折手メアと栗栖椎菜。
新旧ラスボスヒロインの激突は一瞬で終わった。
「
たった一撃。
椎菜は手を振り翳し、異能を発動した。
それだけで折手メアは倒れ伏す。
「いっ、いや……こんなのありえません‼︎」
それは考えられない光景だった。
完全完璧な折手メアという栗栖椎菜の中にあるイメージが目の前の光景を否定する。最凶最悪な番外位というディートリヒの中にある記憶が目の前の光景から乖離する。
「うそっ、……うそですよね⁉︎ だって、そんなっ、おかしい‼︎ 折手さんはもっとめちゃくちゃですよねっ⁉︎ 折手さんは伊吹さんを誑かす敵なんだからもっと最悪じゃなきゃいけないのにっ‼︎‼︎‼︎」
「…………ッ、……悪いけどボクはこの程度だよ……」
「ふざッ、ふざけないでくださいっ‼︎ わたしが折手さんを殺すためにどれだけ頑張ったと思ってるんですか⁉︎ 学校も友達も何もかもッ、全部投げ捨てたのにッ‼︎」
学校内の空間を歪めた、折手メアを殺す為に。
友達を転生者に変えた、折手メアを殺す為に。
その全てが無駄になった。
「だって、こんなの、まるで折手さんが何もできないか弱い少女みたいに………………そっか、そうですよね。ぜんぶ分かりました。
「え?」
栗栖椎菜は何かに気がついたように頷く。
そして、
「あっ、あああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎⁉︎⁉︎」
ペキペキ、と。
徐々に足にかかる力が強くなり、静かに骨が圧迫される。折手メアが一七年間感じたことのない痛みに巡り合う。
恥も外聞もなく、折手メアは涙を流して泣き叫ぶ。
「演技、ですよね?」
「あああアアアアッ⁉︎⁉︎⁉︎ いたいッ、いたいいいイイイイイイイッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
「だって、折手さんが鼻水を垂れ流して叫ぶなんてあり得ません。わたしを油断させるつもりでしたか?」
「ちがッ、あああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎‼︎」
「演技が大袈裟です、よっ‼︎」
ボギィッッ‼︎‼︎‼︎ と。
栗栖椎菜の靴が肉に減り込む。
折手メアの腕は歪に曲がった。
響く絶叫が他人事かのように耳に入る。
「何を企んでいるのか知りませんけど、もう〈
「…………あるまげ、どん……?」
知らない名称だった。
原作には欠片も存在しないものだった。
折手メアすら知らない何かが進行していた。
「そう、ですね。教えてあげます」
栗栖椎菜は再び四つん這いの第五位に腰掛け、足を組んで這い蹲る折手メアを見下ろす。
「わたしは学校に七百人を超える転生者を配置しました」
「なな、ひゃく…………⁉︎」
折手メアがかつて経験した〈
「もちろん、その程度で折手さんを殺せるとは思っていません。こんなのはただの
そして、それさえもただの前座に貶める最悪のモノこそが〈
「折手さんの《
「…………⁉︎」
「加えて、折手さんの世界観はこの世界がゲームという認識で支えられています。だとしたら、
「まてッ、まさかキミがやろうとしているのはッ───」
因果応報。
折手メアの悪業が報いとなって世界を襲う。
「
〈
たった一人の
「空の上にあるアレが見えますか?」
「なん、だ……、黒い太陽……?」
空に浮かぶ黒点。
太陽というよりは、むしろ天に開いた穴のようにも見えた。
栗栖椎菜はその正体を明かす。
「いえ、違います。
「…………は?」
不思議な気分だった。
現実感が無くて、頭が追いつかない。
なのに、
「厳密には違うんですけど、魔力式ブラックホールとでも言うべきですか? あれは万象を呑み干す世界の穴、この惑星の終末です」
「あんなのが堕ちたらどうなるのか分からないのか⁉︎」
「地球はバクテリアすら生存できない死の星となります。後はわたしと伊吹さんが人類最後の二人としてラブラブランデブーってわけです!」
「…………ッ⁉︎」
「もう、わたしには伊吹さんしかいないんです。伊吹さん以外いらないんです。家族はもういなくて、友達は既に裏切って、だから伊吹さんだけがいればいい。
折手メアは何を言うことも出来なかった。
六道伊吹はこんなことを望んでいる訳がないと分かっている筈なのに、それでも栗栖椎菜は止まらない。……
彼女をここまで追い詰めたのは誰だ?
この状態の彼女を放置していたのは誰だ?
(全部ボクのせいじゃないか……‼︎)
結局はこれも自業自得。
だったら、報いを受けるべきは折手メアだ。
この因果応報は他の誰にも渡さない。
「これ以上、キミに罪は犯させない‼︎」
ガッ! と。
足に力を込めて立ち上がる。
一歩、勢いよく踏み出す。
折れた左腕がぷらぷらとぶら下がる。
全身がとてつも無い痛みを訴える。
それでも、彼女を救うと決めたのだ、六道伊吹に誓って‼︎
「なんでっ、どうして今更……ッ‼︎ もっと早く言ってくれたらッ、
彼女の言うことは正論だった。
反論の余地などない。
でも、だからこそ、ここで因果を断ち切らなきゃならない。
「……遅くなって悪かったね。ボクが今すぐにキミを元の日常へ帰してやる」
「遅すぎるんですよ‼︎ もう帰れないッ、ここで引き返したらわたしはどんな顔で伊吹さんと会えばいいんですか⁉︎ だったらッ、このまま突き進むしかないじゃないですかッ‼︎」
栗栖椎菜は立ち上がって、椅子を蹴飛ばした。
そう、つまり。
「
魂すら縛る契約で抑えつけられた怪物が今、動き出す。
(奴隷契約⁉︎ マズイッ……‼︎ 今のボクじゃ栗栖椎菜一人にさえ勝てないっていうのに、あともう一人追加なんて───)
思考が途切れる。
それはそうだ。何故ならば。
ズガガガガガガガガガガガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
それはまるで工事現場のような異音だった。
殴打の
「あがっ、ごあア⁉︎」
折手メアが感じたことの無いレベルの痛みが全身を襲う。
いや、もはや折手メアにはそれが痛みとすら認識できなかった。ただただ
「
直後。
ノ、こ____とdaっ…………タ────?
「《
時系列がブッ壊れた。
この空間には直後もクソも無い。
どの時間軸にも帰属できない彷徨う時間座標。
即ち、『矛盾』の
殴られて、殴られて、殴られた。
蹴られて、蹴られて、蹴られた。
何発打たれたかなんて数えちゃいない。
何分痛め付けられたかなんて知らない。
立ち上がれば頭を殴られ、地べたに座り込めば顔面を蹴られ、倒れ伏せば踵が腹に減り込んだ。
もはや、自分が立っているのか座っているのかも分からない。平衡感覚が壊れ、身体の感覚が消え失せた。焼き付く熱も、もう感じない。今ただ、ひたすらに寒かった。
ぬめり、と体内から何かが溢れたような気がした。血か、涙か、それとも魂とかだろうか。自らが未だに生きているかさえ、確信が持てない。
折手メアは何も見えない暗闇にいた。
瞼を開く気力さえないのか、目に血や砂が入りでもしたのか、顔面が腫れ上がって目が開かなくなったのか、それとも既に眼球なんて存在しないのか。
ビュービュー、と。
耳の奥で風が吹く音が聞こえる。強い風だ。聞くだけで寒気がするような音だった。
そして、音がするのは風だけじゃない。人の悲鳴が聞こえる。子供の泣き声が聞こえる。狂ったような嗤い声が聞こえる。何処かの誰かの罵声が聞こえる。折手メアを許すなと、そう非難する声が聞こえる。
こんなの幻聴だ、分かっている。
分かっているとも。
(でも、耐えられないんだよ……‼︎)
自責の念に押し潰される。
体を動かして考えないようにしていた事が心の中から噴き上がる。
美味しく食べていたハンバーグの正体が人肉だと気づいた、とでも言えば良いのか。
吐き気を催すほどの罪悪感。
(だってッ、みんな生きているだなんて知らなかった……‼︎ 誰もここが現実だなんて教えてくれなかった……ッッッ‼︎‼︎‼︎)
善人のようなセリフを吐き、汗水垂らして行動していた折手メアを見て、まるで
そんな訳あるか。彼女は何も変わっちゃいない。彼女は何も考えていない。
口から出た言葉も、実際に起こした行動も、六道伊吹の猿真似に過ぎない。折手メアの心の内から湧き出たものなど何一つとして存在しない。
折手メアはただ考えるのが辛くて、思考停止していただけ。異能を使えない折手メアが一人で立ち向かっても勝てないだなんて考えれば分かるだろうに。何の策も無く、死にに行った。
人を助けたいという崇高な信念や、ブチ切れたという激昂した感情もなく、流されるままに動いた。
そんなヤツが人を救えるほど現実というのは甘っちょろくない。
結局の所、折手メアはクソ野郎だった。
善意なんて欠片もなかった。
「なぁ、折手メア。これはオマエさんの自業自得なんだぜ?」
まだ聴覚は働いていたようで、クシャナの声が聞こえた。
それとも、これも幻聴だろうか。
「元の時間軸じゃ、ディートリヒは何の問題もなく討伐されていた。オレサマだって《
思わず、顔を上げた。
まだ折手メアの罪は重なるらしい。
なんてヤツだ。こんなクソ野郎、死んでしまうのが世界の為だろう。そう、他人事のように折手メアは思った。
「オレサマは未来のオマエさんに助けられた。オレサマを殺しに来た筈のオマエさんは、その寸前で六道伊吹たちを裏切った。何でだと思う? 未来のオマエさんはなんて言ったと思う?」
分かる、分かってしまう。
それは折手メアの本来の在り方だ。
それこそが彼女の行動原理で、今の彼女だってその気持ちを持たないと言ったら嘘になる。
折手メアはクシャナの声に重ねるように言った。
「「『
本当に声が出ていたのかどうか。
少なくとも唇は動いていて、言いたい事はクシャナに伝わったらしい。
結局、これもまた因果応報だ。
未来から襲来した自業自得の刃。
ピッ、ピッ、ピッ、と。
冷たい機械音が響く。
目の前が白く染まっていく。
それは生まれた時から…………いいや、生まれる前から知っている光景。
(幻覚だッ、幻聴だ……‼︎ 気にするなッ、考えるなッッッ‼︎)
幻覚に決まっている。
…………………………何処までが?
(ボクは転生した…………ほんとに?
手に入れたはずの現実感が離れて行く。
否、違う。
現実感が……
(今までの記憶は、
現実と認めながら、現実を否定する。
その思考が矛盾していることに折手メアは気付けない。
(そっか、幻聴はこちらか。
『───
クシャナは反射的に異能を発動させるが、その異能は呆気なく
的確に顎を撃ち抜いた一撃は、クシャナの脳を揺らして意識を刈り取った。
「なんでキミがここに……⁉︎」
その少年は学生服を着ていた。
その少年は異能を無効化する力を持っていた。
その少年は折手メアのよく知る誰かだった。
その少年の名は、六道伊吹───
「
───
栗栖椎菜は目をひん剥いて驚く。
だって、
それが動くことに違和感を覚える。
写真の中にイラストが紛れ込んでいるようだとでも表現すれば分かりやすいだろうか。明らかに画風が違う。
『思い込んだだろう、この世界は
「………………まさか」
『
「
異能、《
彼は『六道伊吹』であり、六道伊吹ではない。
彼女が思い描く
現実を蔑ろにし続けた折手メアに、極大の
実のところを言うと、折手メアは栗栖椎菜の闇堕ちを予期していた。何故ならば、彼女のラスボス化は原作通りだったからだ。
Cルートヒロインにして、Cルートのラスボス。それが栗栖椎菜の立ち位置であった。
ならば、ここからが本番。
『こんな世界はブッ壊してやるッッッッ‼︎‼︎‼︎︎』
世界崩壊のカウントダウンが始まった。
タイトル回収。
世界観:《
転生者:
グレード:
タイプ:
ステータス:
強度-E〜EX/出力-E〜EX/射程-E〜EX/規模-E〜EX/持続-E〜EX
異能:《