肉体が、魂が、魔王の重圧に屈する。
圧倒的格上。折手メアとは比べ物にならない程の恐怖を感じる。
「そうか、貴様であるかァ……番外位ィィィ‼︎」
ディートリヒは折手メアに目をつけた。
俺ごときは眼中にもない。
「何をしに来たァ、
「男尊女卑か。時代遅れだね、第四位。第一位が女性である時点で、古臭い
「貴様と第一位を一緒にするでないッ‼︎ 貴様のような
ゴッッッ‼︎ と、ディートリヒは折手メアを蹴り飛ばし、折手メアはサッカーボールのようにバウンドして転がる。その綺麗な顔に傷がつき、鼻からは血が垂れている。
それを見て、足が勝手に動いた。
「あああああああああああああッッッッ‼︎‼︎‼︎」
大声で恐怖心を誤魔化し、《
ディートリヒは一瞥もくれず腕を振るう。
「ガァッッッッ‼︎」
ドゴォッッッ‼︎ と。
ディートリヒの拳が胴体に突き刺さる。
肋骨が折れたのではないかと錯覚する衝撃とともに、吹き飛ばされて地面を転がる。
「何だ? 番外位が目をかけていると思えば、この程度であるかァ……」
俺の手から《
拳から剣を握り締める力が抜ける。
その剣を見て、ディートリヒは笑い出した。
「フフフッ、フハハハハハハハハッッッ‼︎ まさかそれは《
「ぐッ……な、にか、……知って、んのか?」
「知っているも何も、それは我を一度死に至らしめた武器である。老衰や災害などで我は何度も死んでいるが、それは我を
「殺害した……武器……?」
「何も知らないのかァ? ……貴様、もしやただの一般人かァ。憐れであるなァ……」
前世の武器ってことか……?
いや、だが……何度も死んだってことは、まさか……ッ⁉︎
「我ら
…………無茶苦茶過ぎる。
強いとか、弱点が無いとか、そんな次元ではない。負けても復活し、弱点を突いたところで意味がない。転生回数が無制限の怪物。
この世全ての生命を殺す以外には、死することのない最悪の転生者。
「憐れな貴様には、我に殺されるという最大の栄誉を与えよう。強者との戦いの中で死ぬとは、男にとっては最大の名誉であろう?」
そして、その
直後、世界がひっくり返った。
これより先は異世界、神秘蔓延る幻想の世界。
ゾゾゾゾゾゾゾゾ、と。
世界が漂白化されていく。
大穴は塞がり、瓦礫は跡形もなく消える。
空は白く輝き、地平線まで平坦な地が続く。
俺たちを囲むように、白亜の神殿が建てられる。
即ち、
「力がッ……出ねぇッッ‼︎」
全身から力が抜けていく。
俺の心がディートリヒに怒りを抱くほど、それに比例して身体からエネルギーが奪われる。息を吸うのも辛くなり、心臓の音も弱くなっている。ディートリヒが一人ずつプチプチ殺して回るのではなく、目撃者ごと全員まとめて衰弱死させるつもりだろう。
「これは《白亜神殿》、ラスボスが持つ異能の一つだね。神殿内では、ディートリヒに対して害意を抱く者に、神が天罰を下す」
「はぁ⁉︎ 神ってのは
「そうだね。事実上、神殿内でディートリヒを倒すのは不可能だよ」
話しながら折手メアは俺の元へ歩いてくる。どうやら、こいつはディートリヒに害意を抱いていないらしい。
「ボクにはどうする事もできない。……だから、キミが倒すんだ。キミの手でヤツを殺せ」
「……どうやって? 俺だってあいつを殺したい。だけど、そう思うほど体は言うことを聞かなくなる。今の俺じゃ、異能を無効化することもできない‼︎」
「ああ、今のキミには無理だね。……でも、原作終了後の未来のキミだったなら?」
折手メアが俺の頬に手を当てる。
光の粒子が俺を包むように集まる。
俺の肉体が作り変わる。
「《
肉体が成長を果たし、異能が進化を遂げる。
異能の残数が元に戻り、生命力が体に漲る。
「
不思議な感覚だ。
戦場そのものに親しみを覚えている。
身長が伸びたのか、視点が少し上がっている。
「異能の使用は相変わらず六回まで。たった六回のチャンスで、ディートリヒに異能を叩きつけろ。七回目以降は死ぬと思った方がいい」
「……ああ、楽勝だ」
足に力を込めて立ち上がる。
原作とやらの記憶はない。
肉体が成長しようと、人格は今の俺だ。
でも、身体が戦い方を覚えている。
いつだって始めに、その
裏返った世界を、更にひっくり返す。
これより先は現世、悲劇のない普通の世界。
「《
一度目。
一歩、足から異能を発動する。
白亜の神殿を踏み砕く。
この世界に神なんざ居やしない。
「何が起こったァッ⁉︎」
「見ての通りだぜ、クソ野郎」
「これは……第零摂理かァ⁉︎ 貴様のような転生者ですらない者が何故その力をォォ‼︎」
転生者ですらない……?
気になる発言だが、今は無視する。
《
「
ディートリヒが携える剣を引き抜く。
ビリビリとするような異能の反応を感じる。
光り輝く刀身、世界を焼き払う剣。
即ち、
「その異能は《神威聖剣》‼︎ 接触した物体を蒸発させ、切断する光の斬撃を放つ聖剣‼︎」
ジュワッ‼︎ と。
光速の斬撃が世界を断つ。
距離も硬度も無視して、万象を切断する。
異能を感知しても、避ける暇はない。
接触した瞬間に全身は蒸発する。
故に、ほとんど勘で異能を発動する。
「《
二度目。
タイミングはぴったり。
異能使用のタイムラグさえ考慮して合わせた。
光の斬撃が消滅する。
ディートリヒまでの距離を足早に駆ける。
「油断するな! ディートリヒには多重遠距離攻撃を放つ《神聖魔法》が存在する‼︎」
「魔法か……これまたファンタジーな奴めッ!」
折手メアの忠告を聞き、気を引き締める。
残りの五メートル、油断なく駆け抜ける。
「
「四節の雷属性魔法! 上から来るよ!」
上空の稲妻がクジラのように空を泳ぐ。
人智を超えた神秘、《神聖魔法》。
即ち、
雷の速度であり、生き物のようにタイミングが掴みにくい。
だったら、こちらから仕掛ける!
「《
三度目。
避雷針のように《
上空のクジラが打ち消され、雷が霧散する。
だが、上空ばかり気にしていられない。
前方に意識を向けると、ディートリヒが詠唱しながら剣を振りかぶっていた。
「
まず始めに、地面が槍となって足を穿つ。
三節の土属性、または地属性魔法って感じか?
先程の魔法よりは短文であり、威力も下がっているが、俺のような何処にでもいる平凡な高校生を仕留めるのであれば、この程度の威力で構わない。
その魔法を俺の異能で打ち消す。
魔法と同時に、斬撃が俺の頭を狙う。
今の俺は、一度に一つの異能しか無効化することができない。
だが、未来の俺であれば違う。
二回分を一度に使用する事で、斬撃と魔法の両方を打ち消す。
「……《
四、五度目。
これで五回分を使い切った。
残るチャンスは一度。
「何をするつもりだ貴様ァァアアアア‼︎」
《
「《
六度目。
最初からずっと感じていた異能の反応。
ディートリヒの肉体は異能だ。
だったら、俺の異能を叩きつけるだけで、ラスボスは消滅するはずだ。
《
剣がディートリヒの頭に吸い込まれ、…………
カランカラーン、という音が聞こえる。
剣が地面に落ちた音だ。
意外と軽そうな音がするなぁ、と何処か他人事のように考える。
「フハハハハハハハハハハッッッ‼︎‼︎‼︎ チャンスを使い切ったようであるなァ、小僧‼︎ 気分はどうだァ‼︎ 我は最高の気分であるぞォ‼︎‼︎」
ディートリヒは俺を馬鹿にするように笑う。
よく見ると、ディートリヒはバリアを纏っているようだった。肉体そのものが異能であったため、反応が紛れて気づかなかった。
「これこそが我が
ああ、気づかなかった。
異能の反応に紛れたそれに。
それこそは異能の源。
転生者の記憶が保管された場所。
即ちッ……‼︎
「《
七度目ッ‼︎
異能の発動。
生命力が無くなる感覚。
頭の血管が切れたのか、鼻から血が流れる。
「キサッッ、キサマァァアアアアアアア‼︎⁉︎⁉︎」
さっき、バリアを砕いた場所に手を突っ込む。
手でディートリヒの頭を掴む。
……
俺が触れたのは頭ではない。
それこそ……
俺の異能の真髄に至る。
やがて至る境地へ、一足飛びに進む。
「ヤメロォォオオオオオオ‼︎ 我が力が消えてゆくッッッッ‼︎‼︎ 我が七百年かけて貯蔵した魔力であるぞォォオオオオオオ‼︎‼︎‼︎」
「うるせぇな、死なんざテメェには慣れたもんだろうがッ! まぁ、今度は
イメージするのは、死神の
魂に触れ、それを根本から刈り取る。
異能の無効化ではない、転生者の殺害ではない。
前人未到の領域、
俺の
「ボクたちは世界を破壊できる
「なッッ、なにィィイイイイ‼︎ つまり、つまり、つまり、つまり、つまりィィ‼︎ 貴様が我等の死神であるかァァアアアアア‼︎⁉︎⁉︎」
名付けるならば、《
パキリ、と。
異能が魂を砕く、硝子が割れるような音がした。
「テメェに相応しい
ディートリヒの絶叫が止む。
魂から異能を搾り上げた。
鼻からは血が溢れ、地面にぶっ倒れる。
……これでラスボス戦終了だ。
「まだだァァアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」
ブワッッッッ‼︎ と。
異能の反応を感知する。
黄金の輝きが膨れ上がる。
ディートリヒを中心として世界が軋む。
奴はまだ生きていた。
魂を破壊されても尚、奴は動き続ける。
「我はまだ死なんぞォォオオオオオオ‼︎‼︎」
肉体は光の塵になりかかっている。
それでも起き上がり、執念深く立つ。
これこそが
ディートリヒ・フォン・エルケーニッヒ。
宣言と同時、世界が塗り替わる。
異能の反応……
極めて異能に近く、異能よりも寒気のする反応。
異能が局所的な異世界の展開ならば、こちらは現世そのものが異世界に変質しているかの如き感覚。
曰く、世界の終わりそのもの。
曰く、現象化した世界の死因。
曰く、
人智の及ばない、世界すら超えたチカラ。
少なくとも今の俺に分かるのは、このチカラを発動させたら何もかもが終わるということだけ。
だが、何もできない。
指一本動かすことすらできない。
俺では間に合わない。
「第四摂理接続ゥ! 我は『枯渇』の
だが、あいつが間に合った。
「断末魔が長い。ソシャゲの周回だったら罵倒されてる所だよ?」
ザクリ、と。
ディートリヒの体に剣が突き刺さる。
「グァァアアアアアッッ‼︎⁉︎⁉︎」
ディートリヒの言葉が中断される。
世界を終わらせる感覚が呆気なく無くなる。
それは《
その剣の真の力が解放され、その刃がディートリヒを切り裂く。
「───
ザンッッッ‼︎‼︎ という音と共にディートリヒが分解される。
その剣は選ばれた者にしか使えない。
では、どうして折手メアが剣を使えたのか。
「ご都合主義の化身かよ……」
最初からやれよとは思わない。
ギリギリまで俺が追い詰めたからこそ、折手メアがトドメを刺すという余地が生まれた。初めから折手メアが手を貸すのは、面白くないため不可能なのだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎⁉︎⁉︎」
ディートリヒの肉体が光の塵となって消え去る。
完全消滅。今度こそ一件落着だ。
ハイタッチでもするかと起き上がろうとするが、体は一切動かない。考えるまでもなく疲労のせいだろう。
よく見ると、折手メアの姿もボロボロだ。
傷だらけの顔を眺めていると、目が合った。
ゾッとするほど美しい宝石のような赤い瞳で俺を見て、目を逸らすようにキョロキョロと揺れる。
「……ちょっと、顔を見るのはやめてほしい」
「何でだよ……」
寝そべりながら、折手メアと会話する。
折手メアは恥ずかしがるように、両腕で顔を隠している。
「今、鼻血が出てるんだ。そんなみっともない顔でキミと話すのは耐えられないよ」
「いつも通り可愛いぞ?」
「〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
頭から煙が出るぐらい、顔が真っ赤に染まる。
そう言えば、こいつは俺のことが好きなんだったっけ? 戦闘があり過ぎて忘れていた。推し的な意味かと思っていたが、もしや恋愛的な意味だったりするのだろうか。
「びっくりしたぁ。突然の推しのASMRは心臓に悪い……」
こんなトンチキな発言さえしなければなぁ……と綺麗な顔面を見て思う。一方でこれでこそ折手メアだよな、と短い付き合いながら安心感を覚える。
「……いや、いやいや。ボクにも乙女心があってね。いくら素が可愛くても、好きな人の前では一番可愛い自分でいたいのさ……」
「オッサンに乙女心なんか無いだろ。それに鼻血だったら俺も出てる。お揃いだと思えば、恥ずかしくないんじゃないか?」
「……そんなにボクの顔が見たいのかい?」
「ああ、見たいよ。未だに勝った実感がないから、お前のイラつくドヤ顔が見たい」
「タラシみたいな事言うと思ってたら、そんな事思ってたのか……。しょーがないにゃぁ」
ゆっくりと、一歩ずつ折手メアは近づく。
誇らしげな顔で折手メアが俺を見下ろす。
それはいつか見た構図だった。
この夜の始まりと似た景色だった。
ただし、前とは違って、折手メアはスカートの裾を抑えている為、中身が見えることはない。
「ボクらの勝ちだよ」
「……それは、よかったな」
「救急車の音も聞こえてきたよ」
「白川日向は、無事なのか……?」
「無事さ。安心して構わない」
「ああ、そりゃ安心、だな……」
「もしかして、眠い?」
「そう、だな。俺の体力は、もう限界だ……」
強い眠気に襲われる。
意識を保つのが難しい。
思考が纏まらない。
「そっか、じゃあ眠ってもいいよ」
「ああ、眠る……」
「後のことは全部、ボクに任せなさい!」
「ああ、任せた……」
「……もしかして、ボクの言葉を復唱してる?」
「ああ、復唱してる……」
「…………メアが大好きだよ」
「何言ってんだよ……」
「起きてるじゃないか⁉︎⁉︎」
「うるせぇな、寝させろよ……」
今のはちょっと面白いな。
寝ぼけた頭でそう考える。
「うん、じゃあお休みなさい。いい夢を」
「おやすみ……」
折手メアの女神のような優しい笑みを見て、母親のような安心する声を聞いて眠りに落ちる。
「お休み、
最後に頭を撫でられたのは夢だろうか。
こうして、長い夜はやっと終わりを迎えた。
次回のエピローグで第一章は終了。
第二章開始まで少し休憩を挟みます。
世界観:《
転生者:ディートリヒ・フォン・エルケーニッヒ
グレード:
タイプ:
ステータス:
強度-C/出力-EX/射程-B/規模-B/持続-C
異能:《神体加護》《神威聖剣》《神聖魔法》《白亜神殿》
終末摂理:『枯渇』