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【実録 竜戦士たちの10・8】(53)疲労MAXの大豊泰昭、”神様”王貞治さんの指導が栄養補給に

2025年2月17日 22時40分

1994年2月24日の中日スポーツ紙面

1994年2月24日の中日スポーツ紙面

 一本足打法に挑戦して2年目。そして新たに一塁守備に取り組む大豊泰昭が、指折り数えて待った日がやってきた。1994年2月23日。大豊にとっては神様のような人、王貞治が中日の沖縄キャンプを訪れたのだ。
 誰よりもバットを振り込み、ノックのボールを追いかけてきた大豊の疲労もピーク。腰、手首に疲労性の痛みがあり、体調は決して万全ではない。それでも1分、1秒を惜しむように王のアドバイスに耳を傾けた。
 「ホームランになる角度を自分でつけようとしている。ホームランは欲しがっちゃダメ。あくまで結果として考えなければ」。自らバットを持ち、手本を見せながら、王の指導は、たっぷり1時間続いた。
 「左肩が下がる。ボールをよく見ろ、とも言われた。『基本を忘れているんじゃないか』と言われてガッカリしたよ」。こう苦笑しながらも、大豊の表情には充実感が漂っていた。
 実は大豊は、夜が明けるのを待ちきれず、王が沖縄入りした前夜、那覇のホテルへタクシーを走らせていたのだ。
 「一つ、王さんに聞きたいことがあったんだ。足を下すタイミング。それをまず聞きたかった」
 そんな大豊の質問に対する王の答えは明快だった。「足を上げるときには意識するが、下すときには意識はいらない。上げたものは必ず下りるのだから」と話した。
 「落合(博満)が抜け、『自分がやらなければ』と意欲的になるのは良いが、一本足を意識し過ぎて、基本がおろそかになっちやいけない。一本足をやることで、王貞治になるわけじゃないんだから。大豊のカタチをつくっていかなければ」
 心身ともに疲労がたまるキャンプ終盤。王の直接指導と金言は大豊にとって、何よりの“栄養補給”となったはずだ。
 1軍が練習休日の巨人の宮崎キャンプでは長嶋茂雄監督が突然、2軍練習を視察した。2軍では背筋痛で出遅れた2年目の松井秀喜、キャンプイン当初は1軍スタートながら頸部(けいぶ)挫傷でリタイアした4年目の元木大介が調整を続けている。
 「松井は、まだまだですね。振り込みが足りない。元木も、何もやっていないのだから仕方がない」と長嶋。期待のドラ1コンビを27日からのオープン戦メンバーから除外。3月9日まで宮崎に居残りさせることを決めた。=敬称略

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