「
知らない声、聞き覚えの無い声だった。
なのに、どうしてか涙が込み上げる。
だって、その声をもう一度聞けるとは思わなかったから。
「折手…………」
身体が勝手に名前を口ずさむ。
記憶にない、認識できない。
それでも、どうしてか間違いないと確信する。
「そう、か。俺は死んだのか……」
「……もしかして、ここをあの世だと思っているのかい?」
「……違うのか?」
「あの世なんて無いよ。少なくとも、この世界には存在しない。世界観ならともかくね? 死した魂は、次の世界へ転生するだけさ」
「だったら、何でお前が此処にいる⁉︎ お前がいる訳がないんだ! お前と話せる筈がないんだよッ‼︎」
……俺は心は限界だったのかもしれない。
耳を覆いたくなるような泣き言が口から飛び出した。
「お前とはもう会えないんだろっ⁉︎ お前のふざけた言動もッ、バカみてぇな顔もッ、何もかも消えたんだろ⁉︎ ふざけんなよッ、俺の人生をメチャクチャにしておいて……‼︎ 責任も取らず死にやがってッ‼︎
自分でも何を口走っているのか分からない。
喉を掻きむしりたくなるような、醜い悲鳴が響く。
彼女の顔は認識できないが、驚いているような雰囲気がこちらに伝わる。
「えっ、ボクの死を悲しんでくれるんだね?」
「……当たり前だろ」
「……ボクは、キミに嫌われるような事ばかりしてきた自覚がある。ボクは人に好かれるような人間じゃないという自覚がある。それでも?」
「仕方ねぇだろ。俺は普通の男子高校生なんだ。美少女の同級生に好き好き言われたら、俺だって好きになるだろ普通……」
彼女が好きなのは俺じゃない。
『
それでも、好き好きと言われて悪い気分じゃなかったんだ。
「『
「………………」
「でも、今更だ。喜んでくれるお前はいない。もう、戦い続ける理由なんてない」
「…………
バッ、と顔を上げた。
図星を突かれたのだ。
自分ですら気づいていない心の奥底に触れられた。
「キミはまだ怒ってる。ふざけんなって思ってる。その
「……ッ、じゃあッ、どうすりゃあ良い⁉︎ 脳をブチ抜かれてッ、俺は死んだッ‼︎ 今更俺に何か出来るって──」
「
…………は?
思考が止まった。
だって、それは余りにも予想外の言葉だったから。
「でもッ、確かに俺の脳は……」
「キミ、《神威聖剣》を見て反射的に頭を逸らしただろう? 脳を貫きはしたけれど、蒸発したのは前頭葉の一部だけ。脳幹を始めとした、生命維持を司る器官はまだ無事さ」
「それでもッ、あの傷で立てる訳がないだろ⁉︎」
「
ぽんっ、と。
彼女の小さな手が俺の背を押した。
「行きなよ、いぶき。みんながキミを待ってる」
「待ってくれッ、折手ッ‼︎ 俺はまだッ、お前に──」
彼女の人差し指が俺の唇に触れた。
しぃーっ、とイタズラ好きな子供のように彼女は笑った。
「いつか……繰り返す転生の果てで、もしも再会することができたら。その先の言葉を聞かせてくれないかい?」
返答はできなかった。
何か言ってやりたいけど、言葉が詰まって何も言えない。口から出るのは泣き声か呻き声か判別できない喉の震えだけ。
だから、返答の代わりに俺の小指を彼女の小指と絡めた。
彼女は笑った。きっと返事は伝わった。
「さぁ、ディートリヒの思い描く巫山戯た
「──死んだ程度で俺が諦めるとでも思ったか?」
ギアが変わる。
身体が再起動する。
血液とは別の
彼女との会話が薄れていく。
俺が目覚めたからだろうか。夢のように、幻のように。
それでも、彼女とした約束は覚えている。
それでも、彼女が俺に期待している事は分かる。
だからッ、叫べッッッ‼︎‼︎‼︎
「テメェのくっだらねぇ
アドレイドも、ブレンダも、椎菜も。
ディートリヒさえも驚愕する。
「なッ、何故生きているッッッ⁉︎」
頭の形は歪。
未だ血が滝のように漏れ出る。
それでも、俺はしっかりと二本の脚を踏み締める。
俺は何も答えない。
ただ、ゆっくりとディートリヒに向かって歩む。
「…………ふ、ふはははははッ、どんな
「………………」
「度重なる怪我にッ、異能の過剰使用による反動ッ‼︎ 貴様はもう異能を使えまいッ‼︎ 使ってしまえば
「……ゴタゴタうるせぇ。ビビってんのか?」
「…………ッッッ、
ディートリヒが撃ち放つは二種の
第四位の『枯渇』と第五位の『矛盾』が混濁して破裂する。
アドレイドも、ブレンダも、椎菜も反応できない。
《
俺の身体は既に
異能の過剰使用に支払えるような
──知るか、そんなもん。
異能を
俺は右手を突き出し、異能の名を告げた。
二種類の
「…………っ」
異能の過剰使用による代償が身体を襲う。
二重の使用により、二倍の代償が。
生命力の喪失──そんなもの、既にない。
寿命の削減──そんなもの、もう望めない。
ランダムな体の破壊──
「……なんッ、だァ⁉︎」
「────はは」
「何なんだ貴様はァ⁉︎
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ‼︎」
笑いが止まらない。
俺はハイになっている。
今この瞬間が楽しくて仕方ない。
なのに、同時に
感情の抑えが利かない。喜怒哀楽が滅茶苦茶になる。
前頭葉が壊されたからか? 知るか、どうでもいい。
「忘れたか、寝ぼけてんのか?
「────ッ‼︎ 覚えているぞぉぉおおおおおおおおおおおおッ‼︎ 我はッ、この現象に見覚えがあるッ‼︎ この
それはディートリヒが引き摺り出したモノ。
それは俺の肉体に感染したモノ。
「──《
かつての敵、草薙太史が使用したモノ。犬を媒介として、俺まで感染したウイルスだ。
ヤツは死んだ。俺が殺した。
だが、転生者が死のうとも異能までもが完全消滅する訳ではない。
同じように、《ゾンビウイルス》は俺の肉体に残った。
この数日間、俺が何度も見せた不自然な回復力はこの異能の効果──厳密には、その要素を《
「テメェの言う通りだよ。俺は既に死に体。戦いに勝とうが負けようが、数分後には異能の効果が切れて死ぬ運命にある。だけどな、こんな俺にも出来ることがあるんだ」
「ちッ、近づくなァ⁉︎ やめろォ‼︎」
「
「我からッ、離れろォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」
空気中の魔力が全て凶器に変わる。
世界が六道伊吹を抹殺しようと蠢く。
その、前に──
額から脂汗を流しながら、赤い髪を掻き乱して
「第四摂理擬似接続ッ‼︎ 辺り一帯の魔力は『
第四摂理の本来の持ち主を前にして、アドレイドはその使用権を強奪した。
通常ならば不可能。前世においては彼女の権能だったのだとしても、現世においてはディートリヒの保有する摂理だ。
だが、アドレイドはその無理を押し通した。代償として、暴れる
ディートリヒが持つ四つの異能。
これら全ては世界に存在する魔力を前提とする。故に、魔力が『枯渇』したこの場では一切の発動が封じられた。
「──
それすら跳ね除けるのが
封じられたはずの異能の反応が爆発する。
ディートリヒのモノではなく、クシャナのモノでもない。
「第一位との戦いに向けて隠しておく秘密兵器であったが仕方ない。我が死んでしまえば本末転倒であるからなァ」
「知らないっ……アタシはそんなの知らないッ‼︎」
「我は『枯渇』の摂理を利用し、他者から異能を奪うことができる。
前世の力ではない。
正真正銘、ディートリヒが現世で他の転生者から強奪した異能の数々。
アドレイドの知る
目の前にいるのは
「貴様の弱点は
無数の異能が放たれた。
炎、雷、風のような自然物から。
銃、剣、ミサイルのような武器。
あるいは不自然を強制する何らかの法則。
そして、もはや言葉で形容する事が不可能なモノまで。
最低でも千を超える異能の連射。
本来ならば、異能を複数持っていても全てを同時に並列して使用することはできない。
それはディートリヒの世界観の特異性。
対する俺に出来ることは一つしかなかった。
「《
無数の異能を打ち消す為に無限に異能を重ねる。
出力EXのディートリヒとは違って、俺には一度に何千もの異能を並列して発動することはできない。せいぜいが一度につき一つ、限界を超えても二つまでだ。
「────っぁ⁉︎」
ガクンッ⁉︎ と。
脚の細胞がメチャクチャに壊れ、膝から下が溶けるように体勢を崩す。
攻撃を防ぐための代償で身体が壊れる。そんな矛盾する行いで身体中がめちゃくちゃになっている。《ゾンビウイルス》の再生が間に合わない。
「死なない為に生命力を削るなど
……なんか変な言い回しじゃなかったか?
もしかすると、誰かに憐れみを持たれた経験があるのかもしれない。きっと、これはその言葉に対する意趣返しだ。
「死ね」
「させません‼︎」
ディートリヒは俺を警戒して近づかない。
俺とアドレイドは動けず、椎菜は一般人だ。
だから、その瞬間に動いたのはブレンダ先輩だった。
目で追うことすらできず、音もなく槍を振るった。
「無駄だァ‼︎ 貴様は手加減をやめた我に太刀打ちできない‼︎ 我を癒す複数の異能が貴様の付けた傷など────」
『──
異能が止まる。
ディートリヒの思考が止まる。
ブレンダ先輩はただ槍を突いただけではない。
ディートリヒの肉体の中にスマホを突っ込んだ。
『
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
ディートリヒが俺の方向へ吹っ飛んだ。
ブレンダ先輩の一撃がディートリヒを突き飛ばす。
その肉体に刻まれた傷は治らない。それは《
一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。
ディートリヒは空中で意識を取り戻す。
地面に這い蹲る俺と接触するまであと一秒。
(────
異能の気配が膨れ上がる。
クシャナの異能、《
「
ディートリヒの肉体が──
ディートリヒはそれを見て息を呑んだ。
(──
奴隷契約は魂を縛る魔法。
クシャナの肉体を持っていても、ディートリヒ自体は大した影響を受けない。
だが、この場では小さな影響──
「
その異能はディートリヒが呼び寄せた物。
その少女はディートリヒが巻き込んだ者。
栗栖椎菜は空間を捻じ曲げ、この場で最も必要とされる最高の味方を召喚した。
(
魂を源とする異能を封じる転生者の天敵。
ディートリヒは咄嗟に右腕を手刀で切り落とす。
だが、もう遅い。
ヤツの肉体は地に堕ち、俺の手は天に届いた。
地獄の亡者が生者を引き摺り込むように、地面に這い蹲る俺は空中から落ちてくるディートリヒの足首を掴んだ。
「待ッ────」
「──《
パキッ、と。
異能が魂を砕く、硝子が割れるような音がした。
「それでも」
「まだだッ──……ッ⁉︎」
「──
ディートリヒはまだ生き足掻く。
俺はそれを知っている。
だから、もう一度告げた。
何度も、何度も。
異能を重ね、魂に叩きつける。
バギバキバギバキバギバキバギバキッ‼︎ と。
魂が粉々に砕ける音が響く。
それはディートリヒのモノか、俺のモノか。
……どっちだって構わない。
「…………………………ぁ………………」
ディートリヒはもうマトモに反応を返さない。
だけど、まだ魂があるのを知覚する。
どんなトリックかなんてどうでもいい。コイツはそういうヤツだ。
──それでも、もう終わりだ。
無限の異能を重ね、雄叫びをあげる。
「《
パリィンッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
ディートリヒの魂は完全に粉砕された。
憑依されたクシャナの魂もまた、同時に。
俺の身体はもう動かない。
最期に、俺は呟いた。
「テメェに相応しい
完全消滅。
今度の今度こそ、一件落着だ。
誰かが駆け寄る音が聞こえる。
アドレイドか、ブレンダ先輩か、椎菜か、それとも他のヤツらか。
だけど、もう顔を上げるほどの体力はない。遺言を残す余裕もない。耳は遠くなって、もう何も聞こえない。
『──キミが取り返してくれた《
…………幻聴だ。
死に際に見る走馬灯だ。
それでも、最期に聞こえる声が
『それはキミを勝たせる能力じゃない。その本質はキミを死なないように現実を書き換える異能。
彼女は相変わらずこちらの反応を気にしない。
一人で勝手に説明をする。それが何だかおかしくて笑えてしまった。
『何を笑っているんだい? まったく……こんなんじゃ先が思いやられるなぁ。これから先はボクの助けは無いんだよ? 毎回こんな無茶をしてちゃ身体がいくつあっても足りないよ?』
「……………………………………」
『まあ、ここでガミガミ言っても仕方ないか。ボクがいなくなっても元気でね。他にヒロインなんか作っちゃダメだよ。女の子と良い雰囲気になる度に死の果てから邪魔してやるからね』
そんなこと言うなよ。
幻なら、もっと夢のある事を言ってくれよ。
もう二度と会えないみたいなこと言わないでくれよ。
『実は……さ、ボクは
「────────────」
『…………でも……うん、今日はカッコよかったよ。ボクはキミに惚れ直した。きっと、ボクは来世でも、どんな世界でも、たとえ記憶を失っても、何度だってキミの事が好きになるんだろうな』
だから、と。
折手メアは言った。
「いつか何処かでまた逢おうね、いぶき」
「……………………ぉ、りで……っ」
耳元で、はっきりと肉声が聞こえた。
キュッ、と小指が絡まる感触があった。
ああ、分かってる。約束するよ、折手メア。
強い眠りに誘われる。
思考が解けていく。
そして、小指もまた。
最後に、小さな手が頭を撫でた気がした。
「お休み、いぶき。お疲れ様……」
次回、第二章エピローグ。