を横に振った。
「そんなに身構えなくて結構です。修行とは無関係ですから」
「そ、そうですか。それで、聞きたいことってなんですか?」
脱力し、再度質問を促す。リューの聞きたいことというのは、ベルからすると意外なことだったが、話を聞くうちにすぐに納得できるものに変わった。
「貴方の身内に『アルフィア』という名前の方はいらっしゃいますか?」
「ええ、お義母さん……僕の叔母の名前がアルフィアですけど、どうしてそれを?」
「やはりそうでしたか」
「やはり?」
「いえ、私達は五年ほど前まで彼女と暮らしていたのですが、『ベル』という名前の子供と彼女が手紙のやり取りをしていたのを思い出したのです。名前と特徴が一致したのでひょっとしたらと思い、それでお聞きしました。……彼女は息災でしょうか?」
「ああ、なるほど。それで【アストレア・ファミリア】に……はい、お義母さんは元気にしてますよ。お祖父ちゃんがいなくなるまで、セクハラされたら地面に埋めてましたし……僕も修行をつけてもらってたので……」
一人納得しそこまで話して、ベルは目のハイライトを消して遠い顔をする。
あぁ、つい最近までのことだけど、ここ一月足らずの時間が平和すぎてまるで遠い昔のように思える。
それだけでベルの身に何があったのか察したのだろう。リューは苦笑して話を切り替える。
「無駄話が過ぎましたね。この話はまた後日、【アストレア・ファミリア】の他の団員も交えてしましょう。──ではクラネルさん、武器を構えてください」
リューの纏う雰囲気が変わる。だらりと片手に持つ木剣は地面に向けられ、脱力した状態で静かにベルを見据える。
棒立ちだったベルの肌が、ぞっ、と粟立った。一見無防備に見える。けど、リューの纏う雰囲気は戦う者のそれ。
ベルは咄嗟に手に持つナイフを構えた。
「っ……」
「いい反応です。先ずは貴方がどの程度できるのか正確に把握したいので、貴方の方から私に切りかかってください。私の心配は無用です。彼の
『どうせ傷一つつけられませんから』
そこまでは言ってないが、リューの態度と構えからはありありと伝わってくる。そしてそれは事実だ。
今のベルでは彼女に一撃でも入れられればそれこそ奇跡──『偉業』の一つとなるだろう。それだけベルとリューとではレベル差も、技術も、かけ離れている。
(……まったく隙が見当たらない!)
ジリジリと、時間だけが過ぎていく。既に十秒は経っただろうか。リューの構えは変わらず、ベルの額から汗が流れた。
「っ、はぁああああ!」
覚悟を決め、駆け出す。隙が見当たらないのなら自分から作り出すしかない。
逆手に持ったナイフを横薙ぎに振るう。当たるかと思った瞬間には下がっていた彼女の腕がブレ、ナイフの側面が叩かれる。軽々と弾かれた。
バックステップ、一度距離を取り再び攻める。次の二連撃も簡単に防がれた。
回し蹴り、逸らされる。突き、弾かれる。膝蹴り、繰り出す前に手で押さえられた。
防御、防御、防御。一撃離脱を織り交ぜたベルの連撃はその全てを、そのことごとくをリューにあしらわれる。
まるで一本の大樹のように、エルフの里にあるという聖樹のように、その場から微動だにしないリュー。
「っ……はあ!」
焦り、隙の大きい大振りな攻撃をしたベル。それに対しリューは険しく目を細め、ベルの一撃は防がれるのではなく、ひらりと軽やかな身のこなしで躱された。
「なっ!?」
体勢が崩れ、大きな隙を晒したベルの背中に痛烈な一撃が走り、吹き飛ばされる。
「がっ」
ゴロゴロと石畳の上を転がり、すぐに立ち上がる。視線の先にいるリューの顔には若干の驚きが浮かんでいるものの、汗一つかいていなかった。
「……想像以上です、クラネルさん。痛みへの慣れもありますし、基礎はみっちりとアルフィアに仕込まれているようですね。この調子なら予定よりもう一、二段厳しくしてもよさそうだ」
「あ、ありがとうございます」
お褒めの言葉と共に木剣を下げたリューを見て、ベルも構えを解く。
「ですが、最後の一撃はいただけない。焦りましたね、クラネルさん?」
「は、はい……」
「恐らく、ずっと私が弾くか受け止めるように防いでいたから、次もそうするだろうと思ったのでしょうが……思考を停止させてはいけません。これも『駆け引き』の一つです」
「……はい」
「『技』はいいですが、貴方には少々『駆け引き』が足りない。それは経験不足故仕方のないこととは思いますが……もしかしなくても、ミノタウロスと戦った時も勝負を焦ったのではありませんか?」
「うっ、そ、その通りだと……思います」
まさか、あの場の僅かな戦闘痕と今の手合わせだけでそこまで見抜けるのか。『上級冒険者って怖い』と、ベルは思った。
実際のところ皆が皆リューのように分かるわけではないが、それでもベルは先達の冒険者達に畏敬の念を抱く。
「先ずはその『焦り』を直しましょう。いついかなる時も冷静であること、これは冒険者として必須とも言える技能です」
「っ、はい! わかりました!」
「では再開しましょう。次は私からも積極的に攻めます。その眼と体で、私から学べる全てを学び取りなさい」
「──今日はここまでにします。立てますか、クラネルさん?」
「ゔぁ、ゔぁい」
その後はもう、ぼっこぼこのめっためたにされた。一瞬でも体の軸がブレれば木剣で薙ぎ払われ、隙ができれば蹴り飛ばされ、そもそもベルが攻める余裕なんて皆無なほどに叩きのめされた。
現状のベルの目で
リューから「目で追えないでしょうが、それでも防ぎなさい、避けなさい。直感でもなんでもいい。それがいつか貴方の身をダンジョンで助けてくれる」と言われ、それはもう必死になった。
『これぐらいできなければいつかダンジョンで死ぬ』
言外にそう告げられたのだから。
義母との特訓に負けず劣らずのスパルタ指導を終え、ベルはダンジョンに行く前に疲労困憊になっていた。
『ダンジョンに行けるか?』と問われれば、『ノー』と言ってしまいたくなるぐらいには、頭も体も疲れていた。
──それでもダンジョンに行くが。
「リュー? あまりベルさんをいじめちゃダメだよ?」
「おはようございます、シル。これでも加減している方です。……クラネルさんは筋がいい。それでつい興が乗ってしまったのは否めませんが」
いつからいたのか、シルがバスケットを持って二人の所に来ていた。淡々とした口調だがリューがそう話すのを聞き、少し照れるベル。
「それで……貴女がここに来たということは、何かご用ですか?」
「んっと、ベルさんにこれを渡そうと思って。あっ、リューの分もあるから安心して」
「僕にですか?」
そう言って、シルは手に持っているバスケットをベルに差し出してくる。
「ベルさん、今日もダンジョンに行かれるんですよね? これは今日の朝食とお昼です。受け取ってください」
「えぇっ! わ、悪いですよそんなの! 受け取れません!!」
「どうしてもダメ……ですか?」
「ぐっ……」
上目遣いでそう言われ言葉に詰まるベル。「その眼と言い方は卑怯ですよシルさん」と言いたい。
そうやって困る弟子に、師匠から助け船が出される。
「シル、あまりクラネルさんを困らせてはいけません」
「リューさん……」
「ですがクラネルさん、極東の言葉で『腹が減っては戦はできぬ』というものがあります。ダンジョンに行くのでしたら受け取った方がいい」
「うぐっ、わ、わかりました。ありがとうございます、シルさん。いただきます」
「どういたしまして、ベルさん」
バスケットを受け取る。朝食はバベル前のベンチで食べようと決め、それじゃあとダンジョンに行こうとしたところで、ベルはリューに呼び止められた。
「クラネルさん、少しお待ちください。私のせいとはいえ、大分疲れも溜まっているでしょう。回復魔法をおかけします」
「い、いいんですか?」
「ええ。そのような状態でダンジョンに行き死なれても困る。貴方はシルの将来の伴侶となる人なのですから、当然です」
「もうっ、リューったら」
何を言っているのだろう、この人は。場の状況に置いてかれるベルを傍目に、シルは顔を赤くしてリューをぽかぽか叩いていた。
「それに、滅多にないとは思いますが、以前のような
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
そうしてリューから回復魔法をかけてもらい体力も回復させたベルは、二人にお礼を告げてからダンジョンへと向かう。
(やっぱり、リューさんは凄く強いなぁ)
さっきまでの訓練を思い返しながら、ベルはバベル前のベンチに座り、シルから貰ったバスケットを開く。中身はサンドイッチだった。
まず何より一つ一つの動作が『速い』。【疾風】の二つ名の通り、風のように速く軽快な剣捌きに足さばき。しかも一撃一撃が重い。
レベル差もあるだろう。だがベルとのなによりの明確な差はやはり技量。あの重い一撃も、ただ力任せな一撃ではない。ちゃんと人の体の構造を理解して、最適な動きで繰り出すことで、あの重い一撃を実現させている。
「『冒険者はステイタスに振り回されることが多い』、か……実際、僕もまだ振り回されてるよなぁ」
サンドイッチを食べる。バリッと嫌な音がした。サンドイッチを持っていない掌へと視線を移し、ぐっぱぐっぱと握っては開くを繰り返す。
義母と訓練していた頃は、恩恵なんて授かりようもなかった。身近に神様なんていなかったから。
それでもあの村で出来ることをやっていた。戦闘技術であったり、冒険者としての心構えであったり、必要な知識であったりと、沢山のことを学んだ。
その中にはもちろんステイタスの件も含まれているが、こればっかりは実際に経験してみないと分からない。
それでもある程度自信はあったのだ。だが、今日あらためて突き付けられる現実。
『技』も、『経験』も……特に、リューから指摘された『駆け引き』が、ベルには足りてない。圧倒的に足りてない。全部必要な事なのに。
(……まだ、遠い。今日初めて指導をつけてもらって、明確になった僕の弱点とリューさんとの距離。一つずつだ。一つ一つ丁寧に潰していくしかない。一歩一歩、縮めていくしかない)
神様曰く今は成長期らしいので、ステイタスは自然と上がっていくだろう。
だから今
「今日はリューさんから指摘されたことを復習しながらの戦闘だ。まずは……『焦らない』こと」
そう呟いて、少年はダンジョンへ駆け出した。
ベル・クラネル
Lv.1 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :E404→D524
耐久:F321→D503
器用:E420→D521
敏捷:E476→C680
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【憧憬一途】
・早熟する
・懸想が続く限り効果持続
・懸想の丈により効果向上
「まさかこれほどとは……やっぱり師弟関係は認めるべきじゃなかったかなぁ~」
◇◇◇
「はぁっ!!」
裂帛の声と共に繰り出される反撃の一撃を、リューはこれまで通り、しかし内心では驚嘆しながら弾き返す。
リューが訓練を付け始めてからはや五日目。今まで守勢一辺倒で、なんなら防御すらままならなかった少年が、カウンターを織り交ぜてくる。
その驚くべき事実に、リューは若干口元を緩ませ、冷静に自分の動きのギアを上げ──攻め立てる。
「っ、のぉっ」
それでも少年はリューの攻撃を防いでみせたばかりか、再び反撃してきた。二度目のその攻撃は回転して避け、勢いそのまま回し蹴りを放つもこれも避けられる。
(成長が早い……ステイタスは初日以降更新していないそうなので速さは変わりませんが──明らかに『キレ』が違う、『質』が違う、『技』が違う……『駆け引き』も上達している!)
これほどまでに教えがいのある冒険者など、いったいこの都市に何人いるだろうか。
前日に教えたことを次の日にはある程度形にして実践してくるのだ。いったいどれだけ愚直に、真っすぐに、練習し続けたのだろう。きっと百や千はくだらない。
正直に言えば、リューの目から見ると少年の要領は悪いほうだ。だがそれを覆すほどひたむきな努力を、この少年は短い期間とはいえ継続している。継続できてしまっている。きっと今後も継続していくだろう。
ただでさえキツイ朝稽古の後、回復魔法を施しているとはいえダンジョンにも行っているのだ。普通は音を上げる。倒れる。疲れたと叫ぶ。
けどこの少年は笑顔すら湛えて、毎日ここにやって来てぼろクズにされてからダンジョンへ──これまた笑顔で向かっていく。
(──アルフィア、クラネルさんにいったいどれだけの過酷を味合わせたのですか。……いえ、恐らくはそれだけではありませんね)
かつて自分達を鍛えていた存在に思いを馳せるも、それだけではないと、今もリューの攻撃をナイフで逸らす少年の
きっとこの少年本来の気質なのだろう。それだけの強い思いがあるのだろう。
(『英雄』になりたい、でしたか。ええ、貴方ならきっとなれるでしょう。──ですが)
「ぐぶるっ」
木剣が強かに少年の胴を打ち据え、吹き飛ばす。地面を転がりながらなんとか受け身をとった彼は前を向き、再びリューの方へ向かってナイフを振るってくる。しかしリューはその刀身をピタッと手で掴み少年を引き寄せ、強制的に動きを停止させた。
「クラネルさん、休憩を挟みましょう」
「えっ? けど、まだ始めたばかりですよ」
「いいですから。それとも、師の言うことを聞けませんか?」
「……わかりました」
残念そうにナイフを下ろし、深く息を吐く少年。リューはベルに向かって諭すように告げる。
「クラネルさん、貴方が『英雄』に憧れているのは知っています。そのために早く強くなりたいのもわかります。ですが、休息を疎かにしてはいけない。今の貴方は少々オーバーワーク気味だ」
「で、でもっ、僕はまだ全然動けます! 大丈夫です!」
「いいえ、クラネルさん。今は大丈夫でも、この調子では必ず貴方の体は悲鳴をあげる。そうなる前に、ちゃんとした休みをとらなくてはなりません。今日の鍛錬はここまでです、ダンジョンにも行かないように」
「そ、そんなぁ。あと限界を三百回は超えないといけないのに……」
「……そんなことを一体誰に言われたんですか? いえ、聞かなくても大方予想通りでしょうが」
「お義母さんです」
(あぁ、アルフィア……貴女はこうも純粋な少年に何を吹き込んでいるのですか。限界の意味を教えて貰いたいです)
がっくりと肩を落としているベル。もし少年に兎の耳があったのなら、へにょっと垂れているだろう。
既に
「そんなに落ち込まないで下さい。ちゃんと休みさえ取ればいいのです。休める時に休む能力も、冒険者に必要なことですよ。上級冒険者になると、数分だけ寝て
「わ、わかりました」
なんとか納得してくれたようで安心する。ナイフを鞘に納め、荷物を纏めにいくベル。心なしか少年の背中がどんよりと曇って見えた。
それほどショックだったのだろうか。悪いことをしたとも思うが、休息は大事なのだ。経験則だ。これは譲れない。
そこでふと、リューは今日が酒場にいる最後の日であると思い出し、同時にフィリア祭であることも思い出す。
「そういえばクラネルさん、私から事前に知らせなければならないことがあります」
「……なんでしょうか?」
覇気のない声で答え、しょんぼり顔で振り向くベル。これはもはや
「実は昨日で酒場の手伝いは終わりなのです。ですから今日をもって、しばらくの間ここでの鍛錬はありません」
「そ、そんな!? じゃあリューさんとの修行もしばらくお休みなんですか!!」
「早とちりしないでください。話はまだ終わってません」
「あっ、す、すいません」
「私が酒場にいる時はこちらですが、そうでない時は私達の
「そっ、そうですか」
ホッとした様子で胸を撫でおろすベル。ころころと変わる表情を微笑ましく思いつつ、リューは懐から一枚の羊皮紙を取り出しベルに差し出した。
「こちらに記載された住所が私達の本拠です。時間はいつも通り早朝に。私が出迎えるので、門の前で待っていてください」
「はい、わかりました」
受け取った羊皮紙を大切そうに折り畳み、胸ポケットに入れるベル。そんな彼の顔には、今日はどうやって過ごそうと書いてあったので、リューは一つ提案することにした。
「クラネルさんは今日、
「
「そういえば貴方はまだオラリオに来たばかりでしたね。怪物祭とは、【ガネーシャ・ファミリア】が主催しているお祭りで、
「て、
「いえ、正確には『逆らえなくさせる』そうです。それでも専門的で高い技術を要されるのですが……。それに、様々な露店も出ます。私は巡回の仕事があるので気を抜けませんが……今のクラネルさんには良い息抜きになるかと」
「なるほど……なら、せっかくなので行ってみます! リューさんと回れそうにないのは残念ですけど……お仕事頑張ってください! それじゃあまた今度!」
「ええ、また」
手を振って去っていく少年を見送り、ふと、自分の手が自然と振り返していることに気付く。
「……どうやら随分と絆されてしまったようだ。さて、私も本拠に戻って準備しなければ」
リューは自分の荷物を持つと、今日の巡回の経路を思い出しながら本拠に向かって歩き出した。
◆◆◆
「そういえば神様、今どこで何をしてるんだろう」
一度本拠の廃教会に戻りさっと身だしなみを整えたベルは、リューに言われた通り怪物祭を見て回っていた。
そろそろ帰って来てるのではないかと思ったが、ヘスティアが本拠に帰って来た形跡もなく──祭りが始まる時間まで待っていたが、結局ヘスティアは帰ってこなかった。
「心配だなぁ……神様もお祭りに来てるんだったら探そうと思えるんだけど、わからないし……」
「おーい! ちょっと待つニャ! そこのいつもリューにぼろ雑巾にされてる白髪頭ー!!」
「ぼ、ぼろ雑巾!?」
いやまぁ事実だけど、と振り返った先にいたのは酒場の店員さん。
名前は確か──アーニャといったか。
「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて悪かったニャ」
「あ、はい、おはようございます。それはいいんですけど、僕に何かご用ですか?」
「ニャ、シルのやつが財布を忘れていったのニャ。シルはおっちょこちょいなのニャ。だからこれをシルのところに届けて欲しいのニャ。今頃はきっと東のメインストリートあたりで困ってると思うのニャ。ほんとはミャーが届けたいところにゃんだけど、酒場の仕事が忙しくて無理なのニャ。頼めるかニャ?」
「そういうことでしたら、わかりました。この財布をシルさんに届ければいいんですね?」
「ニャ! 頼んだのニャ白髪頭!!」
そう言うとアーニャは駆け足で戻っていった。
「東のメインストリート、だよね。ここから近いし、困ってるだろうし、すぐに届けよう」
ベルは東のメインストリートへと足を向ける。道中でも薄鈍色の髪の少女と、ツインテールの神様がいないか探したが、目的地に着くまでの間には見つからなかった。
「シルさんいないなぁ……闘技場の方に行っちゃったのかな」
人混みをかき分けながらベルはシルを探す。だが人は増える一方でシルの影も形も見当たらない。
取り敢えず人波に任せて進んでいると、
「あ! 見つけた!! お───い! ベルく──ん!!」
ベルにとって聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
聞こえた方向を見ると、そこには特徴的なツインテールを揺らし、人をかき分けながらこちらに走ってくるヘスティアの姿が見えた。
「神様!? どうしてここに!?」
「そこで会った知り合いの神にこの辺りに向かう白髪赤目の少年を見たって聞いてね。それを信じて進んできたというわけさ!」
「そ、そうですか……いや、それよりも! 一体今までどこに行ってたんですか! しばらく空けるとは言ってましたけども!」
「三日も連絡できなくてごめんよ! いろいろ忙しくてね。今度からはちゃんと連絡はするから許しておくれよ」
「許すも何も……」
(別に怒ってないんだけど……)
そうやって考えていると、人に当たらないように跳ねたりくるくるベルの周囲を回ったりと、ヘスティアが随分と機嫌が良さそうなことに気付く。
「神様、この三日間で何か良いことでもありましたか?」
「ん? そう見えるかい?」
「はい。今まで見てきた中で一、二を争うぐらいには……その荷物が関係してるんですか?」
「へへへ……実はね……やっぱり今は教えてあげなーい! ホームに帰ってからじっくりと話そうじゃないか!」
期待した状態から急なお預けを喰らったベルはがくっと俯く。
そんなベルに微笑ましいものを見る視線を向けながら、ヘスティアは手を取った。
驚くベルを軽く引っ張って微笑みながら、ヘスティアは言う。
「ベル君! せっかくのお祭りだし、デートしようぜ!」
「デ、デート!? いやでも、今探してる人がいて」
「じゃあお祭りを楽しみながら探そうじゃないか! 楽しみながら探したら一石二鳥だぜ?」
上機嫌な女神と、そんな女神に戸惑いを隠せない眷属。
対照的な二人だが、時間が経つにつれて振り回されていた眷属もやがて自然な笑みを浮かべ始めた。時々苦笑いを浮かべはするものの。
だが、楽しい時間というのは得てしてすぐ終わってしまうもの。
ベルからすればいつもお世話になっている人物。ヘスティアからすれば眷属との逢瀬を邪魔するお邪魔虫。
エイナ・チュールの姿がそこにはあった。
「あ、エイナさん!」
「ベル君! 君も怪物祭を見に来たの?」
「はい! そんな感じです」
「ふーん……君がベル君が話してた『エイナさん』か」
興味深そうにじーっとエイナを見つめるヘスティア。
そういえばヘスティアにエイナのことを話したことはあっても、直接会ってもらったことはないと思い至り、ベルは口を開こうとした。
が、それよりも早くエイナがヘスティアに会釈する。
「
「そんなに畏まらなくていいよ。初めまして、ベル君の主神のヘスティアだよ。いつもベル君が世話になってるね」
礼儀正しく頭を下げているエイナに返すように、ヘスティアも頭を下げる。
二人が顔を上げるのを待ってから、ベルはエイナに質問する。
「エイナさんはお仕事ですか?」
「うん、そうだよ。フィリア祭はギルドも一枚噛んでるからね。私はお客さんの案内をしてるの」
「こんな日に仕事なんて君も大変だねぇ……」
同情するような視線を向ける神様に苦笑を向けるエイナ。
確かにギルドも関わっているお祭りとはいえ、こんな日に仕事に駆り出されるのは少し同情してしまう。
リューも都市の巡回があると言っていたし、秩序を守る側というのはいつだって忙しいのだろう。
「お二人ともそんな顔しないで下さい。せっかくのお祭りなんですから、楽しまなきゃ損しちゃいますよ?」
何故かエイナに励まされるベルとヘスティア。二人は少し居心地が悪くなってしまう。
そんな空気を払拭するように、エイナが明るく語りかけてくる。
「さあ、その話は置いてきましょうか! お二人ともここに来たということは闘技場の催しを見に来たんですか?」
「……ああ! そうだよ! 色んなところで噂されていたから気になってしまってね!」
「そうですね。僕も、リューさんのお友達が出るそうなので、気になりますし」
「……ふーん、いつの間にリオン氏と仲良くなってるみたいだけど、何かあったの?」
「じ、実は……」
と、そこで周囲の一般人からの悲鳴が響き、闘技場の門から何かが爆発する音が聞こえた。
それはエイナやヘスティアにも聞こえていたようだ。
「な、なんだい今の音は!?」
「いったい何が……あれは……なんでモンスターが!?」
辺りを見回していたエイナの顔が真っ青になる。
彼女が視線を向けた先を見ると、そこから複数のモンスターが飛び出して来ていた。
そのうちの一匹、純白の毛並みを持つモンスターが、偶然なのか街に散るのではなくヘスティアを見ると、こちらに目掛けて突き進んできた。
「あれは……シルバーバック!」
ダンジョン11階層が生息域のモンスター。
ミノタウロスより格下とはいえ、駆け出しのLv.1の冒険者一人では到底敵わない相手。
「あいつ……神様を狙ってる!?」
「な、なんだって!? ボクは恨まれるようなことなんてしてないぞ!!」
「っ、神様! 失礼します!!」
こんな人の多い場所で戦うわけにはいかない。かといって
幸い(?)あのシルバーバックはヘスティアだけを狙っている。なら他人に被害を出さず誘導できる。
そう判断したベルはヘスティアを抱きかかえて、なるべく人の少ない方へと走り出した。
「ちょっ、ベル君!? ああもうっ!! 何が何だか……」
「エイナちゃん! 何があったの!?」
「ローヴェル氏! それにリオン氏も!」
あっという間にいなくなったベルとヘスティアと入れ違い、エイナの元に第一級冒険者と第二級冒険者の二人が現れる。
「いったい何が起きたのですか。いきなり爆発音がしたと思えば、そこかしこから悲鳴が聞こえ急ぎやってきたのですが……」
「それが、闘技場からモンスターが九匹脱走してしまい……。そのうちの八匹は都市中に散らばり、最後の一匹……シルバーバックはベル・クラネル氏と神ヘスティアを追ってメインストリートから外れた人通りの少ない方へと」
「クラネルさんを追って?」
「その子ってリオンのお弟子君じゃない!」
「ああそういう……って今はそれどころじゃありません! お二人とも、モンスターの討伐にご協力を願えないでしょうか!? 可能ならクラネル氏の救助も! 今のあの子じゃシルバーバックなんて倒せません!」
「そんなのあったりまえよ! 私は脱走したモンスターを、リオンはお弟子君のことをお願い!!」
親指を立て二つ返事で了承するアリーゼ。それとは対照的に、リューは一瞬何か考えこむような仕草を見せると、驚くべきことを言い放つ。
「アリーゼ、チュールさん。その必要はないかと」
「リオン!?」
「リオン氏!?」
驚愕する二人に対し、リューはいたって冷静に淡々と話す。
「今のクラネルさんなら一対一でシルバーバックに遅れは取りません。よしんば倒せなかったとしても、逃げおおせることくらいはできるでしょう」
「何を言っているのですかリオン氏! 彼はまだ冒険者になって三週間なんですよ!!」
苛立ちを隠しきれずに叫ぶエイナ。だがリューの意思は変わらない。
「彼に修行をつけている身として断言します。今の彼ならば十分シルバーバックと渡り合える。技術もアビリティも、それだけのものを彼は身につけています」
「っ……ローヴェル氏!」
いくらベルが師事する人物だとしても話にならないと、隣で話を聞いているアリーゼに助力を求めるエイナ。
だがアリーゼはエイナが期待することは言わなかった。
「……わかったわ。リオンの判断を信じて、シルバーバックはお弟子君に任せる。リオンは南に散ったモンスターの対処をお願い!」
「ローヴェル氏!?」
「承知しました」
そう言い残すとリューはそれこそ疾風のように南へと駆け出していく。と、同時に、アリーゼも別方面へと走っていった。
「……っ、もしベル君が帰ってこなかったら恨みますからね、お二人とも」
残されたエイナは一人呟くと、自分もギルド職員としての役目があると、一般人の避難誘導のため駆け出した。
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色々捕捉
リューさんの守りの剣技ですが、彼女の言葉通りオッタルのような『完全防御』ほど極められていません。
レベル3ぐらいまでのベル君の【ファイアボルト】ならオッタルよろしく軽々と『アルヴス・ルミナ』で斬って捨てるでしょうが。なんなら修行用の木剣でもいける。
ベル(えぇ……木剣で魔法を……しかも炎を斬るって……上級冒険者って恐い)
リュー「発動速度はアルフィアに負けず劣らずですが、彼女の魔法に比べたら実体がある分だけマシです」
比較するなら、
リュー<<<<オッタル
くらいの感覚です。
彼女がこの剣技を身につけた……『身についた』理由としては、まぁじゃが丸くんのせいです。やっぱアイツです。すべての元凶。
ちなみにリューさんはこの剣技を無意識化で習得しました。無意識化だから当然完成度は低い。そんぐらい自分の後悔の気持ちに気付いてない。
本人からすると、『なんかいつの間にか猛者の真似事ができるようになっていた』ってところです。いつの間にかじゃねーよ怖ーよ。なんで無意識で劣化とはいえオッタルの真似できてんの? トラウマ深すぎかよ。
こういうわけで、原作と違い五年間冒険者を続けているリューさんの『力』と『耐久』のアビリティは、種族柄伸びにくいですが、C、B評価まで伸びてました。どっかのダークエルフの『力』のアビリティA評価だし、こんぐらい伸びててもいいよね?
リューさんの防御『だけ』の戦闘は現状の技量だと、まぁレベル3中堅ぐらいには通用するかな? アビリティで優っていても、同レベル帯だとキツイ。
意識して練習すればきっと、
リュー<<オッタル
くらいにはなる。ただやっぱ同格以上には通用しないし、格下相手でも普通に攻めた方が強い。でも手札の一つとしては結構強力な武器になる。
リュー 「いついかなる時も冷静であること、これは冒険者として必須とも言える技能です」キリッ
輝夜 「お前が言うな、ポンコツエルフ」
ライラ 「リオンが言っても説得力がねえ」
アリーゼ「バーニングね!!」
リュー 「……何なのですかみんなして……私はこれほど落ち着いているというのに……(´・ω・`)」
「「「そういうところよ((だ))(逆に落ち着きすぎていて反動が怖い)」」」
シルさんはベル君とリューさんの訓練光景を「あぁ、推しが尊い!!」って感じでいつもニコニコ近くで隠れて見ています。
なので魔導書を渡した後の【フレイヤ・ファミリア】襲撃事件はありません。その気になればいつでも見れるから。
ただリューが酒場の手伝いから抜けるので、近くで眺める事はしばらくできませんが。シルからすればリューに手伝いに来て欲しい理由が増えた。
リューさんとシルさんの出会いは『ダンまち・クロニクル:エピソード・リュー』にあった暗殺騒動前。【アストレア・ファミリア】……特にリューさんが闇派閥ぶっ潰しまくってたので(これは前述のとおり)、それで恨みを買いました。その時期のリューさんがちょっと疲れていたところに、シルさんに原作よろしく『大丈夫?』と声をかけられました。
暗殺騒動のことはアストレア様とリューさんの会話にあったので、気付いた人は気付いてますよね。
自分の気持ちに気付けないなら、他人の気持ちにも気付けないよね。だってポンコツだもの。やっぱりリューさんがポンコツなのが悪い。