大統領選で圧倒的な勝利を収めたトランプ氏。2025年1月20日の第2次トランプ政権の発足を前に、目下アメリカで注目を集めているのが、トランプ政権の人事とその富豪っぷりだ。
大統領選挙を巡っては、選挙期間中からビリオネアたちの動きが注目された選挙でもあった。今回の原稿では、選挙の原動力となった2つのキーワードを取り上げ、大統領選の振り返りと、これからのトランプ政権について考えたい。
前編は「トランプに近づくビリオネアたち」、そして後編は「男らしさ」について取り上げる。
ザッカーバーグは当選確定後にディナー
12月中旬、OpenAIのサム・アルトマンCEOがトランプ大統領就任基金に100万ドル寄付すると報じられた。その数日前にニュースなった、メタ(旧フェイスブック)とアマゾンの各100万ドルの寄付に続く形だ。
最初に寄付が判明したメタのマーク・ザッカーバーグは、トランプ当選確定後、早速フロリダの私邸を訪れ、会談とディナーをしている。
トランプとザッカーバーグのこれまでの関係は決してスムースではなかった。
メタは2021年1月6日の暴動を機に、トランプをフェイスブックから追放した。また、トランプはフェイスブックが表現の自由に対して「検閲」を行っているとし、その「検閲」によって2020年の選挙に「介入した」と批判し続けた。今年発売された著書「Save America」の中でも「もしフェイスブックが2024年の選挙にも介入するなら、ザッカーバーグは生涯投獄されるべき」と書いている。
ただ、二人の関係は最近になって変化を見せていた。ザッカーバーグは、表立ってトランプの支持表明こそしなかったものの、最初の暗殺未遂の後、立ち上がって拳をあげたトランプを「badass(カッコいい)」と称賛していた。なおメタは、2017年のトランプ就任、2021年のバイデン就任の際には寄付を行っていない。
ジェフ・ベゾスとも波乱
アマゾンのジェフ・ベゾスとトランプのこれまでの関係も同様に波乱に満ちている。
前政権時代、トランプは、ベゾスがオーナーを務めるワシントン・ポストを「フェイク・ニュースを流している」と批判してきた。ベゾス側が、トランプの攻撃のせいでアマゾンが政府との契約から不当に外されたと指摘したこともある(2019年12月9日付CNBC)。
しかし12月の大統領選に際して、リベラル紙で知られるワシントン・ポストは、ハリス副大統領への支持表明を見送った。この決断がオーナーであるベゾス自身の意向によるものであると判明すると、これは、トランプが当選した場合にまた目の敵にされないようにというベゾスの防衛策であろうと解釈された。
ベゾスが設立した航空宇宙企業であるBlue Originは、NASAとの大口契約をもっており、将来の有人宇宙飛行を目的とした事業の面で政府の補助を必要とする。イーロン・マスクのSpaceX と競い合ってもいる。
最近では、ベゾスはSNS上でトランプを賞賛する発言をしており、12月4日にNYTが主催したDealBook Summitでは、「自分は(トランプ政権を)非常に楽観的に捉えている。トランプ大統領は規制緩和に非常に前向きに見える。自分に手伝えることがあれば、手伝いたい」と述べた。
アマゾンは、トランプの就任基金に100万ドルを寄付するとともに、就任式の様子をアマゾン・プライムで動画配信する(これは現物寄付とみなされる)。なお、WSJによると、アマゾンは、2017年のトランプ就任式の際には、5万8000ドルの(現金・現物)寄付を行っている。
企業が大統領就任式のために寄付することは合法だし、これまでも普通に行われてきた。たとえば、The Hillによると、2021年のバイデン就任式の際には、ロッキード・マーティンとボーイング(防衛業界を代表する二大企業)がそれぞれ100万ドルずつ寄付している。Uber、Comcast、AT&Tもだ。それ以外に寄付を行った大企業には、ファイザー、バンク・オブ・アメリカ、クアルコム、ペプシコなどがあげられる。前回の大統領選挙があった2021年もテック企業が寄付は行っているが、グーグルが約33万7000ドル、アマゾンが約27万6000ドルと、今回に比べると金額がかなり少ない。
第一次トランプ政権は、グーグルに対する反トラスト法訴訟はじめ、巨大テックに対して強硬姿勢をとり続けた。
最近、司法省反トラスト局長にゲイル・スレーター(JDバンス次期副大統領の政策顧問を務めた人物)を起用するという人事が発表されたが、その際に出したコメントで、トランプは「巨大テックの暴走」について述べている。
次期政権は、規制緩和やAI分野での革新推進などの面においては、テック産業にフレンドリーな政策をとると期待されているが、巨大テックに対する姿勢についてはまだ楽観できないというのが現状だろう。
ビリオネアがもたらした圧倒的寄付
このたびの大統領選において注目されていたことの一つが、ビリオネアたちの役割だ。
アメリカでは、選挙のたびに膨大なお金が動く。ニューヨークタイムス(12月6日付)によれば、今回の選挙のために民主党・共和党が集めた資金を合計すると47億ドルに達するという(民主党側29億ドル、共和党側18億ドル)。
政治とカネの関係自体は新しい話ではないが、今回の選挙ほど少数のビリオネアたちの影響力が取りざたされた選挙は珍しかったのではないかと思う。
また目立っていたビリオネアの多くが、イーロン・マスクやピーター・ティールに代表されるような、シリコンバレーで財を成した新興超富裕層の経営者たちであることも特徴だった。2016年の選挙、2020年の選挙では、彼らの存在感はここまでではなかった。
クリントン政権で厚生長官をつとめたカリフォルニア大学教授のロバート・ライシュの11月7日のX投稿によれば、150のビリオネア一家が、このたびの大統領選のために19億ドルを使ったという(この数字は10月までのものなので、最終的にはもっと多いだろう)。
前述の47億ドルという総額の半分にやや満たない金額を、億万長者たちが出していたということだ。でも、それより驚くべきなのは、この金額が彼らの富のたった0.07%でしかないという部分だ。
10月30日にフォーブズに掲載された記事が、ビリオネアたちが両陣営にどのくらい献金しているかを分析していて興味深かった。
どちらの候補者を支持したビリオネアが多かったかというと、ハリス支持が81人、トランプ支持が52人と前者の方が多い。ただし、どちらが少数のビリオネアに「依存」していたかは別の問題だ。
FTの分析によると、トランプ側の選挙資金のおよそ3分の1がビリオネアからの献金であったのに対し、ハリス側の選挙資金のうちビリオネアからの献金は全体の6%に過ぎないということだった。10月18日のニューヨーカーの記事「How Republican Billionaires Learned to Love Trump Again(共和党のビリオネアはどのようにトランプを再び愛するようになったのか)」も、同様に、ビリオネアへのトランプの極端な依存を指摘している。
ビリオネア内閣の顔ぶれは?
これらのビリオネア(大企業の経営者もいれば、代々続く富裕一族もいる)たちは、常にトランプを支持してきたのか?
そうではない。彼らの多くは2021年1月6日の議事堂襲撃の後、トランプを批判していた。例えば、世界最大のプライベート・エクイティ・ファーム Blackstone Group のスティーブン・シュワルツマンCEO、ヘッジファンドPershing Squareのビル・アックマン、同じくヘッジファンドCitadelのケン・グリフィンなどは、当時トランプを表立って非難していた。それが、選挙が近づくにつれて発言を軟化させ、トランプへの支持を表明するように変化していった。
そして、トランプの新政権は「Billionaire Cabinet(ビリオネア政権)」と呼ばれるほどに、ビリオネアぞろいになりそうだ。
筆頭はもちろんイーロン・マスク(Forbesによる資産額:4368億ドル、12月29日時点)だ。
マスクは、トランプ・キャンペーンのために2億5000億ドル以上の献金をしたと報じられている。マスクには政府での経験はないが、トランプが新たに創設するDOGE(Department of Government Efficiency)で、政府の効率化を図るべくリーダーシップをとり、大統領にアドバイスする役を命ぜられた。
駐英大使に指名されたウォーレン・スティーブンスは、アーカンソーの投資会社の経営者で、トランプの有力スポンサーだ(Forbesによる資産額:34億ドル)。
教育省長官に指名されたリンダ・マクマホンは、プロレス団体WWEの元CEO。America First Policy Instituteというシンクタンクを通じて、トランプのために何ミリオンもを集めた功績がある (Forbes によると推定30億ドルの資産を持つ夫と結婚している)。
NASA長官に指名されたジャレッド・アイザックマンは、決算処理会社Shift4 PaymentsのCEOで、やはり大富豪だ。政府で仕事をしたことはない。マスクと近く、SpaceXに自らの会社を通して投資しているほか、これまでの2つの宇宙ミッションに個人資産も投じてきた。当然ながらこの指名で、NASAの政策や契約に関してSpaceXを優遇するのでは?という懸念を生んでいる(Forbesによる資産額: 18億ドル)。
商務長官に指名されたハワード・ラトニックは、ニューヨークの投資銀行カンター・フィッツジェラルドのCEOで、トランプ陣営のための資金集めで大活躍した。政権移行チームの共同議長でもある。2001年、ワールド・トレード・センターにあった彼の会社は、テロで658人の従業員を失ったことで世界中から注目を浴びた。ラトニック自身はユダヤ系で、トランプが選挙前にマディソン・スクエア・ガーデンで行った集会の際には、「We Must Crush Jihad(ジハードをぶっ潰さなくてはならない)」と叫んでいた。(Forbesによる資産額:15億ドル).
ヴィヴェック・ラマスワミは、製薬企業のロイバント・サイエンシズの創業者。2024年大統領選に立候補したが、予備選中に撤退した。ハーバード大学卒業後、イエール大学ロースクールに進学し、JDバンスとは在学中に親しくなった。大学時代からリバタリアン思想に傾倒しており、ESG投資への批判でも知られる(Forbesによる資産額:10億ドル)。マスクと共にDOGEを率いることを命じられている。起業家で、営利企業経営の経験しかないマスクとラマスワミがどのように「政府の効率化」を図るつもりなのか、既に懸念をもって見られている。
12月1日のニューヨーク・マガジンのレポートによれば、トランプが政権に任命した候補者たちの純資産を合計すると3400億ドルであるということだった。
でもこの記事が出た後さらに数人のビリオネアを任命しているので、最終的な数字はもっと高くなりそうだ。歴史学者たちは、これは、アメリカ史上前例のない「金持ち政権」になるだろうと述べている。
前例のない「利益相反」の可能性も
トランプがこれまで重要な役職に指名した90人以上の人々についてCNNが調べたところによると、そのうち30人以上が、トランプ・キャンペーン、あるいはトランプを支援する外部グループに献金をしていた。
トランプは「Transactional(取引主義)」な人物であり、そのことを隠そうともしていない。彼にとってはすべては駆け引き、「ディール」だ。なので献金する側もトランプに献金する時点で、何らかの具体的なリターンに対する期待をもっており、そこに明確な(あるいは暗黙の)取引があったと考えるのが自然だろう。
今のところ最大の勝者はイーロン・マスクだ。12月10日のブルームバーグの報道によれば、トランプの当選以来、約1カ月でマスクの資産は77%激増し、今やマスクは世界で初めて個人資産額が4000億ドルに達した人物となったという。
SpaceXの評価額がはねあがっていることが一つの理由だが、この背景にはつまり、トランプとの関係でマスクの経営する企業が優遇されるであろうという期待があるからだ。
11月7日付のWSJの記事「トランプに賭けたイーロン・マスクの大勝利」によると、SpaceXはこの10年で政府と150億ドル以上の契約をしている。これ以外にもマスクの事業は、政府との関係が深い。テスラはバイデン政権のIRA法で恩恵を受けているし、マスクが一番やりたい火星有人探査は、政府の関与なくしては実現不可能だ。自動運転車に対する許認可が下りるかどうかも、政府の決定にかかっており、それ次第でテスラの将来に大きく関わる。
政府とそのような関係にあるビジネスマンが、政府の内側に入って仕事をすること、しかも政府の規模を大幅縮小する「政府効率化省(DOGE)」を担うということは、アメリカ政府の最上層部における前例のない利益相反となる可能性がある。
この立場を利用してマスクは、自分のビジネスに都合のいい規制緩和を大統領に勧めたり、国内ライバルや中国企業を抑えつけるような政策も可能にできるかもしれない。
トランプ当選以来、マスクはトランプのそばを離れず、まるで副大統領であるかのようにふるまっている。First Lady ならぬ、First Buddy という呼び名も定着しつつあるし、さらに「President-elect Musk」(次期大統領マスク)とまでいう人たちも増えてきた。真の実権を握っているのは、トランプではなく、マスクだと。
それと同時に「マスクを選挙で選んだ覚えはない」という声もよく聞かれるようになっており、今後彼に対する風当たりは強くなるだろうと思われる。
マスク以外で、トランプ勝利によって経済的に大きなリターンを得ているのが、クリプト(暗号資産)業界だ。
トランプは以前、クリプトに懐疑的な発言をよくしていたのだが、ある時から一転した(それ自体は、トランプにしばしばあることだが)。2024年7月には、テネシー州ナッシュビルで開催された暗号資産カンファレンス「ビットコイン2024」にわざわざ登壇し、「アメリカを暗号資産の首都に」と述べるほどになった。トランプ当選以降、ビットコインが高騰しているのは、そのせいだ。
トランプの転向の裏には、前述のハワード・ラトニック(商務長官候補)の影響があるのではといわれている。ラトニックの経営する投資銀行キャンター・フィッツジェラルドは、ビットコイン融資事業を手がけているからだ。また、財務長官に指名された投資会社キースクエア・グループの創設者兼CEOスコット・ベッセントもビットコイン肯定派として知られる。
トランプとトランプの息子たちも、World Liberty Financialというプラットフォームを通じてクリプト・ビジネスに参入しており、トランプには、Chief Crypto Advocateという肩書がついている。これまた、利益相反の匂いがする話だ。
億万長者たちが究極的に欲しいもの
トランプを取り巻くビリオネアたちは、彼を通して何を得たいのか──。マスクが得ているような大統領への直接的なアクセス、政治的パワー、経済的利益(そこには税金の問題、規制緩和により有利な立場を得たいということなども入る)がもちろんあるだろうが、それだけなのだろうか?
この点に関して、Atlanticの「What the Broligarchs Want From Trump」という記事は興味深かった。トランプをとりまくBroligarchたちが究極的に求めているのは、国民国家体制というシステムそのものを弱体化させること、しかもそれをグローバルにやることなのだ、というのがこの記事の結論である。
マスクはじめテック大富豪たちは、できることなら宇宙のスペースすらも私有化したいと望んでいる。彼らの世界観においては、政府の介入は少なければ少ないほど良い。というか、社会は政治家や官僚によって管理されるべきではなく、私企業のように経営されるのが理想であると考えている。
ピーター・ティール、サム・アルトマン、マーク・アンドリーセンはすでに、ホンデュラス沖の島でProspera(プロスペラ)という「リバタリアン・コロニー」のために投資し、政府ではなく投資家たちが管理するコミュニティを作ろうとしている。
彼らが政府を不要と思う根底には、世の中の問題をより効率的に解決できるのは、政治家や官僚ではなく、自分たちのように起業家・経営者として大成功した頭のいい人間たちだ、という自信が垣間見える。
このアトランティックの記事も、超富裕層の間には「ある一定の選ばれし人々は、法に縛られないべきである」という考えがあると指摘する。社会からの束縛、その社会に対する義務のいっさいを拒否する姿勢が、これらの人々に共通しているというのだ。元はと言えばその社会が自分を育て、豊かにしてくれたにもかかわらず。
政府を弱体化させることがBroligarchたちの最終的な狙いであり、そのためにはトランプが好都合なので支持した……という見方には、説得力がある。
トランプにはそもそもイデオロギーはない。何らかの政治哲学に基づいて政策を決めるわけではないし、そもそも保守的な価値観を信じてすらいない(彼自身の人生を見ればわかる)。政府の存在意義、公的サービスの意味についても、特に考えはないだろう。弱者の救済に積極的でもないし、アメリカの道義的責任に対する思い入れもない。
そういう観点に立ってトランプの人事を見てみると、たしかに辻褄が合う。トランプはそれぞれの省庁を最も手っ取り早く弱体化させ、省庁への信頼を傷つけられる人物をわざと選んでいる。だから、役職に不適格で、問題が多い人物であればあるほど望ましいのだ。
編集部より:イーロン・マスク氏の献金額を訂正しました。2024年12月2031日22: 35