カスタマーレビュー

  • 2017年2月9日に日本でレビュー済み
     この本によれば東大生には公文式の経験者が多いそうだ。だからといって公文式を
    やっていれば皆東大に入れるとは限らない。現に私のファミリーでは5人も小学生の
    時に公文をやったが誰も東大に入れなかった。(まあ私の血をひいているから当然と
    言えば当然である。)公文の教室に通ったのもなにか目的があったからではない。
    すぐ近くに公文教室があったから。月謝は安いし友達も行っているし親として積極的に
    すすめたわけでもない。この本で公文の教室が全国の小学校の数とおなじくらいある
    ことを知った。だらだら遊ぶより公文にでも行ったらという感じだったと思う。
    親はほとんどなにも干渉しなかった。そしていつしか小学生高学年あたりで、公文の
    繰り返し計算に飽いて、宿題が貯まって苦痛を感じるようになって皆止めていった。
    効果はあったんだろうか。少ない母集団ではあるが、粘った子は(つまり長期間通った
    子は)相対的にいい大学に入っている。そういう意味では効果があったんじゃないか
    と思う。

     当書を読んで私は公文の本質をなにも理解していなかったことに気づかされた。
    保護者として考慮すべきことを何もやっていなかった。ホゾを噛んでもあとの祭り。
    まず、公文の教室では「なにも教えない」ことすら知らなかった。公文の教材は工夫
    されていて、教えられなくてもできるようになっている。公文の先生は「進捗管理」を
    やっているだけだ。この進捗管理と先に進むモチベーションを鼓舞するのは先生だけの
    責任ではない。ここに保護者が積極的にかかわらなければならない。ほったらかしに
    先生任せにしてはいけないのである。知らなかった。

     公文式は「いい大学にはいる」ためのひとつの「メソッド」にすぎない。
    メソッドであるから普遍的であるけれど、やはりそれに合う、合わない生徒がいる。
    これをちゃんと見極めないと子供に苦痛を与えることになる。どんな子供に公文式は
    むくのか。ありていに言えば、

     1.鈍感力(与えられたものに疑問を抱かない)
     2.忍耐力(ちゃんと座って学習できる)
     3.処理能力(粛々と課題をこなす)

    が必要だと著者は語る。小学生の低学年にこんな能力があるのかと思うかもしれないが、
    保護者は公文式を進めながらそれをちゃんと見分ける必要がある。そして自分の子が
    それに向かない性格だと思ったら早々と撤退すべきである。公文式は「メソッド」に
    過ぎないのだから、しかもこの本に書かれているような多くの欠点も持っているから、
    自分の子に適した別の方式に切り替えればいい。
    上記の性格は一般に「優等生」と言われるものである。公文は「できる子はよりすごく
    できる子に、できの悪い子はそれなりに」育成してくれる。だからうまく公文方式に
    フィットする子はまちがいなく成績が伸びて「いい大学」に入れる。
    (でもそれが人生のしわあせに結びつくかどうかはまったく別の話である。)

     企業としての公文は売上900億円、生徒数=430万人(国内+国外)の立派な多国籍
    企業である。海外比率50%というから、公文式の効果が全世界で証明されていることは
    確かだ。公文式は教育理念とか文科省指導要領準拠とか大上段にふりかぶらないところ
    がいい。「いい大学」に入るための単なるひとつの方法です。よろしければ、ちょっと
    やってみて下さい。という立ち位置がいい。

     公文式で育ち、すーっと東大に入って官僚になったひとは、能吏にはなれるだろうが
    はたして天下国家を指導できる大人物になりえるのだろうか。
    (と、悔しさをこめてひとこと言いたい。よくわからんけど。)
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