本来の龍角散の名前の由来は、江戸末期よりもっと前です。
龍角散自体は江戸時代から現在の秋田市や大仙市(大曲)に店があり、そこで売っていたといわれております。
なお明治4年に藩主と共に江戸に出たというのは、東京側の理屈であり、本によると佐竹義堯が東京に移住したのは明治5年とされます。
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藤井という家は国替時には来ておらず、国替のあとに秋田市、江戸中期から後期には大仙市にいたとされます。
そもそも江戸中期のお殿様が喘息持ちだったとされます。
今、美郷町が盛んにやっている六郷出身
とは説の内の1つですので、ご注意ください。
※資料通りですので、よろしくお願い致します。
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様々な本・資料の間違いでした。失礼しました。
Feb 14, 2025 · 3:12 AM UTC