イスラエル軍は24日もレバノン南部でイスラム教シーア派組織ヒズボラの武器庫などへの空爆を続けています。レバノンでは23日以降、子どもや女性を含む550人以上が死亡しました。
一方、ヒズボラもイスラエル北部にある軍用空港などへの攻撃を行っていますが、イスラエルのネタニヤフ首相は「引き続きヒズボラへの攻撃を続ける」などと述べ、強硬姿勢を崩していません。別府正一郎キャスターの解説です。
(「キャッチ!世界のトップニュース」で2024年9月25日に放送した内容です)
・「全面戦争」が起きた2006年
イスラエル軍による隣国レバノン各地への攻撃で多数の死傷者が出続ける中、イスラエルとヒズボラの間の「全面戦争」とも伝えられた、2006年の規模にまで戦闘が拡大してしまうのか、情勢はきわめて緊迫しています。
1か月あまり続いた2006年の戦争では、レバノン側に特に甚大な被害が出て、一般市民を中心に犠牲者は1,100人を越えたと見られ、火力発電所への攻撃で燃料が地中海に流出し深刻な環境破壊も起きました。そうした悲劇が繰り返されてしまうのか。2006年の戦争と、現在の状況を比較しながら見ていきます。
まず、イスラエルとヒズボラをとりまく状況ですが、当時も今もよく似ています。当時も、今のようにパレスチナのガザ地区で大規模な戦闘が起きていました。
2006年6月、その年1月の選挙で躍進したハマスと、イスラエルの緊張の高まりを受けて、イスラエル軍はガザ地区に侵攻していました。当時もヒズボラはハマスとの連帯を掲げ、7月、イスラエルへの越境攻撃を仕掛け、イスラエル軍はレバノンへの大規模な攻撃に乗り出しました。つまり、ガザの紛争が、レバノンでの戦争につながった形だったのです。
イスラエル軍の破壊力はすさまじいものでした。この戦争を、私はレバノン側で取材しましたが、滞在していた首都ベイルートの中心部にもイスラエル軍の戦闘機が飛来する音が聞かれ、ヒズボラの拠点となっている市の南部に対すると思われる空爆による爆発音が響きました。そのべイルートの南側では、多くの高層住宅が破壊され、がれきの山になった地区もありました。
・「全面戦争に近づいている」今回の攻撃
今回のイスラエル軍の攻撃も、当時と同じように激しいものになっています。イスラエル軍は24日までに、およそ3,000地点を攻撃したとされ、レバノンの保健省は、これまでに550人以上が死亡したとしています。
ニューヨーク・タイムズは、23日について、「2006年以降で、レバノン側で1日で最も多くの死者が出た」としています。フィナンシャル・タイムズは、「イスラエルのネタニヤフ政権が、ヒズボラへの攻撃を新たな段階に引き上げた」「全面戦争に近づいている」と伝えています。
・2006年、戦争の拡大で民衆は
こうした中で、今後の焦点のひとつは、イスラエル軍が2006年と同じように、レバノン領内に地上部隊を送り込むかどうかです。当時は、イスラエル軍が、レバノン南部に侵攻し、ヒズボラとの地上戦になり、戦争の拡大が決定的になりました。
さらに、2006年と現状を比較する中で、どうしても指摘しておかなければならないと思うこともあります。それは、2006年の戦争では、イスラエルの目指したこととは真逆に、むしろヒズボラは、強大なイスラエル軍に対して抵抗を続けたとして民衆に称えられ、かえって「勝者」とみなされ、存在感を高める結果になってしまったことです。
がれきの山となったベイルート南部では、『聖なる勝利』と書かれた看板やのぼりが立てられていたのも覚えています。
破壊されたアバートでは、中はめちゃくちゃになり、住民はけがをしていました。その時、9歳の少年は、「大きくなったらヒズボラの戦士になりたい」として、イスラエルへの復讐を誓っていました。
イスラエルは最新鋭の兵器で、精密な攻撃を行っていると主張しています。しかし、強大な軍事力をいくら振りかざしても、平和や共存は勝ち取れなかったことを、改めて思い起こす必要があります。
■NHKプラスでは、放送後から1週間ご視聴いただけます。
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放送[総合]毎週月曜~金曜 午前10時5分
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