「ん、んん…」
美しい金の髪をした美少女がベッドの上で悩ましげな声を上げる。彼女の手は股座をまさぐっており、水音と淫らな匂いが立ち上っている。彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。ここオラリオにおける最上級のLv5の冒険者の一人で、剣姫の異名を持つ。そんな彼女は今…
「あ…♥️」
自室で自慰行為に励んでいた。
「はああああああぁぁぁぁ…♥️」
普段の表情に乏しいアイズからは想像もつかない蕩けきった表情と満足気な溜め息は、確かに発情した女のものであり、戦乙女と表される人物の面影は欠片も無い。
「ああ…あの子…ウサギみたいだったあの子…なんて名前なのかな…」
彼女の言うウサギのような人物、どうやらそれを思い浮かべて自慰をしていたらしい。彼女の視線の先には拳大の大きさの魔石が転がっていた。
「また…会いたいな…♥️」
アイズの瞳の中には小さなハートマークが浮かび、恋の熱にうかされ、溢れそうな程に潤んでいた
~二日前、ダンジョン5階層~
「う、あああああ?!?!」
白い髪に紅い瞳のウサギのような少年、ベル・クラネルは死にかかっていた。
「なんで!なんでこんな浅いところにミノタウロスが?!」
「ブモォォォォォオオオ!!」
「くっ、せいっ、たああああああ!!!!」
本来はここよりも深い階層にいるはずのミノタウロスと彼が戦っていたからだ。ミノタウロスはLv2のモンスター、いまだLv1のベルでは敵うはずのない相手であった。しかし、ベルはそれに抗っていた。抗えていた。振り下ろされる武器をかわし、それを力任せではなく技術によって引き剥がし、後ろに回り込んで延髄に膝を叩き込む。普通の生物であれば昏倒必至の攻撃も、ミノタウロス相手には通じない。Lv1の冒険者としては破格の実力を持つベルであってもミノタウロスが相手では分が悪い。さらにベルにとって自分以上の大きさのモンスターと戦うのはこれが初。
「くっ、やっぱり固い!
ベルは信じられないことにミノタウロスの行動を先読みし、その上でカウンターまでいれて抗っていたのだ。原作と呼ばれる世界線とは違い、この世界線のベルは冒険者となって英雄になることを夢見た瞬間から、絶えず鍛練を積み、腕を磨き続けた。故に本来ならば瞬殺されてしかるべきミノタウロス相手に立ち回ることができているが、ステイタスの貧弱なベルの攻撃はミノタウロスには通じない。ナイフもすでに失われ、逃げるにしても敏捷のステイタスが致命的に足りない。要するにこの上ない絶体絶命のピンチであった。
「ブモオオオオ!」
「うわ?!くっ、はっ!!」
ミノタウロスが逆袈裟に振り上げた腕を掻い潜り、両手掌底突きを腹に放つ。内蔵を破壊し、常人が受ければ腹が弾け飛ぶであろうそれは、しかしミノタウロスの強靭な肉体に弾かれる。ミノタウロスも負けじと振り上げた腕を今度はベルの頭上目掛け真っ直ぐに振り下ろす。それを右足を軸に回転してかわしたベルは顎に目掛け左回し蹴りを放つ。さすがのミノタウロスも顎を揺らされ、脳震盪を起こし膝をつく、その隙を見逃さずに金的を放ち、一歩距離をとる。如何なミノタウロスといえど生物としての弱点は変わらず、まえのめりになりベルの目の前に顔を突き出す形になる。生物にとって急所の宝庫たる顔を。
「おっらああああああああああ!!!」
「ブギィィィィィ?!」
そしてそれが運命を分けた。ベルが行ったのは目付き。ただしそれは視覚を奪うための生易しいようなものではなく、人差し指と中指を結び、ミノタウロスの左目に深々と突っ込むような明らかな殺傷、殺意のこもった一撃であり、脳に直接繋がる眼球を深々とえぐられたことで悶えるミノタウロスに会わせ、深々と突き刺さった指をそのままにベルは跳躍し、体ごと回して
「…………」
されどベルは油断せず、しっかりと残心を行う。死に瀕した生き物の底力をよく知っているからだ。たっぷり10秒ほどの間を置いてようやくベルは残心を解き、深く息をついた。
「ブハッ!!…はあ…はあ…はあ…はああああああ」
まるで水の中から出てきたような荒い呼吸音と共にベルは全身から力を抜き、座り込む。倒れないのは他のモンスターに対する警戒からだ。
「はぁ…ハハッ…やった…やったぞ…!あのミノタウロスに勝った…!ああ、でも言ったって誰も信じちゃくれないか…でもよかった~、あー疲れた~、生きてるよ~、助かった~」
ベルの奮闘は確かな偉業であった。彼のからだには大量の返り血が飛び散っており、特に目から指を引き抜いたときに吹き出た血は彼の頭の上からふりそそぎ、トマトのような有り様ではあったし、とても綺麗だとは言えない勝ち方と情けない姿ではあったが、本来であれば語り継がれてしかるべき
「あの…」「?!」
アイズ・ヴァレンシュタインである。ベルが狩り場にしているような浅い階層にミノタウロスがいたのは、彼女の所属するロキ・ファミリアが遠征からの帰還中に遭遇したミノタウロスの群れの一部がここまで逃げ出したからなのだ。それを追ってここまで来たアイズはしかし、ベルの信じられないほどの奮闘ぶりに魅せられてしまって、今までただ見ているだけになってしまったのだ。そして決着がついた今になってようやく自分のすべきことを思い出したのだ
「すいません…大丈夫ですか…?」
「えう?!あ、あの…う、うわああああああ?!」
「…え?」
しかしミノタウロス相手に大立ち回りを演じた少年はお年頃であった。彼の視点から見れば絶世の美少女にいきなり話しかけられたのだ、パニックを起こして逃げ出すのも無理はない…いや、単にヘタレなだけとも言えるが、まあそこは少年の名誉を尊重しよう。
「…いっちゃった…あ、これ魔石…どうしよう…でも…」
少年は確かにへたれた。しかしその前の勇猛果敢な少年の奮闘は確かに素晴らしいものであった。それこそまさに音に聞く英雄のように。故に…
「かっこよかったな…♥️」
剣姫とうたわれる少女の心を鷲掴みにしたのだ。
「おいアイズ!なにやってンだ!倒したんなら早いとこ戻るぞ!…ったく、しっかしなんだあのトマト野郎、よえーんならダンジョンになんか来んなっつーの」
アイズを呼び戻しに来た狼の特徴を持った獣人の青年、ベート・ローガはベルではなくアイズがミノタウロスを倒したのだと誤解しているらしい。まあ、走り去るベルの姿は控えめにいっても情けない上、明らかに足が遅い。故にベルをただの雑魚と見なしたのだ。…実を言えばちゃんと見ればベルとミノタウロスの激戦の後が残っているので気づくこともできたはずだが、実はベートはアイズに密かに恋心を抱いている。恋は盲目とはよくいったもので、そこまで周りを見ていなかったのだ。しかし、この場合はそれで幸運だっただろう
「…♥️」
アイズは初恋の熱に浮かれ上の空であり、その明らかな恋する乙女の表情を見なくてすんだのだから
…恋は盲目とは、本当によく言ったものである。
~現在、黄昏の館、アイズの自室~
そんなわけでアイズはベルに恋をした。名前も知らず、どこのファミリアかもわからぬ少年だが、それほどまでにベルの戦いは衝撃的であり、何より格好よく映ったのだ。今まで恋心など淡いものすら持ち合わせなかったアイズが心の底から求め、帰還の最中も上の空となるほどに。アイズが見ていたのはそのときのミノタウロスの魔石だ。それこそが唯一のベルとの繋がりだったから
「…♥️はやく…会いたいな…お話したいな…♥️」
けれど想えば想うほど、初対面で逃げられたという事実がアイズの心を蝕む
「…嫌われちゃったのかな…それでも…んっ♥️」
アイズの自室からは文字通り、己を慰める音が響き続けた