日々、踏みつけて気にも留めない土。じつは、この土がなければ、生命は誕生しなかった可能性があるという。それだけではなく、土は生物の進化や恐竜の絶滅、文明の栄枯盛衰にまで関わってきた。生命進化に限らず、食糧危機、環境問題、戦争……いま人類が直面しているリスクは、「土」から見ると新たな景色が見えてくる。
土を主人公に46億年の地球史の新たな一面を明かした『土と生命の46億年史』が発売後、大きな反響を呼んでいる。長年、土一筋で研究を続けてきた藤井一至さんが明かす、いま私たちが知っておかなければならない「土の話」とは。
*本記事は、『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』(ブルーバックス)を再構成・再編集してお送りします。
植物のライフスタイルの多様化
5億年前、陸上に進出した植物を待ち受けていたのは岩石砂漠だった。
初期の陸上植物の多くは根を持たない、あるいは未熟な根しか持たなかった。そこで協力を仰いだのが菌根菌だ。根の直径は1ミリメートル程度だが、カビの菌糸は1マイクロメートル(1ミリメートルの1000分の1)。菌糸はより広い表面積を活かし、水や栄養分を吸収することができる。
現存する陸上植物の8割が菌根菌(アーバスキュラー菌根菌や外生菌根菌)と共生しているため、菌根菌との共生が植物の必勝サバイバル術のようにみえるが、被子植物の中には菌根菌との共生を必ずしも必要としなくなったものもいる。
食卓でもお馴染みのキャベツ、ハクサイ、ブロッコリー、菜の花などのアブラナ科の植物が代表的だ。植物はどんどん自らの根を細くするように進化してきた。パートナー(菌根菌)のためにエネルギーと時間を消耗するよりも、稼ぎ(光合成産物)は自分磨きのために投資するようになった。
具体的には、自分の根を細くし、菌糸のように粘土を包囲することで、粘土の周りの水に含まれるカリウムとリンをゼロにする。すると、粘土から少しずつカリウムとリンが離脱して拡散してくる。菌根菌に依存しなくても済むようになった。
外生菌根菌のキノコの背後には新手の詐欺師もせまる。梅雨時のブナ林の林床には、真っ白なギンリョウソウが花を咲かせる。とても美しいが、葉がない。土の中を見ると、根もない。外見が白いのは太陽の下で労働(光合成)をしていないためだ。
ギンリョウソウの地下部は外生菌根菌の菌糸と一体化し、寄生している。菌根菌のキノコはブナの根に寄生して糖分をもらっているが、ギンリョウソウはそのキノコを溶かして糖分や栄養分をもらっている 【画像1】。
さらに、ギンリョウソウは果実をゴキブリに食べてもらい、種子を散布する。生態系の関係性の中で生きている、というと聞こえはいいが、何から何まで他者に依存している。バニラの属するラン科植物のなかまにも、自らは光合成をせず菌根菌から栄養分を奪うものが多い。美しさや甘い香りの裏で、生物たちはしたたかな一面も持っている。