沖縄ヤンキーのパシリだった社会学者 笑って泣いて「追悼しない」夜

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川村さくら
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 1月28日夜、80人近くがひしめいた大阪市のトークライブハウス。会は乾杯で幕を開けた。

 「飲んだあと駐車場で朝まで寝てから出勤してた」「マウスウォッシュで口をゆすいでそのまま飲み込んでた」

 型破りなエピソードの主役は、昨年12月、急性骨髄性白血病で45歳でこの世を去った社会学者の打越正行さんだ。

 数学教師を目指し、広島から琉球大へ進学。英国の中学校の「落ちこぼれ」グループの姿を伝えた本に出会い、社会学に興味を持った。社会学者ポール・ウィリスが1970年代に著した「ハマータウンの野郎ども――学校への反抗・労働への順応」だった。

 ある夜、大学の駐輪場にたむろしていた少年らと朝まで飲んだ。彼らにとって、学校は自分とは無関係の「良い子」だけのための場。そんな風に感じたことがなかった自身の無知を恥じ、弱者やマイノリティーなどの排除された人々を調査研究する社会学の道へ進んだ。

 卒業後は1年間、なぜか大学の教室に住み着いた。広島国際学院大で修士号を取り、博士課程は首都大東京(現・東京都立大)へ。

 共同研究者だった琉大教授の上間陽子さんは、沖縄からオンライン参加した。夫婦で暮らす家に泊まりに来た時の話を語った。

 「お風呂上がったら冷蔵庫を開けてビール飲んでて、翌朝のごはんには『品数が少ない』って文句言ってたの」

岸政彦さん曰く「フィールドワークの天才」

 打越さんが研究対象にしたのは、沖縄のヤンキー世界だ。

 自分がかつて通った学校が荒…

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この記事を書いた人
川村さくら
ネットワーク報道本部|大阪駐在
専門・関心分野
人権、差別、ジェンダー、サブカル