中村幸也オフィシャルブログ「自由に生きるのに遠慮はいらない!」

中村幸也オフィシャルブログ「自由に生きるのに遠慮はいらない!」

中村幸也のブログ

2018年6月に大阪から沖縄に移住してきた自由人。心理カウンセラー。「あきらめる勇気」の著者。『元不登校YouTuberゆたぼん』のパパ!

はじめまして「ゆきやん」こと中村幸也です。


2011年2月からブログをはじめ、

1日も欠かす事なく毎日更新中!


「あきらめる勇気(ハート出版)」
という本も出しており、全国の書店で発売中です。


ぜひ、読んでみてください(^^)/


あきらめる勇気

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劣等生と優等生を比べた時、多くの人は「優等生のほうが偉い」と思い、優等生のほうが世の中の役に立っていると考えがちだ。

 

しかし、もし劣等生がいなければ優秀な人は「優等生」とは呼ばれない。

 

これは医者と病人でも同じだし、カウンセラーとクライエントでもそうだ。

 

医者は世の中の役に立つと思われているが、世の中に病人がいなければ医者は生計を立てられないし、カウンセラーだってクライエントがいなければカウンセラーとして活動できないのである。

 

つまり医者が医者でいる事ができるのは病人がいるおかげとも言えるのだ。

 

そして病人は医者の治療により助けられ、クライエントはカウンセラーに救われる。

 

 

そこに「どっちが偉い」もクソもない。

 

 

このように考えるとどんな人でも世の中の役に立っていると考えられるようにもなる。

 

この世に存在するすべてのものは「存在しゆる意味がある」という。世の中には価値がないものは存在できないそうだ。

 

つまりそこにあるということは「それだけで価値がある」とも考えられるのである。

 

 

だからあなたも十分価値がある。

 

 

世の中の役に立つ人になろうと無理して生きる必要なんかないし、誰かと自分を比べて自分の価値を計る必要なんてない。

 

なぜなら、あなたは存在しているだけですでに世の中の役に立っているのだから。

 

だからありのままの自分を受け入れて自分を受容して生きよ。

 

他人と自分を比較したってあなたがあなたであることに変わりないんやから。

 

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あなたは自分の長所を褒められた時どのような反応をしているだろう?

 

日本人の多くは『謙虚が美徳』と考える。

 

だから誰かに褒められても「そんな事ないですよ~」と言って謙虚な姿勢を見せようとする。

 

確かに威張ったりうぬぼれるのではなく、人に対して丁寧に接するのは大切だ。

 

しかし人から褒められた時にそれを素直に受け取らないのは『謙虚ではなく傲慢である』とも言えるだろう。

 

 

人は誰もが長所と短所を併せ持っている。

 

 

自分の長所を否定することが謙虚さなのではない。

 

なぜなら『謙虚さ』とは自分の短所をごまかさず、自分の長所もごまかさないことだからだ。

 

だから長所についても短所についても正直になることが大切だ。

 

 

「自分には価値がない」と思う人がいる。

 

 

ありのままの自分には価値がなく、頑張っている自分や我慢している自分、必死で誰かの為に生きている自分だけが「価値がある」と思っている人がいる。

 

そして「そう思うことが良いことで謙虚なんだ」と勘違いしていたりする。

 

でもよく考えてみよう。

 

「ありのままの自分は価値がない」と思うのは、ただ自分のことをバカにしているだけじゃないか?

 

 

それは謙虚でもなんでもない!

 

 

だから自分の長所にも短所にも正直になって、威張らずうぬぼれずに生きよう。

 

自分のことをバカにしたり、自分のことを低く見る必要なんてどこにもないんだから。

 

誰かに褒められたら「ありがとうございます」と言ってニコッと笑い、謙虚に受け入れるのが一番や。

 

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完ぺき主義の人は何もかもを完ぺきにこなそうとしがちになる。

 

勝ちか?負けか?

善か?悪か?

損か?得か?

馬鹿か?利口か?

幸か?不幸か?

 

 

all or nothing(オール・オア・ナッシング)

人生は100か?0か?

 

 

こんなふうに『すべてか、無か』で考えると幸せに人生を生きることは難しくなる。

 

なぜなら、100でなければ意味がないと考える人は一度でも失敗したらそこでやめてしまい、急速に冷めて極端に0になるからだ。

 

しかし人生は『100か0』だけではない。70の自分や50の自分がいてもいいのである。

 

 

そんな曖昧さを受け入れるのも大切なことだ。

 

 

何かをやって思うようにいかなかったとしても、それですべてが台無しになるわけではない。

 

失敗してももう一度やればいいし、負けても再チャレンジすればいいのである。

 

できないならできないで構わないし、別のことを始めたり、新しい世界へと飛び込んでもいいのだから。

 

そんなふうに失敗を「すべて」ではなく、長い人生の道のりの一部だと捉えることが大切だ。

 

生きていると白でも黒でもない“灰色”の部分だってある。

 

 

だから完ぺき主義は捨ててしまおう。

 

 

そうやって不完全さを受け入れながら軽いステップで進んでいくと良し!

 

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