疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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3:成長期と師匠


 ベル・クラネル

 

 Lv.1 所属:【ヘスティア・ファミリア】

 

 力 :H131→194

 耐久:I97→H132

 器用:H143→188

 敏捷:H180→G299

 魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

【】

 

 アビリティ熟練度、トータル250オーバー。敏捷なんかは飛び抜けて高く、次の更新で確実にF評価になるだろう。この更新結果に、僕はおずおずと神様に尋ねる。

 

「あの、神様? 基礎アビリティの欄、全部間違ってませんか? いくら僕が駆け出しの冒険者だからといって、この数値の伸びはおかしいんじゃぁ……」

 

「うん? 間違ってないぜ。それは正真正銘君のステイタスさ。これは……あれだよ、成長期ってやつさ。うん、きっとそうさ、そうだとも、そうに違いない!!」

 

「は、はぁ」

 

 三段活用で捲し立てる神様に、僕は何か誤魔化してないかなぁと疑いつつも、まぁこんなこともあるかと納得する。神様はなんだか逆に納得いってないみたいで「やっぱりエルフか、エルフがいいのかベル君は……」良く聞こえないけど、ブツブツ言ってる。

 

「そ、そうだ神様。僕、今夜『豊穣の女主人』っていうお店に誘われて、そこでご飯を食べようと思ってるんですけど、神様も一緒にどうですか?」

 

「今夜の夕飯かい? ベル君とだったらいくらでも外食しに行きたいところだけど、生憎今日はバイト仲間と打ち上げがあってね。ごめんね、一緒にはいけないや」

 

「そうですか。一緒に食べられたらなと思ったんですけど、残念です」

 

「気にしなくていいぜベル君。都合が合う日に二人で行こうじゃないか。今日は楽しんでおいでくれよ」

 

「はいっ、神様も打ち上げ楽しんできてください」

 

 そんなやり取りを交わして、僕は廃教会を出た。早朝に歩いた道をなぞっていき、目的の場所、シルさんに誘われた『豊穣の女主人』に辿り着く。

 

「あっ、ベルさん! 約束通り来てくださったんですね!」

 

「こんばんは、シルさん。約束しましたから」

 

「ふふっ、歓迎しますよ! お客様一名入りまーす!!」

 

 嬉しそうに笑うシルさんに引っ張られるように店内へと入る。案内されたのはカウンター席。カウンターの向こう側にはドワーフの女将さんが立っている。

 

「アンタがシルが連れてきたお客さんかい? 聴いてた通り可愛い顔してるけど、なかなか鍛えてるみたいだね」

 

 ちょっと見ただけで分かる。この人は強い。絶対普通の酒場の店主じゃない。纏ってる空気というか、雰囲気というか、佇まいが、お義母さんのそれと似ている。それにここで働く店員さんも、みんな強そうだ。少なくとも、今の僕じゃかないっこない。

 ここじゃ乱暴者の多い冒険者でも、滅多な事は起こせないなと思うし、僕も気を付けようと肝に銘じる。

 

「その感じだと、シルが言ってたのはあながち間違いじゃないかもしれないねぇ」

 

「えっと、どういうことですか?」

 

「シルから聞いたよ! なんでも私達に悲鳴を上げさせるくらいの大食漢なんだそうじゃないか!」

 

「え!?」

 

「いいじゃないか! ちゃんと食わないと強くなれないからね! じゃんじゃん料理出すから、じゃんじゃん金を落としていってくれよぉ!」

 

 そう言って女将さんは一度厨房に引っ込んでいった。思わず僕は後ろに立つシルさんに、恨むような視線を向ける。

 当のシルさんはぺろりと舌を出した後に、さっと目を逸らした。

 

「シルさん……」

 

「えへへ」

 

「えへへじゃないですよ……一体いつから僕が大食漢になって……」

 

「ごめんなさい。ミアお母さんと話したら色々尾ひれがついてあんな話になってしまって」

 

 てへっと可愛らしい仕草で誤魔化そうとするシルさん。これが俗にいう『あざとい』というやつなのか。けどこの人絶対わざとだ。確信犯だ。

 まぁ過ぎてしまったことはしかたない。横に置いておこう。

 

「はい、メニューはこちらになります たくさん頼んでくださいねベルさん! ちょっと奮発してくれてもいいんですよ?」

 

 ……逃げられちゃった。溜息を吐きそうになるのを堪えて、受け取ったメニューを見る。

 

「……結構高めなんだな、ここ」

 

 出せない金額ではない。ただ湯水のごとく使っていいお金もない。あれはお義母さんのものなのだ。そこは常々わきまえて節約せねば。取り敢えず比較的安価なパスタとスープを頼む。

 料理を持ってきた女将さんに「酒は?」と聞かれたが遠慮して、果実汁を注文しておく。酒には気を付けろと、お義母さんに言われてるし。

 

 女将さんが果実汁をドンッと料理の隣に置いてくれる。

 さてさて料理のお味はと一口食べてみる。瞬間口内に広がる美味。お値段相応、いやそれ以上の味だ。

 夢中になって料理を頬張る。本当はもっと色んな料理を注文したいところだけど、今日は我慢だ。また後日にしよう。

 果実汁を飲んで一息ついたところで、シルさんが話しかけてきた。

 

「ベルさん、もっと頼んでもいいんですよ?」

 

「あはは、とても美味しいですし、本当はもっと食べたいんですけど、今日はこのぐらいにしときます。その……僕のファミリアは零細ですし、色々とあるので」

 

「そうですか、残念です。けど、ちゃんとファミリアのことを考えてるなんて素敵です! やっぱり主神様が大事なんですか?」

 

「そうですね。色んな派閥をまわって断られた僕を拾ってくれた神様なので、恩神ですし、大切な(ひと)です。……ところでシルさん、お仕事は大丈夫なんですか?」

 

「ええ、キッチンは忙しいんですけど、給仕のほうは間に合っているみたいですし……それにまだご予約の団体のお客様も──」

 

「ニャー! ご予約のお客様ご来店にゃ!」

 

 シルさんが言い切る前に、猫人(キャットピープル)の店員さんの元気な声で予約していた団体の客が来たと知らせてくる。

 

「うう……もう少し話せると思ったのに……」

 

「頑張ってください、シルさん」

 

 あわよくば仕事で忙殺に──っていけないいけない。お義母さんの変な声が聞こえてくるようだけど、無視しなきゃ。なんだかちょっと怪しい気がしないでもないでもないけど、シルさんは普通の店員さんだし。

 お義母さんが言っていた薄鈍色の髪の町娘というのは、きっと彼女のことではないだろう。そうだ、そうだとも、そうに違いない!

 神様みたいに三段活用を使って食事を再開させると、周囲の客の囁き声が聞こえてくる。

 

『……おい』

 

『ん? ……おお、えれえ上玉ッ』

 

『ばか、ちげえよ、エンブレムを見ろ』

 

『……げっ、【ロキ・ファミリア】かよ』

 

 【ロキ・ファミリア】

 

 その言葉を聞いて、なんとなく視線を向ける。

 えっと、お義母さんはなんて言ってたっけ? 確か、今のオラリオの二大派閥の一つで、猪の糞餓鬼がいる方が【フレイヤ・ファミリア】。こっちには絶対に入るなとも言われたっけ。

 それでもう片方が【ロキ・ファミリア】。こっちはなんだか、渋々、「お前が選ぶのなら……」って感じだったけど、あれ絶対に入って欲しくない感じだよね。

 

 だって小人族のチビ勇者とか、癇癪持ちの年増のハイエルフとか、ドワーフの糞爺とか、散々な言いようだったし。

 ……えっと、あの金髪の小人族がその勇者かな? 二つ名は【勇者(ブレイバー)】、【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナさん。

 翡翠の髪をしたハイエルフの方が、【九魔姫(ナインヘル)】、副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴさん。

 重戦車のようなドワーフの方が、【重傑(エルガルム)】、ガレス・ランドロックさん。

 

 全員がレベル6の第一級冒険者。今の僕じゃ逆立ちして、臍で茶を沸かそうとも勝てない人達。そんな人達相手にあんなことを言うなんて……お義母さん怖いもの知らずすぎないかな?

 そんなことを考えてたら、店内にいるエルフの人達や【ロキ・ファミリア】のアマゾネスの人に冷たい視線を向けられた気がした。

 邪念が漏れてたのかな? お願いだからお義母さん、変な念を飛ばしてこないで。

 

 多数の視線にさらされたらりと冷や汗を垂らすも、僕は食事に集中しようとお皿に目を向けようとして──美しい金髪が目に入り、思わずもう一度ちらりと視線を飛ばす。

 視線の先には金髪の美しい()()()()()の少女。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。都市最強の女剣士と名高いレベル5の第一級冒険者。

 

(やっぱり……そうだよね)

 

 淡い期待はあっけなく散り、僕は視線を元に戻す。あそこにいるのは【ロキ・ファミリア】。【アストレア・ファミリア】じゃない。

 強さで言えば、レベル差もあるからきっとヴァレンシュタインさんの方が、リオンさんより強いんだろう。けど、僕が憧れたのは彼女じゃない。あの時僕を助けてくれたのは【アストレア・ファミリア】のリュー・リオンさんなんだ。

 きっと、タイミングによっては彼女に憧れたこともあったのだろう。だけど僕はリオンさん一筋。そう決めてる。

 料理を全て平らげ、果実汁を飲もうとジョッキを掴んだが中身が既に空だった。

 

「ベルさん、新しい飲み物頼まれますか?」

 

 それに気付いたのかシルさんがそう声をかけてきた。よくお客さんのことを見てるんだなぁと思いつつ、シルさんにお願いする。

 

「そうですね。最後に同じものをもう一杯お願いします」

 

「かしこまりました。えっと、()()()! 果実汁を一杯、このお客さんにお願い!」

 

 ……今、なんと?

 

「シルですか。わかりました、すぐ用意します。……おや、あなたは」

 

 こちらの方へひょっこりとそのご尊顔を覗かせる、()()()の店員。

 身に纏うのは戦闘衣ではなく若葉色のエプロンドレス。持っているのは木刀ではなく木製のお盆。

 変わらないのはポニーテールにされた長い金髪と空色の瞳。

 

(なんで!? なんで!? なんで!?)

 

 何故【アストレア・ファミリア】の彼女がここで店員として働いているのとか。エプロン姿も可愛くて綺麗で似合ってるなとか。いくつもいくつも疑問が湧いてくる。

 急激に上がる体温、紅潮する頬、早鐘を打つ心臓。ここに居る筈のない人物がいる。その事実が、不意打ちで喰らったこの現実が、さっきちょっと期待した僕の頭を貫いて……オーバーヒートした思考は処理落ちした。

 

「ぁあああああああああああ!!」

 

「え? ベルさん!? ベルさーん!!」

 

 お金も払わす逃げ出す僕。「なんだ? 食い逃げか? いい度胸してんな」なんて声は聞こえる訳もない。無論呆気に取られて呼び止めるシルさんの声も聞こえない。

 

「……リュー、もしかしてベルさんとお知り合い?」

 

「知り合いというほどでは……ただ先日、彼をミノタウロスから助けただけですが」

 

「ふーん、そっかぁ~。……リューも隅に置けないなぁ」

 

「何か言いましたか?」

 

「んーん。なーんにも」

 

「そうですか。……はぁ、二度も逃げられるとは。本当に、私は彼に何をしてしまったのでしょうか? アリーゼ」

 

 僕はその夜あらゆる羞恥という羞恥に揉まれて、頭を冷やすべく一晩中ダンジョンにもぐって──朝帰りした際にはそれはもう神様に心配された。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「本当にすいませんでしたぁ! これは昨日のお代です!」

 

 翌日、早朝。僕は開店前の『豊穣の女主人』にお邪魔して、全力の謝罪をしていた。深々と頭を下げてミアさんに渡すのは、昨日の食事の代金と迷惑料を込めて色をつけた金貨。

 それを受け取ったミアさんは「はぁ」と一つ大きな溜息をつくと、

 

「今回はその潔い姿に免じて許してやるよ。次やったら承知しないからね」

 

 と、許していただいた。ミアさんは優しい。これがお義母さんだったら、絶対に福音拳骨(げんこつ)が飛んできている。間違いない。

 

「シルさんも、昨日はご迷惑をおかけして……」

 

「ベルさん……ミアお母さんもこう言ってますし、昨日の事はもういいですから」

 

「でも……」

 

「ベルさんの気が済まないなら……そうだなぁ、このお店の常連さんにでもなってください! これでどうですか?」

 

「常連……っはい! 毎日は無理でも、外食するときは来させてもらいます!」

 

「約束ですよ?」

 

 いたずらっぽく笑うシルさん。やっぱりこの人もいい人だ。昨日は疑ってごめんなさいと、心の中で謝っておく。

 

「ところで……ベルさんはリューと何かあったんですか? 昨日はリューの顔を見た途端、それこそ脱兎のごとく逃げて行きましたから。私、二重に驚いちゃいました」

 

「……二重に?」

 

「ほら、リューは【アストレア・ファミリア】じゃないですか。だから都市の巡回や犯罪の取り締まりもやってるので……そんな彼女の前で堂々と食い逃げを働いたものですから。ご存知ありませんでしたか? それとも何かやましいことでも……」

 

 そういえば、エイナさんがそんなこと言っていたななんてシルさんの話聞いて思い出し、僕はシルさんの言葉を遮って大げさすぎるほど否定する。

 

「いっ、いやいやいや! やましいことなんて何もしてないです!」

 

「本当ですか~?」

 

「本当の本当です! 神様の前でだって誓えます!」

 

「え~、そんなこと言って本当は……ふぎゅっ」

 

「いつまでくっちゃべってんだい、馬鹿娘。とっとと店の準備に入りな」

 

「いった~い。何も殴る必要ないじゃないですか、ミアお母さん!」

 

「こうでもしないと、ずっとその坊主を揶揄い続けるだろうアンタは。ほら、さっさと行きな」

 

 「は~い」と、シルさんは未練がましい返事をして、店の奥に引っ込んでいった。その様子を見てポカンと突っ立っている僕に、ミアさんはジロリと睨みつけてくる。

 

「なんだい坊主。まだなんか用があるのかい? 私は暇じゃないんだよ。なんかあるならさっさと要件を言いな」

 

「へっ、あっ、その……リューさ……んんっ、リュー・リオンさんはいらっしゃいますか? その、あの人にも謝罪とお礼を言いたくて」

 

「なんだい、あのへっぽこエルフに用があんのかい。謝罪はともかくお礼って……ああ、あの馬鹿娘がなんか言ってたね」

 

 リューさんのことをへっぽこエルフって……ミアさんの中でのリオンさんはどんな人なんだろう。僕にとっては、命の恩人で、強くて綺麗な憧れの人なんだけど。

 

「わかったよ、呼んでくる……いや、もう来てるか。出てきな、リュー」

 

「……なんでしょうか、ミア母さん」

 

 いつからいたんだろうか。もしかして最初から? だとしたら情けない姿を見せてしまったなぁと、ちょっと落ち込んでしまう。

 そんな僕の胸中など露知らず、昨日と同じようにひょっこりと出てきたリオンさん。なんだろうこの人は。いちいち登場の仕方が可愛い。

 妖精さんだろうか……妖精(エルフ)さんだった。大分色ボケしてしまった僕の瞳に移る彼女の姿は、昨夜見た時と同様だ。

 

「お前にお客さんだよ。なんでも謝罪とお礼がしたいんだってさ」

 

「そうですか」

 

 小動(こゆるぎ)もしない表情と平坦な声。感情の読み取りずらい彼女だが……怒っては、ないっぽい? 寧ろ申し訳なさを感じるような……どうしてだろ。

 そんな風に考えていたら、遂にはリオンさんは僕の目の前に立っていた。緊張して生唾を飲む。意を決して、僕はバッと頭を下げた。

 

「そっ、その! 先日はミノタウロスから助けていただきありがとうございました! 僕っ、【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルって言います! それと、昨日はいきなり逃げ出してすいませんでしたぁ!」

 

 緊張のあまり早口になり、最後は声が上ずってしまった。リオンさんは無言。頭を下げているから彼女の表情を窺うことは出来ないし、彼女も僕の顔を見ることは出来ない。

 ただ僕の顔は「失敗した」という恥ずかしさのあまり真っ赤になっている。できればこのままの状態で帰りたい、こんな顔を見られたくない。

 けどそんな僕の願いはあっさりと彼女の言葉によって覆される。

 

「顔を上げてください、クラネルさん。あなたの話は同僚から聞き及んでいます。今日も昨日の謝罪をするために朝早くから来たのでしょう? 確かに無銭飲食は私の立場からすれば見逃せませんが、こうして貴方はここに来ている。ならば、それで十分です。ミア母さんが許したのですから、私の方から貴方になにかを言うつもりもありません」

 

 至極あっさりと、それこそ拍子抜けするほど、リオンさんは僕を許してくれた。それとやっぱり割と最初の方から見られていたようだ。大分オブラートに包まれてるけど、察せてしまう。これも彼女の優しさだろう。それどころか──、

 

「寧ろ謝らねばならないのは私の方だ。あなたがミノタウロスに襲われてしまったのは、私達が取り逃がしてしまったせい。罵倒される事こそすれ、被害者であるあなたにお礼を言われる筋合いはありません」

 

 こんなことすら言ってくる始末。さっきの申し訳なさそうな顔はこういうことだったのかと納得する僕には、彼女が慈愛の女神に見えた。──今は目を瞑っているので、足どころか床も見えないけど。

 ゆっくりと、顔を上げる僕。少しは落ち着いて来て、顔の熱も多少収まっている。

 

「で、でもっ、不用意に5階層に足を伸ばした僕にも責任がありますし……駆け出しで弱いくせにミノタウロスに挑んで、結局殺されかけたので……」

 

「だとしても、です。元凶を作り出したのは私達にあるのですから、あなたが自分の弱さを負い目に感じる必要はありません。それどころか、あなたは駆け出しの冒険者と呼ぶには強すぎる。あのミノタウロス相手に大怪我を負わず、それどころか片目を奪ったのですから。普通の駆け出しにそんな芸当はできない。あなたは強いヒューマンだ」

 

 こちらのフォローどころか、憧れの人から褒められるなんて栄誉をもらって、再び僕は顔を真っ赤に染める。しかもリオンさんは誰にでもわかるほどに微笑んですらいた。

 天然だ! この人絶対天然だ! しかも超がつくほどの! そして頑固だ!

 こんな微笑みを向けられたら、僕じゃなくたって絶対この人を好きになる。そんなことを確信するほど、その笑みの破壊力は凄まじかった。

 硬直したぼくは、それでもなんとか声を振り絞る。

 

「僕は……全然強くなんかないです。リオンさんなんかと比べたら、全然。……このままじゃ『英雄』なんて、夢のまた夢です」

 

 ポツリと、つい本音が漏れる。『英雄』になりたい。子供っぽくて、ちょっと痛々しい、現実を見れてない子供の夢。

 リオンさんだって驚いたのか、一瞬だけ目を見開いた後に聞いてくる。

 

「クラネルさんは、『英雄』になりたいのですか?」

 

 どこか僕を見定めるような目で、リオンさんは僕を真っすぐに見つめてくる。その瞳に射抜かれて、僕はピンッと背筋を伸ばされる感覚を覚えた。なんでだろう、普通に考えればただただ単純に思ったことを口にしただけのように捉えられるその質問。

 だけど、いや間違いなく、リオンさんは僕の心を見透かすように、空色の瞳をこちらにむけている。それに、なんとなくだけど、どこかお義母さんの持つ気配を、微かだけどリオンさんから感じ取れた。

 

 ──ここは、岐路だ。僕の人生の分岐点。直感する。確信する。今ここで、僕は──冒険者ベル・クラネルは、リュー・リオンに試されてる。

 なんてことのない問答。だけど確かに意味のあるやり取り。

 だから僕は、ミノタウロスと戦った時と同じように前を向いて、俯きがちだった体を真っすぐ伸ばし、リオンさんの空色の瞳を深紅(ルベライト)の瞳で真っすぐ見つめ返した。

 

「っ、はい。約束したんです、大切な人と。誓ったんです、自分自身に。強くなるって。『最後の英雄になる』って」

 

 あの黄金色に輝く麦畑で、誓ったんだ。『最後の英雄』になると。手をつなぐあの人の悲しむ顔を見たくないから、あの人と、ずっと一緒に過ごしたいから。

 あの日、あの時、あの場所で、『最後の英雄』になると。

 

 僕の答えを聞いたリューさんは、そのときハッキリと、空色の目を見開いた。そしてリオンさんはふっと相好を崩すと、

 

「わかりました、クラネルさん。これも何かの縁。よろしければ私があなたを指導いたしますが、どうでしょうか?」

 

 シドウ? 私道? 死道? ──指導!?

 

 誰が? リオンさんが? 誰に? 僕に? 指導をつけてくれる?

 

 遅れて理解した頭が動き出し、数舜硬直していた口を動かしだす。

 

「えっ、い、いいんですか!? そんな願ってもないことを! それに僕は【ヘスティア・ファミリア】ですよ!」

 

 唐突な提案に僕は戸惑う。言葉を交わしたのは今日が初めてで、僕の何がリオンさんに響いたのかもいまいちわからない。なにより僕とリオンさんは所属するファミリアが違う。ファミリアに所属する冒険者が積み重ねた知識や技術は、そのままそのファミリアの財産だ。おいそれと余所の派閥の人間に教える事はできない。

 そのことを僕が気にしていると気づいたのだろう。リオンさんは僕を安心させるように告げる。

 

「そのことでしたら心配無用です。私達の派閥も、かつてほど大きくはない。貴方の派閥も新興派閥ですし、なによりクラネルさんでしたら問題ない。アストレア様もお許しになるでしょう」

 

 絶対の自信があるような言い方。お願いする立場なのにこっちが心配になるほどだ。

 

「それに、貴方の派閥の構成員はクラネルさん一人なのでは? 導いてくれる先達がいるのといないのとでは雲泥の差だ。かくいう私も、【アストレア・ファミリア】に入団したのは一番最後。私も多くのことを先輩から教わった身です。その恩恵は身をもって実感しています」

 

「それはまぁ、その通りですけど……」

 

 実際は義母から訓練を施されていたが、今オラリオに義母はいない。長ければ一年も、義母からの指導を受けられないのだ。

 リオンさんからの提案は凄く嬉しい。第二級冒険者から、それも僕の憧れの人から直々に指導してもらえる機会なんて、今の僕にはまたとないチャンス。

 

「後輩を導くのは先達の役目でもあります。それとも……私では力不足でしょうか? 確かに未だ若輩の身ではありますが、剣の腕はそこそこあると自負してます」

 

「そんな! 力不足だなんてとんでもない!! その……リオンさんは都市の巡回とかもあってお忙しいでしょうし、ご迷惑になるんじゃないかと思って……」

 

 喉から手が出るほどのまたとない機会だが、やっぱり僕なんかのために貴重な時間を割かせるのは申し訳ないと考えてしまい、今一歩を踏み出せない。

 そうやって渋る僕に、リオンさんは最後の一押しのようにこう提案してきた。

 

「そうですね……シルではありませんが、もしクラネルさんが私に申し訳ないとお思いでしたら、これはあなたが死にかけてしまったそのお詫びで訓練をつける、というのはどうでしょう?」

 

 やっぱり、この人は頑固だ。それと同時にすごく優しい。こうなったら梃でも動かないだろう。さらっと僕がこの店に来た時からのやりとりを見ていたことも確定させるし。

 とはいえ、憧れの人にここまで言われて引き下がれば男が廃る。

 そう思った僕は、眦を決してお願いした。

 

「それでしたら……はい! よろしくお願いします! リューさん!!」

 

「……リューさん?」

 

 あっと思った時にはもう遅い。テンションが上がって、ついシルさんがリオンさんを呼んでるように、上の名前で呼んでしまった。

 怪訝な表情を作るリオンさんに、僕はテンパりまくる。

 

「あっ、えっと、違うんですリオンさん。これはそのつい口走ってしまったというか、シルさんの口調が移ってしまったというか……そのっ、違うんです!!」

 

あわあわとよくわからない弁明を重ねる僕に、リオンさんはきょとんとして、そして次の瞬間には小さく噴き出した。

 

「ちょっ、何を笑ってるんですか!? リオンさん!」

 

「っ、ふふっ。いえ、すいません。慌てるあなたが面白くてつい。それに、ええ、呼び名は『リュー』で構いませんよ、クラネルさん。私の派閥の者達は主神以外は揃ってリオン呼びなのです。一番の身内がそう呼んでいるのですから、それ以外の方が『リュー』と呼んでも、さほど気にしませんよ」

 

 また笑みを浮かべて、リオンさんは僕を赤面させる。本当に、エルフの笑みは凶悪極まりない。他種族からの人気が高いのもわかる。

 

「それじゃあ、あらためて……これからご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします、リューさん」

 

 丁寧に頭を下げて、教えを乞う。それに対してリオンさん──あらため、リューさんもお辞儀した。

 

「私の方こそ、良き師であるように努めます、クラネルさん」

 

 冒険者になって二週間と少し。僕は憧れの人の弟子になった。

 

 

──────────────────────―

色々捕捉

 

リューさんが原作よりもやわらかいように見えるのは単純にアリーゼ達が存命で、ベル君の印象も悪くないため。あとは将来のシルの伴侶になる人だから。残りは純真無垢で純粋な兎さんパワー。

ただし、今回のように笑う姿をアリーゼ達が見たらびっくりする。そのあたりの描写は次回かな? やっぱ兎さんパワーはすげーや。

あとしいて言うならベル君アイでフィルターがかかって、他の人より二、三割美化されて見えてる。

 

ベル君はアルフィアと暮らしていたので、こと『英雄』になることに関しては覚悟ガンギマってる。度胸や根性も原作よりは上と、第一話から見て取れるとおりです。なのでベートさんイベントは起きません。まあどのみち彼はベル君の姿を見てないので起きようもないのですが。代わりに不意打ちでリューさんと遭遇して、原作アイズに膝枕されたときよろしく逃げ出しました。

 

感情表現の乏しいリューさんの感情をベル君は読み解いてましたが、これも言わずもがなアルフィアと暮らしていた為身に着いた技術。だってお義母さんいつも両目瞑ってて、感情どころか何考えてるのかわからないんだもの。そんな人と何年も暮らしてたらそれぐらいできるよねって話。

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