杉田俊介

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杉田俊介
@sssugita
批評家。 sssugita@hotmail.com 著作一覧→note.com/sssugita/n/nfb
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新刊です、よろしくお願いします 『糖尿病の哲学: 弱さを生きる人のための〈心身の薬〉』 amzn.asia/d/fbeUNjA
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作品社
@sakuhinsha
作品社 新刊情報。杉田俊介『糖尿病の哲学 弱さを生きる人のための〈心身の薬〉』22日取次搬入。毎度毎度の食事や人間関係、襲ってくるストレス。散歩道での出会い、自分流のマインドフルネスや健康習慣。日々の暮らし、身体と思索を記述。「歩き書き」で綴る日記エッセー。 sakuhinsha.com/nonfiction/302
うつ病になりやすい性格の人は、本当に本当に、そうならないように常日頃から心掛けてほしい。仕事を頑張りすぎてしまう人、責任感を過度に背負う人、0か100かの完璧主義の人、自己愛が低く自分を嫌いな人。早めに対処してほしい。こんな虚無の苦しみを味わう人が一人でも減ってほしい。
うつ病は身体からの「生き方を変えろ」「価値観を変えろ」という最後のメッセージだと言われる。脳が誤作動を起こすほど無理を重ね、自分で自分を追い込んできた。しかし、うつ病と共にあるような価値観、完治し得ないうつ病者であることが新たに開く価値観とは、どんなものだろうか。うつ病文化とは。
鬱病者は、強い快楽や激しい喜びよりも、平穏な気持ちや静謐な安楽を望むようになる。ニルヴァーナ。やはりそれは死の安息や安楽に近付いていくことなのだろう。それほどまでに生が不安や疲労に覆われてしまっている
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杉田俊介
@sssugita
消えたいとは、しにたいというよりも、生があまりに苦しいので苦痛を消したい、苦痛を消して安楽になりたい、そのためには存在丸ごと消さねばならないほどに全体的に苦しい。つまり安楽な生への祈りなのだとおもう。消えたいと感じるほどに安楽に生きたい
自分がとにかく勉強不足でアタマも悪いことを自己卑下ではなく素直に認めて、現在の最前線で何かを書こうとか誰かを越えなきゃという切迫感を捨てて、ある程度「降りた」ら、勉強や読書が楽しくなり、楽になって、自分に本当にふさわしいものを気長に書こう、これからだ、とちょっと思えるようになった
うつ病は気持ちの落ち込みの問題というのみならず、脳疲労というのか、異様な疲れやすさが特徴で、布団から出て座っていることもできないほど疲れてしまう。近隣のコンビニやスーパーがやたら遠く感じる。ちょっとした低気圧で寝たきりになる。お風呂がキツいのも、体力を奪われるためなのかも。
消えたいとは、しにたいというよりも、生があまりに苦しいので苦痛を消したい、苦痛を消して安楽になりたい、そのためには存在丸ごと消さねばならないほどに全体的に苦しい。つまり安楽な生への祈りなのだとおもう。消えたいと感じるほどに安楽に生きたい
嘘に嘘を丁寧に積み重ねて本物(愛)を降臨させるという『推しの子』のテーマはファシズム的だが、YOASOBIという元来偽物感のある人たちがトランスナショナルなアイドルたちを総動員して「アイドル」を堂々と歌ったのはちょっとデーモン的な物が降りてきてて、今回ばかりは椎名林檎も嫉妬してたかも…
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たとえばうつ病の脳でテレビ番組を見ていると、旅先や食事の場面は、「いつか自分もそこにいるかもしれない」という(嘘でも)「可能性」を奪われて、「自分があそこにいることはない」「自分には無理なのだ」「できない」という疎隔感として現れてしまう。可能性自体をもう永遠に喪ってしまった、と。
〈さらに調査結果の暴いた驚くべき点は、「自殺する者は残される者のことを考えず自己中心的である」という一般に根強い先入観に反して、実際に自殺を試みた人々は、そのぎりぎりの瞬間まで、家族や愛する人々のことを思っていたこと。→ pax.moo.jp/?p=433
うつ病によって本が読めず、何も書けないという絶望。友人知人たちが立派な仕事をし、前進していることへの焦慮と羨望。世界から置き去りにされていく、という疎外。脳が壊れて二度と復活しない、という恐怖。もう自分の人生には何も無い、という虚無。全ては終わったんだ、という悔恨。
トイレと食事以外は寝たきりで、お風呂も入らず、長らく天井だけみて時間を過ごしていた、という「底」まで行った人が、回復して今は普通に動けている、という話(噂)を何度か聞いた。想像もつかないが、そういう奇跡を僕も信じてよいのだろうか
ハン・ガン氏のノーベル文学賞について、日本の関係者や読者たちがまるで我がことのように喜んでいるのは、一つの豊かさを感じて、個人的にも嬉しかった。翻訳文化の成熟、世界文学を当然とみなす感受性の拡がり、そして日本列島と朝鮮半島の歴史的関係性の蓄積。文学は天才個人ではなく社会のもの。
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夕方、久々に読書。新書を読んだ。脳機能的に読めるか心配したが、読めた。ほっとした。その後、ぽつぽつ雨の中、夕飯の食材の買物。いつものライフへ。往復3000歩。このあと簡単な夕食を作ろう。でもその前にまた布団に戻って、ちょっと休んでいる。
今や「おじさん」という言葉には、現代日本のあらゆるダメさ、醜悪さが投げ込まれ、詰め込まれ、煮詰められているかのようだ。中年男性たちは悔しくないか。正直、僕は悔しい。「まっとうなおじさん」になるとはどういうことか。「男」のまっとうさとは何か。当事者として考え続けたいと思う。
なんだろう、この不気味な無関心さは。「世界はなでしこジャパンのすばらしさを見た。それと同時に、日本の女子サッカーに対する冷たさを目の当たりにした。「報道」という観点からは、残念ながら悪い印象を残してしまった。日本を評価しないのは日本だけだった。」
鬱病になって7〜8ヶ月全く読書ができなかったけれど、少しずつよくなってきて、本を読めるようになってきて、自分が読書が好きなんだということを思い出せた気がする。というか今は読書が純粋に楽しい。勉強楽しい(この10日ほどは調子がいまいちだけど、また復活してくるだろう、たぶん…)
鬱病の特性は脳機能低下なので、この社会の脳中心的な能力主義の暴力性をあぶり出すとも言える。文字が頭に入らず、お風呂や食事や着替えにも苦労するようになり、つねに異様に疲れてしまう。無能力者としてのうつ病者。常日頃から求められてきた能力のハードルがいかに高いかということでもあるのか
希死念慮というのは本当に怖いものだとぞっとした。生きていたい(心)、苦しいから楽になりたい(体)、お前は死ぬしかない!(脳)が分裂していくような感じがした。他者としての自己が強制的に自分に命令し続けてくる。コントロールも無視もできない。脳の誤作動だとわかっていても抗えない。
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杉田俊介
@sssugita
この間強い希死念慮に憑依され、それと闘っていました。新しく処方された薬のおかげか念慮は今の所収まってますが(知人の助けもあり)、終日ひどく眠く、ぼーっとしてます。スマホの文字も目で追えない。歩くのもやっとな感じ。いよいよ進退窮まったかも。なんとかなれ。
『鬼滅の刃』の鬼殺隊は、正義のために働けるがどんどん人材が燃え尽きて当然のNPO、鬼側は、強さと寿命を与えられるけどボスにつねに監視される超絶パワハラのブラック企業、という感じの選択肢しかなくて、いずれにしても地獄みがある。しかしそれが若者や子どもたちのリアリティなのかもしれないな
ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(単行本)が本棚に見つからず、代わりに『予告された殺人の記録』(新潮文庫)を読み直したのだけれど、あらためてこれは本当にパーフェクトな大傑作なので(短いし)、『百年の孤独』に躊躇している人はこちらを読んでみたらどうでしょうか
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もっと悪くなっていく、という未来への不安が募っていく。あらゆるものが不安のトリガーになりうる。今までできたこと、当たり前のことができなくなってしまってごめん。みなの負担や重荷になっていくことが怖い。とても怖い。でもどうにもならない。これは脳の誤作動ではない。現実的にそうなのだから
加藤智大の死刑執行について、冤罪の可能性がないなら、無駄に生き延びさせないでさっさと死刑執行しろ、税金の無駄遣いだ、という吐き捨てるようなコメントが山ほどあって、ああ、相模原障害者殺傷事件の犯人と同型の論理が蔓延しているんだな、とあらためて思うなど
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杉田俊介
@sssugita
よりにもよって相模原の事件から6年目の朝に、秋葉原の事件の加藤智大の死刑執行なのか。やりきれない。この国の残酷な国家意志を象徴するかにさえ感じる。今朝は児玉真美さんの編著とともに、共著『相模原障害者殺傷事件』のページを久々に開いていた。加藤が書いた四冊の本についても言及していた x.com/nhk_news/statu…
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ある当事者の人が、鬱病になる前の自分には戻れない、のみならず、戻ってはいけない、と書いていて、ハッとさせられた。鬱病者の壊れかけた脳だからこそ創造できる表現、新たな価値観があるんだろうか。華々しいものやパッと明るいものではなく。
夕食後に家族3人で近隣のまいばすけっとに買い物に行ったのだけど、夜はやさしいのに、うつ病によって脳が濁った寒天に覆われているようで、自分の見聞きするもの、話す言葉がゾンビのように感じられ、全ての物事に疎隔感を覚えて、とてもとても悲しくなった。本当に悲しい。鬱病を憎いと思った。
いわゆる「おじさん」というのは本当に精神が熟して強いわけではなく、未成熟で、無神経で、感情的にも爆発しやすいのに、不相応な特権と権威をもってしまったために勘違いしているだけで、むしろ「己の未成熟さをわきまえたおじさん」になろうとする姿勢が大切なのかもな
ローリング、ここまでヤバい人になってたのか
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J.K. Rowling
@jk_rowling
Congratulations to every single person on the left who’s been campaigning to destroy women’s and girls’ rights. Without you, there’d be no images like this.
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「おたく」がマイナーな人々を名指すスティグマだった時代が確実にあり、今やオタクはマジョリティ=消費者になったけれど、排除されていた時代のトラウマがあって、むしろそれが集団的なアイデンティティの根拠になっているから、定期的に「被害者」になるのを必要とし、それを享楽しているのでは
我々うつ病者が繰り返す「できない」とは何なのだろう。仕事ができない。社会が要求する能力の基準を満たせない。健康だった自分と比較して能率が落ちている。どうもそれだけではなく、そもそも物事が「〜ない」(為し得ない、美味しくない、楽しくない)という自己否定として経験されているのでは
ある政治家が特定の宗教の信者かどうかということよりも、恐ろしいのは、そもそも事実を否認する、議論もしない、対立さえしない、目を合わせることもしない、他者の存在自体を消去する、という話法(言葉のテクニック)を政治の場が学んだ、根の深い形で刷り込んだ、ということなのだろうな
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上丸洋一
@jomaruyan
「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」自民党・茂木幹事長。毎日新聞。 茂木氏が「認識していない」だけ、琉球新報も信濃毎日も京都新聞も新潟日報も社説で指摘している。
以前、村上春樹作品のミソジニー構造を分析する文章を書きました。ご参考までに… gendai.media/articles/-/936 「一般的なイメージとして、村上春樹的な男性主体とは、空虚な実存感覚を抱えたまま、高度資本主義の中で消費生活を続ける比較的裕福でモテる男である、というように受け止められているだろう
ニッポンの家族には必ず専業主婦がいるか、パート主婦だから仕事やすんでも大丈夫(そんな簡単に休めるはずない)、とか思い込んでるでしょ、安倍政権。女性の総活躍とか言ってたくせにさ。日本住民の仕事も家庭も子育ても、何にも見えてないじゃん。
今回痛感したのは、「上」が責任をとらず負担を無限に「下」へ押し付け、抑圧委譲し、組織がぼろぼろでも、最前線の現場の人々が優秀で、何とかなってしまう。完全な破局にならない。「無責任の体系」と「現場の過剰責任」が奇妙に支え合ってしまう。この悪循環を「変革する」とはどういうことだろう。
意識としては永遠の若手で、「上」から抑圧されていて、背面服従の反逆者で、という意識こそが典型的な「おじさん」(オールドボーイ)なのかもしれない。自分が無意識に若者を抑圧し、出る杭をうち、既得権を保守している側だと自覚できないから、加害者意識がない。自分にはかなりそういう部分がある
うつ病になると、時間の流れが異常に早い。時間が積み重なることがないからだろう。日々の苦痛や疲労の中で、時間は消し飛ぶ。時間は虚無の彼方に消え去る。積み重なって経験や意味を構成しない。そこでは苦痛すらも積み重ならないのだ。
源氏物語、多様な女性たちが光源氏の性愛の重力圏=呪怨に呪縛されつつそれに抵抗していくという星座的シスターフッド闘争がバラバラに展開されると同時に、男性たちの四代に渡って継承される不気味な権力性(父権的であると同時にケア的)から男性自身がいかに解放されうるかという格闘の記録でもある
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杉田俊介
@sssugita
ここのところ角田光代訳『源氏物語』等を読んでいた。なぜかジェンダーの観点から『源氏物語』について喋ってほしい、素人で構わないから、という新聞からのインタビュー依頼があり(先ほど終わった)
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これ、すごく興味深い。「他作品と比較されることそれ自体が暴力」という人々がかなりの数、存在するらしい。「他作品と比較してこの作品はダメ」という優劣やジャッジの話ではなく、「他作品と比較することそのものがもう許せない」と。不思議な現象。なぜなんだろう。 t.co/FjLjknqm43
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本当にすばらしい記事 お前ら=われわれニッポン人ども、必読の記事じゃないですかね 「この村は――このニッポンという国は(杉田注)――消滅へと向かっていた。それでも、「よそもの」に侵入されるかと思うと、なぜかその方がこの人たちには受け入れがたいのだった。」
ものすごい雑な言い方だけど、SDGsやLGBTや移民難民の話と、中層下層の経済不安や階級脱落や多数派男性の鬱屈の話とは、政治的に「両立」(対立や順序の問題ではなく)してやっていかないとダメだし、それはできる(はずだ)、ということなんだろう…
先日、『RRR』って男性中心的で、白人女性コンプレックス丸出しで、イギリス帝国主義への勧善懲悪で、ヒンドゥーナショナリズムで、カースト制度が描かれず、歴史修正的で、インターセクショナルでも何でもなく、エンタメとしてどうなんですか?なぜ評価するんです?と批判的に尋ねられたが、長考中
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杉田俊介
@sssugita
うーむ、やっぱりこういう話になってるのか… x.com/iso_zin_/statu…
たとえ重い鬱で、引きこもりで、寝たきりで、一緒に旅行も外出もできず、何も稼げず、何もしてあげられず、負担ばかりかけてしまっても、それでも、この世界からいなくなるよりは、存在し続けていた方が、家族にとってもまだ幸福であると、そう信じられるように、そのために、日々の苦難に耐えていこう
こちら、『呪術廻戦』について書きました。よろしければ。
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現代ビジネス
@gendai_biz
『呪術廻戦』は「死」をどう描いているか、『鬼滅』『チェンソーマン』との決定的な違い : gendai.ismedia.jp/articles/-/809 #現代ビジネス
鬱病それ自体は徹底的に無意味で虚無な病気なので、その過酷さを受け入れるしかなく、そこから回復/寛解するときに、自分の人生にとっての意味や価値観、世界観をいかに変革できるかがきっと大事なんだろうな、とは予感している。そのための代償があまりに大きすぎるけれど
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杉田俊介
@sssugita
鬱病は誰にもありうる典型的な症状で、そこに特異な意味はたぶんない。深堀りしても何も出てこない。というか何にでも意味を求める態度が鬱の原因の一つとも言える。ある種の極度の抽象的な貧しさが鬱病にはある。けれどもそこから意味を絞り出そうとしている。耐えられないから。暇-過剰だから。
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店内には同年代の家族連れが結構いて、笑いあったり軽く口論したりしていたけれど、自分はもうああいうふうに自然にふるまえないのだと感じ、とてもとても申し訳なく思った。そして不安な未来ばかりが脳裏をよぎった。脳の誤作動だろう。
数ヶ月前に、うつ病マンガを色々と読んだが、基本的にやはり「回復」「寛解」「うつヌケ」の物語に即したものがほとんどだった。復活した人々のストーリー。その必要はわかりつつ、今はそれらを遠く感じる。無名の、回復の物語にならない、パターン化された個々の生たちの苛烈な苦痛を今は想う。
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反リベラルな悪意はもちろんリベラルな正しさにも回収されてたまるかてめえら、というような殺気を感じられてよかった
毎度のことだけど、この狂った世界の中で「私たち」はまともで正気でいましょう、生き延びましょう、みたいな犬笛はちょっと気持ち悪い…
『バービー』。よかった。しかしこれは非常に論争的な作品では。多様性やLGBTを組み込んだフェミニズムすらも資本主義に取り込まれるのがデフォルトであり、その中でフェミニズムの真の課題は反出生主義や反出産未来主義の克服である、とするのだから。冒頭の子殺しと最後の妊娠出産肯定。
『バービー』の私の解釈について、「あなたの解釈は間違えています」「正しい解釈はこうです」とコメントしてくる人がちょっと異常に多くて、だんだん不気味になってきた。しかも判を押したように同じ意見。どこかで正しい解答でも出回っているのだろうか。「多様な解釈の余地」すらない、という雰囲気
広末涼子とキャンドルジュンは生きることの勇気を与えてくれるところがあるな…世間の価値観はどうでもよく、業深く生きてよい、中年になっても真剣に何かを愛してよい、くるって滑稽にみえても突き抜けてよいんだと鼓舞されるというか
鬱病治療をはじめてから八ヶ月が過ぎた。一日3〜5時間ほどは読書できるようになってきた。しかし相変わらず午前中は全く動けない。少しずつ、少しずつ…
僕のイメージだと「意識高い」とは、自分の生活を見直したり社会を変えたりする気があまりないのに、その手の知識や情報ばかりやたら詳しい人のことで、つまり「意識だけ高い人」のことで、実際に社会運動や実践にコミットしている人は「意識高い」どころか地べたで低く何かやってるんですよね
前に書いた児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』(ちくま新書)の書評です。様々な国で、すでに安楽死の対象は終末期のみならず、子ども、認知症患者、精神/発達/知的障害者、QOLの低い人などに拡張されつつあります。