元SEの原告3名がかつて所属していたSES企業の代表取締役の宮田亜美氏及び内海章紀氏に対して経歴詐称等の強要・プログラミングスクール詐欺・賃金の天引きについて損害賠償請求した事件において、2月6日、東京高等裁判所が被告らに計約768万円超の賠償命令を言い渡し一審判決から賠償額が約1.5倍となる全面勝訴判決を獲得いたしました(東京高等裁判所第8民事部)。
本事件は中川勝之弁護士、今泉義竜弁護士、江夏大樹弁護士と私が担当しました。
1 本件の概要
被告の宮田亜美氏及び内海章紀氏はTech Love株式会社・株式会社フロンティア・株式会社サクセスというSES会社を運営していました。
SESというのは、取引先のオフィスに自社従業員のシステムエンジニアを派遣して(常駐)、技術的なサービスを提供する形態の契約のことです。
SESと派遣は、指揮命令権が派遣とは異なりSES会社(雇用会社)にあるという点が異なりますが、実質的には取引先に指揮命令を一任し、単に派遣法の規制を免れるために形式上SESとしている会社も数多く存在しています。
本件で問題となったTech Love株式会社・株式会社フロンティア・株式会社サクセスも、従業員らは労働契約締結後は全て客先(取引先)の指示に従って業務を行っていたため偽装準委任契約に該当していました。
今回原告となった3名は、いずれも20代~30代の若年層で、上記会社の「未経験からSEになれる!」「未経験でも給料が30万円以上!」との求人広告を見て応募したところ、採用面接の場において会社の運営するプログラミングスクールを受講するよう促され、プログラミング未経験であった原告らはプログラミング言語を習得するために48万円~60万円のスクール代を支払いました。
しかし、実施されたスクールの内容は、経歴詐称(プログラミングの経験が豊富かのように履歴書の年齢・経歴を粉飾する)の方法を教え込む、会社の人材を取引先に売り込む営業の電話かけをさせる、営業の面談を行わせるなど、システムエンジニアにプログラミングの能力を身に着けさせる内容ではなく、いわば被告らの取引先への詐欺行為に加担させ、現場に送り込むまで働かせる内容となっていました。会社からはこの間の賃金は一切支払われませんでした。
そして、原告らは全くプログラミングの能力を身に着けられないまま、被告らの指示の下で実際にシステム開発の現場に送り込まれ就労しましたが、被告らに経歴詐称させられたうえで就労したため、当然現場で求められる知識、技術、経験も水準が高く、仕事ができないことについて他の現場のスタッフから叱責を受けるなどし、派遣元企業からのフォローも一切なく、大きな精神的苦痛を被り、短期間で退職に追い込まれました。
さらに、原告らは退職後、被告らが賃金から厚生年金や保険料を控除していたにもかかわらず、これらの加入手続きを取っていなかったことも判明しました。
原告らは、首都圏青年ユニオンに加入し、何度も交渉や団体交渉での解決を試みましたが、被告らは一切対応しなかったためやむを得ず提訴することになりました。
なお、今回の原告は3名ですが、実際の被告らの上記求人詐欺の被害者は1000人以上います。被告らの詐欺グループはある会社に悪評が立つと、新たなSES詐欺会社(株式会社miifuz、株式会社H &Future等、詳しくはこちらをご参照ください。)を立ち上げては同様の求人詐欺を行うということを繰り返してきたためにこれだけ多くの被害者がいました。
被告らは被害者がスクール代金の返還を求めると、「既にスクール代金返還を求める訴訟で弊社の勝訴判決が出ている」「もし訴訟を起こしたら反訴して弁護士費用も請求するから必ず費用倒れになる」「不当な要求を行う者は刑事告訴をして既に処罰されている」等の虚偽の事実に基づく脅迫を行っていました、多くの被害者が泣き寝入りせざるを得なかった中で立ち上がったのが今回の原告の3名です。
2 第一審判決の内容
第一審判決の争点は、①被告らによるプログラミングスクールの勧誘・締結が詐欺にあたるか②被告らの経歴詐称の指示等の違法な業務命令権の行使による不法行為の成否③損害額の3つでした。
第一審判決の詳細な内容についてはこちらの記事をご参照ください。
簡潔にまとめると、第一審判決は、①未経験者を経験者と偽らせた上で取引先に派遣する行為は詐欺行為であり、②その詐欺行為を実現するために手段かつ詐欺行為そのものである「スクール」も詐欺行為に当たり、③自社の従業員に対して経歴詐称を指示した業務命令は違法なものであると判示しました。
その結果、第一審判決では、①スクール代金全額②被告らの「スクール」を受講していた期間の逸失利益③被告らが天引きした賃金全額④慰謝料⑤弁護士費用が損害として認められ、3名の原告について計約516万円の賠償が認められました。
3 高裁判決の内容と意義
かかる判決が出た後、被告ら(SES企業代表取締役ら)は判決を全部不服として本判決に控訴しました。
被告側が判決に従えば原告側としては控訴するつもりはなかったものの、かかる控訴を受けて原告側も附帯控訴し、賠償額を増額するように求めました。
⑴ 被告側の控訴を全部棄却
被告らは、採用面接時に経歴を盛る事は説明した上で原告らは入社しているのだからプログラミングスクールの勧誘および締結は詐欺ではないし、業務命令も違法なものではないと主張しました。
しかし、この点について、高裁判決は、「本件全証拠によっても、被控訴人らが採用面接の際に、フロンティア等の事業内容(末経験者に経歴詐称をさせることにより、取引先との間で経験を有するITエンジニアとしてSES契約を締結するという詐欺行為を内容とするもの)や経歴を詐称することについての説明を受けたとの事実を認めるに足りない。仮に、被控訴人らが採用面接時にこのような説明を受けていれば、同人らがフロンティアに入社することも、スクールの受講契約を締結することもなかったと認められるから、控訴人らがスクールの受講契約を締結させる行為は、被控訴人らに対する不法行為に該当するというべきであり、このことは、仮に控訴人らが採用面接の際に、「経歴を盛ることになる」程度の説明をしていたとしても変わるところはない。したがって、控訴人らの主張を採用することはできない。なお、控訴人らは、採用マニュアル(甲54) を使用して従業員の採用を行っていたところ、採用マニュアルには経歴等を盛る必要性について記載されていた旨を主張するが、同マニュアルには、経歴や年齢を詐称するという具体的な説明まではなく、経歴を盛る程度の抽象的な記載しかないことからすれば、同マニュアルの記載によっても上記判断は左右されない。」と判示しました。
また、被告らは原告の方のうちの1人は「幹部従業員」であり、自分たちの採用活動にも関与していたことからその原告に対する業務指示は違法なものではないとも主張していました。
しかし、この点について、高裁判決は、「被控訴人は当時大学新卒として入社して数か月の従業員である上、上記説示のとおり、被控訴人は、控訴人らの指示に従わざるを得ない状況に追い込まれていたというべきであり、控訴人らの業務命令は被控訴人の意思に反するものであったというほかないことからすれば、控訴人らの指摘する事情を踏まえても、被控訴人が積極的に控訴人らの詐欺行為に加担していたなどと評価することはできず、控訴人らの主張は採用することができない。」と判示し被告ら の主張を全面的に否定しました。
さらに、高裁判決でも、被告らの運営するSES企業における違法な賃金の天引き(被告らの会社は社会保険料や雇用保険料を天引きしつつ一切納めていませんでした)についても当然被告らに賠償責任が認められました。
この結果、被告らによる控訴は全部棄却されました。
⑵ 原告側の附帯控訴を認容
第一審判決では、こちら側が損害として賠償を求めたもののうち、唯一退職後の逸失利益についてのみ損害として認められませんでした。
そこで、控訴審では新たに「被控訴人は、控訴人らによる一連の不法行為によって再就職するための転職活動を行わなければならず、他の企業において就労する機会を逸失した。そして、被控訴人のSESにおける就労期間が極めて短期間であったことが転職活動に不利に働くことは当然であるから、上記転職活動には少なくとも6か月程度を要するというべきである。」との主張を追加し逸失利益の賠償を求めました。
この点について、高裁判決は、「前記認定のとおり、被控訴人は、控訴人らの指示の下、フロンティアで違法な業務に従事し、控訴人らによる一連の不法行為によって再就職するための転職活動を余儀なくされ、他の企業において就労する機会を逸失したものと認められる。そして、一般に転職に要すると見込まれる期間に加え、被控訴人のSESにおける就労期間が極めて短期間であったことを踏まえると、上記転職活動には少なくとも5か月程度を要するというべきである。また、被控訴人の前職の給与を踏まえると、被控訴人が再就職に要する期間中の逸失利益の単価は、少なくとも被控訴人の主張する月額30万円と認めるのが相当である。」(個人情報保護のため一部改変)と判示し、退職後の逸失利益も損害として認めました。
これは、違法行為を強要されて退職したような事例において転職活動に要した期間について逸失利益が認められるべきであるという内容であり、ブラック企業で勤める労働者にとって大きな追い風ともなるものです。
かかる判断の結果、高裁判決では第一審判決から大幅に賠償額を増額し、被告らに対して計768万円超の賠償(遅延損害金含め847万円超)が命じられました。
3 反社会的SES詐欺グループによる詐欺被害を無くすために
被告らの反社会的SES詐欺グループは、この訴訟以降もかかる詐欺行為・詐欺求人を続けており、既に首都圏青年ユニオンが確認出来ているだけで被害者は600人以上に上っています。このような詐欺SESの存在自体が適正に運営されているSESにまで悪影響を及ぼしています。
本訴訟では、SES詐欺グループのトップ2名に賠償請求対象を絞ったものの、まだまだ沢山の被害者の方々から相談があり、本判決でSES詐欺会社の代表取締役・従業員全員が共同不法行為者として責任を負うことが判示されたため、今後の訴訟においてはこの反社会的SES詐欺グループの所属会社および所属メンバー全員を被告として損害賠償請求訴訟を提起する予定です。
また、本判決によって再度被告らSES詐欺グループの行為というのは詐欺行為に当たることが明示されたため、今後はSES詐欺グループの刑事責任も追及する所存です。
さらに、本件の背景として、求人サイトがこのようなSES詐欺企業の求人広告を安易に掲載してしまうという問題があるため、各求人サイト運営会社に、本判決と共にSES詐欺グループの所属会社および所属メンバー全員の名前を通知して今後かかる企業の求人広告を一切掲載しないように申入れも行います。
なお、被告らの詐欺グループの会社の1社が本訴訟の原告の方の内の一人に対して1億2500万円を請求するスラップ訴訟を起こしましたが、当然かかる請求は全部棄却されました(詳しくはこちらの記事をご参照ください。)。
原告の方は本件の記者会見において「今後同じような被害者を出したくないからこの訴訟を提起した」と語りました。私も本件の担当弁護士として反社会的SES詐欺グループ壊滅に向けて全力を尽くす所存です。
【報道】
本件に関する報道としては以下のものなどがありました。
日経クロステック
(こちらの記事も詳細に取材していただきました。 https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03051/122600001/?i_cid=nbpnxt_sied_blogcard)