私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

黒沢清 トークショー レポート・『台風クラブ 4Kレストア版』(1)

 台風が襲来した夜、中学生たちは学校に閉じ込められた。彼らは日ごろの感情を爆発させる。

 相米慎二監督(加藤祐司脚本)『台風クラブ』(1985)は中学生たちや彼らを取り巻く教師などのあやうさをクールかつ鮮烈に描いた傑作である。4Kリマスターが行われ、2023年10月にリバイバル上映と黒沢清監督のトークイベントがあった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

【『台風クラブ』について (1)】

黒沢相米さんとは個人的には親しくしていたんですが、どうしてあんな映画を撮っていたのか、ぼくも判ってしないところがあります。4K版をチェックさせていただいて、こんなにいろいろよく見える映画だったんだと驚きではありました。昔はフィルムで映画館で見ているわけですが、冒頭のプールのところや、台風が来るのは夜ですからぼんやりして蛍光灯が緑に光る中で、中学生が脱いでいて、見えるような見えないような。誤魔化されてるような、これが真実のような。おぼろげに推移していった印象が昔はありました。今回も雨の中はおぼろげだったですけど、学園生活は綺麗な映像になったというか、普通の若者たちが生活してるんだなと見えるようになっています。

 誰が主人公なのか特定しづらいですけど、男子学生(三上祐一)が最終的には見事に死んでいく。迷った挙げ句、確信してためらうことなく死ぬのが脚本で印象に残っていました。今回見直してみても、そのことは貫かれていますね。脚本がそういう構造になっているから、あれだけのラストを迎えるのは(登場人物では)彼しかいない。相米さんも彼が飛び降りるカットは豪快に撮ってますね」

 

 本作は、黒沢氏も当時在籍していディレクターズ・カンパニー制作で、氏は脚本を読んでいたという。

 

黒沢「いちばん面白かったのはこの脚本でした。どれが1本選ぶとしたら『台風クラブ』だとぼくは言ったと思うし、評価の高い脚本ではありました。ただ実際に撮るかというと、台風が来る設定だけでお金がかかりそうだし、大変だろうなあと。いつの間にか相米さんが撮ることになってましたね。相米さんから是非やりたいと積極的に動いたのか、周りのプロデューサーが撮れよって言って人に促される形になったのか。相米さんは人に促されるように持っていくのが上手いんですけど、自然と撮るように仕組んだのかは判らないですね。

 ぼくは大人の、ちゃんと芝居のできる経験豊かな俳優が好きなんですよ。中学生はひとり出てくるなら何とか…ですけどたくさん出てくるとなると、ぼくはとてもコントロールできないし、どうしたらこの人たちが面白く見えるか全く判らないですね。相米さんの作品の中でも最も若者たちというか、ほぼ子どもに近い人ばかり出る映画ですね。相米さんが、子どもが好きだったかもよく判らないんですけど、子どもを撮ることに興味はあったんでしょうね。

 映画としてむちゃくちゃなものは他にもあると思うんですよ。『雪の断章 情熱』(1985)とか。ただ相米さんの映画のむちゃくちゃさが気持ちいいのは、本来だったらこうすべきというのを全然しない。アップしないとか、アイドル映画だったらこうするはずみたいなのをしないとか。普通ならこうするというのを壊すんですが、『台風クラブ』はもともとああいう脚本だったんですね。アイドル物の企画だったわけではない。最初からこういう映画としてなるべくして誕生してなっていたものですね。相米さんのやりたいことが充満しているんだろうと思っております。

 (大きな水たまりができているラストは)脚本にそうなっていたのか、たまたまああいうふうになって面白いから撮ったのか、狙って水たまりをつくったのか判らないですけど。ああ、脚本にあったんですか。ぼくがもしやったら、自分では想像つきませんけど。ただ水は好きな方でしたね。『魚影の群れ』(1983)もそうですし、『ションベン・ライダー』(1983)でもここぞというところに水が出てくる。水に飛び込むとか雨でびしょびしょになるとか、相米さんだけでないですけど水に映画的な何かを感じる監督。あるいは水と人間で何かが生まれる作品は結構あって、相米さんが脚本を読んで面白いと思ったのは至るところに水が出せる、台風だから水たまりをつくれるって算段があったんだろうとは思いますね」

相米映画の長回し

黒沢相米さんが長回しで直接影響を受けたのは神代辰巳さんなのかなと。神代さんも長く回すんですけど、大多数の監督が長く回すのは俳優から途切れることのない演技を引き出すためだと言うんですね。相米さんもそうしているように見えるんですけど、全然そうじゃない。相米さんもエドワード・ヤンテオ・アンゲロプロスも、長回しで俳優のすごい力が出てくるんですが、それが目的ならもっとアップで撮ればいい。起こっていることを客観的な視点で、情況がどうなっていくのかじっと見させる力。それがスペクタクルなんですね。映ってる人間が何を考えているかも関係ない。起こっていることがどう推移していくのか。1分後にどうなっているのと、目を皿のようにして見てしまう。映画にそういう力があって、相米さんもそれを狙っていると思いました」(つづく