「ベル君っ! こんな状況で申し訳ないんだが、ボクは今、神生で一番の幸せを感じているよ!!」
「何を呑気なこと言ってるんですか神様! しっかり掴まっててください!!」
走る走る走る。ベルはいわゆる『お姫様抱っこ』の状態でヘスティアを抱き、なるべく人の少ない方へ少ない方へと全速力で走っていた。
「ガァアアアッッ!!」
背後から迫る白い野猿──シルバーバックは周囲の一般人など脇目も振らずにベルたちを追って来ている。
「やっぱり神様を狙ってるみたいですよ! 本当は知り合いなんじゃないですか!?」
「ボクにあんなおっかない知り合いがいてたまるかぁ──!! 今日が初対面だよ!!」
軽口を叩きながらもベルは逃げるので必死だ。少しでもスピードを緩めたら追いつかれてしまう。
太腿がはち切れんばかりに足を上げ、曲がり角を右に曲がる。
「っ、行き止まりじゃないかベル君! どうするんだい!? ここで迎え撃つかい!?」
「無茶言わないで下さい神様! 力を入れてください! 跳びます!!」
ぎゅっとベルに捕まるヘスティアの手に力が入る。
そのことを感じ取ったベルは走る勢いそのまま側面の壁を蹴りあげ、正面の高い壁を跳び越えた。
「おおぅ、すごいジャンプ力だねベル君。これでもう追いかけられないんじゃないか?」
「たぶん、壁を壊してでも追ってきますよ。今の内に距離を稼ぎましょう、神様」
振り返り、シルバーバックが来ていないことを確認し、再び走り出す。
ベルの異常なまでの成長速度を知っているヘスティアは、つい疑問に思ったことを聞いた。
「ベル君、君はあのモンスターに勝てないのかい?」
「……ごめんなさい、無理です神様。今日は怪物祭を楽しむつもりで、武器を持ってきてないんです。流石に徒手空拳じゃ勝てません。僕、獣人やドワーフじゃないですし」
こんなことになるなら護身用の武器ぐらい持ってくれば良かったと後悔するベル。
後悔先に立たずとは言うが、まさにこのことだ。今後は絶対に護身用の武器を常に持つようにすると決める。
声の調子を落とすベルに、「なら」とヘスティアが語り掛ける。
「武器があれば勝てるんだね?」
「え? それはどういう……ちょっ、神様!?」
いきなりベルの腕から逃れたヘスティアは、持っていた荷物を解き始める。
「本当はもっとちゃんとした形で渡したかったんだけど……ベル君、君にプレゼントだ」
「こ、これは……」
そう言ってベルに渡されたのは黒いケース。
「開けてみてくれ」と促されベルがそのケースを開けると、中にあったのは一振りのナイフ。鞘には【ヘファイストス・ファミリア】の武器に刻まれるロゴタイプが入っている。
「か、神様、これって……」
「あぁ、正真正銘【ヘファイストス・ファミリア】の一品さ。多分世界に一つしかないぜ。銘は『
震える手で鞘からナイフを取り出すと、現れるのは美しい漆黒の刀身。素材は恐らくミスリル。その刀身には
ベルがナイフの柄を握ると神聖文字が淡く輝いた。
まず間違いなく一級品にして高級品。きっと今ギルドの金庫にあるヴァリス金貨も軽く吹っ飛ぶぐらいの額だろう。
「どっ、どうしてこんなものを!? どうやって!?」
「ボクは君に助けられてばっかりだ。でも、見ているだけなんて、養われるだけなんてボクにはできない。君の力になれないのは、嫌なんだよ」
「でもだからって! 【ヘファイストス・ファミリア】の武器はすごく高価でっ……お、お金はどうしたんですか!?」
「大丈夫、ちゃんと話はつけてきたから。君達の資産に頼るなんて情けない真似はしないさ」
声と瞳を震わすベルに、ヘスティアは穏やかな笑みを向ける。
「『英雄』になりたいんだろう?」
「!」
「言ったじゃないか。君のことを応援するって。だからこれぐらいのお節介はさせてくれよ」
「っ……はい! ありがとうございます! 神様! 大好きです!」
じわっと眦に浮かんだ涙をベルは拭う。ヘスティアは「ボクだって君の事が大好きだとも」と返し、
「さ、ステイタスの更新をしよう! 少しでもあのモンスターに勝つ確率を上げるんだ!」
野猿の叫び声が聞こえてくる。もう近くまで迫ってきているようだ。
上着を脱ぐ時間も惜しいと、ベルは上着を捲り上げ、ヘスティアにステイタスを更新してもらう。
(おいおいおい……三日間更新しなかっただけで……ここまで伸びるものなのかい!? しかもSSって……いったいどんな修行をしていたんだ君達は!!)
ベル・クラネル
Lv1. 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :D524→A849
耐久:D503→S924
器用:D521→A862
敏捷:C680→SS1168
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【憧憬一途】
・早熟する
・懸想が続く限り効果持続
・懸想の丈により効果向上
アビリティ熟練度、トータル1500オーバー。
モンスターに左程詳しくないヘスティアにだって、ここまで明確に高い数値ならわかる。
「ベル君! 行ってこい! 今の君なら絶対に勝てる!! 全知零能の
「はい! 神様!」
「ガァアアアア!!」
ヘスティアが激励の声をかけベルの背中を押す。それとほぼ同時に、シルバーバックが姿を現した。
ヘスティアを背後に庇い、ベルはシルバーバックに向けて走り出す。
(体が軽い! 今までより速く動ける! けど、この力に振り回されちゃダメだ!!)
激上したステイタス。それを制御し使いこなすことに意識を割きつつも、目は油断なくシルバーバックを見据える。
(初めて戦う大型のモンスター。場所は入り組んだ住宅街。ここに住む人達に被害は出せないし時間もかけられない……なら、一撃だ!)
ベルは必死に人のいない方へ走っていたので気付いてないが、現在地は都市第三区画。オラリオ二つ目の迷宮とも呼ばれるダイダロス通り。
周囲の状況の把握し、戦いの方針を一瞬で定め、接敵する。
「グルァ!!」
脱走した時からそのままなのであろう、シルバーバックは両腕についている鎖を振り回す。
その破壊力は言わずもがな。石畳に掠れば地面が割れ、礫が飛ぶ。
──が、
「リューさんより全然遅い!」
礫を躱し、鎖を弾く。紫紺の軌跡が走り、ギインッと甲高く響く金属音。シルバーバックの怪力にも力負けせず、確かな技術をも以ってモンスターの攻撃に対処し、切り結ぶ。
目の前をチロチロと動き回るベルに業を煮やしたのか、シルバーバックは拳を握りしめ真っすぐにベルに向かって振り下ろしてきた。
──誘われているとも知らずに。
「ふっ!!」
一気に加速しシルバーバックの懐に入ったベルは、
瞬間、魔石を一撃で破壊された白い野猿は灰に変わる。
「「「──―おおおおおっ!!」」」
「ふえ!?」
スタっと着地したベルに向けられ民衆の歓声が沸き起こる。いきなりのことで驚いたベルは、なんとも情けない声を上げた。
「ベル君!! やっぱりすごいよ君は!!」
「どわあっ……はい、神様。僕、勝てました」
駆け寄り、飛びついてきたヘスティアをなんとか受け止め、へなっとした笑みを向ける。
「本当に……しばらく見ないうちにこんなにも逞しくなって。これがタケが言ってた『男子三日会わざれば刮目してみよ』ってやつなのかねぇ。ボクは君の成長が素直に嬉しいよ」
「神様……ありがとうございます。……って神様!? 大丈夫ですか!? 神様!!」
気が抜けたのか、しっかりとした口調で話していたのにいきなりベルの目の前で気を失うヘスティア。大声で呼びかけるも反応がない。
──そして、
(あ、あれ? ちょっと、これは……まずい、かも)
知らず知らずの内に疲労が溜まってたのだろう。ふらっとベルの体からも力が抜ける。
体を重ねるように、
(リューさんの、言う通り……だったな。これからもちゃんと、あの人の言うことは聞いておこう)
気を失う寸前にそんなことを考えて、ベルは眠りに落ちた。
◆◆◆
(……知らない天井だ)
昔、お祖父ちゃんから今のような状況になったら言うといいと言われた台詞を脳内で呟き、ベルはいつの間にか寝かせられていたベッドから体を起こす。
隣には穏やかな顔の幼女神の姿。すうすうと小さな寝息を立てていることから、彼女が無事であると察せられ、ホッと一息つく。
「あっ、目を覚まされたんですね。おはようございます、ベルさん」
どうしようかと見覚えのない部屋をキョロキョロと見回していると、扉が開き、シルが水差しとコップを乗せた盆を片手に入って来た。
「えっ? シルさん? ……おはようございます。その、もしかして、シルさんがここまで僕と神様を運んでくれたんですか?」
「やだなぁベルさん。私にお二人をまとめて運ぶ力なんてありませんよ? それともベルさん、私のことをあのモンスターのようなゴリラ女だなんて思ってたんですか?」
「そっ、そそ、そんなこと思ってません! 揶揄わないでください!」
「ふふっ、ごめんなさい」
だったらいったい誰が、と思っていると、そう思ってたのがベルの顔に書かれていたのか、シルが答えてくれた。
「お二人をここまで運んだのはリューですよ。……今は騒動の事後処理に行っています」
ベルが扉の後ろの様子を窺いリューがいないのか探している姿を見て、シルはそう補足する。
「リューさんが? あそこまで来てくれたんだ……お礼言わないとなぁ」
彼女には助けられてばっかりだ。言葉だけでなく、ちゃんとした贈り物もしようと決める。
シルから水の入ったコップを受け取り、「どうも」とお礼を言ってから水を飲んで一息つく。
「そ、それで、ここはいったい何処なんですか?」
「ここは『豊穣の女主人』の空き部屋です。いつもはリューが使ってる部屋ですよ。そのベッドも今日までリューが使ってました」
「りゅっ、りゅりゅ、リューさんが使ってたベッド!?」
そう聞かされ、顔を真っ赤にしたベルは巣穴から逃げ出す子兎のように、大慌てでベッドから抜け出した。
その様子を見ていたシルはクスクスと笑う。
「ゆっくり寝てても大丈夫ですよ、ベルさん。シーツも枕も今朝がた変えましたから。それとも……そのままの方が良かったですか?」
「そのまま……」
一瞬だけ、思わず想像する。
リューが一週間使っていた枕に頭を沈め、同じく使われていたシーツと彼女の匂いに包まれる自分の姿。
そこまで妄想して、ボンッとベルの思考は
「あら、想像しちゃいました? ベルさんってば、変態さんですね」
シルの揶揄うような言葉が耳朶を打ち、ベルの身体は
煩悩よ! 消え去れ! と、頭を横にブンブンと振り回す。
ついでに拳を構える義母の姿も頭の中から排除した。
「だっ、だから揶揄わないでくださいってば!! そもそもシルさんが変なことを言うから……っ!」
「う、うみゅ」
と、そこで流石に大声を出し過ぎたかヘスティアが身じろぎしたことに気付き、ベルは咄嗟に声を抑えた。
当のヘスティアは「ベル君のあほ~、エルフ君と同衾なんて許さないぞ~」と寝言を言っている。
どんな夢を見ているんだ。状況が状況なだけにベルはその寝言を聞いてビクっとし、ヘスティアがまだ寝ているのか確認した。
「過労、だそうです。ちゃんと寝れば回復するそうなので、心配ありませんよ」
「神様……」
ベルにそう教えてくれるシル。
過労で倒れるほど
心なしか、ヘスティアの顔に笑みが浮かんだ気がした。
「さて、ベルさん。私はリューからいくつか言伝を預かってます。聞いてくださいますか?」
「リューさんから?」
「はいっ」
するとシルは一度咳払いを挟み、リューの声音をまねて話し始める。あんまり似ていないが。
「『都市の被害を拡大させずシルバーバックを倒してくれたこと、感謝します。市民の安全と平和を守る【アストレア・ファミリア】を代表してお礼を言います』、と。あとは『貴方の師として、クラネルさんのことを誇りに思います。貴方は私の自慢の弟子だ』とも。その時は珍しく笑みを浮かべて言ってましたよ」
「そ、それはまぁ、当然のことをしただけですし。それにしても……自慢の弟子……えへへ」
自慢の弟子と言われたことにこそばゆいものを覚えるが、それ以上に嬉しさが勝り、思わずだらしなく頬を緩ませ、空いている手を頭の後ろにやる。
そのベルの様子をシルはニコニコと笑いながら眺め、再び口を開く。
「まだありますよ。えっと、『クラネルさんならしないとは思いますが、シルバーバックを一人で倒しただけで油断や慢心は持たないように。それを持ってしまえば、どんな冒険者でも簡単にダンジョンで命を落とします』って。これは忠告ですね」
「……はい。それはもう……お義母さんにも何千回と言われてきたことですから。油断なんてできませんし、慢心も持てません」
「ふふっ、ベルさんはすごいですね。私なんかだったら、つい調子に乗ってしまいそうです」
「シルさんはそんなことしないと思いますけど……」
「ベルさんはお優しいですね。……あと、これで最後になります。『気を失うぐらい疲れているのですから、明日の修行はお休みです。明日は完全休養日にしてください。間違ってもダンジョンには行かないように。守れなかった場合、今後一切、貴方に修行はつけません。修行は明後日の早朝から再開します』だそうです。リューは随分とベルさんがダンジョンに行くことを心配してましたけど、ベルさんはそんなにダンジョンが好きなんですか?」
「そ、そんなことないですけど……わかりました。ありがとうございます、シルさん。言伝を伝えてくれて」
「いえいえ、私は頼まれただけですから。それではベルさん、私は仕事があるので下に戻ります。女神様が起きたら私かミアお母さんに声をかけてください。お食事を持っていきますから」
「そんな! 部屋を貸してくれただけで十分ですよ! ご飯までいただくなんて……」
「そう言うと思ってミアお母さんに伝えたら、『ここは酒場なんだから、食事の一つもしないで帰らせないよ。大丈夫、ちゃんとお代は貰っていくからね』と言ってました」
「み、見透かされてる……じゃあ、わかりました。いただいていきます。何から何まで、ありがとうございます、シルさん」
「どういたしまして」
そう言ってシルは部屋の扉を開くと「そうそう」と振り返り、
「ベルさんが戦ってるところ私たまたま見ていたんですけど、かっこよかったですよ。思わず見惚れちゃいましたから」
頬を赤く染めて最後にそう言い残し、シルは仕事に戻っていった。
「……そういうの、ずるいですよ。シルさん」
ベルの顔は、先程とは異なる理由で少し赤くなっていた。
◆◆◆
「おはようございます、シルさん」
「あらベルさん。いらっしゃいませ。珍しいですね、この時間に来るのは。お食事ですか?」
「はい。昨日のシルさんからの伝言通り、今日は一日お休みなので。朝ごはんを食べに来ました」
「わぁ、嬉しいです。ベルさん、カウンター席にどうぞ」
「どうも」
席に座って料理を注文する。頼んだのは魚貝のサラダ、ハムとタマゴのサンドイッチ二種とコーンスープ。
最初にサラダが出され少し食べたところで、ベルは近くを通りかかったシルに声をかけた。
「そうだシルさん。ちょっとだけ相談事というか、お話をしたいんですけど、今いいですか?」
「! はい! もちろんいいですよ! なんでしょうか、ベルさん!」
パタパタと嬉しそうにシニョンを揺らしてベルの元に駆け寄り、隣の椅子に座るシル。
残りの料理が来たのでそれを受け取りながら、ベルはシルに相談する。
「えっと、昨日シルさんに伝えられた通り、今日は一日お休みで……この後買い物にも行く予定なんですけど、それだけだと時間が余ってしまいそうなんです。それで、何をしたらいいのか悩んでしまって……シルさんだったらどうするのかなって」
「ふんふん、なるほどなるほど。それでしたらベルさん、ベルさんはよく本をお読みになりますか?」
「本ですか? 英雄譚ならそれなりに読みますけど……どうしてまた?」
そう尋ねると、シルは一度席を外し、酒場の一角から白い装丁の本を取って戻って来た。
そしてその本を差し出してくる。
「これをどうぞベルさん。お買い物が終わったら読んでみてはどうですか? 読書なら結構な時間を潰せると思うんですけど」
「この本は? 昨日はこんなものありませんでしたよね? お店に入ったとき綺麗な本だなって思ったんですけど、お店の飾りじゃないんですか?」
「実は昨日ベルさんが帰った後、いつの間にかお店に置かれていたんです。お客様の忘れ物なのかもしれないのでミアお母さんが取っておいたんですけど、よろしければベルさんに差し上げます」
「貰えませんよそんな物! 第一他のお客さんの物かもしれないんでしょう!? 余計に貰えません!」
「でしたらお貸しするって形ではいかがでしょう? 今日になっても誰も取りに戻ってきませんし、ミアお母さんも本については好きにしていいって言ってますし」
「うーん、それなら、まぁ。本、お借りしますね、シルさん」
「はい! それでは、ごゆっくりお食事を楽しんでください、ベルさん」
そうして本を受け取り、汚れないように鞄の中に入れる。
仕事に戻るシルに言われた通りにベルはゆっくりと食事を楽しんで、最後にシルにお礼を言ってから店を出た。
買い物のため外からいろんなお店を見て回り、しばらくしたところでベルはふと思い出す。
「あ、リューさんが好きそうな物聞くの忘れてた。どうしよう、今から戻って聞きに行くのは……結構な距離を歩いちゃったし、流石に迷惑だよね。うーん、今までピンとくるものもないし……簡単なお礼の品だからここまで悩む必要ないのかな?」
こういった贈り物には慣れていないので、色々と考えを巡らせるベル。
以前はヘスティアに髪留めを渡した。この前はドレスも一緒に買いに行った。
だがあれは、ドレスはともかく髪留めの方は、ヘスティアが欲しそうな顔をして眺めていたから買ったのだ。
もちろんヘスティアに何かしてあげたいという気持ちもあったから買ったのだが。
そもそもリューに髪留めの類は間に合っているだろう。
なら宝石などのアクセサリー類だろうか?
いやいや、そこまで重たい物を渡すような間柄ではない。残念ながら。
いずれはそうなりたいが、今渡しても気持ち悪がられるだけだろう。
だったら消えものだろうか?
うん、それが一番しっくりくる。
【ファミリア】の皆さんと一緒に楽しんでもらえるような、量があるお菓子などがいいだろう。
そうして買うものを決めたのだが、考え事に集中しすぎて前を見るのを疎かにしてしまい、ドンッと人とぶつかってしまった。
「あいたっ」
「おっと、大丈夫、君? ボーっとしてないでちゃんと前を見て歩かないといけないよ? 暗黒期と違って今は治安も悪くないけど、それでもスリなんてオラリオじゃあ日常茶飯事なんだから」
そう言って、倒れそうになるベルの手首を掴んで立たせたのは、青鈍色の髪をした少年のような少女だった。
「すっ、すいません。あと、ありがとうございます」
「うんうん、どういたしまして! って、むむ? 白髪赤目で兎のようなヒューマンの男の子……もしかして君、ベル・クラネル君?」
「へ? あっ、はい、そうですけど……どうして僕のことを知ってるんですか?」
「やっぱり! リオンから君の話は聞いてるよベル君! リオンの弟子なんだってね!」
「リューさんから?」
快活な笑みを浮かべて両手を合わせる少女。
ベルが首を傾げていると、「そういえばまだ自己紹介してなかったね」と、
「んんっ、初めましてベル君! 私はアーディ! 【ガネーシャ・ファミリア】所属でシャクティお姉ちゃんの妹で、お姉ちゃんと同じレベル5で二つ名は【
事細かに自分の情報を公開するという独特な自己紹介をする少女――アーディ。
その自己紹介に面食らったベルはしばし目を白黒させるも、途中でハッとして自分も自己紹介する。
「あっ、えっと、僕は【ヘスティア・ファミリア】所属のベル・クラネルです。初めまして、アーディさん」
シャクティお姉ちゃんと言っていたので、彼女の姉は【ガネーシャ・ファミリア】団長のシャクティ・ヴァルマだろうと思い、区別するためにベルは上の名前で呼ぶ。
ぺこりと頭を下げたベルに、アーディはニコニコと笑いかけると、
「うんっ、初めまして! それにしても、君がベル君ねぇ。リオンから聞いてた通り、本当に兎さんみたいだね!」
「あの……よく言われるんですけど、そんなに兎っぽいですか、僕?」
「そりゃもう! 真っ赤でクリっとしたおめ目とか、フワフワな白い髪とか、まさしく兎さんって感じ。ねえ、髪触ってもいいかな?」
「えっと、そういうのはちょっと、恥ずかしいというか……できれば、やめてもらいたいんですけど……」
「むぅ、残念。まだ好感度が足りないか……」
本当に残念そうにガクッと肩を落とし項垂れるアーディに、ベルはなんだか罪悪感を感じてしまう。
そんな彼女に励ましの意味も込めて頼ろうと、ベルは質問する。
「あのっ、アーディさんはリューさんのお友達なんですよね? だったらリューさんの好きな食べ物とかも知ってますか?」
「うん? リオンの好きな食べ物? そりゃある程度は知ってるけど、どうして知りたいの?」
「実は、かくかくしかじかといった具合で」
「ふむふむ、これこれうまうまって感じね。分かった! その買い物に私も付き合うよ!」
「え!? いいんですか!?」
「いいよいいよ! それに私も仕事をさぼ……市民の笑顔を守ることも仕事の内だからね!」
「え、今、仕事をさぼれるって言いかけませんでしたか?」
「言ってない言ってない! さ、早く行こうベル君! 私いいお店知ってるんだ!!」
「ちょっ、アーディさん!? 待ってくださいアーディさん!!」
誤魔化すように走っていくアーディを追いかけるベル。
アーディの背に追いついたところで、彼女はふと何かを考え付いたようにベルの方へ振り返ると、
「そうだベル君! この買い物に付き合ったお礼として、後でその髪を触らせてくれるかな?」
「うぐ……はい……わかりました。いいですよ」
「わーい! ありがとう! 約束だよ!!」
やっぱり髪を触ることを諦めていなかったようで、ちゃっかりそんな約束を取り付けるのだった。
──────────────────
色々捕捉
フレイヤ様、シルバーバックに圧勝したベル君を見てテンション爆上がり。
もっと貴方が輝く姿を見たいとその日のうちに魔導書を酒場に仕込みました。
原作より数日早いかな? このあたりの時系列うろ覚えだから、もしかしたら原作そのままだったりしますかね?
たしかフィリア祭でシルバーバックと戦うのを見て、オッタルと「あの子、また強くなったわ」なんて話して、それで魔導書だったので、やっぱりそのままなのかな?
買い物ついでにアーディと出会うベル君。
アーディも出したい出したいと思っていたので、ちょうどいいタイミングかなと思い登場させました。
我ながら上手い理由をつけられたと思ってます。