折手メアが辿り着いた先に、その少女はいた。
少女の名は佐武真尋……ではない。
そこに佐武真尋は残っていない。
そこにいるのは地獄の王。
佐武真尋の残骸と、それに宿った前世の人格。
肉体の無い亡者たちの代弁者。
見た目は佐武真尋と同一でも、その雰囲気は全く異なっていた。格好も髪型も元と同じ。
しかし、その表情に元のような笑みはなく、糸目であった瞳は大きく開かれていた。それは人間というよりは、むしろ機械のようなオーラ。
地獄の王と折手メアは見つめ合う。
先に口を開いたのは地獄の王であった。
「其方は死者であるな?」
「いや? ボクはピチピチの生者だよ?」
そんな嘘が通用するはずもなく。
地獄の王は折手メアを睨みつける。
折手メアはヘラヘラとした笑みを返す。
両者は油断なく相手の挙動を見逃さない。
「否、其方は死者だ。余の経験が告げる、其方は死者の中でも特に悪辣な罪人だな?」
「ひどいなー、それはキミの主観の印象だろう? ボクは無罪に決まってるじゃないか。地獄の裁判官がそんな一方的な判断をして良いのかなぁ?」
「黙れ、罪人の其方が裁判を語るな。余が其方に正当なる裁判、真の地獄を見せよう」
そして、地獄の王は
地獄の裁判所が開廷する。
直後、世界がひっくり返った。
これより先は異世界、魂の罪を裁く地獄。
シュルルルッ‼︎ と。
赤紫色の縄が折手メアを縛り付ける。
全身に絡まり、魂を鎖錠する。
「
地獄の王が保有する魂を捕縛する縄。
裁判から逃げることを許さず、縛られた魂は何処に逝くこともできない。
(終わったな……。《
異能の発動自体を封じることも考えたが、それは不可能だった。原作で見た異能を一度間近で見てみたい、そちらの方が面白いと思ってしまったからだ。
そんな事を考えているが、縛られ方が亀甲縛りになっている辺り、《
「流石だね、転生者の天敵。死者だけを対象とした異能と、異能を封じる縄。例え
「勝敗なんぞどうでもいい。余は声なき亡者の代弁者。亡者たちが嘆くのならば、相手が誰であろうと裁くのみ。それは相手が其方であっても例外ではない」
折手メアは地獄の王の話を聞き流す。
彼女は地獄の王の信念に興味がない。話しかけたのは、時間稼ぎに過ぎない。
(佐武真尋は白川日向と同じで、現世における人格は異能に押し潰されてるタイプ。六道伊吹がここに来れば、昨晩と同じように解決できるかもしれない。だったらボクは、いかにも頑張りました感を出して時間稼ぎをすればいい)
そして、これだけ手も足も出ない状況であれば、一生懸命戦ったが膠着状態に陥ったと言い訳が出来るだろう。
ふむふむと地獄の王の話に耳を傾けているフリをしながら、いい加減に頭をうなづかせる。
「うんうん、興味深いね。ボクが地獄に落ちると、出てくるのは数億年先になるだろう? 最後の餞別として、キミにお話をご教授賜りたいものだね」
「余としても、罪人の更生に役立つのなら是非も無い。……ただし」
ギチギチギチギチィィ‼︎ と。
赤紫色の縄が折手メアの首を締め付ける。
何かを呼び出すかのように、足で地面を踏み叩いて鳴らす。
「───時間稼ぎに付き合う気はない」
足元に地獄へと通ずる深い沼が形成される。
ゾロゾロと底から溢れ出るのは数多の亡者。
男、女、老人、子供、善人、悪人、一般人、転生者、天使、会社員、警察官、殺し屋。属性は様々。纏まりなどはなく、共通点はたった二つ。その全員が死者であること。そして直接的・間接的を含めた、折手メアの被害者であること。
「
「然り、其方の罪を供述する証人でもある」
亡者たちが何かを喚く。
意味は理解できないが、魂に響く声だった。
そうして、
「審理完了。満場一致で判決は下された。其方の魂を……魂、は…………」
地獄の王のセリフは不自然に途切れた。
折手メアが地獄へ引き摺り込まれる気配はない。
それを見て折手メアは笑って言った。
「言ったじゃないか、
無罪放免、満場一致で判決は下された。
地獄の王の経験と判決が食い違う。
「な、にを……其方は何をした⁉︎」
「キミの世界観は《
「どうしてだ……⁉︎ どうして亡者たちは其方を庇う供述をする⁉︎」
「決まっているだろう?」
折手メアは当たり前のように述べた。
「亡者と和解したのさ」
「有り得るはずがない! 死者は現世に留まることができない! 死者を呼び出せられるのは余のみであろう⁉︎」
「キミがそれを言うのかい? 有り得ないなんてことは有り得ない。この世界には異能があるのだからね」
地獄の王はそれに気づく。
元より、彼女は対番外位のために第四位に造られた転生者。異能や転生者の知識と共に、番外位についての情報を打ち込まれていた。
「《
「
折手メアは勝ち誇って笑う。対地獄の王において、異能は封じられる。しかし、相対する前に異能を使えば問題はない。
地獄の王とは亡者の代弁者であり、魂の罪を裁くシステムの一部だ。地獄の王の決定が地獄の意志となるのではなく、地獄の意志が地獄の王と決定を作り上げる。故に、地獄の王がどれだけ不満を持とうが、亡者たちの証言が翻らない以上、折手メアに罰を下すことは出来ない。
「さぁ、審理完了だ。満場一致でボクの判決は下された。ボクを無罪放免で解放するんだ」
「……余は…………、
地獄の王の顔が歪む。
苦しそうに胸を抑える。
そこで、折手メアはあることに気がついた。
判決が下されたら解けるはずの縄が、今もなお折手メアを捕縛し続けている。
そして、何よりも。
(……あれ?
そう考えた時には、もう遅かった。
「
一人称が違う、イントネーションが違う。
何よりも、雰囲気が異なり過ぎる。
そこにいたのは地獄の王ではなかった。
恋に破れた一人の少女。
「そこにいたのかッ、
「《極刑・罪科応報》……ッッッッ‼︎‼︎‼︎」
折手メアが地獄へ引き摺り込まれる。
それは折手メアに相応しい結末だった。
(マズイ……ッ‼︎ 《
既に肩まで地獄に呑まれている。
折手メアはもがきながら必死に叫ぶ。
「分かっているのか⁉︎ キミは今、亡者の信頼を裏切った! 地獄のシステムから逸脱した! キミの今の蛮行は、キミの世界観を否定する行為だぞ⁉︎」
「そんなん知らん! 絶対に逃さへん! その地獄の刑期は六八二京一一二〇兆年ッ、
「待て待て待て‼︎ 実はボクと六道伊吹は、ラブホテルに行ったけど何もしてないんだ。そうだ、ボクがキミと六道伊吹の仲立ちをしてやろう。だから一旦異能を止めてくれないかなッ?」
「信じられる訳ないやろッッッッ‼︎‼︎」
「ぐぁぁぁぁぁ‼︎ 正論ッ‼︎‼︎‼︎」
ガッッッッ‼︎ と。
最後に、その少女は折手メアの頭を踏みつける。
自らの
「あああああああああああああああっっっ‼︎‼︎‼︎」
異能の力が剥奪されていく。
亡者たちに精神を苛まれる。
それでも少女の胸に後悔はなかった。
本来、佐武真尋の人格は消え去るはずだった。
原作においては、地獄の王は機械的で理性的な裁判官のはずであった。
しかし、この世界において一点のみ相違点があった。
それは、
ぐちゃぐちゃになった感情は前世を思い出しても残り続け、結果として佐武真尋と地獄の王の人格は混ざり合った。
佐武真尋の情動と地獄の王の理性。
その二つを兼ね備えたのが今の少女である。
「余は、うちは……六道伊吹を、六道くんを捕まえなくちゃ……殺さなくちゃ、いけない……」
地獄の王の義務感か、佐武真尋の恋心か。
それとも、第四位が残した影響か。
六道伊吹の捕縛、または殺害を目的として、名もない少女はふらふらと歩き出す。
その背中に声がかけられた。
「
少女の動きが止まった。
ゆっくりと後ろを振り向く。
有り得るはずのない光景があった。
「なんで、どうやって……ありえへん‼︎ だって、第四位でさえ封じ込めた地獄やぞッ⁉︎」
「彼はなかなか死なないけど、何度も死にかけるキャラだからね。命乞いをしてから本番みたいな所あるから」
「なんで其方がまだそこにいるッ、
曇りなき美貌を携えた銀髪の少女。
その姿には傷一つ、埃一つもなかった。
「其方だって、折手さんだって判決が下された時は焦って命乞いしてたのに、どうやって脱獄したん⁉︎ それともッ、あれは演技だって言うん⁉︎」
「いやいや、ボクも本気で焦ってたし、あの命乞いは全力だったさ」
「だったら……‼︎」
「ただ一つ、キミが想定していないことがあった」
折手メアはドヤ顔で言った。
「
絶句。
最初から最後まで意味が分からない。
「其方は最強の
「ボクは意外と何も考えていないよ。ボクは思いつきで行動し、毎回失敗する。それを何とかアドリブでリカバリーしているだけさ」
「そんなんアリ⁉︎」
これこそが
少女はイラつき混じりに縄を操る。
二つの異能を失った今、少女の手に残った唯一の異能。しかし、それすらクソ野郎には届かない。透明な壁があるように、ペチンと実体の無い縄が弾かれる。
「なんなん⁉︎ 何なんだ其方は⁉︎」
「これは
「そんなもんッ、折手さんが持ってるはずない!」
「現実を見ろよ。何度試そうが、キミの縄はもうボクには届かない」
「余は第四位に其方の情報を打ち込まれた‼︎
第四位から得た知識が告げる。折手メアの保有する異能は一つだけ、《
二つ目の異能なんて待っているはずがない。
「ああ、その通りだよ。だけど、ボクがこのタイミングで退場するのは面白くないからね。
「めちゃくちゃ過ぎるッ‼︎」
例えば、《
昨晩、折手メアが使用した異能。それはその場で生み出した新たな異能だった。思いついた面白そうな展開を実現するための異能。
それこそが、異能製造機という異名の所以。
「さて、脱獄した所で問題は山積みだ。二つの人格が混ざったタイプの転生ということは、六道伊吹が来たとしても元には戻らない。そして、ボクの異能はその変化を無かったことには出来ない」
「うちも簡単に負けるつもりはないが、其方には攻撃が効かへん。千日手やな……」
「そうだね。
「…………は?」
そう言って、折手メアは一つの武器を取り出す。
それは弓と言うには機械的だった。
それは銃と言うには原始的だった。
その弓の銘は《
最速と謳われた
一言で表すならば、近未来クロスボウ。
あるいは、ゲーミング発光弩ガジェット。
「ボクの勝利条件はキミを元に戻すことではなく、六道伊吹にボクの悪事がバレないこと。パッと見て人格が変わっていないようだったらそれで構わないのさ」
「…………はぁ⁉︎」
「ボクは今からキミを矯正……コホン、教育する。元の佐武真尋のように振る舞えるまで、ボクはキミを痛め続ける」
「其方今、矯正って言わへんかった⁉︎」
「猶予は短いが問題はない。安心したまえ、全ては上手くいく。ボクの異能がそれを保証している」
折手メアはニヤニヤと笑う。
一六八〇万色に煌めく光の矢をつがえる。
「まずはレッスン1、イントネーションを関西弁にしよう。ちなみに、ボクは関西弁の正解が分からないから、なんとなく間違ってる気がしたら骨を折るよ」
地獄の王よりも地獄が似合う魔女が君臨する。
曲芸じみた光速の挙動で、悪夢のような調教が始まった。
一方、六道伊吹。
彼は運命に出会っていた。
「へぇ、アタシに大口を叩くとは珍しいじゃない。いいわ、名乗りなさい。記憶に残してあげる」
熔かされた地面。
横転した電車。
不自然に空いた大穴。
ぶちまけられた真っ赤な色。
辺りに漂う鉄錆の臭い。
ぐちゃぐちゃの肉片になった老人。
横たわって動かないランドセルを背負った幼女。
「……俺の名前は六道伊吹。テメェの名前は? 墓標に刻んでやるよ」
「言うじゃない」
瓦礫に成り果てた駅の上。
二人の転生者が立っていた。
一人は、六道伊吹。
そして、もう一人は……。
「アタシの名はアドレイド・アブソリュート」
目の前にいるのはヒロインの一人。
Aルートにおける六道伊吹の運命。
マグマのような紅蓮の髪と、太陽のような黄金の瞳を持つ少女は豪快に笑う。
「いつか世界征服を成し遂げる真なる魔王よ。身の程を知らないアンタには、アタシに殺されるという最大の栄誉をあげるわ」
「その言い方、ディートリヒとそっくりだぜ。真似でもしてんのかよ、ファンか何かか?」
挑発をしつつ、《
二人の転生者は同時に
直後、世界と世界が衝突した。
これより先は異世界、神秘蔓延る幻想の世界。
これより先は現世、悲劇のない当たり前の世界。
アドレイドから放たれる魔力が嵐のように吹き荒れる。
そんな中、六道伊吹は心の中で嘆く。
(どうしてこうなった……ッ!!)
時間は少し前まで巻き戻る。
世界観:《
転生者:
グレード:
タイプ:
ステータス:
強度-D/出力-A/射程-D/規模-A/持続-A
異能:《勾留・魂魄呪縛》《召喚・亡者累々》《極刑・罪科応報》