疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:皐月樹
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1:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?


 迷宮(ダンジョン)。それは数多の階層にわかれる無限の迷宮。凶悪な怪物(モンスター)の坩堝。

 富と名声を求め自分も命知らずの冒険者の仲間入り……いや、かれこれ十四年生きてきて、その僅かな人生の中で数えきれないくらい死にかけたから、その点だけは昔から仲間なのかなぁ。

 

 怪物(モンスター)の巣に放り込まれて凌辱されたり、水底の岩に括り付けられて死の感覚を覚えさせられたり。果てには「死角を潰す修行だ。その状態で投げられる石を全て躱せ。問題ない、加減はする」と言ったお義母さんに目隠しした状態で石を投げつけられたり……うっ、頭が。

 

 と、ともかく、ギルドに名前を登録して冒険者になり意気揚々と迷宮に挑んだ僕は……絶賛死にかけていた。

 

「ヴヴォオオオオッ!」

 

「ほぁああああああああっ!?」

 

 間違っていた。僕が間違っていたよ、お義母さん。ダンジョンに出会いを……ハーレムを求めるのは間違ってたから……ヤメテッ、石を投げないで! 福音拳骨(ゴスペルパンチ)しないで!! あっ、お祖父ちゃーーん!!

 走馬燈の中で腕を振りかぶる義母と吹き飛ばされる祖父を幻視するも、すぐに現実に引き戻される。

 

「ヴゥムゥンッ!!」

 

「でえっ!?」

 

 ミノタウロスの蹄。

 背後からの一撃は僕を捉えることはしなかったものの、地面を砕き、僕の足場を巻き込んだ。

 義母から唯一褒められていた足をとられ、ごろごろと迷宮の床を転がる。

 

「フゥー、フゥー……!!」

 

「うわわわわわっ……!?」

 

 尻餅をついた態勢で、惨めに後ずさりした。

 ドンッと背中が壁にぶつかる。行き止まりだ。追い詰められた。

 このままでは死んでしまう。無様に、惨めに、あっけなく。

 

 ダンジョンに出会いを求めて……英雄になるためにオラリオに来て、その第一歩を踏み出したばかりの末路が…………牛の餌?

 …………冗談じゃない。

 

「っ!!」

 

 カッと熱くなった頭が、一瞬で意識を切り替える。

 キッと前を向き、立ち上がり、武器を握りしめ、ミノタウロスに向き合う。

 今まで数えきれないぐらい死にかけたんだ。今までの経験に比べたら、こんな状況(シチュエーション)はまだぬるい。

 こんなところで諦めて、何も抵抗できずに死ねるもんかと、僕は歯を食いしばる。

 

 ミノタウロスのレベルは2。レベル1の駆け出しも駆け出しが勝てる筈もない相手。

 だけどそれがどうした。

 勝てない相手だから諦めるか?

 否!

 状況が絶望的だから諦めるのか?

 否!

 僕が憧れた物語の英雄はそんなことしなかった。僕を育ててくれたお義母さんは、そんなことは教えなかった。

 だから僕は立ち向かう。

 

「はぁああああああ!!」

 

 吶喊し、ミノタウロスを切りつける。手に持つナイフは駆け出しが持つにはかなり上等な得物。とはいえ相手はミノタウロス。かすり傷をつけられればいい方だ。現に切りつけたはずの皮膚にはまったくダメージが通った気配がない。

 

「ヴヴォオオオオ!!」

 

「っ、このっ」

 

 勢いよく振られるミノタウロスの腕。掠ったとしても致命傷になる一撃。けど目でギリギリ追える速度のそれを、やはりギリギリで躱し、距離をとる。

 今の僕ではミノタウロスと切り結ぶのは自殺行為だ。ずっとあいつの懐に潜り込むのは不可能。そう判断して一撃離脱を敢行。

 

「やっぱり、固い!!」

 

 僕程度の膂力では傷つけることすらかなわず、僕が一撃いれる隙に、あちらは悠々と全てが必殺の一撃を繰り出してくる。

 切りつける、躱す、突きを放つ、避ける。そんな攻防を繰り広げる。

 一回で傷付かないのなら二回、それでだめなら三回、四回と同じ場所を狙い、必死の思いで浅い傷口を一つ作る。

 

(でも、これじゃ埒が明かない!!)

 

 今も紙一重で攻撃を躱しつつ、頭もフル回転させる。たった数分戦っただけで全身汗まみれ。ミノタウロスの攻撃の余波だけで擦り傷が体の至る所にできている。今はまだ大丈夫だが、このままでは数十分としないうちに、一つの肉塊が出来上がってしまう。それがどちらの肉なのかは言わずもがな。

 

(だったら、急所を狙う? 怪物(モンスター)の急所は胸の魔石だけど……ううん、今の僕の全力でもきっと魔石まで刃が通らない)

 

 よしんばできてもミノタウロスの肉に阻まれて、逆に武器を奪われるだろう。そんな賭け(ギャンブル)は犯せない。

 

(クソッ、ならどうする! どう攻める!?)

 

 今も必死に攻撃を躱しながら果敢にもカウンターを放ち、けれどもまともにダメージを与えられない事に焦りを募らせる。

 

(急所……急所……攻撃が通りやすい柔らかい部分。なら……目だ!!)

 

 隙を伺う――いや、隙を作り出すような一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)に切り替え、ミノタウロスを撹乱する。

 広いルームを駆けまわる。それはさながら狩人(ハンター)から逃げる兎のよう。しかし気持ちでは自分がお前を狩る側だと自分で自分を叱咤して、ミノタウロスを中心に前後左右に動き回る。

 

(今! ここ!!)

 

 ミノタウロスの死角に入り、一瞬できた隙に肉薄。急接近した僕にミノタウロスは気付き振り返るも、もう遅い。

 

「あああああああ!!」

 

「ヴ、ヴォォォオオオオ!!」

 

 渾身の力でナイフを振り切り、ミノタウロスの片目を奪う。確かな手応えのある一撃。絶叫を上げるミノタウロス。

 喝采を上げたい衝動をなんとか押さえ、もう片方の目も奪おうと反動を利用して切り返す。この瞬間が好機――その判断がいけなかった。

 

「ヴモオオオオオオ!!」

 

「~~~~~~っ、がっ」

 

 怒りに燃えるミノタウロスが蹄を思い切り地面に叩きつけ、爆砕。広間の床が割れ、礫が飛び散り、衝撃で僕は壁際まで吹き飛ばされた。

 背中から壁にぶつかり、肺の中の空気が抜ける。視界が明滅する。手足から力が抜ける。

 

「フーーッ、フーーッ!!」

 

 ノシノシと近づいてくるミノタウロス。もうこいつは許さない、そんな怒りが見て取れた。

 怒り、力を漲らせるミノタウロスとは逆に、僕の頭は急速に冷えていく。集中の糸が切れた。体は……動く。まだ、立ち上がれる。けど、立てない。距離があったからか、ダメージはそこまで負ってない。でも、あのミノタウロスの凶悪な一撃は、確かな恐怖を僕に刻み込んだ。

 カチカチと歯を鳴らす。ミノタウロスの荒く臭い鼻息が僕の肌を殴る。僕よりも一回りも二回りも大きい筋骨隆々な体を見上げ、狂ったような不細工な笑みを浮かべた。

 

 ――結局、女の子との出会いもなく、英雄にもなれなかったなぁ。

 

 ごめんなさい、お義母さん。約束を守れなくて。そんなことを思い浮かべながら、僕は蹄を振りかぶるモンスターの姿を見て、破れかぶれな叫び声を上げて、せめて最後に一撃を――と思った次の瞬間、その化物の胴体に線が走った。

 

「え?」

 

「ヴぉ?」

 

 僕とミノタウロスの間抜けな声。走り抜けた線は胴だけに留まらず、厚い胸部、蹄を振りかぶった上腕、大腿部、下肢、肩口、首と連続して刻み込まれる。

 美しい剣筋だけが見えた。やがて、僕では片目を奪うことしかできなかったモンスターが、ただの肉塊に成り下がる。

 

「グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオォォォーーー!!??」

 

 断末魔が響き渡る。刻まれた線に沿ってミノタウロスの体のパーツがズレ落ちていき、血飛沫、赤黒い液体が噴出して一気に崩れ落ちた。大量の血のシャワーを全身に浴びて、僕は呆然と時を止める。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 牛の怪物に代わって現れたのは、美しいエルフの少女だった。

 緑の外套を纏った細身の体、露出の少ない戦闘衣(バトルクロス)から僅かに見えるしなやかな肢体は眩しいくらい美しい。地に向けられた木刀には血の跡も見えず、彼女の凄まじい技量を如実に表していた。

 長い金髪は白いリボンでポニーテールにまとめられ、いかなる黄金財宝にも負けない輝きを湛えている。女性からしても華奢な体躯に、怜悧な少女の顔がちょこんと乗っかている。僕を見下ろす瞳の色は、空色。

 

(……ぁ)

 

 ――白い戦闘衣に身を包んだ、金髪碧眼のエルフの女剣士。

 駆け出しの冒険者である僕でも、目の前の人物が誰だかわかってしまった。

 【アストレア・ファミリア】に所属する第二級冒険者。

 正義の眷属にして、オラリオの暗黒期に終止符を打った立役者の一人。

 【疾風】リュー・リオン。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 小首を傾げて訪ねてくる彼女。

 大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。

 今にも爆発して砕け散ってしまいそうな僕の心臓が、大丈夫な訳がない。

 ほんのりと染まる頬、相手の姿を映す瞳、芽吹く淡い……いや、盛大な恋心。

 妄想は現実に。

 ――僕の心はこの時に奪われた。

 

「だ」

 

「だ?」

 

「だぁああああああああああああああああ!!」

 

 お義母さんっ、やっぱり僕は、間違ってなかったようです。

 

 

 

「リオ~ン、そっちはどう? って、あら? 真っ赤な兎さん?」

 

「……アリーゼ、また私は何かやらかしてしまったようです」

 

「うん?」

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