六道伊吹とブレンダが殺し合っていた。
それと、同時刻。
両者は殺し合いに移行することなく、未だ言葉を交わしていた。
「“
「確かに、〈
「それでもッ、“
原作では〈
正確には、七年前にイギリスで世界を揺るがす
ただし、細かな差異はあれど大まかな流れは変わらなかった。
例えば、三人の
例えば、
「“
「……そうっすね、先代“
「だろう? だったら何故キミは……」
「───
反転の言葉。
それは、反撃の狼煙。
「先代“
家族を……そして、師匠すらも折手メアに奪われたその女性は叫ぶ。
師匠の汚名をそそぐため。
呪われた過去を乗り越えるために!
「師匠は転生者に操られていた。それは〈
「それがボクだって? おいおい、ボクが居なくても結果は変わらなかった。原作は、変わらなかったよ」
「いいえ、違うっす。メアちゃんの言う原作とやらは崩壊しかけた。
「…………、」
「でも、変わらなかった。メアちゃんが運命を変えようとした誰かを……先代“
それが、七年前の真相。
転生者に操られる運命にあった
その運命を変えようとした
そして、それに焦った折手メアは全てを破壊した。
だから、全ては折手メアが蒔いた種だった。
ジェンマというオリキャラが発生する下地を作ったのは、彼女の
「原作は変わらなかった? どの口が言うんすか。貴方が変えさせなかっただけだろうが‼︎」
「……過去を今更掘り返して何になる?」
「メアちゃんは最強だけど万能じゃない。自分の登場を予期できなかったように、貴方の考える予定調和は既に存在しない。自分がいることがその証っす」
「だから? キミがいた所で過去も未来も変わらない。ボクの考えた
銀色の髪を揺らし、折手メアは叫ぶ。
その姿をジェンマの琥珀色の目が射抜く。
大丈夫だ、大丈夫なはずだと自らに言い聞かせるように呟く。それでも、疑念は消えない。折手メアは謎の焦燥感に襲われていた。
「……メアちゃんはそもそも疑問に思わないんすか?」
「何の、話をしている……?」
「
得体の知れない汗が流れ落ちる。
ジェンマの言うことは正論だ。折手メアにはその力がある。だけど、
身体が硬直している訳じゃない。
不思議な力で押さえつけられている訳でもない。
実力行使が手っ取り早いと。さっさと異能でも使って殺そうと。
「先代の“
「……キミは天命機関に所属している。だから、これは異能じゃない」
「当たり前っすよね。世界を思い通りに改変する、そんな異能の持ち主に戦いで敵うはずがないっすもん」
「話術、催眠術、マインドコントロール。名前なんかどうでもいい。つまり、キミがやっているのは……」
「だから、天命機関は方針を変えたっす。戦っても勝てないのなら、
「
対番外位に特化した
その
世界を思い通りに改変する折手メアも、その
正直に言おう。
折手メアはジェンマを面白いと思いつつある。
主人公の六道伊吹ほどではない。それでも、ジェンマを気に入りつつある。もはや、《
純粋な近接格闘でブレンダに勝るものがいないように、ジェンマと会話を始めた時点で折手メアの負けは決まっていた。
誰もが思い描く夢の催眠アプリ。
その領域に舌先三寸だけで足を踏み入れた超人。
「見てください、メアちゃん。
「………………………………………………なに、それ」
原作では見たことのないギロチン型武装。
この
「ああ……
ふらふら、と。
頼りない足取りで
分かっている、分かっているとも。このままじゃ殺される。首を落とされる。そう、分かっているのに。
「メアちゃんはこの世界がゲームだという世界観を持ってるっす。発言の真偽がどうであれ、その世界観は何でもありっす。つまり、
「
「だから、対番外位戦で重要なのは何が効くかじゃない。
原作で見た異能を一度間近で見てみたいと、その方が面白いと思ってしまったからこそ、《勾留・魂魄呪縛》によって追い詰められた。
同じように、《
「このギロチンはメアちゃんの為に新しく作った武器っす。首を切り落とした瞬間、脳の思考を停止させ、肉体を冷凍保存するっす」
「……コールドスリープみたいなものかい?」
「死んだら転生しちゃうっすからね。死ぬことさえも許さない。メアちゃんに
折手メアはそこで諦めた。
「最期に、言いたい事はあるっすか?」
「……六道伊吹には手を出すな」
「心配しなくても、一般人を殺すつもりはないっすけど」
「そうじゃなくて……」
刃が振り下ろされる、その前。
最期の言葉として、折手メアはこう告げた。
「
ズッバガァァァンッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
正義はここに執行された。
奇妙な口調をやめてジェンマは呟く。
当たり前だ。異世界人でもないのに、あんな特殊な語尾で話す訳がない。変な話し方も派手な格好も、全ては折手メアを楽しませるための謀略でしかない。
ペキペキ、と小さく氷の音が聞こえる。
折手メアの全細胞が凍結する音だ。
急激な温度の低下に伴い、白い霧が発生する。冷気が立ち込め、汗が冷える。その時に初めて、ジェンマは自分が緊張で大汗をかいていたことに気づいた。
霧は濃く、まだ晴れない。首を切り落とされた折手メアの姿を見る事ができない。血は飛び散る事なく凍りつき、血の匂いすら感じない。そのためか、未だに折手メアを殺害した実感が湧かない。
意識して変な口調に戻す。
安心するにはまだ早い。
敵は
天命機関は彼女の
ここで追撃をする。
折手メアが凍っているならそれでいい。
しかし、失敗していた場合を考え、最悪でも殺害して輪廻に叩き返す。自分が死に、折手メアだけが生き残るなどあってはならない。
太腿に巻き付けた鞘からナイフを抜く。
使い慣れない武器を構え、霧の中を進む。
……その、前に。
『………………
「………………………………………………………………え」
後ろから、僅かに声が聞こえた。
掠れた、男性の声だった。
環境音に紛れるような、微かな声。
あるいは、ずっと聞き逃していたのかもと思うほど小さい声。
だが、あり得るはずがない。
ジェンマは天使になるに当たって戸籍を改竄し、あらゆる痕跡を消した。家族はもういない。かつての友達だってジェンマのことを覚えてはいない。
そして、覚えていたとしてもジェンマを本名で呼ぶのは不可能だ。ジェンマの顔はかつて存在した
顔も、声も、身長も、髪色も、肌色も、目の色も、指紋も、骨格も、匂いも、血液型も、
(いまさらッ、自分の名前が呼ばれるなんてあり得ないのにッッッ……‼︎)
異能を持つ折手メアには見抜かれるかと思ったが、そんな事はなかった。わざと怒ったフリをして確かめても、自分の正体は
それなのに。
『……
「……あ………………」
今度は、はっきりと。
透き通った、女性の声だった。
一〇年間名乗り続けた
誰でも呼ぶことのできる名前。
だけど、その声には聞き覚えがあった。
散々叱られて、甘やかされたことなんて一度もなくて、でもジェンマを大切に育ててくれて。そして、七年前にもう聞くことができなくなったその声は……。
ジェンマはついに振り返る。
そこにいたのは…………。
「……………………おとうさん、ししょー……」
どれほどの時間、立ち尽くしていただろうか。
目の前にはスーツ姿の男性と修道服の女性。
警察官だった琥珀の父、その名を
先代の
あり得るはずのない
一〇年前に死んだはずの父が琥珀の頭を撫でる。
七年前に死んだはずの師匠がジェンマに微笑む。
しばらくして、ジェンマの唇から言葉が溢れる。
「あり得ない……」
『あり得ないことなんてないわぁ。この世に異能がある限り……世界に転生者が蔓延っている限り、ねぇ?』
「でもッ、あり得ちゃいけない‼︎」
『そうだね。死者が生き返るなんてあっちゃいけない。世界の秩序が破綻したら、現行法じゃどうしようもないから。……だけど、それでも、琥珀くんとまた話せて僕は嬉しいよ』
「…………ッッッ‼︎‼︎‼︎」
涙が出そうになるのを堪える。
それでも、あり得ない奇跡を享受するな。
それでも、御涙頂戴の綺麗事に流されるな。
不自然な物事には理由がある。あり得ない現象が起きた、この世界の物理法則じゃ説明できない奇跡を目の当たりにした。それが何故かなんて分かりきっている。
「お父さんと師匠に何をしたッ、折手メアッッ‼︎」
「
ベキベキバキバキッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
薄氷を踏み割るように。
美しい氷細工を台無しにするように。
晴れることのない
「どうやって……⁉︎」
「
「そんなことはどうでもいい‼︎」
この
この
しかし、ジェンマはもはやそれを気にも留めていなかった。
「番外位は死者蘇生さえ出来るのか⁉︎」
「まさか、それはボクにも無理だよ」
折手メアの《
だが、
「
「…………あり得ない」
「何が?」
「第三摂理の効果で魂の残滓が現世に留まり、いわゆる幽霊と呼ばれる現象が発生することは稀にある。でもッ、こんな長時間生前の人格を正確に保って存続できるはすが……‼︎」
「でもボクがいるだろう?」
「…………ッ‼︎」
それが答えだった。
復讐鬼が怨讐の元となる死者と再会する。
こんな面白い物語は見ものだろう?
『もう復讐は終わりにしよう。確かに僕が死んだ原因の一つにはメアちゃんもあるけど、でもそれが全てじゃない。彼女にだって事情はあったんだ』
「お父さん……」
『わたしが見た限りぃ……彼女は第四位の討伐を目的としているわぁ。この世界を救おうとしている彼女を殺すのは、天命機関の理念から外れるんじゃないかしらぁ』
「師匠……」
『それに……僕は琥珀くんが傷つく所は見たくないなぁ』
『もういいのぉ。もうジェンマを名乗らなくてもいいのよぉ』
父さんが、師匠が、優しくジェンマを抱きしめる。
彼らは現実に存在しない幽霊。
物理的にジェンマに触れる事はできない。
だから、これはジェンマの側が勝手に感じている思い込みに過ぎない。柔らかい肌の感触も、ジェンマを思いやる声も、暖かくジェンマを包む体温も。
それでも、確かにそこには意思があった。
ジェンマを大切に思う愛があった。
そして。
名を捨てた復讐鬼は幽霊の
「
口調を意図的に元へ戻す。
傷つく所を見たくないだと?
もうジェンマを名乗らなくてもいいだと?
そんなことを彼らが言うはずがないだろう‼︎
父は言った。
どんな苦難が待ち受けていようとも、自分の中の正義を曲げることは絶対にしてはいけない、と。
師匠は言った。
お前がジェンマの名を名乗った時点で宝条琥珀は死に絶え、お前は誰よりも彼の遺志を優先せねばならない、と。
本物の彼らはジェンマの
「また失敗、か……」
幽霊たちの言葉は嘘じゃない。
だが、彼らは既に折手メアを許した存在……《
面白さの
「……仕方がない。普通に殺し合うかい?」
「メアちゃんが自分を傷つけられるっすか? 今は唯一無二の大親友というレベルで自分のことを好きっすよね」
その通りだ。こんな事になっても折手メアはジェンマを嫌いになれない。むしろ、今の方が好感度は高いまである。
凶悪な犯罪者でも親を殺すのに躊躇するように、歪められた心の距離感はジェンマを傷つけるのに罪悪感を覚えさせる。
しかし、ジェンマの方も折手メアを傷つける事はできない。
既に用意した策は崩れ去った。ここから勝機など見えない。舌先三寸でこの場を凌ぎ、何とか次に繋げるしかない。
このまま好感度を高めて逃してもらおう。
ジェンマはそう考えていた。
だが。
ジェンマは一つの失敗をした。
ジェンマは折手メアを見誤った。
「
絶句。
折手メアの眩い笑顔にジェンマは何も言えなかった。
ジェンマの知らないことではあるが、折手メアは愛する
「じゃあ、始めようか」
「それは……、その武器は……‼︎」
折手メアはニタニタと笑いながら、一つの武器を取り出す。
それはジェンマもよく知っているモノ。
それは
最速と謳われた
その弓の
かつて、
(くそっ! 戦いが始まった時点で自分の負けっすけど、よりにもよってこれが相手とか……‼︎)
折手メアの手に何処からともなく矢が現れる。
一六八〇万色に煌めく光の矢はつがえられた。
例えば《
そして、ジェンマは《
その
それは不可避かつ必中の矢。
的を狙う必要なんてない。矢をつがえた時点で攻撃はもう当たっている。
「逃げても良いよ。必死に命乞いする惨めな姿も、それはそれで見てみたいからね」
「……いいや、それでも。負けると分かっていても、逃げる訳にはいかないんすよ。自分は
ジェンマはナイフを構える。
既にジェンマの敗北は確定している。だけど、戦っているのはジェンマだけじゃない。ここで一分一秒でも折手メアを引き留めておくことが、天命機関全体での勝利に繋がるかもしれない。
そう信じて、ほんの一瞬の時間稼ぎのために命を
直後、衝突があった。
勝利者がどちらかなど語るまでもない。
何処かで轟音が響く。
しかし、そちらを向く余裕はなかった。
六道伊吹はぐらつく身体を抑えて立ち上がる。
ブレンダ先輩との決着は付いた。
「
黒髪の少女が似合わない口調で話す。
栗栖椎菜と同じ姿、だが中身は全く違う。
足元には血塗れで倒れ伏すブレンダ先輩。
俺も血を流し過ぎた。既に満身創痍。更に言えば、とっくに異能の限界も来ている。
「オレサマ達が一人ずつノコノコ襲ってくるとでも思ってたかー?」
紫の髪に黒いマスクをつけた男は、こちらは小馬鹿にしたような笑い方で話しかけてくる。
見たことがない、だがアドレイドに聞いた姿。
最悪のタイミングで最悪の強敵が襲来した。
「「さあ、最終決戦を始めようか」」
異能使用不可。
出血量・体力共に限界。
多勢に無勢。
数多の
執筆担当の私がプロット担当の私の知らない展開を書き始めました。