異能バトルに登場する無能力格闘キャラはいくらでも盛っていいと思いませんか?
カツン、コツン、と。
一歩ずつブレンダ先輩は近づいて来る。
待っているだけでは勝ち目がない。ただでさえこっちは不利なんだ、奇襲でも何でもして戦闘の
「足がッ、動かねぇ……‼︎」
「立っているのが精一杯でしょう?」
もちろん俺がビビってる訳じゃない。明らかにブレンダ先輩が何かをしている。足が縫い付けられていると言うより、足を踏み出そうとする力が減衰されていると表現した方がイメージは近いか。
俺の異能感知が反応しないから異能ではない。現実に説明がつく何らかの技術。転生者を殺害できるまでに突き詰められたこの世界の『当たり前』。
「コツは地面を踏み付ける時に特定の衝撃を与えることです。強すぎても弱すぎても、一定でもばらつき過ぎてもいけません。地面の材質や相手との距離、筋肉量や重心を考え続けることが大切です。微弱かつランダムな振動は貴方の足の裏を的確に刺激し、筋肉を少しの間だけ痙攣させます」
「……ぐッ、がァ……」
「技術のルーツは中国の震脚にあります。三千年間秘密裏に伝えられてきた古武術、表舞台に出すことさえ禁じられた殺人技ですよ。……と言いたいところですが、
「ぐばぎぶがァァアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」
ただ歩くだけで全行動を封じられる。
しかもコイツ、アレンジって言ったか?
だが、俺だって考えなしに叫んでいる訳ではない。微弱な振動で動きを止められてるのなら、より大きな振動を体の内側から響かせばいい。つまり大声だ。
直後、筋肉は普段の動きを取り戻す。
「うおォォァァアアアアアアアアアアアアアア‼︎」
「おや、混乱から脱するのが早いですね。天使に向いてますよ。ですが───」
目の前からブレンダ先輩が消える。
瞬きは一切していない。にも関わらず、残像すらなく視界から消え失せる。
「───少々、矯正が必要ですけど」
メキメキメキメキッ‼︎ と。
ブレンダ先輩の拳が胸にめり込む。
その顔は息が吹きかかるほど近くにあった。
その攻撃は真正面から振るわれた。
そう、つまり。
目に見えるものは実際の世界ではない。そのほとんどは脳が作り出した幻と言えるだろう。
だからと言って、ここまでか⁉︎ 極めれば人は視界すら覆われても相手に気付けないというのか⁉︎ 異能でもないただの技術で!
吹き飛ばされる、なんてことはなかった。
衝撃は過不足なく肉体に伝わり、内臓の裏をひっくり返すかのように体内を蹂躙する。骨が折れた訳ではないし、内臓に傷がついた訳でもないだろう。
しかし何故か、穴という穴から血が出た。目、鼻、口、耳、尻、あるいは毛穴さえも。痛みを全く感じないのがここまで怖いとは思わなかった。
思わず、呆然として自分の血を掬う。ブレンダ先輩はそんな俺に追い討ちをかけることもなく、憐れむように俺を眺めていた。それはまるで、俺が自発的に諦めるのを待っているかのようにも見えた。
見下されている。
それだけで殺意が沸き上がる。
「まだだァァアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」
《
勝機なんて何も見えない。
それでも、駄々を捏ねるように暴れる。
「……《
「あ? これを知ってるのか?」
ブンブンと振り回される剣を軽々と躱しながら、ブレンダ先輩は呟く。
「当然です。
「…………は?」
「それは七年前に紛失した二つの内の一つ。それを六道君が所有しているということは、やはり両方とも番外位が持ち去ったということでしょうか」
「これ盗品だったのか⁉︎」
あのクソ野郎、最低行為しかしてないな!
まあ、俺もこんな便利な物を返すつもりはサラサラ無いが。
「《
「確かに。そっちのチャチな
「……では、試してみますか?」
ちょっとした挑発だったが即座に乗ってきた。意外と短刀に愛着があったのかもしれない。
ブレンダ先輩はまるで居合いをするように短刀の鞘と柄をそれぞれの手で掴む。剣を振り回す手を止め、重心を後ろ足に置く。バスタードソードの《
───
「は」
ブウン、と。
俺のもみあげを刈り取るように、音速の刃が閃く。
音速の遠隔斬撃。
斬撃が飛来した? そんな訳あるか。
音速で動いた? そんな訳あるか。
相手はこの世界の『当たり前』を極めた
その行為には全て道理がある。
そして、俺は
そうだ、短刀なんかじゃなかった。
「
「正解、です!」
ブウンブウンブォンッ‼︎ と。
刃のついた鋼鉄の鞭が嵐のようにしなる。
音速の断頭台が大気を叩いて軋ませる。
斬撃が飛んだ訳ではなく、刃がゴムのように伸びた。音速で振られた訳ではなく、
腕力も速度も必要なく、正しいフォームで振るわれた鞭はほんの一瞬だけ
「いや、納得できねぇよ! 材質なんだそれ⁉︎ 鞭剣だか蛇腹剣だか知らないが、ゴムとかで再現できるもんじゃないだろうが!」
「ええ、ただの鞭ではありません。最先端科学技術によって発明された特性品です」
「科学技術ぅ〜? 胡散クセェな……」
「転生者たちがそれぞれ世界観を持つように、この世界も一つの世界観が支配しています。それこそが《科学文明》。世界の最先端たる私たちが『科学』を扱わないと考える方が不自然では?」
科学と言っても世界観が異なれば効かないんじゃ……いや、そうか。相手の世界観を調べてから使えばいいのか。敵がSF世界出身なら核兵器をぶつけ、敵がファンタジー世界出身なら今のように白兵武器をぶつける。転生者の技術レベルに合わせたそれぞれの武器を量産しているのだろう。
避ける、避ける、避ける。
辛うじて鞭の直撃は避けられている。あんな物直撃したら骨格粉砕なんてものじゃない。だが、避けられているからOKという訳でもない。
鞭が音速で空気を叩いたことにより発生するソニックブーム。あるいは、破壊された地面の破片。それらが計算された角度で俺を穿ち、少しずつ
「そして、私達の『科学』とはこれで終わりではありません」
バヂィィッ‼︎‼︎‼︎ と。
屋上から逃げ出そうとした俺に電撃が走る。足に細い切り傷が生まれていた。目に見えない透明の糸。それも触れるだけで足が切れてしまうほど鋭く細い
それを通して
「貴方は『科学』を何だと考えていますか?」
「はぁ、はぁ、はぁ……、物理法則に基づく技術?」
「違います」
もしや、この人も説明が大好きなタイプか。
と言うよりも、正確にはこの人の方が『テントラ』における正しい説明役なのか。まあ、折手の方は秘密も多いしぶっちゃけ向いてないもんな。
「世界を観測することで法則を見出し、それを技術として確立して応用すること。つまり、『科学』とは世界の法則化と実践。物理法則とはこの世界の“物”から法則化された“理”に過ぎません。そして、ここまで言えば分かりませんか?」
「…………?」
「物理法則を……
「…………………………あ」
思わず、足を止めた。
ブレンダ先輩はそんな俺を攻撃することなく、ただ右手を広げ。
そして。
「
右手から一条の
そして、それだけで終わりではない。俺は一度見たはずだ。透明のワイヤーは角度によっては白く光る。つまり、
放たれたレーザーを張り巡らされたワイヤーが何度も乱反射し、中央にいる俺を執拗に狙う。
俺は避けた。
一発も当たることなく全回避した。
だが、俺がここで言いたいのは避けられた俺スゴーイなんて事ではない。避けられるはずのないレーザーを避けられた。反応できるはずのない光速の攻撃に反応できた。
端的に言うと。
「
「魔法だって異世界の技術体系、つまりは『科学』です。私たちが扱えないとでも? まあ、こちらには世界観を貫通する効果はありませんけど」
感覚だけで言えば、ディートリヒの《神聖魔法》やアドレイドの《禁呪魔法》と遜色なかった。
異能を使って転生者と戦い、この世界の真実とやらを知った気になっていた。そんな外来種なんて関係が無かったのに。俺が頭の中で考えていた当たり前の世界なんて何処にもなかった。世界はここまで歪にズレていた。
「一体、どうやって……?」
「
「…………、」
「第一と第二は人類にとって有害でしかありません。第五と第六は人類には未だ届かぬ距離にある。番外は……今は置いておきましょう。故に、私たちが扱うのは第三と第四」
転生者を殺すために転生者の力を使う外法。
「例えば、第四摂理。この世界は魔力が『枯渇』することで終末を迎えることが運命付けられています。
「それが、今の魔法……」
「私たちはこの技術を“奇蹟”と名付けました」
くらっ、と頭が揺れる。
自分でも意外だったが、実はこんな俺でも常識というヤツに固執していたらしい。それが完全に崩れたことで小さくない
「勝てませんよ、貴方では。私すら倒せない六道君では
クソッ、震えてきた! これはビビっているのか? それとも
でも。
だけど。
そこで、聞き捨てならない、一言を、聞いた。
「
「え?」
俺が、助けたがってる。
……椎菜を?
「何の、話だ?」
「気づいていなかったのですか? 彼女は第四位に憑依されていますよ」
「…………………………………………………………、あ?」
頭の中でストーリーが繋がった。
俺と同じように一般人に過ぎない椎菜がCルートのヒロインである理由。折手がこれ以上好感度を上げるなと言っていた理由。
つまり、Cルートとは。
つまり、これから起こるイベントとは。
「わざと黙ってやがったな、あのクソ野郎……‼︎」
「彼女に罪はない。しかし、第四位をその身に秘める者を放置しておく訳にもいきません。私は栗栖椎菜を殺害します」
「…………それでいいのか? 正義の味方」
「彼女を放置すればこの街は災禍に包まれるでしょう。この街に生きる二三万人と彼女一人、どちらを優先するかは言うまでもありませんね?」
トロッコ問題、あるいはカルネアデスの板。
人が生き残るには誰かを犠牲にする必要があって、だから最も数が少ない方の誰かに全てを押し付ける。
歴史上何度も繰り返されてきた善なる行為。
ああ、正しい。
一点の曇りもない正義の行い。
……そんなもん、気に食わねぇに決まってんだろうが。
ガッ! と。
倒れそうになった体を、足を踏み出して立ち直す。
「数が多い方を優先する、テメェは今そう言ったな? 一を切り捨てて二三万を取ると。数字の大きい方を救うと、そう言いやがったな正義の味方ッ!」
「はい。何か文句でも?」
「いいや、全く。ただ一つ言っておくぞ」
「……?」
一だの二三万だの。
そんな数字は簡単にひっくり返せる!
「
「……はぁぁッ‼︎⁉︎⁉︎」
「これで二三万と七六億! さあ、やってみせろよ正義の味方‼︎ 引き算でもして大小を比べやがれッ‼︎ 七六億人を救うためにたった一人に手を伸ばせ‼︎‼︎‼︎」
ああ、言ったからにはやってやる。
世界の為に誰か一人を殺す世界。
ダメだ、俺は我慢できない。
そんな世界なら終わった方がマシだ。
グダグダ言って延命する前に俺の手で終わらせてやる。
「それは危険思想です! たった一人の欠けも許さない、一〇〇%の成功以外を許さないなんてあって良いはずがない‼︎」
「だったらどうする。俺を殺すか? どんな計算があって? 数字なんていくらでもかさ増し出来るんだよ! 必要なのはテメェが俺を殺したいかどうかッ、ただそれだけだろうが‼︎」
「止めます! 貴方をここで戦闘不能にして、記憶を消して元の
心と体を少しずつ削り、俺が諦めるのをゆっくり待ってくれる慈悲の時間は終わった。
ここから始まるのが本当の戦い。
俺とブレンダによる意地のぶつけ合い‼︎
ブレンダは地面の中に埋めてあった一つの武器を取り出す。
黒く、大きく、無骨なそれを。
「……ぱいる、ばんかー?」
「第三摂理を利用して作成された
武器の良し悪しなんて分からない。
ただ、一つ感じたことがある。
対して、俺に出来る事なんてほとんどない。
《
「……機能を使い熟せていないのですね。《
「あいにくと凡人でな。剣に認められなかったようだ」
《
二つの武器は剣/槍と名付けられながら、もはやその形からは大きく逸脱していた。
互いに歪な
額の汗が頬を伝って滴り、地面へ溢れ落ちる。
それが合図となった。
ズパァンッ‼︎ と。
地面を蹴り砕いて足を踏み出す。
ゾンビとの戦いで会得した馬鹿力。使用する度に自分の筋繊維すら傷つける諸刃の剣ではあるが、こっちの体力はもう尽きかけている。
「オラァァアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎‼︎」
「工夫と地力が足りません」
ブレンダが指をくいっと曲げると、周囲を囲っていた
走馬灯により
これじゃ、ダメだ。まだ対応できているが、すぐに反応すら不可能になる。当たり前の武器が相手では当たり前のように負けてしまう。
何とかして異能の力を……
「ビビってんじゃねぇぞ、先輩‼︎ 俺の体力が切れるのを狙ってんだろうがな‼︎
「……そうだと言ったら?」
「
《
「ごポァっ⁉︎」
「なッッッ……⁉︎ 何をしているんですかッッッ‼︎⁉︎⁉︎」
「ははははははははははははっ、ごぼァッッ‼︎‼︎‼︎」
笑いすぎて咳き込み、血が喉を逆流する。
口の端から血を垂らしながら、中指を立てて俺は笑った。
「
「………………ッッッ‼︎⁉︎⁉︎」
俺たちにあるのは勝つか負けるか、ただそれだけだ‼︎
「ああ、ああああッ、ああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼︎⁉︎⁉︎」
「ごぷぼげぽぐぎゃアアッ‼︎‼︎‼︎」
ギャリギャリギャリッ‼︎ と。
手を伸ばすブレンダを嘲笑うように、腹に刺した刃を回転させる。笑い声と吐血が混ざったせいか、水っぽい気味の悪い声だった。アドレナリンどぱどぱの今でなければ痛みだけで死んでそうな気もする。
だが、足りない。
ブレンダにはまだ余裕がある。
警察官が銃を稀にしか使わないように、本当に強い力は滅多に使われることはない。それを持っていること自体が余裕を生み出すからだ。
つまり強力な力を使わされている、その時点でもはや八割負けていると言っても過言ではない。だから、余裕を徹底的に潰して奇蹟を引き出す。
不安を与えるコツは何かを失ってしまう恐怖と明確な
都合の良いことに、ブレンダは俺の命が失われることに恐怖を抱いている。栗栖椎菜という一人の犠牲を基準にした時点で、それ以上の犠牲を許容できなくなっているのだろう。
であれば、後にやることは一つだけ。
屋上を囲む糸は焼き切った。
だから、こんな事もできる。
「あいきゃんふらーい☆」
「まッッ、まって……‼︎‼︎」
俺が死んでしまうかもという恐怖。
地面に衝突するまでという
考える余裕なんて無いだろう。
俺が落ちた瞬間、ブレンダは躊躇なくその力を使った。
「
五節の詠唱、風属性奇蹟。
状況から考えるに空中を浮遊する魔法か。
吹き荒れる風を鎧のように身体に纏う。
言い切ると、ブレンダは柵を飛び越えた。
当たり前だが、柵を越えでもしない限り屋上からビルの壁を見ることはできない。つまり、絶対的な
俺は落ちたと見せかけて《
「
「…………ッ⁉︎」
壁を蹴り、剣を振るう。
ブレンダは俺の腹を見て目を見張る。それも当然だろう。
タネは簡単だ。人体貫通マジックを参考にするまでもない。そもそも、剣の形は自由自在だ。ならば、
全てはブレンダを焦らせるための罠。
相手は空中、逃げ場はない。
一つ誤算があったとすれば───
(……想定内です)
───ブレンダにまだ余裕があったことだ。
感情的に俺の命を救おうと全力を出しながら、彼女は意識の片隅で状況を俯瞰していた。そして冷静な
それ故の備え。
詠唱した奇蹟は空を自由に飛ぶ翼でありながら、
ブレンダを台風の目として回転する嵐の鎧が爆発的に展開する。それが直撃すれば人間などひとたまりもない。例えば、
俺の渾身の奇襲は失敗した。
これ以上の手立てはない。
だから、それは偶然だった。
「……………………………………………………は」
今度こそ。
完全に、ブレンダの思考が停止した。
ブレンダにとっては予想外の現象。
だが、俺には心当たりがあった。
思い出すのは、折手メアの世界観。
ブレンダが言うには、折手メアの世界観だけが他の世界観から外れているため彼女は嘘をついている。
だが、こうも考えられないか?
世界観とは創作における世界の設定、
それは誤用であり、あえて言うならば世界像がそれを意味する言葉だ。
世界観とは『世界をどう観ているか』という考え方のことだ。
つまりどんな世界に生きていたのか、ではない。前世の世界像なんか関係ない。
考えてみれば最初からそうだった。
ほとんどの転生者は前世に引きずられた世界観を持つ。それが魂に刻まれた記憶なのだから当たり前だ。
だが、前世がどんな世界だったとしても、折手メアはこの世界がゲームだと認識した。故に彼女の世界観はここまで歪んだ。
そして、それは俺も同じだ。
この世界には異能も奇蹟も存在する。転生者が跋扈し、それを殺す天使で溢れかえっている。だが、
《
そして、世界観を貫通する効果を持つ異能と違って、奇蹟は世界観でも防げる。だから、俺に奇蹟は通用しない。
「終わりだ」
思考の空白。
その隙を突くように《
それでも。
ここまでやっても、彼女は最強だった。
完全な意識の停止。彼女は何も考えていなかった。
つまりは《
最高の
その一瞬前。
「…………え」
「あな、たをッ……殺したくない!」
ブレンダは意志の力で攻撃を止めた。
俺を殺してしまわないように。殺害という模範解答を歪めて、自分の正義を貫いた。
それは隙を作っただけかもしれない。
それは天命機関にとっては最悪の行為かもしれない。
だけど。
俺は心の底からこう思った。
「……尊敬するよ、正義の味方」
手加減はしなかった。
液体のように噴射した《
そして、直後。
俺たちは二人で地面へと落下した。