【水本義政 虎将1年目 夏の陣(2)】岡田監督、「星野流」と決別…異質の激しさ示した

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 【岡田彰布の誤算からの出発】 若者ども先を争ひ、つき伏せ、つき倒し、いらつたる若ものども乱れかかってしのぎをけづり…これは1560年、27歳の信長が桶狭間で今川義元の首を討ち取り、天下を驚かせた『信長公記』の一節。このくだりは金本阪神の『超変革』の戦いを彷彿とさせる。

 星野仙一は2002年から2年間、大胆にして細心な革命を実施した。野村克也は3年連続最下位に終わったが、野球に対する意識は確実に変化した。そこに突然、星野という激将が登場し、2年目に18年ぶりのリーグ優勝に導いた。

 星野革命をつぶさに見ながら岡田は三塁コーチとして戦略、喜怒哀楽、豊かなパフォーマンスを正確に見つめていた。激しさ、鬼神の如き攻め、智略とを岡田は学ぶ。一方で星野も舌を巻いた。走塁コーチとしての状況判断が正確無比だった。

 だが星野信長が体調不良で倒れた。その星野本能寺の変を岡田秀吉は読めなかった。天下が早く来る…というのは実は負の遺産としてノシかかった。準備期間ゼロ、しかも「優勝チーム」という権威だけが転がり込んだからだ。

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