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マスメディアの信頼回復に向けた検討課題
2025 年 2 月
制度・規制改革学会有志
<要旨>
◆人々のマスメディアへの信頼は民主社会に必須である。昨今のマスメディア
への信頼低下は、「国民に真実を伝える」機能を十分果たせていないとの不信
から生じているのでないか(自らに都合の悪いことは報じず「報道しない自
由」を不当に行使している、偏った報道をしているなどの不信)。
◆特定の企業・個人の批判より、マスメディアの構造的な課題解決に取り組むべ
き。検討課題として、
1)報道内容の品質の確保・向上
報道内容の品質はマスメディアにとって死活的に重要。公正な編集権を尊重
しつつ、報道内容の品質の確保・向上を図るため、主要国の多くに見られる「報
道評議会」(報道内容につき外部検証を行う自主規制機関)を創設すべき。
2)実効性ある経営ガバナンスの確保
経営者の対応が不十分なときは正当な圧力がかかり、要すれば交代を求める
仕組みが有効に機能する必要。問題の背景には、経営ガバナンスを阻害しかねな
いマスメディアに特有の規制(認定放送持株会社に係る3分の1規制、日刊新聞
法)。
3)公的なガバナンスの見直し
マスメディアは「社会の公器」として公的な役割が求められるが、その中で、
民間のガバナンスも公的なガバナンスも機能不全になっている面がある。実効
的なガバナンスの仕組みの再構築を検討すべき(社外取締役の選出ルール、放送
事業者の監督体制、消費税軽減税率など特例措置のあり方の見直しなど)。
4)多様なメディアが競い合う環境の確保
多様なメディアが競い合うことで、より良い言論空間が生まれる。競争政策の
適用を本格化すべき。新聞・テレビのクロスオーナーシップの見直し、ネットメ
ディアとの健全な競争確立(例えば、選挙期間中にマスメディアも積極的に報
道)などが課題。
5)「経営と報道・編集の分離」の確保
自らに都合の悪いことでも、国民に真実を伝えることを徹底すべき。「経営
と報道・編集の分離」をいかに確保すべきかが課題。
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1、背景
1)マスメディアの信頼低下が著しい。
・フジテレビ問題では、平素は報じる側のマスメディア(報道機関)が自らの不
祥事に直面した際におよそまともな対応がなされないこと、正常な経営ガバ
ナンスが欠如していている企業も存立できる競争環境の空白が露呈した。
・フジテレビ問題の先触れは、2023 年に発覚したジャニーズ問題だった。マス
メディアが見て見ぬふりをして性加害を放置し、事実上加担したに等しいこ
とはこのときも指摘された。
・昨年の兵庫県知事選では、斎藤知事の疑惑を一方的に報じたマスメディアへの
不信が噴出した。ネットの情報の影響力が反面で増し、「オールドメディアに
ネットが勝った」と評される選挙結果に至った。兵庫県知事選の底流には、マ
スメディアがときに偏った報道をしがちであること、また、あらかじめ想定し
たストーリーにそぐわない事実は報道しないこと(「報道しない自由」を不当
に行使)など、マスメディアの行動に対する不信の蓄積があった。マスメディ
アが特権的な地位を与えられ、実質的な競争の乏しいぬるま湯状態にあるこ
とへの疑念もあった。
2)マスメディアは、このまま信頼低下して消え去ればよい存在ではない。
・民主政治が健全に機能するため、メディアの役割は不可欠である。政府や企業
などを十分に監視し、知られていない問題を見出し、正しく国民に伝えなけれ
ばならない。
・ネットメディアは成長著しいが、玉石混交である。このままマスメディアが衰
退し、雑多なネットメディアに国民が依存せざるを得ない状況になれば、誤情
報の拡散などで社会が不安定化しかねない。
・したがって、「信頼性のあるメディア」として、公正な編集権を行使するマス
メディアを再生することが重要である。
3)特定の企業・個人の批判ではなく、構造的な課題解決に取り組むべき。
・今回のフジテレビ問題のような事案に際し、特定の企業・個人を批判する論調
が広がりがちだが、それでは何ら問題解決にならない。マスメディアの抱える
構造的な課題を洗い出し、解決策を検討すべきである。
※ ここでは、「マスメディア」ないし「報道機関」とは、主に新聞・テレビ・ラジオを指
す。この他、月刊誌・週刊誌等の雑誌メディア等も、これに準じた存在である。
なお、本来は、「マスメディア」と「ネットメディア」を対立的な概念として捉えるこ
とは正しくない(マスメディアもネットを活用することがあり、一方、ネットメディアも
広く大衆に向けて発信することがある)。そして、今後の「信頼性のあるメディア」の確
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立は、紙かネットかといった枠を超えて、なされるべき課題である。
以上を認識したうえで、現時点において、取材体制や記事チェック体制の運営経験を有
し、「信頼性のあるメディア」に最も近い場所にあるのは新聞・テレビなどであることに
かんがみ、ここでは、主にこうした媒体を念頭に、「マスメディア改革」の検討課題を示
す。
2、検討すべき課題
マスメディア(報道機関)の役割の根幹は、国民に真実を伝えることである(そ
れ故に、報道の自由は司法でも特別に尊重されている)。これが十分果たされて
いないことへの不信から、信頼低下が生じているのでないか。
解決のため、「報道内容の品質確保・向上」、「ガバナンスの確保」、「多様なメ
ディアが競い合う環境」などが求められる。
1)報道内容の品質確保・向上 ~「報道評議会」の創設
報道内容の品質はマスメディアにとって死活的に重要である。一義的には各
マスメディアがチェック体制整備などを行うべきことだが、主要国の多くでは
さらに、報道内容につき外部検証を行う自主規制機関(各社はその検証を受け入
れる)を設けている。「報道評議会」などと呼ばれる。
日本では、放送事業者については放送倫理・番組向上機構(BPO)が存在す
るが、ジャニーズ問題での対応などをみても、十分機能しているかは疑義がある。
さらに、新聞については、「報道評議会」に相当する組織が存在しない。各社で
独自に第三者検証組織を設けている例はあるが、一部の新聞社に限られ、活動状
況も概して活発とは言えない。
古くから議論されてきた課題だが、マスメディアの信頼性が問われている今
こそ、新聞も対象に含め、実効的な「報道評議会」の創設を検討すべきである。
併せて、訂正報道を行うことは、恥ずべきことではなく、むしろ信頼性を高める
との認識をさらに広げるべきである。
2)実効性ある経営ガバナンスの確保 ~放送法・日刊新聞法
国民に真実を伝える役割を果たすために、公正な経営が確保されなければな
らない。経営者の対応が不十分で本来の役割を果たせていない場合、ステイクホ
ルダーから改善を求める圧力がかかり、さらに要すれば経営者の交代を求める
仕組みが有効に機能しなければならない。ところが、現行制度では、経営ガバナ
ンスを阻害しかねないマスメディアに特有の規制があり、見直しを検討すべき
である。
1放送法
今回のフジテレビ問題では、外資株主が声をあげたこと、スポンサーが撤退し
たことで、事態が若干改善した。しかし、あまりに遅く不十分である。上場企業
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であるにもかかわらず、劣化した経営体制が放置されてきた面が否めない。放送
事業者の経営ガバナンスが十分機能しない要因として、認定放送持株会社に係
る規制(マスメディア集中排除原則から3分の1を超える議決権保有を制限)が
経営陣への圧力を弱める一因になっていないか、経営危機などに際し経営体制
を抜本的に改める妨げにならないかなどを検証し、必要な規制見直しを検討す
べきである。
2日刊新聞法
新聞の場合、日刊新聞法で株式の譲渡制限が認められ、放送事業者以上に株主
の圧力を受けづらくなっている。同法は、報道を歪める大株主を排除するため戦
後初期に定められたが 1
、ともすれば公正な経営を行わない経営者を守る規制に
もなりかねない。一方で大株主により報道が歪められる危険性(米国で現実に生
じている)には留意しつつ、日刊新聞法の見直し(後述する「経営と報道・編集
の分離」を前提として上場の可能性なども含め)について検討を行うべきである。
3)公的ガバナンスの見直し ~社外取締役の選任ルールなど
マスメディアは、社会の公器と位置付けられる。放送事業者は、希少な電波帯
域の割当を受けて事業を行う。新聞は、消費税の軽減税率などの特例措置の対象
とされる。ところが、公的な役割を担う民間企業であるが故、民間企業としての
経営ガバナンスも公的ガバナンスも、どちらも効きづらくなっている面が否め
ない。
1社外取締役の選任ルールの見直し
フジテレビ問題では、社外取締役が十分機能していない可能性が顕在化した。
マスメディアは公的な役割を担う以上、一般の企業以上に、独立性の高い厳格な
ガバナンス体制を有すべきである。社外取締役の選任について、マスメディアに
固有の規制を設けることなどを検討すべきである。
2放送事業者の監督体制の見直し
放送事業者に対しては、総務省が免許を付与し、監督官庁となっている。しか
し、近時の事態に際し、監督官庁として役割を果たせているとは言い難い(例え
ば、ジャニーズ問題が顕在化した際は、不十分な対処を結果的に放置した)。要
因として、政治家がマスメディアを敵に回しづらいことを背景に、監督官庁と放
送事業者がなれ合い関係になっていないか。政治的影響を受けない独立規制機
関の設置の必要性など、より実効的な監督体制のあり方につき検討すべきであ
1 荻野博司「新聞社におけるガバナンスの現状と問題点」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jabes/31/0/31_309/_pdf/-char/ja
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る。
3政治とマスメディアの関係の健全化
マスメディアではこれまで、政治的影響力を背景に強大な支配力を持つ有力
者が現れることがあった。これは、特権的扱いと報道の取引関係に基づき、政治
とマスメディアの癒着が生じていた可能性が否めない。政治とマスメディアの
関係の健全化について検討すべきである。
4軽減税率など特例措置のあり方の見直し
新聞に対して、消費税の軽減税率が適用されてきた。しかし、形式上の種別(日
刊か週刊か、紙かネットか)で差別するのではなく、むしろ、報道機関としての
機能を果たす体制を整えているか(例えば、「報道評議会」に参加して外部検証
を受け入れているかなど)を基準として、特例措置を講ずべきではないか。さら
に、消費税の軽減という方式が最適かどうかも含め、特例措置(ないし助成措置)
のあり方を検討すべきである。なお、こうした措置に伴って、報道内容に政府が
介入してはならないことは大前提である。
4)多様なメディアが競い合う環境の確保 ~クロスオーナーシップ規制など
必要な経営体制と品質確保体制を備えたマスメディアが大いに競い合うこと
で、より良い言論空間が生まれ、国民が多様な情報に接することができる。メデ
ィアにおける競争政策の適用を本格化すべきである。
日本のマスメディアに特有の、新聞と放送のクロスオーナーシップ構造は競
争を妨げる問題がある。クロスオーナーシップ規制につき検討すべきである。
このほか、以下の課題がある。
・マスメディアとネットメディアも大いに競い合うべきである。マスメディアは
ネットメディアやSNSに対し、「ネットは虚偽が多い」と指弾し、SNS規
制などを求める主張をしがちである。しかし、それよりも、互いに自らの信頼
性を高め、報道の質を高めて競い合うべきである。その際、「ネットは信頼性
が乏しい」といった差別ではなく、これまで述べてきたような信頼性向上の取
組(「報道評議会」への参加、ガバナンス体制の確立など)を共通の基準とし
つつ、競い合う環境が求められる。2
・マスメディアとネットメディアが大いに競い合うべき一例として、選挙報道の
問題がある。従来マスメディアは、有権者が最も情報を必要とする選挙期間中
に選挙報道を自主規制してきた。この結果、最近の選挙で多くの有権者がネッ
トメディアに依拠することにもなった。マスメディアは自主規制をやめ、積極
2 特に地方においては、実際上ネットメディアへの依存を強めざるをえないことにも留意
すべきである。
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的な選挙報道を行うべきである 3
。
・NHKのネット事業に関して、民間放送事業者が制限を求めてきたことも適切
とは言えない。NHKの受信料制度の抜本改革(災害報道などを除き、原則と
してスクランブル方式で受信料を払った人だけが視聴する仕組みに)を別途
進めつつ、ネット事業はNHK・民放ともに大いに拡大して競い合うべきであ
る。
・マスメディア各社において記者の国際経験の機会を増やし、世界のメディアの
実情・動向を肌感覚で知ることも重要である。
・マスメディア改革からは外れるが、2023 年に発覚したジャニーズ問題は、基
本的にジャニーズがあるカテゴリーのタレントに関して独占力を行使してい
たために、タレントを起用する側のメディアは性加害まで放置せざるを得な
かったことが原因だった。積極的な競争政策の適用が必要である。
5)「経営と報道・編集の分離」の確保
マスメディアは、国民に真実を伝えなければならない。
自社にとって都合の悪いことであっても、役割を果たさなければならない。
「自社の不祥事には甘い」といった姿勢では、国民の信頼を得られるわけがない。
例えば自社の経営者やスポンサー企業などに対しても厳しく追及しなければな
らない。
また、経営事情から読者・視聴者に忖度した報道もあってはならない。戦時中
に戦争を求める国民の多くに忖度して戦争礼賛報道のなされた歴史も忘れては
ならない。
こうした観点で、「経営と報道・編集の分離」4
をいかに確保すべきか、改めて
検討する必要がある。日本では戦後間もなく、逆に「経営管理者が編集権行使の
主体」との声明が出された経緯がある(1948 年日本新聞協会「新聞編集権の確
保に関する声明」)。その後、例えば、朝日新聞が吉田調書問題の反省から「経営
と編集の分離」を再生の基本方針として掲げるなどの取組があったが、議論が十
分熟しているとは言えない。主要国での制度や運用例も参考に検討すべきであ
る。
さらに、これと表裏の課題として、ジャーナリズムの確立、ジャーナリストの
育成のあり方なども検討すべきである。
3 制度・規制改革学会有志「公職選挙法に関する意見書」(2024 年 12 月 27 日)
4 ここでは、朝日新聞などの用例に従い「経営と(報道・)編集の分離」との表現を用い
るが、「経営からの編集(権)の独立」などと表現されることもある。
https://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122601.pdf