みなさん、『侍タイムスリッパー』という映画をご存知ですか?
2024年8月17日にたった1館の劇場で公開されると「面白すぎる」と口コミで話題となり、インディーズ映画ながらすぐさま全国公開が決定。2025年1月時点で350館以上で公開され、興行収入8億円超えの大ヒットを果たし、1月21日に発表された第48回日本アカデミー賞では優秀作品賞、優秀監督賞をはじめ7部門受賞の快挙を成し遂げました。
この現在大躍進中の傑作時代劇が公開された「たった1館の劇場」というのは、東京・池袋にあるミニシアター「シネマ・ロサ」。ここでは2018年から、インディーズフィルム・ショウと呼ばれるインディーズ映画を上映するプログラムが毎日組まれており、これまで約200作品もの作品を紹介しています。
『侍タイムスリッパー』もそのひとつで、社会現象となった『カメラを止めるな!』も上映。2スクリーンのミニシアターでありながら、日本を席巻する一大ブームの立役者となってきました。
いったいシネマ・ロサはどうしてインディーズ映画の上映を始めて、今の状況をつくり上げてきたのでしょうか? そしてさらに『カメラを止めるな!』や『侍タイムスリッパー』があれほどヒットした理由とは?
ライターのISOが支配人の矢川さんにお話を伺ったところ、シネマ・ロサが日本映画界にとってものすごく重要な役割を果たしてきたことが明らかに。
矢川 亮さん:1976年、東京都生まれ。シネマ・ロサ支配人。学生時代に映画館や配給会社で勤務したのち、2000年からシネマ・ロサでアルバイトとして働き始める。2013年より現職
<この記事のハイライト>
・映画館が独自の映画編成を生み出す池袋の特異性
・大切なのは商業デビューを目指す監督に経験を積ませること
・『侍タイムスリッパー』ブームに火をつけたのは100人のインディーズ映画ファン
・他劇場の予期せぬ大ヒット作を受け入れるピンチヒッターの役割を担う
・現在日本映画界を牽引する監督たちは皆ロサ出身だった⁉︎
映画館同士が団結する、池袋の特異性とは
ISO:シネマ・ロサがある池袋は個性豊かな映画館が多いですよね。ロサを筆頭に、新文芸坐やグランドシネマサンシャインもありますし。
矢川さん:しかも池袋の映画館はみんな仲が良いんですよ。お互い付き合いも長く信頼関係もあるので。別の会社の社長がふらっと遊びにきてくれることもあります。
ISO:ライバル関係でギスギスしたりしないんですね。
矢川さん:池袋はかなり独特なエリアで、2020年にTOHOシネマズさんができるまで東宝さん・松竹さん・東映さんの邦画大手3社の直営劇場がずっとなかったんですよ。グランドシネマサンシャインさんやHUMAXシネマズさんは規模が大きいですが、どちらも独立系。みんな一緒の立場だから、互いに頑張ろうという空気感が強かったんです。
ISO:それぞれの映画館で上手く棲み分けができているんですか?
矢川さん:上映作品の雰囲気も違いますから。グランドシネマサンシャインさんの前身であるシネマサンシャインさんはもともと6スクリーンでしたし、長らく極端に大きな映画館もなかったのも大きい。サイズの異なる独立系のミニシアターが集まっていたので、みんなで生き残るため知恵を出し合っていました。
ISO:めっちゃ良い話だ。
矢川さん:15年くらい前ですが、みんなでお金を出し合ってフリーペーパーも作っていたときもありましたよ。代理店や編集者にも入ってもらって、それぞれの劇場で上映する作品の俳優が分け隔てなく表紙を飾ったり。
ISO:すごい!大手の直営館がないにしても、なぜそこまで団結できたんでしょうか?
矢川さん:自分たちで打って出ないと負けてしまうという意識がみんな共通してあったんですよね。そういう「独自のものをやらないと」という池袋の特殊な磁場が、うちの独特な作品編成にも繋がっています。
上映するのは専属の担当が掘り出した上質なインディーズ映画のみ!
ISO:ロサで上映する作品は誰が決めているんですか?
矢川さん:ロサで上映作品を決めているのは私含め3人いるんです。インディーズフィルム・ショウ(以下、IFS)に関しては専従の担当がいて、もう一人が大規模作品やミニシアター系担当、私は独自で動く……という分担ですね。IFS担当はロサの人間ではありませんが。
ISO:部外者の方がなぜ。
矢川さん:元々はロサで働く僕の上司だったんです。実はロサの自主映画を上映するようになったのは2003年が最初だったんですが、それはその上司と僕の2人で始めたんです。その後退社されたんですが、IFSを始めるにあたって手伝ってもらおうとお声がけしました。
ISO:インディーズ映画はどのように発掘しているんですか?
矢川さん:IFS担当に直接売り込みがあったり、映画祭で気に入った作品の監督に担当から提案するのが一般的ですね。あとはうちで自主上映をしてきた中堅の監督たちが、「ロサでやってもらえれば?」と他の監督に提案してくれるパターンもありますね。
ISO:お金を出してでも上映してほしい、という監督もいるのでは?
矢川さん:いますね。でもうちは特殊なケースで箱貸しをすることもありますが、IFSの箱貸しは絶対にやりません。お金払えばどんな作品でも上映できると思われたくはないし、それをするとクオリティが担保できず信頼関係に関わりますから。うちとお客さんの双方に不利益が発生する可能性がありますよね。
ISO:たしかに。ロサさんが作り手やお客さんから信頼されている理由がわかりました。
商業デビューを目指す若手監督に、あらゆる「体験」をさせる
ISO:IFSが始まったのは2018年からだそうですが、年間何作品くらい上映されているんですか?
矢川さん:30作品くらいです。大半の作品が1週間限定上映ですが、最近は2〜3週間上映する作品も増えてきているので。
ISO:1週間だけ上映する作品と、2〜3週間上映する作品の違いは?
矢川さん:「どれくらいお客さんが来るか分からないし、2〜3週間も上映するのは難しい」というスタンスの監督がほとんどなんです。でも初期に紹介した監督が2、3度目になり、「このあたりで勝負したい」となった際には上映期間を長めに設定するようにしています。ずっと1週間だと同じことの繰り返しですから。
ISO:若手のチャレンジの場所でもあると。
矢川さん:本人が積極的にトライすることもありますし、こちら側から挑戦するよう発破をかけることもあります。1週間限定だと大盛況だけど、2〜3週間という単位で同じだけの盛況が続くのか、倍々でお客さんが増えるのかということを体験してほしいんですよね。
ISO:ロサさんって他のミニシアターと比べてもキャパが大きい気がしますし、監督のプレッシャーも大きいでしょうね。
矢川さん:都内で自主映画を上映している映画館はいくつかありますが、50席から80席の劇場が一般的。一方でロサは2つのスクリーンがあって、それぞれ193席と177席と、他に比べて収容数が多いんです。というのも、うちは大手の作品も上映しているので、スクリーンの規模も全国公開のヒット作がベースにある。
ISO:200席近く、といってもあまりイメージがわかないのですが…。
矢川さん:たとえば10スクリーン以上あるシネコンだと、その半分が80〜100席と小規模ミニシアターのサイズ。そこから段階的に150〜200席がそれぞれ2スクリーン、250〜300席が1スクリーン、大きいところだと400席が1スクリーンと段階的に増えていくのが一般的な構成なんです。つまりロサはシネコンの3から4番目のサイズに相当します。
ISO:一番ではないけど、それなりの人気がある作品を上映する規模ということですね。
矢川さん:そうです。だからロサで満席を出した経験があると、今後商業デビューした際、既にそこまで入れた経験と実力がある監督だとみなされる。シネコン側は「それならこの監督は200席のスクリーンでも勝負できるかも」と考えてくれる可能性があるわけです。だからそこを目指して欲しいと監督たちには常々伝えています。
ISO:それを聞くと監督たちもやる気が出てきそう!
矢川さん:このキャパは若手たちにとっては荷が重いのも承知していますが、商業デビューしたらこの規模で勝負しなきゃ話にならないですから。満席に向けて頑張ってほしいと思います。
『カメラを止めるな!』大ヒットで培った驚きの予知能力
ISO:IFSで満席になることはしばしばあるんですか?
矢川さん:年に数回ですね。目指してほしいとは言ったもののかなりハードルが高いので、達成すると我々も「おお!」となります。
ISO:これは売れるな、というのは感覚でわかるものなんですか?
矢川さん:それがわかれば商売に苦労しないですよ(笑)。でも「これはいけるのでは」と感じるものはあって、『カメラを止めるな!』(以下、『カメ止め』)や『侍タイムスリッパー』(以下、『侍タイ』)がそうでした。まさかここまで化けるとは思っていませんでしたが。
ISO:その二つはやはり特異な作品だったんですね。
矢川さん:『侍タイ』に関しては、担当者が一昨年からずっと推していて「来年のお盆はこの映画を上映する。もしかすると大変なことになるかもしれないから、それなりの構えでいてくれ」と言われたんです。それはつまり「何週でも何回でも上映できるようスクリーンを空けとけ」ということ。
ISO:めちゃくちゃ先見の明がある。
矢川さん:その人がそこまで言うなんて今までなかったんですよね。僕も作品を観て、確かにこれは化けるかもなと思いました。結果的にその担当の言う通りになったし、その言葉があったおかげでずっと上映ができている。なんなら配給会社が配給協力を申し出るところまで想定して、対応をシミュレーションしていました。
ISO:実際ギャガさんが配給を請け負いましたよね。予想を超えて予知レベル。
矢川さん:それも『カメ止め』の経験があったからなんですよね。インディーズ映画でも全国のシネコンに売るため大手配給が請け負うことがあるんだとその時に実感しましたから。ただ公開6週目に全国拡大した『カメ止め』に対し、『侍タイ』は4週目に拡大とさらに早かったのには驚きました。
ISO:拡大に向けての辺りの対応もロサが担当するんですか?
矢川さん:僕らは配給ではないんですが、1館でしかやっていないからいろんな話がここに集まるんですよね。うちでも『侍タイ』も上映したいという地方の劇場さんからもたくさん連絡をもらって、全部安田監督につなぎました。
ISO:お金をもらっていいレベルの仕事っぷりですね。
矢川さん:もらいたいと思うときもありますけどね(笑)。でも、配給契約は基本的にはしません。ヒットしたら作り手のもとにお金がいくべきだと思うので。
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この記事を書いたライター
奈良県出身。メインジャンルは映画。雑誌やWEBメディア、劇場パンフレットなどで映画評やインタビューなどを執筆。時折ラジオにも出没。映画以外には風呂、旅行、猫、アメリカ、音楽、デカ盛りも好き。経費でアメリカに行きたい。 note:https://note.com/iso_zin_