ザッ、と。
歪められた世界の前で足を止める。
俺が転生してから一年が経った。
ようやく、全ての転生者事件の黒幕にケリをつける日がやって来た。
「準備は良いかい? ここから先は、一瞬の油断が命取りさ」
「分かってるよ、メア」
メアと繋いでいた手を離し、腰の剣に手をかける。
正直、助かった。彼女の──彼女ではなく彼女──小さな手を握るのは初めてではないが、いつだってドキドキして手汗がやばい。
思えば、遠い所まで来たもんだ。
メアに自分が主人公だと教えられて、言われるがままにゾンビを倒し、異能を得るためにクマを殺した。
その後も数々の転生者や六界列強、天使とかいうメアを殺そうと企むヤツらをブチ殺した。転生者と化したクラスメイトや、憑依された幼馴染だって殺害した。
悲しくなかったというと嘘になる。だけど、転生者にされた人間を元に戻す方法なんてない。だから、介錯のつもりで殺した。
殺して、殺して、殺して、やがて第二位や第三位といった転生者のトップを殺した。
そして、これが最後。
諸悪の根源、転生者事件の発端。
■■という概念を世界に生み出した第一位をこれから殺害する。
「…………行くよ」
「おう‼︎」
足を踏み出した。
その瞬間、世界が切り替わった。
「やっぱり、異界化している……‼︎」
「百人規模の転生者と複数の六界列強が集まって初めて起きる現象をッ、単独で引き起こしたって言うのか⁉︎」
それは不思議な光景だった。
本来ならば、この場所は南米にある樹海。
だけど、もしもこの光景を写真で撮ることが出来たとしても、誰もそれが樹海の写真だとは気付かないだろう。
いいや、そもそもそれが地球上の写真であるとも気がつけないに違いない。
それは銀河を泳いでいるかのような風景。
或いは、深海の奥で輝く奇妙な生命の胃袋。
或いは、遺伝子が極彩色に光る細胞。
或いは、神様が創造したステンドグラスの教会。
或いは、万華鏡の中にある異世界。
或いは、或いは、或いは、或いは、或いは。
その風景を一言で表すことは不可能。
そもそも風景が一つに固定されることは無く、角度によって見え方が異なる風景が更に秒単位で切り替わる。文字でも、写真でも、動画でも、この世界を真に描写する事は叶わないだろう。
ただ、言える事は陳腐な一言だけ。
それは目を疑うような幻想の世界だった。
「そろそろ、かな?」
「…………来たか」
ぞぞぞぞぞぞぞっ、と。
異界の奥でナニカが蠢いている。
それらは物理法則から逸脱したイキモノ。
第一位が生み出した想像物である。
「…………ぬい、ぐるみ……?」
「油断してはいけないよ。可愛い見た目でも、何が飛び出してくるか分からない。あれの中身には綿じゃなく宇宙そのものが詰まってると思った方がいい」
そうだった、気を引き締めろ。
相手はあの第一位の眷属。
見た目はカラフルで目が悪くなりそうな極彩色の色合いに、脚の生えた魚のような縫い目の荒いぬいぐるみだ。
だけど、どれほど気の抜ける見た目だったとしても、核兵器すら平気で超越するような怪物たちに決まってる。びっくり箱にも程がある。
たった六発しか使えない俺の異能をここで使い果たす訳にはいかず、生半可な武器では歯が立たない。
だけど、俺たちだって何も考えずにここに来たわけじゃない。
用意したのは通常攻撃を補う武器。
襲撃者から強奪した四つの兵器。
「───未来を斬り拓くモノ、解放」
その剣の銘は《破邪の剣》。
凶悪な魔竜を討滅した聖者の剣。
「───生命を喰い尽すモノ、抜錨」
その槍の銘は《神殺の槍》。
神の子の死を確定させた処刑人の槍。
「───不浄を清め祓うモノ、励起」
その盾の銘は《無垢の盾》。
聖杯に辿り着いた穢れなき騎士の盾。
「───体躯を磨ぎ澄すモノ、戴冠」
その冠の銘は《聖釘の冠》。
救世主を磔にした釘から造られた冠。
右手に剣、左手に槍、盾は鎧に形を変えて身に纏い、冠は天使の輪のように頭の上に浮いている。それはまるで、騎士の姿をした天使のようだった。
四つの七天神装を用いて、この異界を切り抜ける‼︎
「さぁ、勝負だ」
直後、無数の想像物が俺達へ殺到した。
「ここが最深部だよ」
「やっとか……」
ここまで来るのにどれだけの月日が経っただろうか。
一週間か、一ヶ月か、一年か。もしかしたら数時間、あるいは数分しか経っていないのかもしれない。
この異界は時間が歪んでいる。客観的な指標も主観的な感覚もアテにならない。
兎に角、必死こいて異界の中心へ辿り着いた。
そして、俺達の目の前には……
「これが、第一位……‼︎」
見た目はただの童女。
髪色は宇宙を内包しているかのような特徴的なオーロラ色だが、それ以外に不可解な点はない。
何処にでもいそうな、普通の女の子だった。
そんな子が目を瞑って木にもたれかかっている。
「寝てる、のか……?」
「……今しかない。これが最後のチャンスだ。第一位が目覚めれば全てが終わるよ」
「あ、ああ」
見ず知らずの無抵抗の人間を一方的に殺すのは抵抗がある。……いや、嘘だ。抵抗はない。だが、本当にこれは正しいのかと心が俺に問いかける。
……でも。
(メアが殺すべきだって言ったんだ。彼女の言うことに間違いはない)
今までがそうだったように。
これからもそうに決まってる。
だから、意を決して右手を振り下ろす。
俺の拳で魂を擦り潰す。
──その、一瞬前。
「なんか違う気がする……」
俺の横で、メアはそう言った。
「…………………………は?」
「これ……おかしい。変だ。こんな筈はないんだ」
「なんだ? 何がおかしい⁉︎」
「だって、上手くいき過ぎている。ボクはキミの恋人で、キミはボクの言うことを何でも聞いてくれて、危なげなく敵達を殺していく。…………ああ、筋書き通りだよ。あり得るのかい、こんなもの?」
「なんの、話をしているんだ……⁉︎」
なんて事ないように。
メアは俺を突き放してこう言った。
「六道伊吹がボクなんかに従う訳がないじゃないか」
彼女は俺を見ずにそう言う。
彼女の瞳には俺は映っていなかった。
「六道伊吹はもっとめちゃくちゃなんだ。ボクの想定できるような……ボクの筋書きなんかで踊るようなキャラクターじゃない」
いいや、むしろ。
この時に初めて、メアの瞳が俺の姿を映したのかもしれない。
現実に焦点が合う。
目の前にいるのは輝かしい原作主人公じゃない。
極度の疲労と度重なる戦闘によって、ボロボロになった汚らしい少年が一人。
「夢から醒めたよ。キミは六道伊吹なんかじゃない」
その瞬間。
俺の身体に漲っていた正体不明の力が抜け落ちた。
その時にようやく思い出した。
《ご都合主義》の助けがなければ、俺なんてちっぽけなんだという事を。
これが俺の自力。これが俺の本当。原作主人公なんて、メアの頭の中にしかいなかった。
「…………もう、どうでもいいよ」
「まッ、待ってくれ! 確かに俺は原作主人公じゃないのかもしれねぇ! でもッ、俺が偽物なんだとしてもッ、この世界が救おうとしているこの意志だけは本物だ‼︎ だからッ──」
「────興味ないな、『彼』のいない世界の行く末なんて。……無駄だったね、この一年間は」
「──────────っ⁉︎」
ぽきっ、と。
俺の中で何かが折れる音がした。
それは折手メアに対する盲信か。
それとも、一年間積み重ねた思い出か。
そして、放心する俺を放って世界は勝手に進行する。
都合良く俺達が辿り着くまで待っていたラスボスは、呆気なく解き放たれた。
異界が消えていく。
──否、研ぎ澄まされていく。
これまで見て来た異界は第一位が垂れ流していただけのモノ。ただ存在するだけで世界を歪ませる怪物が、真の意志を持って世界を歪ませる。
それはまるでビッグクランチ。膨張している宇宙が一点に収縮するように、異界が特異点の形に収束する。
オーロラの髪色にも意味があった。宇宙なんてレベルにまで彼女が弱体化しているという意味が。本来の髪色は色鮮やかな極彩色なんかじゃない。あらゆる光の波長を捩じ伏せた先にある白色光。世界の始まりにして終わりの色。
「…………………………ッ⁉︎」
何かしようと思った。
何もできず、動けなかった。
《ご都合主義》に頼り切りの俺じゃ、何も。
折手メアは欠伸をした。
つまらなそうに、こう呟いた、
「ゲームオーバー、かな」
アリス・アウターランドの目が開く。
虹色に輝く瞳が世界を見据える。
ビッグクランチの後にはビッグバンが。
絵の具をブチ撒けたかのような世界が顕現する。
「世界新生───《 ■■■■ 》」
そして、世界は終わ────
BAD END
【Reset Code 001】
『覚醒』
世界線5.11348『夢から醒める』
>>>“WORLD END” Activation
《セーブデータを再生します:1/13800000000》