疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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2:憧憬一途/止まった時間


「エイナさぁああああああんっ!」

 

「ん?」

 

「リュー・リオンさんの情報を教えてくださあああああいっ!!」

 

「きゃあああああああああああああ!!」

 

 満面の笑みの血まみれの少年の姿を見て、ギルドの受付嬢、エイナ・チュールは盛大な悲鳴を上げた。

 

 

 

「ベル君、キミねぇ、返り血を浴びたのならシャワー位浴びてきなさい。バベルの施設にあるんだから」

 

「はい……すいません」

 

 僕はその言葉に項垂れた。ギルド本部ロビーに設けられた小さな一室。今、僕たちはお互いにテーブルを挟んで、椅子に着き向かい合っている。

 シャワーを浴びてさっぱりした僕の前で、エイナさんはこれ見よがしに溜息をついた。

 

「あんな血生臭くてぞっとしない格好のまま、ダンジョンから街を突っ切ってここまで来ちゃうなんて、私ちょっと君の神経疑っちゃうなぁ」

 

「うっ、で、でも、ダンジョンでは体を洗える機会なんてそんなにないから汚れるのには慣れておけって、お義母さんが……」

 

「言い訳しない! それにそもそも君は地上に上がってきてたでしょ!」

 

「はい、すいません」

 

 謝る僕にエイナさんはもう一度溜息をつくと、僕の鼻をちょんと指で押さえ「今度は気を付けてね?」とほほ笑んでくれた。ぶんぶんぶんっと、大げさに首を縦に振る。

 

「それで……リュー・リオン氏の情報だったっけ? どうしてまた?」

 

「えっと、その……」

 

 赤くなりながら事の顛末を語る。普段通っている2階層では少し物足りなくなってしまったので、一気に5階層に降りてみたこと。

 足を踏み入れた瞬間いきなりミノタウロスに遭遇して追いかけまわされたこと。

 追い詰められたところでミノタウロスに立ち向かって、片目を奪ったこと。

 でも結局やり返されて殺されそうになったところを、【疾風】リュー・リオンさん救われたこと。

 恥ずかしさのあまり、その場から逃げ出してしまったこと。

 

 耳を傾けてくれていたエイナさんは、僕の話を聞くうちに表情を険しくしていく。

 

「――もぉ、どうしてキミは私の言いつけを守らないの! ただでさえソロでダンジョンにもぐってるんだから、不用意に下層へ行っちゃダメ!」

 

「は、はいぃ……」

 

「それにイレギュラーとはいえミノタウロスと遭遇(エンカウント)して、逃げるにとどまらず突撃したぁ!? 本当に何を考えてるのキミは!!」

 

「……英雄になるため」

 

「そういうことを聞いてるんじゃないの!!」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 烈火のごとく怒るエイナさんに、平身低頭の姿勢で謝る。その姿を見たエイナさんは、頭が痛いといった仕草で額を手で押さえていた。

 

「あのねぇベル君。『冒険者は冒険しちゃいけない』っていつも言っているでしょう? 君が死んだら英雄なんてものにもなれないし、君の帰りを待ってる主神やお義母さんも悲しむんだよ? 分かるでしょ?」

 

「はぃ」

 

「……はぁ、反省しているようだから、お説教はこのぐらいにしときましょう。それで、リュー・リオン氏の情報だったっけ?」

 

「は、はい!」

 

「う~ん……ギルドとしては冒険者の情報を漏らすのはご法度なんだけど……」

 

 教えらえるのは公然となっていることくらいだよ? と前置きして、エイナさんは色々教えてくれた。なんだかんだでこの人は親切だ。僕が駆け出しだからっていう理由もあるかもしれないけど。

 

 本名リュー・リオン。【アストレア・ファミリア】所属の前衛。魔法種族(マジックユーザー)ということもあり魔法も使いこなせる。並行詠唱もお手の物。

 正義の眷属らしく、街の巡回も【ガネーシャ・ファミリア】と協力して行っている。

 闇派閥(イヴィルス)関連の事件解決数No1。二つ名の【疾風】という言葉に違わぬ速さの持ち主。

 

 下心を持って近寄ろうとしてくる男性は近づく前に鋭い眼光で追い払われ、不用意に接触なんかしてしまえば、潔癖なエルフらしくその瞬間に投げ飛ばされ……その数はこの間等々千人を超えたのだとかなんだとか。

 

「え~と、あと他に何があったかなぁ……あの容姿であの強さだから、話題は事欠かないんだよね」

 

「あ、あの、冒険者としてじゃなくて……趣味とか好物とか、後は最後のような情報を……」

 

 僕が顔を熱くしながらおずおず言うと、エイナさんは目を瞬かせた。

 

「なぁに、ベル君? もしかしてリオン氏に惚れちゃった?」

 

「ほっ、惚れっ……えと、その……まぁ」

 

「ふ~ん、そっかぁ~。まぁしょうがないのかな。女の私でも彼女には思わず溜息をついちゃうし」

 

 苦笑してエイナさんは口元に紅茶を運び、そのあとちょっと考えて、リオンさんに恋人がいるというのは聞いたことが無いと教えてくれた。 思わず拳を握りしめる僕。

 

「彼女の所属は【アストレア・ファミリア】だからねぇ。確か男子禁制ではなかったけど、今まで所属していた団員は全員女性で女の花園って話だよ」

 

 ん? とエイナさんの言い回しに疑問を覚えるも、エイナさんはそのまま言葉を続ける。

 

「それに彼女、エルフの中でも一際潔癖らしくて、彼女の手を取れる人なんて数えるほどしかいないってもっぱらの噂に……ってダメダメ、これ以上は職務にてんで関係なし! 恋愛相談は受け付けてないって!」

 

「そ、そこをなんとか!」

 

「だーめ! ほら、もう用がないんなら帰った帰った!」

 

 僕を追い出すように部屋の退出を促すエイナさん。惰弱な抵抗も徒労に終わり、ギルド本部のロビー前に二人して出る。

 

「ああ、エイナさんのいけず……」

 

「あのねぇ……キミは冒険者になったんだから、もっと気にしなきゃいけない事が沢山あるんだよ? お義母さんに教わったんでしょ?」

 

「うっ……」

 

 義母のことを出されると僕は弱い。そうでなくとも、ここ数週間オラリオで過ごして来てわかったつもりだ。

 

 義母は僕と一緒にオラリオには来ていない。なんでも、やることができたからだそうで……こっちにくるのはそれが終わってから。

 具体的には数か月後から、もしかしたら一年後くらいだそうだ。

 

 よって、今の僕には庇護してくれる存在がいない。一応義母から当面の生活費ということでお金をもらったけど、それに頼りきりになるわけにもいかないし、貯金も増やしたい。

 神様だっているのだ。リオンさんのことを熱心に考え込む余裕は僕にはないのだろう。

 

「ベル君はもう神アストレア以外の神様から恩恵を授かったんでしょう? 少数とはいえ人気の高い【アストレア・ファミリア】にいるリオン氏とお近づきになるのは、私は難しいと思う」

 

「うーん、でも……【アストレア・ファミリア】だし」

 

「ベル君何か言った?」

 

「あっ、いえ何でもないです」

 

「そう? まぁ思いを諦めろなんて言いたくないけど、現実はしっかり見据えておかなきゃ。じゃないとベル君のためにもならないよ?」

 

 少なくとも今は冒険者として頑張れ。言外には、そんなところだろう。

 若干凹んだ僕に困った顔をしながら、エイナさんはギルド職員としての事務的な対応をした。

 

「換金はしていくの?」

 

「……そう、ですね。ミノタウロスに遭遇するまではモンスターを倒していたので」

 

「じゃあ換金所まで行こ。私も付いてくから」

 

 気を遣わせてしまった。これではいつまで経ってもエイナさんには頭が上がりそうにない。

 それから僕たちはギルド内にある換金所に向かい、本日の収穫を受け取り、出口まで行く。

 

「……ベル君」

 

「あっ、はい、何ですか?」

 

「あのね、女性はやっぱり強くて頼りがいのある男の人に魅力を感じるから……えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね?」

 

「?」

 

「……リオン氏も、強くなったベル君に振り向いてくれるかもよ?」

 

 動きを止めて、その言葉をよく咀嚼して、上目がちに僕の方を窺ってくるエイナさんを見つめる。

 ギルド職員ではなく、一人の知人として自分を励ましてくれていることに気付いた僕は、みるみるうちに笑みを咲かせた。

 勢いよくその場から駆け出した後、すぐに振り返り、エイナさんに向かって叫ぶ。

 

「エイナさん、大好きー!!」

 

「えぇっ!?」

 

「ありがとぉー!」

 

 顔を真っ赤にさせたエイナさんを確認して、僕は笑いながら街の雑踏に走っていった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 往来を軽い足取りで行く。素敵な出会いがあったのだ。シチュエーションや配役は……思い描いていたものと完全に逆だったけれど、それでも素敵な出会いだったのだ。

 ちょっと前まで死にかけていたけれど、僕の足取りが軽くのも当然。

 

「それにしても、【アストレア・ファミリア】かぁ。ちょっと惜しいことしちゃったかな」

 

 呟き、義母が故郷の村を出る前に渡してくれた手紙を思い出す。

 

「お義母さんは、良い神様が見つからなかったら、あの手紙を【アストレア・ファミリア】の主神に渡せって言ってたし……もしかしたら……」

 

 と、そこまで考えて、僕はぶんぶんと頭を横に振る。仮定の話を考えても意味が無いし、なにより僕を拾ってくれた神様に失礼だ。

 それにお義母さんに頼りきりになるのもしのびないし。義母もお祖父ちゃんも、常々言っていたではないか。

 

「これは僕の物語(みち)なんだ。自分で決めたことに後悔なんてするもんか」

 

 今の状態で頑張る。そう一つ覚悟を決めた。

 僕はどんどんと人通りの少なくなる道を行き、やがて寂れた廃教会に辿り着いた。そこの地下にある隠し部屋が、僕達の本拠(ホーム)

 何の因果か、神様が住んでいたのはお義母さんの思い入れのある場所で、最初に来た時はそのことに驚いたものだ。

 

「神様~ただいま戻りました」

 

「むっ、お帰りベル君! 今日は随分早い帰りだったね。もしかしてボクのことが恋しくなって帰って来たのかい?」

 

「神様でもそういう冗談言うんですね。えっと、今日はちょっと死にかけちゃって、それで早くなりました」

 

「なんだって~! それは大変じゃないか。よく見たら所々怪我してるし、体は平気なのかい?」

 

「はい、大きな怪我もありませんし、ポーションも飲んだので平気です」

 

 パタパタと、小さな手でせわしなく僕の体をチェックする小さな神様。一見するとただの少女だけど、これでもちゃんとした超越存在(デウスデア)。僕の主神で、拾ってくれた恩神。

 特に問題なかったからか、神様――ヘスティア様はほっと大きな胸をなで下ろした。

 

「もし君に死なれてしまったら、ボクはかなりショックだよ。柄にもなく泣いてしまうかもしれない」

 

「大丈夫です。神様を路頭に迷わせることはしませんから」

 

「おっ、言ったなー? なら大船に乗ったつもりでいるから、覚悟しておいてくれよ?」

 

「なんか変な言い方ですね……」

 

 二人して笑みを漏らし、部屋の中に進んで、二人揃ってソファーに座った。

 

「それじゃあ、今日の君の稼ぎはあまり期待できないのかな?」

 

「いつもよりは少ないですね。今は急を要するほどじゃないから大丈夫ですけど」

 

「いやー君のお義母さんには頭が上がらないね。なんだいあのヴァリス金貨の山は? 十四歳の子供に、当面の生活費って持たせる額じゃないだろうに。あれで資産のほんの一部なんだろう?」

 

「お義母さんはそう言ってましたね。ただ、僕としてはあのお金にはあまり手を付けたくないっていうか、頼りきりになりたくないですけど」

 

「うんうん、立派な心掛けだねぇ。ほんとベル君は良い子だよ」

 

 僕と神様は二人して、ギルドの金庫に預けられている金貨の山を思い浮かべる。なんでも、僕がオラリオに来たときようにと、自分の資産の一部を僕の名義で新しい金庫に移していたそうで――それを神様と二人で確認しに行ったときは、あまりの額に二人してひっくり返ってしまった。

 

 まだ僕達の【ファミリア】は零細も零細。出来たばかりの派閥なのだ。そんな派閥が持っていていい金額ではなく、このことを万が一他所に知られたら、襲われるかもしれない。

 だから今は必要な分だけ、預けられていたお金のほんの一部だけを、本拠地の金庫に移し替えていた。

 

「それで、神様の方はどうなんですか?」

 

「ふっふーんっ、これを見るんだ! デデン!」

 

「そ、それは!?」

 

「露店の売り上げに貢献したということで、大量のじゃが丸くんをもらったんだ! 夕飯はパーティだ! ベル君、今夜は君を寝かさないぜ?」

 

「神様すごい!」

 

 【ファミリア】の資金――というより、お義母さんの個人資産に相当余裕はある。本当なら働かなくてもいいぐらいだけど、神様はバイトを続けていた。

 理由は「バイト先を紹介してもらった神友に悪いから」だそうだ。本音ではぐーたら過ごしたいと思ってるのだろうに……。やっぱりこの神様は良い神様だ。

 

「いやぁ、それにしても……マスコットキャラとしてお客さんは可愛がってくれるけど、ボクの【ファミリア】に加わりたいと言う人は相も変わらず皆無だよ。全く、ボクの名のヘスティアが無名だからって、みんな現金だよねぇ」

 

「うーん、どの【ファミリア】も授かる恩恵は一緒なんですけどね……」

 

 神様達は下界に降りて、全知零能の身になった。僕達下界の住人に神血(イコル)を落とし、恩恵(ファルナ)を授ける事と、自身の司る事物の権能以外は使えない。

 一部を除いて神の力(アルカナム)は使わない。下界に降りる時に神様達の間で決められたルールだそうだ。

 

 そして僕達は恩恵を授かり、その神様の【ファミリア】に入る。

 僕の感覚からすれば、【ファミリア】に入ることは神様の家族になることと同じだと思う。

 

「はぁ、ベル君とそのお義母さんに甘えてばかりのボクとしては心苦しいんだけど……」

 

「僕は別に……それに神様だって働いてくれているじゃないですか」

 

「それはそうだけどさぁ……ああもう! ボクから始めたけど暗い話はやめやめ! ベル君! ステイタスの更新をしよう! 死にかけちゃうような冒険をしたんだろう! きっとステイタスも上がってる筈さ!」

 

「! はい! 神様!」

 

 僕はここ二週間で慣れたように上着を脱ぎ、神様と二人で部屋の奥にあるベッドに向かいうつぶせになる。

 神様は小さな箱から針を取り出して人差し指をぷすりと突き血をにじませると、僕の上に跨る。

 

「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

 

「ちょっと長くなるんですけど……」

 

 そう前置きして、僕は今日ダンジョンで起きたことを話す。

 その間に、神様は僕のステイタスを更新していく。

 

「むむ?」

 

「神様? どうかしましたか?」

 

「ん、いやぁなんでもないよ。はいコレ、ステイタスの写しね」

 

「ありがとうございます、神様」

 

 ベル・クラネル

 

 Lv.1 所属:【ヘスティア・ファミリア】

 

 力 :H103→131

 耐久:I69→97

 器用:H128→143

 敏捷:H139→180

 魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

【】

 

 敏捷の伸びが良い。沢山走り回ったからかな。耐久も、戦闘スタイル的に伸びにくいけど、そこそこ伸びてるし、どちらにせよお義母さんからは伸ばすように言われてる。

 たった少しのダンジョン探索だったけど、ミノタウロスと戦ったからか全体的にアビリティの伸びは良い。

 

「あれ? 神様、スキルの欄が滲んでますけど……」

 

「ああ、手元が少し狂ってしまってね。気にしなくていいよ」

 

「そうですか」

 

 ちょっと期待したんだけどなぁ。残念。

 

「ささ、ベル君。ご飯にするからお皿取ってきてくれ」

 

「わかりました」

 

 ベッドから降りて食事の準備に取り掛かる。僕の後ろでは、なんだか神様が悩んでいるような気がした。

 

 

 

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 ・早熟する

 ・懸想(おもい)が続く限り効果持続

 ・懸想(おもい)の丈により効果向上

 

「なんだよ、早熟するって。おのれ~リュー某。ボクのベル君に一体何をしてくれたんだ」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「くしゅんっ」

 

「あら、大丈夫? 体を冷やしちゃったかしら?」

 

「大丈夫です、アストレア様。ちょっと、一瞬だけ誰かに怨念でも向けられたような悪寒がしただけですので」

 

「随分と具体的な悪寒ね。誰かの恨みでも買っちゃったのかしら? はい、今回のステイタス」

 

「そんな昔のことを思い出させないでください、アストレア様。……ありがとうございます」

 

 主神からステイタスの写しを受け取り、リューはそれに目を落とした。

 

 リュー・リオン

 

 Lv.4 所属:【アストレア・ファミリア】

 

 力  :C691→B700

 耐久 :C621→626

 器用 :S935→945

 敏捷 :S954→967

 魔力 :S900→909

 狩人 :G

 耐異常:G

 魔防 :H

 

《魔法》

【ルミノス・ウィンド】

【ノア・ヒール】

 

《スキル》

妖精星唱(フェアリー・セレナード)

精神装填(マインド・ロード)

疾風奮迅(エアロ・マナ)

 

 少し期待していたと、どこかの少年と同じことを思うリュー。【ロキ・ファミリア】の遠征に参加させてもらい、到達階層を更新したのだ。もう少しアビリティが伸びていて欲しかった……という期待ではない。

 自分の基礎アビリティは何年も前から上限近くまで上がっていて、いつランクアップしてもおかしくないのだ。

 これだけアビリティが上がれば儲けものだろう。寧ろまだ上がる余地があるのかと、妬まれるかもしれない。

 

 リューが期待していたのは言わずもがなランクアップ。偉業を成し、より上位の経験値を積んで果たされる器の昇華。

 五年前から、リューはランクアップ間近だったのだ。なのにこの五年間、ランクアップできずにいた。

 

 アリーゼも、輝夜も、ライラも、ランクアップしている。ライラは自分と同じレベル4。アリーゼと輝夜に至ってはレベル6だ。この五年で、二つも差を開けられた。

 なのに、彼女達と同じだけの冒険をしているのに、何故か自分だけはランクアップできない。偉業は成しているはずだ、はずなのだ。なのに……。

 胸を占める感情は、焦りか、不安か、諦観か。自分でもよくわからない。

 

「リュー、焦ってはだめよ」

 

「っ、はい。わかってます」

 

 アストレアがそう声をかけて、リューの頭を優しく撫でる。アリーゼがこの場に居たら、きっと「リオンだけずるい! アストレア様! 私の頭も撫でてください!!」と言う事間違いないしだろう。

 

 だが、今のリューにはアリーゼが喚く姿を想像することも、主神に撫でられる頭にも、気にする程余裕がない。

 それだけリューの中で、五年という月日と、五年前の出来事が尾を引いている。

 

 俯き大人しく自分の手を受け入れているリューの気を紛らわすように、アストレアが口を開いた。

 

「今夜はシルちゃんの酒場にお手伝いに行く日だったわよね?」

 

「はい。ここしばらく迷宮探索でいなかったので、今日から一週間ほどはあちらで寝泊まりする予定です。フィリア祭が始まる前には戻ってきます」

 

「そう。いい気分転換になるといいわね」

 

「そう、ですね。……では、私はこれで」

 

 「向こうに行く準備もありますので」とベッドから降りようとしたところで、バンッと扉が開かれる。

 入口に立つのは真っ赤な髪と緑の瞳を持つ美少女。

 

「リオンったらここにいたのね! 丁度いいわ! ランクアップはしたのかし……って、あ、あ、アストレア様になでなでされてる!? ずるい! ずるいわリオン!! アストレア様! 私の頭も撫でてください! 今回の遠征で私も頑張ったんですから!!」

 

 なんだか想像した以上の喧しさでアリーゼが捲し立てる。しかも自分が気にしていることをズケズケと訊こうとしている始末。

 その様子に思わずポカンとして、それからリューはふっと微笑みをこぼした。

 最後に「失礼します」とアストレアに言い、神室を後にする。アリーゼはアストレアが座るベッドにダイブした。去り際に――、

 

「アリーゼ、アストレア様に甘えるのは結構ですが、失礼のないようにしてください」

 

 と言葉を残すと、

 

「あら、私がアストレア様に失礼な事をするわけないじゃない!」 

 

 そう返事があった。「そういう所ですよ」と、ダイブした勢いで埃が舞い、シーツが皺になっているのを尻目に、リューは心の中で呟く。そしてシルの待つ『豊穣の女主人』に行くべく、自分の部屋へと準備をしに行く。

 心なしか、リューの顔は普段よりも明るくなっていた。

 

 

 

「どうした団長? 急に神室のあたりで騒ぎ出して。外まで声が聞こえてきたぞ」

 

「おーい団長様よ、そんだけ騒がなくたって館中に声が届くぞ」

 

 リューと入れ違いで、この本拠に住まう最後の住人達が現れた。

 一人は着物を着た黒髪の極東出身の美女。もう一人は桃髪の小人族(パルゥム)の少女。

 

「輝夜、ライラ。丁度いいわね、あなたたちも気になるだろうし。リオンのことよ! アストレア様、リオンはランクアップできそうですか?」

 

 さっき聞き逃したことを、アリーゼは頭を撫でてもらいながら彼女達の主神であるアストレアに尋ねる。

 アストレアは「そうねぇ」とアリーゼを撫でたまま、

 

「できるけどできない、それが答えかしら」

 

 なんとも要領を得ない解答に、三人は首を傾げる。

 

「どういうことでございましょう、アストレア様? どうも矛盾しているようですが」

 

「できることにはできるのよ。【偉業】の達成……上位の経験値は十分すぎるぐらいに溜まってる。それこそ、ランクアップした後にアビリティをそのまま伸ばせるぐらいに。ただ……」

 

「リオンの心の中で、何かが枷になってる。そういうことですか?」

 

 三人の疑問を代表するように輝夜が尋ね、それに答えるアストレア。 そして彼女の最後の言葉を引き継ぐように、アリーゼが問いかける形で言う。アストレアは一度頷いた。

 

「そうなのアリーゼ。ランクアップは器の昇華、心身の向上そのもの。リューの『体』は既にランクアップの準備はできてる。問題は『心』の方。その原因も、あなたたちなら察しがつくでしょう?」

 

 アリーゼからは「なんかその言い方えっちですね!」なんて視線を向けられたが、アストレアは柔らかな微笑みで無視した。無視したったら無視した。

 それに少し残念そうな顔をしたので、頭を撫でておく。

 

 アリーゼは満足げな顔をして、リューがランクアップできない原因を思い浮かべる。

 きっと他二人も同じ日を思い出しているだろう。輝夜は目をスッと細め、ライラはがりがりと頭をかきむしる。

 

「あれか」

 

「あれね」

 

「まったく、あの馬鹿者は一体いつまで引きずっておるのだ。五年も前のことを。あれ以上とは言わんが、相応の死地を潜り抜けているというのに。しかも、あのクソババアからあれだけの言葉をもらったのだ……今でも煮えくり返る程悔しいが、あれのおかげで私達は立ち上がれた」

 

「それだけ、リューの中では辛い出来事だったのでしょう。……間違っても、リューを刺激するようなこと、しちゃだめよ?」

 

 「最悪死にかねないから」喉元まで出かかった言葉を、アストレアは飲み込んだ。この子達とは長い付き合いだ。言葉にこそしなかったが、きっと伝わってしまった。

 証拠に三人とも深刻な顔つきに変り、場に重い空気が流れる。

 

「わかってます、アストレア様。というか、私にはそんな資格がありませんし、できません。あれは……指示した私にも責任があるので。寧ろ私が何か言ったら、リオンはそれこそ爆発しちゃいます。……私のように!!」

 

 アリーゼは重い空気を払拭するように、最後に付け加えた。輝夜、ライラもこれ幸いにと軽い口調で同調する。

 

「最後のは余計だが、私も概ね同じ意見だ。ただ、団長だけの責任ではあるまい。あの日、あの場所にいた全員の責任だ。私達の力が足りなかった。あれだけ鍛えられていたのにも関わらず、な。それだけだ」

 

「まったくだ。まぁ昔のことをグチグチ言っててもしょうがないだろ。過去は変えられねぇ。変えられるとしたら未来の話だけだ」

 

「そうね。何かあの子を変えてくれる、そんないい出会いがあるといいのだけれど」

 

 そんな願望を呟く。まぁ、そういった出会いというのはそうそうない。

 リューはお世辞にも社交的とは言いずらい性格だし。主に交流があるのも【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】。後は【ヘルメス・ファミリア】の【万能者(ペルセウス)】に酒場の同僚ぐらいだ。店員として働いているが、客との交流なんて言うまでもなく。

 

 そんなことを考えていると、アリーゼが何か思い出したかのようにピンッと元気よく手を上げた。

 

「あっ、はいはい! 詳細はよくわからないんだけど、リオンが兎のようなトマト君に逃げられる現場を見たわ!!」

 

 謎の現場だ。え? 兎のようなトマト? 兎の形をしたトマトかしら? それともトマトを兎の形にくりぬいて、それを落としちゃったのかしら?

 さっきまで酒場のことを考えていたアストレアはそんな光景を思い浮かべる。

 

 いやいや、流石にそれはない。今は人との出会いを話しているのだ。 流石のアリーゼも、野菜との出会いをいい出会いとは言わないだろう。

 アストレアの疑問は、輝夜がアリーゼに問う形で解消される。

 

「兎のようなトマト? 逆じゃないのか? いや逆だとしてもよくわからんが」

 

「あれ? 逆……逆……そうだ! 今度はちゃんと思い出したわ! 血で真っ赤に染まった兎のような男の子! その子が17階層から逃げ出したミノタウロスに追いかけられてたらしくて、それをリオンが助けたらしいのよ。で、何を思ったのかわからないけど、その兎君、リオンの前から逃げ出しちゃったらしくて。その時のリオンったら、なんかしょんぼりしてたわ!」

 

「一体なにしたんだよリオンのやつ」

 

「本人は壁際に追い詰められてたその子を助けただけって言ってたわ!」

 

「あの妖精様はポンコツですから、きっと私たちには想像もできないようなことをしでかしたのでしょうなぁ。それこそミノタウロスで残忍な解体ショーでもしたんじゃないのでしょうか?」

 

「うーん、気になる事と言えば……そのミノタウロスの片目がリオンが助ける前に潰されてたってことくらいかしら?」

 

「ふむ……その冒険者のレベルはどのくらいでしたか? 団長?」

 

「遠目から後ろ姿を見ただけだから、確かな事は言えないけど……動きからして駆け出しのレベル1ってとこかしら」

 

「じゃあ獲物を横取りしちまったってことはなさそうだな。レベル1の、それも駆け出しならそのまま殺されてる。それにしたって、目を潰せるぐらいには戦えてたんだから間違いなく将来有望すぎる新人。珍しくリオンのファインプレーじゃねえか」

 

「そうだな。あの青二才にしてはよくやった」

 

「そうね! まさにバーニングって感じね!!」

 

「あなたたち、そのぐらいにしてあげて」

 

 既に酒場に向かっているだろうこの場に居ない眷属の一人を思って、アストレアは彼女達を諫めたのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――

色々捕捉

 

 クソババアからアストレアへの手紙

『委細承知した。小娘達のことは非常に残念に思う。【ファミリア】の半数以上が亡くなるのは辛いだろう。あの『ヘラ』ですら『黒竜』の時には取り乱したのだから。だが、残った小娘共には伝えておけ。「敢えて言おう。この程度の絶望で折れるな。黒竜など、その程度では済まない。重ね重ね言うが、私を失望させてくれるな」と。追伸……お前たちが立ち上がることに、期待している』

 

この手紙を送った後に、彼女は優しくしすぎたと後悔したとかしなかったとか。追伸は出来心で書き足してしまった。ベル君と暮らしていたことで、多少性格が丸みをおびた模様。(多少といってもほんの毛先の一欠けらぐらい)なお本人は否定している。

 

じゃが丸くんとの遭遇時の戦力

レベル5:アリーゼ、輝夜、シャクティ・ヴァルマ

レベル4(ランクアップ間近):リュー、ネーゼ、ノイン、イスカ、アーディ・ヴァルマ

【アストレア・ファミリア】の他メンバーはライラ以外レベル4、ライラはレベル3。プラス【ガネーシャ・ファミリア】から4名の第二級冒険者が帯同

 

出かけるクソババアから

「私の居ぬ間にくれぐれも、油断、慢心、準備不足で無様にも死に、失望させてくれるなよ」

と言われており【ガネーシャ・ファミリア】に協力を要請

生き残りは【アストレア・ファミリア】4名とヴァルマ姉妹

 

この時何があったのかは……一応考えているので、『深層・厄災編』でちゃんと書こうかな。まぁ原作と似たような感じだし。アリーゼの発言でだいたい察せられますよね。

アーディ、ライラはこの一件の後、少ししてランクアップした。なお、アーディは【アストレア・ファミリア】の面々と仲が良いことから、クソババアにお前も加われと日々の鍛錬に巻き込まれた模様

 

本作はベル君がリューさんに惚れたアルフィアifであると同時に、リューさんの成長も描くダブル主人公にしたいと思ってます。がんばるぞー。

……リューさんを上手いことソードオラトリアの方に組み込めるかな? あれ闇派閥関連だし。【ロキF】と繋がりあるから全然いけそう。

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