【死の真相はいまだ不明…】40歳の若さで亡くなった平成の歌姫・ZARD坂井泉水「ファンも遺影のまえで嗚咽した」存在の大きさとは
ミリオンセラーを連発しつつも、その生涯は最後の最後までミステリアス。「謎に包まれた歌姫」とも言われたZARDの坂井泉水さん(享年40)。彼女の曲はなぜ人々の心を掴んだのか? そして今も人々に心に残る存在の大きさとは? 朝日新聞編集委員で、昨年10月に亡くなった小泉信一氏の『 スターの臨終 』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む) 《特別グラビア》焼けた肌、極小ビキニで抜群のスタイルを披露する姿も…この記事の写真をすべて見る ◆◆◆
ガン闘病中の病院で転落死
坂井泉水(本名・蒲池幸子)が入院していた東京都内の大学病院に、私は14年間通っており、2023年には5回入院した。坂井がこの病院に入院していたことは、担当の看護師から聞いたのだったか。亡くなった場所も、それとなく教えてもらった。 夜9時、病室の電気を消す。就寝時間である。でも、なかなか眠れるものではない。 こっそり病室を抜け出し、院内をぶらぶら歩いたこともあった。 そのときの思いをパソコンに記録していた。 「昨夜もあまり眠れなかった。どうやら自分は孤独や沈黙に弱い人間のようだ」 気分転換に病棟最上階に行く。エレベーターホールからは高層ビル群の夜景がよく見える。手前に鬱蒼とした森。夜は真っ暗だ。闇と光のコントラストを眺めるのも、東京の夜景の楽しさだろう。 「あの明かりの下で、今夜はどんな人間模様が繰り広げられているのか」 坂井が亡くなったのは2007年5月27日。翌日の朝日新聞夕刊社会面は「ZARDボーカル・坂井泉水さん転落死 がん闘病中の病院で」という見出しでこう伝えている(具体的な病院名は伏せる)。
〈「ZARD」のボーカルで作詞家の坂井泉水さん(40)=本名・蒲池幸子(かまちさちこ)=が27日午後、脳挫傷のため、東京都内の病院で亡くなったことが28日わかった。坂井さんは昨年6月、子宮頸がんを患い、入退院を繰り返していた。所属事務所などによると、26日早朝、日課の散歩後に病室に戻る途中、病院の非常用スロープの踊り場から転落したという。 四谷署の調べでは、26日午前5時40分ごろ、病院のスロープ近くに坂井さんが倒れているのを通りがかりの人が見つけた。手すり(高さ約1メートル)に残っていた指紋などから、高さ約3メートルのところからスロープ外側に転落したとみられ、詳しい状況を調べている。 坂井さんは、モデルとして活動していた91年、「Good-bye My Loneliness」でデビュー。「揺れる想い」「君がいない」など、次々と大ヒットをとばした。164万枚(オリコン調べ)を売り上げた「負けないで」は、1994年の選抜高校野球の入場行進曲になった。 一方、作詞家として人気アーティストに楽曲を提供、テレサ・テンの「あなたと共に生きてゆく」やDEENの「瞳そらさないで」などのヒット曲を生んだ。経歴を明かさず、テレビ出演を控えて限られた映像しか公開しないなど、独特の露出手法で話題を集めた。〉