心肺停止状態の女性にAED(自動体外式除細動器)を使ったところ、警察に被害届を出された――。ABEMAの報道番組「ABEMA Prime」が、そう主張する男性の証言を1月20日の配信で取り上げたところ、波紋を広げている。
男性のエピソードが真実だったのか不明だとして、番組のあり方が問題視されているのだ。もしも女性を助けることがリスクだと捉えられてしまえば、助けられたはずの命が救えなくなることもありえる。
筆者は「ABEMA Prime」の初代プロデューサーをつとめていたので、今回の騒動について非常に情けなく感じた。相変わらず「ABEMAニュースの最大の問題点」が解決されていない。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●大きな物議を呼んだ「AEDで女性を助けたら警察に被害届けを出された」
問題となっている「ABEMA Prime」のネット上に公開されている動画を見た範囲での感想となるが、やはりいくつかの問題点があると思う。
それは「取材の問題」と「番組構成の問題」、そして「事後の対応の問題」の3つに大きく分けられる。
特に大きいのは「取材の問題」で、責任あるメディアとして許されるものではないと思う。
番組では、男性のエピソードを取り上げる際に、ほぼ全面のテロップでこのように表示し、MCが詳しく説明した。
ABEMA primeより
番組では、この男性に取材したという。きっと、電話か何かで実際に話を聞いたのだろう。しかし、おそらく男性の話を丸ごと信じて、裏付け取材をしなかったのではないか、と思われる。
この放送内容について報じた「AERA dot.」(2月16日公開)によると、警察庁はAERA.dotの取材に対して「このような事例は把握しておりません」と回答している。しかも男性のXは現在閉鎖になっているから、疑惑が深まっているとはいえるだろう。
通常の取材において、女性が病院に搬送されるまでの経緯については、消防の確認が必要だし、警察に被害届をだされた経緯については警察などの確認が必要だ。
番組側が、男性から救急搬送した消防署と、事情聴取をされた警察署の名前を聞いたのであれば、裏付けは容易だったはずだ。
取材したのが報道ディレクターや記者であれば、念のため救急隊員の名前や聴取を担当した警察官の名前まで聞いておく者もいるだろう。
●裏付け取材をしていなかった疑惑がある
ABEMAニュースは実質的にはテレビ朝日報道局が制作している。テレ朝の報道局は警視庁と東京消防庁の記者クラブに加盟している。もし、都内の案件であれば、番組のプロデューサーから記者クラブを通じて裏付け取材ができたはずだ。
ほかの地域の警察や消防の記者クラブにも、その地域の系列局が加盟しているので、依頼すれば確認はできないことはない。
ほかのウェブメディアと比較して、簡単に裏付け取材できるのが、ABEMAの強みであるともいえる。
さらに言えば、「AERA dot.」がそうしたように、警察庁に取材もできる。本来、このテーマで議論をするならば、個別・具体的なケースにとどまらず「全国的に女性へのAEDでの救命措置で警察に被害届が出されたケースがどのくらいあるか」を把握したほうが良いだろう。
そして当然、警察庁の記者クラブにも常駐している担当記者がいる。かなり容易に裏付け取材ができたのにもかかわらず、していなかったのではないかという疑いがあるのだ。
そもそも、テレビ朝日の記者に頼らずとも、番組制作に関わるスタッフが自ら取材をすれば良い。慣れてないとか、裏付けを取るのに時間がかかるという背景があるのかもしれないが、誤報を防ぐことを優先すべきだろう。
男性の証言について裏付け取材をしていないのであれば、それをやるべきだった担当者に、報道取材の基本が欠けている可能性があるのではないか。
もし仮にXで見つけてきた怪し気な話の裏も取らずに垂れ流したのであれば、それはデマをそのまま報道番組で配信してしまったということになる。
番組の視聴者が「やはり女性に男性がAEDで救命するのは、立件される恐れがあって危険なのだ」と思ってしまい、女性への救命をためらうことになる可能性がある。
だとすれば、救える命も救えなくなってしまうかもしれない。そのことの重大性を当然、報道機関として重く受け止めねばならないだろう。
●かなり煽っている番組構成だった
そしてもう一つ、「番組構成の問題」についてだ。コーナーの構成要素とその演出方法に問題があったのではないかと、テレビ報道関係者の立場から指摘することができる。
まず冒頭のVTRの構成がかなりセンセーショナルだ。
ABEMA primeより
「女性に絶対にAEDを使わないで」という文字が黒い画面の全面に大きく映し出される。
その後に話題となったXの投稿が紹介されるが、「男性に冤罪ふっかけるのが女性の”総意”」「彼女たちの尊厳のためにも女性は見殺しにしてください」などという、かなり女性への憎悪が感じられる投稿が紹介され、内容はかなり煽り気味だ。
その後のスタジオでの討論部分も問題に感じる。スタジオに消防防災アドバイザーの兼平豪さんという方を呼んで、AEDの使用方法などについて詳しく紹介したのは非常に良いと思う。
だが、スタジオの女性たちが、動画を撮影されて公開されることに対する恐怖や、動画を撮影しようとする人間を制止できないことなどを述べたほか、「男女は一緒にするより分けたほうがいいのではないか」という若干的の外れたフェミニズム論も示される。
兼平さんをはじめとして「救命措置をしても責任は問われない」という主張もあり、「ためらわず救命措置をしてください」という弁護士のコメントも紹介されてはいるのだが、全体としてその印象が薄くなってしまっている。
法的に責任を問われるかということが大きなテーマであると思われるので、本来であればスタジオに実務に明るい弁護士などを置くべきではなかったか。スタジオに呼ぶゲストのチョイスが「問題をセンセーショナルに煽る方向に偏っていた」と言わざるを得ないと思う。
●説明責任があるのではないか
そして最後に「事後の対応の問題」がある。「AERA dot.」によると、番組に出演した兼平さんが「事実確認がされていないのでは」と番組スタッフに尋ねたら「取材班ではないのでわからない」と答えられたという。
このような疑義が出演者から出されたら、責任を持って確認するべきなのに、それを怠ったのではないか。しかも、ABEMA広報は「AERA dot.」に「番組制作の過程については、回答を差し控えさせていただきます」としているようだが、そんなことで許されるはずはない。
今回のケースについては、もし「誤報」ないし「捏造」ならば、報道機関として失格というべきだ。きちんと謝罪して、責任を取るべきだと思う。
ABEMAニュースは、私の知る限り、男性の視聴者が非常に多くて、女性が少ないという「偏った視聴傾向がある」メディアだ。
私が在籍する2016年ころから番組内容が男性寄りであり、「ネットを積極的に使う男性」が喜ぶような内容が多く、バイアスのかかったものが多いのが問題だとこれまでも指摘してきた。これが私の言う「ABEMAニュースの最大の問題点」だ。
地上波とは違う視聴者に届くニュース番組として、ABEMA Primeが本来果たせる役割は大きいと筆者は思っている。だからこそ、きちんとした取材をして、「男性寄りの煽った内容」に走らずに、地上波とは違ったニュースをきちんと流してほしいものだ。
ABEMAは弁護士ドットコムニュースの取材に「番組制作の過程については、回答を差し控えさせていただきます」とした。
※ABEMAのコメントを追記しました(2月18日18時)。