卑弥呼も見た夜空? 吉野ケ里の石棺墓の×印に新説「これは星図」
吉野ケ里遺跡(佐賀県)から出土した邪馬台国の時代の石棺墓には、多数の「×」などの線が刻まれていた。その意味は今も謎だが、天文の研究者が当時の星空を表しているとの説を提唱した。星空の形から古代中国とのつながりが見えてくる可能性もあるという。
石棺墓は2023年春、これまで手つかずだった「謎のエリア」と呼ばれる区画から発見された。内寸は幅約40センチ、長さ181センチ。邪馬台国の卑弥呼が生きた西暦200年前後のものとされ、埋葬されたのは卑弥呼かも――などと話題を呼んだが、人骨や副葬品などは見つかっていない。
一方、棺の石ぶたなど4枚の石に刻まれた「十」「×」「キ」などの大量の線刻の意味も謎として残っている。
今回、星空説を提唱したのは、考古天文学会議(代表=北條芳隆・東海大教授)のメンバーで、国立天文台天文情報センター専門研究職員の高田裕行さんだ。
奇妙な線刻が導く「西暦214年6月30日の天体現象」 中国とのつながりも
高田さんは、「夏の夜空の天の川や星座を写したものではないか」と考え、過去の星空を描くコンピューターのシミュレーションで、線刻を当時の星空と比較した。この結果、最も明るい1等星のこと座のベガやはくちょう座のデネブ、わし座のアルタイルの位置と大きな「×」の位置が一致したという。
小さな「×」は2等星や3等星、「キ」は暗い星の集中部、縦線と横線が密集し「田」を重ねたような線刻は、大規模な星雲状の銀河中心領域と解釈できるという。
線刻のなかでも目立つ「△」とそこから伸びる長い直線は、さらなる謎だった。高田さんはシミュレーションを繰り返すなかで、ある天体現象に行き着いた。西暦214年6月30日夜、1等星のスピカと火星、木星、土星が直線上に等間隔で近接し、その近くに三日月状の月もあるという極めてまれな「天体会合」だ。「△」の位置は、天体会合の位置と一致したという。
高田さんは、線刻の「△」は舟の形で、長い1本線は「天の北極」に向かって伸びていると指摘した。
古代中国の北辰北斗(ほくしんほくと)信仰では、天の北極は死者の魂が抱かれるとして重視されたという。高田さんは「葬られた死者を船で北へ送るような連想が成り立つ」と推測する。当時、中国文化圏の影響を受けた元図があった可能性も指摘した。
同会議メンバーで、専修大の田中禎昭教授(日本古代史)は、この高田さんが注目した天体現象を文献史料から検証した。この時の天体会合は、南朝の宋(420~479)の時代に編纂(へんさん)された後漢書の記述にもある。同書の天文占いは、天の北極近くの星座に挟まれた位置で起きた会合を王朝交代の兆しとみなし、後漢の滅亡と魏の成立を天が示したと意味づけていると指摘する。
ただ、後漢書には213年のこととして記述されている。同年は魏の曹操が、魏公となった年。曹操を天が祝福した偉大な天文現象の記録として、「後漢書の編纂段階で1年前にずらし、記述に組み込んだのではないか」と田中教授はみる。
天体会合に注目した高田説は、昨年12月、佐賀県で開かれたシンポジウムで公表された。高田さんは今後、線刻と天体がどれくらい一致しているかなど統計的な検証を進めるという。
同会議代表の北條教授は、実際に起こった天体現象と中国の星座観との関係を具体的に解き明かしている、と評価する。
その上で、各地の遺跡や古墳の線刻も、天文図として検証できる手法ができた、とした。「今後の考察では、非常に有力視してもいい仮説の一つになるだろう」という。
北條教授は付近で天体会合が起きた星座について、司馬遷の史記にも記述があることをあげる。天の北極を中心にした星座観を、中国では文字、無文字社会の日本では線刻で残したと仮定するならば、「より中国に近い韓国では、どうなのか。具体的に調査場所などを絞り込んで追究することも考えたい」と述べる。
佐賀県内の瀬ノ尾遺跡でも「×」の線刻が残る石ぶたが見つかっており、同会議はこの石ぶたも、同じ視点から検証している。
一方で、これまで「×」で星を表現した先例は確認されていない。「鳥を示した」「呪術的なシンボルとして刻んだ」との説も提起されている。
現在確認されている本格的な天文図は、7世紀末から8世紀初頭とされるキトラ古墳(奈良県)の天井に描かれた壁画が東アジア最古とされ、同時代の高松塚古墳(同)や、文献などに残る中国・朝鮮半島の天文図も、星を丸で表現している。星を描いた可能性が指摘される福岡県の王塚古墳の壁画も丸を使っている。
考古天文学会議には考古学や天文学、文献史学の研究者らが参加している。吉野ケ里遺跡では、建物の配置と月や太陽の季節ごとの出入りの関係などを研究し、天体運行との密接な関係にあることを明らかにしてきた。
これまでの調査で、政治や祭祀(さいし)の場とされる遺跡の建物配置が、満月の出現方向と一致することなどを突き止めた。満月をあがめるなど、暦づくりに関連した施設だったと考えられるという。
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