─────それはボタンの掛け違いのように些細な出来事がきっかけだった。祖父の影響で英雄に憧れる少年、ベル・クラネルは冒険と称して村の近くの森を散策していた時にそれを見つけた。
「綺麗・・・・・・」
それはベルの大好きな英雄譚にあるように美しい泉の前の石の台座のような場所に突き刺さっている剣。ベルの身の丈以上あるそれは刃こぼれなど一切なく夕日に照らされ綺麗に輝いていた。ベルはその剣の美しさに見惚れ思わず手を伸ばすとそのまま剣の柄を握った。
『────おぉ!いいぞ少年、そのまま俺を抜いてくれ!!』
「ほわぁぁぁぁっ!?」
剣の柄を掴んだ瞬間、頭に響いた声に驚いてベルは思わず素っ頓狂な声を上げながら思わず柄から手を離して尻もちを着いた。ベルは未知という恐怖の前に涙目を浮かべながら這う這うの体で逃げようとした。
『待て待て少年!頼むから逃げないでくれ!!俺を助けると思って!!』
「た、助、ける?」
『そうなんだよ!このままだと魔力が尽きて俺死んじゃうんだ!!だから頼む!!俺を助けると思って抜いてくれ!!』
最初は怯えていたベルだったが聞こえてくる声が本当に切羽詰まった様子なのを感じて恐る恐る再び剣の柄を握ると力を込めて持ち上げ始めた。
「んっ・・・!!」
『いいぞ!その調子だ!そのまま頑張ってくれ!!』
子供の力であるために身の丈以上ある剣を持ち上げるなど難しく、ベルは顔を真っ赤にしながらゆっくりと剣を持ち上げる。そして時間はかかったもののベルはようやく剣を抜くことに成功した。
「ぬ、抜けた・・・!!」
汗だくになりながらもベルは満面の笑みを浮かべながら自身の力で抜いた謎の剣をキラキラと瞳を輝かせながら見る。今のベルは物語の英雄のように伝説の聖剣を抜いた勇者と同じ事をやっているのだと気分が高揚していた。
『助かったぜ少年!いやーまさかダンジョンから転移したらこんな魔力を吸収する石に刺さっちまうとはな!ほんっと少年がいなかったら終わってたぜ!!』
「ど、どういたしまして?」
ベルは剣からお礼を言われるという初めての経験に困惑しながらもその言葉を素直に受け取った。ベルは剣の言っていることがよく分からないがそれでも気になることがあったのでベルは剣に質問をする。
「あ、あの!ダンジョンにいたってことはもしかしてあなたはオラリオからここに!!」
『おら、りお?すまんな少年、実は俺あまり世間のこと知らないんだよ・・・』
「へ?」
そこからベルは剣───剣では味気ないからと何故か師匠と呼ぶことになった───から彼から色々と聞いた。師匠はある日オラリオのダンジョンの深層で目が覚めたらしい。自分の正体も分からず何故剣の姿なのか何も分からない状況で襲ってくるモンスターたちを狩りまくってはその力を手にし、かなり強くなったらしい。そして深層から中層そして上層へと辿りつこうとした時に手に入れたスキルの一つである《転移》を発動したらこの森の上空に飛ばされ、そのまま落下した時に刺さった岩が魔力を吸う力を持つものでそれにより師匠はあと数日もあの岩に刺さったままだったら魔力が切れて死んでしまっていたかもしれないそうだ。
「す、すごい・・・!!」
『そうかそうか!ベルは優しい子だな-!!』
ベルは師匠が倒した魔物たちとの戦いを聞く度にキラキラと目を輝かせて聴き入り、そんなベルの姿に気分を良くした師匠は誇らしい気分になっていた。ベルはもっと話が聞きたいと思っていたが、そろそろ日が沈む時間のため祖父やお義母さん、叔父さんたちが待っている家に帰らなくなってしまいベルはお義母さんたちにも師匠を見せようと師匠を持って家へと帰ろうとした。しかしその道中、ベルはお義母さんと叔父さんが黒い男性に連れられて村を出ていく姿を見てしまった。
「お義母さん・・・?」
ベルは2人の姿を見て何故か焦燥に駆られ、師匠を引きずりながら2人の元へ走る。しかし子供の足で、その上剣を持っているためにその足取りは遅くベルが着く頃には2人は遠く離れてしまっていた。
「うぅ・・・お義母ぁさぁん・・・・・・」
ベルは2人が居なくなったショックで涙目になって愚図り始める。それを見た師匠は何とかベルを励まそうと考え、そしてあることを決意した。
『よしベル!俺と一緒にお前のお義母さんたちを探しに行こう!!』
「本当に・・・?」
『おう!男と男の約束だ!』
師匠は自分を救ってくれたこの心優しい少年のために自分が出来ることを考え2人を探すことだと思い力を貸すことにした。ベルは愚図りながらも師匠の言葉を聞いてコクコクと頭を揺らしながらお義母さんたちを捜すことを決意した。その後、一旦家に帰って祖父に書き置きを残してから家にある使えそうなものを持ってベルは師匠と共に義母と叔父を探す旅に出るのだった。
────これは些細なきっかけによって本来の英雄譚とは異なる道筋を進むことになった白兎と意志を持った剣を中心とした英雄譚の始まりであった。
なお、ベルの書き置きを読んで彼の祖父であるとある大神はそれはもう慌てふためき連絡の取れる眷属たちを総動員しさらには部下であるとある旅神にも協力させてベルを捜索させるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
祖父が必死になって探していることも知らずベルと師匠の旅は順調に進んでいた。ベルは師匠の持つスキルを使って道行くモンスターを狩りながら戦い方を学んでいた。そのおかげでベルは神による恩恵を刻んでいないというのに神の恩恵を刻んだLv4冒険者に匹敵するほどの力を手に入れていた。そして旅の道中で師匠が作ったカレーなる至高の逸品を食べたベルがカレー信者となって道行く人に進めたり、襲いかかってきたアマゾネス姉妹を返り討ちにした結果2人に惚れられて同行メンバーが増えたり、師匠の素晴らしさに気づいたクロッゾの系譜を持つ鍛冶師見習いの少年が目をギラつかせながら迫ってきたのを返り討ちにして同行メンバーに加えたり、巨大な蠍のモンスターを倒した結果、とある処女女神に見初められ恋人にされそうになってアマゾネス姉妹と修羅場になったりと色々あった。そして2ヶ月という月日が経ってベルは2人がいる可能性がある場所として迷宮都市オラリオへと辿り着いたのだった。
「ここがオラリオ・・・・・・」
ベルは憧れのオラリオに着いたことに若干心を躍らせながら都市の中を最初はキラキラとした目で見ていたのだが徐々にそれも曇らせていた。ベルは人伝であるがオラリオには色んなものがあり毎日人々の活気がある素晴らしい場所と聞いていたが、今はそんな様子は欠片もなくどこか人々の間にも不安を感じさせられていた。
「なんかくらーい」
「本当にここにお義母さまがいるのかしらね?」
「さぁな。だがこんだけ広い都市なんだから何らかの情報は手に入るだろ」
ベルと同じようにオラリオの暗い雰囲気を感じているのか同行者であるアマゾネスのティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒュリテのヒュリテ姉妹と赤髪のヒューマン、ヴェルフ・クロッゾも顔を顰めていた。しかしここで突っ立っているだけでは何もならないと考えたベルたちは情報収集するために人の集まるギルドへと向かうのだった。
(これがオラリオか・・・)
ベルに背負われている師匠もまた初めて見るオラリオを物色していた。ちらほら都市のあちこちに強者の気配を感じるもののそれらは師匠がダンジョンの深層で出会ったモンスターたちに比べれば大したものでは無い。そんなことを師匠が考えながら4人はギルドへと足を運ぼうとしたその時、ベルは偶然裏通りでやせ細っている子供たちの姿を見てしまった。子供たちの目には光がなくこの世界に絶望しているかのようだと幼いながらも感じたベルはあることを思いついた。
「ねぇみんな」
ベルは師匠とティオナたちにあることを提案した。最初にそれを聞いた師匠たちは驚きはしたもののベルらしいと笑いながらその提案を受け入れたのだった。
「今日もオラリオは異常なしね!」
オラリオを巡回している探索系ファミリア《アストレアファミリア》の団長であるアリーゼ・ローヴェルは副団長であるゴジョウノ・輝夜、団員のリュー・リオン、ライラと共にオラリオを巡回していた。
今オラリオは最強派閥であったゼウスファミリアとヘラファミリアが居なくなったことで調子に乗った
「それにしても今日はやけに人通りが少ないですね」
「そうだな。冒険者だけじゃなくて市民の姿すらあまりねぇな」
リューとライラは普段ならば昼時ということもあって本来ならばそれなりの人がいるはずの露店通りに数える程度の人しかいないことに疑問を感じていた。
「なぁ団長殿、なにかいい香りがしないか?」
「ん?そうね何か食欲を刺激するような・・・」
輝夜に言われてすんすんと鼻を鳴らしながらその美味しそうな匂い嗅ぐアリーゼ。そのあまりに美味しそうな匂いを嗅いだ4人はまだお昼を食べていないこともあってか無意識に匂いのする方へと足を運んでいく。少し歩くと匂いの発生源にたどり着いたアリーゼたちはそれを見て驚いた。
「炊き出し、ですか?」
そこには一般市民から冒険者、さらにはダイダロス通りの住人など色々な人々が木皿を片手に長蛇の列を並んでいた。今のオラリオで炊き出しをやるのは別珍しいことでは無いのだが、やるならばガネーシャファミリアが指定した場所と時間でやるしこれまで出してきたのも黒パンやスープなどの質素なものがメインでここまで香りの強い料理を出したことはこれまでなかったためにリオンたちは首を傾げていた。
「お!アストレアファミリアの姉ちゃんたちじゃねぇか!!お前らもこの飯を食いに来たのか!!」
「あらゴルドのおじ様じゃない!!」
アリーゼたちが疑問を抱えているとドワーフの男性であるゴルドが声をかけてきた。ゴブニュファミリアのドワーフである彼はアリーゼたちアストレアファミリアの武器のメンテなどにも関わっているためそれなりの付き合いがあったりする。
「なぁゴルドのおっさんこいつはなんなんだ?ガネーシャファミリアの炊き出しにしちゃあ何時もと違う気がするんだが・・・」
ライラはゴルドにこの炊き出しについて尋ねることにした。なお、その際にちゃっかり4人とも列に並んでいたりする。正義の味方だってお腹はすくしこんな美味しい匂いを前にして我慢出来るわけが無いのだ。
「あぁこいつはガネーシャファミリアの連中じゃなくてオラリオの外から来た連中が始めた炊き出しだよ」
「オラリオの外から?それは珍しいですわね」
「なんでも街の連中の暗い顔を見てなにかやれねぇかって考えた結果、持ってた食材を使って炊き出しを始めたんだとよ」
「それは・・・」
ゴルドの言葉に輝夜とリューは驚いていた。今のオラリオの外から人が来るのも珍しいがそれも他人にこのような善意を振りまくことに正義の女神であるアストレアの眷属である彼女たちの琴線に触れた。
「最初の一杯は無料でもしもっと食いたいなら5ヴァリス払うだけでおかわりをくれるってことであっという間にこの長蛇の列よ」
「だから冒険者も並んでるのね・・・」
「量がある上に下手な店よりも美味いからな!」
ガハハハ!!と豪快に笑うゴルドとそれを聞いて一体どんな料理が出るのだろうかとアリーゼたちは興味が湧いていた。そしてしばらく待っているとようやくアリーゼたちの番になった。
「ご注文をお受けします!!」
(((か、可愛いっ!!)))
二パァ!!と蔓延の笑みを浮かべる白兎を彷彿とさせるような少年───ベル・クラネルの笑顔を見てズキューン!!とハートを撃ち抜かれたアリーゼ、輝夜、リューは顔を真っ赤にしながらその笑顔の虜になっていた。それをライラとゴルドは呆れたように細目で見るがそんな3人を無視してゴルドはベルに注文をする。
「ベル坊よ。ワシはカツカレー大盛りのおかわり。こっちの娘っ子どもには普通盛りを頼む」
「はい!」
ベルはゴルドから木皿と5ヴァリスを受け取りながらトテトテと後ろにある鉄鍋から野菜や肉がゴロゴロ入ったカレーとご飯をゴルドの木皿に山盛りに乗せ横に置いてある揚げ物の中からカット済みのトンカツを乗せ、新しい4つの木皿にもカレーをよそった。それをお盆に乗せるとヨタヨタと歩きながら持ってきたベルはゴルドたちにカレーを提供した。
「お待ちどおさまです!!」
「おぉきたきた!!」
ゴルドはスキップしそうな勢いで嬉しそうにカツカレーを受け取ると列から抜けた。アリーゼたちもそれぞれよそわれたカレーの木皿を持って列から抜ける。4人は近くの石垣に腰かけると食べ始めた。
「んー!美味しいわねコレ!!」
「えぇ本当に・・・」
「豊穣の女主人と渡り合えるんじゃないか」
「お、美味しい・・・!!」
アリーゼ、輝夜、ライラ、リューはあまりの美味しさに驚愕を隠せず夢中になってカレーを食べていた。なお、既に食べ終えているゴルドはまた長蛇の列に並んでおかわりをしにいった。その後カレーの虜になったアリーゼたちも何度か列に並び、カレーをおかわりした。また、ディアンケヒトファミリアのアミッド・テサーレとロキファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインがベルを取り合うような展開が起こったり、勝手に炊き出しを行っていることでガネーシャファミリアから団長であるシャクティ・ヴァルマとアーディ・ヴァルマによって撤収され残ったカレーをアイズが奪いそうになって騒動が起こったのは別の話である。
─────ベルが黒い神様と出会うまで後少し。