芸能人になるしか道はなかったのかも(笑)
浦野 僕は、小さい頃、落ち着きがない子、でした。はい。
佐野 今と変わんねーだろ!
浦野 真面目な話、小学生の頃、僕の落ち着きのなさでみんなが勉強に集中できないからって、早退させられたこともある。
本田・中川・佐野 爆笑
――黒柳徹子さんの「窓ぎわのトットちゃん」にそっくりのエピソードですね。徹子さんは最初の小学校を退学になってましたが。
浦野 退学かぁ〜。それはエピソードとしてはもう最強ですね。それで、僕の親は僕の将来を心配して、芸能事務所に履歴書を送ったり、中学受験の塾に通わせたりとか、いろんな行動に出たんです。そうしたら、忘れもしない小6の夏、芸能事務所のオーディションに受かって。芸能活動の第一歩を踏み出すことができました。……といっても、そこからいくつか転々として、今に至るわけですが。
本田 (浦野)秀太は、この仕事に就いてなかったら、いったい何ができてたんだろうな、って思うわ。笑っちゃうぐらい、何もできないもんな(笑)。
浦野 少なくとも、デスクに向かってという仕事はできなかったかも。落ち着きがなくてもできる仕事が、芸能界(笑)。バイトとかも続いた試しがなかったからね。だから今の仕事は天職……? 芸能人になるべくして生まれてきた存在だと思います。
本田・中川・佐野 ププっ(失笑)
佐野 自分は、絵に書いたようなやんちゃなやんちゃ坊主でした。いたずらばっかりやってて、校長室に呼ばれない日はない、みたいな(笑)。住んでたのが過疎地域だったので、僕の学年は9人で、一つ下が3人しかいなかった。だから、その世界を自分が牛耳っているような感覚でした。猿山のボスだったんです。だからもう怖いものなし。運動神経も良かったので、小学校3年生ぐらいのとき、「めちゃイケ」の「オカザイル」を観て、くるくる回るウインドミルっていう技を見様見真似でみんなの前で披露したり。
本田 今よりお調子者って感じなのかな。
佐野 そうかも(笑)。でも、田舎すぎてダンス教室とかもないから、中学高校では普通に部活をやって、大学で東京にきたタイミングでダンスを始めたんです。
浦野 僕たちみんな、エリート感は皆無ですけど(笑)、今、腹を括ってこのグループで活動できているので、そういう雑草魂に、グループの個性を感じてもらえたら嬉しいです!