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Science Report
サイエンス リポート

日本の5Gは本当に周回遅れなのか

文/津田 建二
2020.07.01
日本の5Gは本当に周回遅れなのか

「日本の5G商用サービスは周回遅れ」5Gになると極めて高速になり2時間の映画をわずか3秒でダウンロードできる」いずれもよく言われる言葉だがいずれも正しくない5Gの商用サービスは始まったばかりでありむしろ日本は先行した韓国・アメリカと違い他の国と歩調を合わせて商用化を始めている加えてダウンリンク20Gbpsのデータ速度よりもまだケタ違いに遅いこの連載では5Gの正確な姿をあぶりだしそこに含まれる問題は何であるかを整理する連載第1回では5Gの現状を伝え2回ではなぜ誤解を受けているのかその背景と進化のロードマップ3回では第2世代の5Gと言われるミリ波技術と6Gについて紹介する

2018年のソウル冬季オリンピックに合わせ5Gサービスをスタートさせると韓国は意気込んでいたが結局20194月の開始となった韓国に負けまいとしてアメリカやヨーロッパ(スイス)でもほぼ同時期に5Gのサービスを始めた日本ではこれらの国と比べて少し遅れ20203月にNTTドコモKDDIソフトバンクがサービスを始めた楽天は6月に始める予定だ

5Gになると2時間の映画をわずか3秒でダウンロードできる」と新聞やメディアが報じているが5Gサービスが始まって1年以上経つのに未だに実現できていないなぜこんなギャップができたのか無理に5Gとは何かという言葉を表現するからだそもそも2時間映画を3秒でダウンロードできるからといってそれが何なの?と言いたくなるそれが5Gならインパクトはほとんどない

誰もがスマホで写真や動画をアップする時代

5Gのダウンリンクの目標値を20Gbpsとした狙いは大勢での同時使用によるデータ速度の遅延解消であるというのがNTTドコモをはじめとする通信業者の考えだ個人使用の高速化ではないこのため5Gサービスは2019年から始まったものの2020年でもモバイル加入者はまだわずかしかいない(図1

[図15Gの立ち上がりは始まったばかり普及はこれから
出典:Ericsson Mobility Report
5Gの立ち上がりは始まったばかり、普及はこれから

2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されるはずだった新型コロナウイルスの感染拡大(パンデミック)によって1年延期されることになったがオリンピック・パラリンピックのように人が大勢集まるイベントでは最近はほぼすべての観客が面白いシーンをスマホやタブレットなどで撮影しインターネットにアップする(図2このためアップリンクの最大のデータ速度の目標を10Gbpsと定めたさもないとみんなが一斉にアップしたりダウンロードしたりするとたちどころに遅くなりひどい場合には接続されなくなってしまうからだ例えば1Gbpsでも100人が回線を占有したら一人当たり10Mbpsしかないだから東京五輪に合わせて5Gをスタートさせようとしたのである

[図25G4Gよりは速いが目標の10Gbpsよりはずっと遅い 図はピーク時のデータ速度で平均速度はこれらの1/3~1/7に遅くなる
出典:Ericsson Mobility Report 20206月版
5Gは4Gよりは速いが目標の10Gbpsよりはずっと遅い 図はピーク時のデータ速度で、平均速度はこれらの1/3~1/7に遅くなる

ただし8月に開催される予定では現在の5Gはデータレートがまだ200400Gbps程度しかないためWi-Fiも組み合わせる方式を予定していた現在のサブ6GHzの周波数帯(日本は3.7GHz4.5GHzが中心の通信では1Gbpsさえ実現は難しい

データ速度・遅延・多接続が5G

5Gになるとこのデータ速度が改善されるだけではないさらに2つのことも大きく変わると言われている一つは基地局と携帯電話の間でやり取りする遅延時間が数ms以内というリアルタイムな応答性もう一つはこれまでの携帯電話だけではなくIoTに象徴されるような様々な電子機器がつながりそれにも対応することである

最初の仕様データ速度に関して言えば現状の5Gサービスはせいぜい200 Mbps400 Mbpsに留まっているこれでも4Gの平均速度と比べると十分速いしかし目標値の20Gbps1/100の速度しかないのであるこれで5Gと言えるのかこの質問を世界的な通信機器メーカーにぶつけてみた仕様を決める3GPPThe Third Generation Partnership Projectという欧州の団体が世界中の通信機器メーカーや通信業者と取り決めして決めた目標値に達しなくても5Gに使う周波数とその帯域を決めた仕様であれば5Gと呼んでもよいそうだ

世界で最初に韓国で始まった5G携帯は3.5GHzの周波数で100MHz帯域を使うこれでは目標の1/101Gbpsでさえ実現できないこういった状況なのになぜ日本が遅れていると言えるのだろうか日本でも周波数3.7GHz4.5GHz28GHzが割り当てられている(図328GHzは少し先だが3.7GHzでも4.5GHzでも6GHzより低い周波数はサブ6GHzと呼ばれ4Gセルラーの延長線上にあるだけにとどまっているのだこれでも5Gと言われているが人によっては「なんちゃって5Gと呼ぶ人もいる

[図3]日本の5G周波数割り当ては3種類の周波数帯
出典:Rohde&Schwarz
日本の5G周波数割り当ては3種類の周波数帯

これから紹介していくが5G2020年から10年間にわたり進化を続け最終的に20Gbps/10Gbpsに到達するシナリオになっているこのように何段階にも渡って5Gが進化することを考えると現段階で一飛びに5Gの次は6Gと考えるのは全くナンセンスである2世代の5G開始を睨み通信業者は第2世代の5Gともいうべきミリ波技術の研究開発に力を入れている

今の28GHzは固定通信サービス

どの国の5Gサービスでも10Gbpsというような超高速のデータ速度は得られていないつまり今の段階ではどこが進んでいるとか遅れているとかはまだ言えないレベルなのだ韓国は3.5GHzに加え28GHzの周波数も割り当てられているしかし28GHz帯はまだ商用化されていないにもかかわらずアメリカでは28GHz周波数の5GサービスをVerizon(ベライゾン)が始めて1年経つこう聞くとアメリカの方が進んでいるのかと誤解されてしまうかもしれないしかしこれも実は28GHzといっても携帯電話ではなく固定電話向けのサービスなのである

5Gは携帯電話の通信規格のはずなのに5Gで固定電話とは何であろうか実はアメリカでは光ファイバを敷くのに土を掘りおこす工事が必要になりコストがかかってしまう日本ではそこら中に電柱があり美観よりも便利さを優先してきたこのため光ファイバは電柱に配線されている地中よりははるかにコストが安いヨーロッパの方がもっと美観にうるさいこのためヨーロッパではほとんど光ファイバが家庭まで来ていないアメリカのインターネットは普及していたケーブルテレビの配線を使うことが多かった

日本はカラオケ業者が光ファイバを電柱に張り巡らせてコストを安くする試みから始まったため比較的安いコストで家庭まで光ファイバが配線されたやや脱線してしまったがこの光ファイバがアメリカでも家庭に来ていなかったためにラストワンマイル問題(幹線から家庭やオフィスまでの末端に光ファイバを配線するとコストがかかるという問題)5Gを利用したのである

後の連載で紹介するが28GHzというミリ波に近い周波数だと電磁波は360度放射状に出るのではなく指向性を持つようになる電磁波の性質から周波数を高くすればするほどデータ速度も速くなるが指向性を持つようになると共に距離も遠くまで飛ばなくなるだから幹線の基地局からまっすぐに家に向けて電磁波を通し固定回線として利用するのである

中国でも始まったが4Gと共存

韓国とアメリカが5Gで先陣を切ったが他の国はどうか中国では201911月から5Gサービスを始めた中国移動中国聨通中国電信の3大通信オペレータが中国全土をカバーしている参考資料1中国では5G基地局で使用する通信機器の内57%が華為技術29%ZTEというからEricsson(エリクソン)Nokia(ノキア)Samsung(サムスン)などの外国勢はわずか14%しかない国産品を愛用するという中国国民性の文化的な背景もある

周波数帯は2.6GHz3.5GHz4.8GHzの三つが割り当てられている(表1これらの周波数を見る限り10Gbpsという高速のデータ速度からはほど遠いやはり「なんちゃって5Gなのである中国は都市集中型の人口構成の国だ一つの都市に人口が数百万人という街が極めて多数あるこのため基地局を構成するには都市部から始めていく

[表1]中国の周波数割り当て
出典:情報通信総合研究所 (参考資料1)
https://www.icr.co.jp/newsletter/wtr364-20190815-machida.html
日本の5G周波数割り当ては3種類の周波数帯

202041日付けの人民日報によると中国工業情報省(工情省)3315Gの基地局数が年内に全国で60万カ所を超えるとの見通しを明らかにした2月末時点の基地局数は164,000カ所326日までに中国で発売された5G対応の携帯電話は76種類で累計出荷量は2,600万台を超えた」と報じている5Gのインフラ投資はコロナウイルスパンデミックが収まった先には経済を回復させる大きな原動力になるとの見方が中国では強い

ヨーロッパの先頭はスイス

ヨーロッパでは20194月にスイスの通信業者Swisscom(スイスコム)5Gサービスを開始した周波数は3.5GHzバーゼルやジュネーブなど54の都市と102カ所で5Gサービスを始めている(図438400万スイスフラン(約420億円)でスイス当局からオークションでそのサービス権利を購入した日本では必要な周波数は基本的に許認可制であり届けて許認可を通過さえすれば費用はほとんどかからないが欧州では周波数の割り当てはオークションで手に入れるため1000億円単位の費用を当局に支払うのが通例だかつてNTTドコモが世界的にリードした2Gの時に日本はずるいという欧州通信業者の声があった

[図4]スイスは人口の90%が都市に住むため都市をカバーするだけですでに人口の90%をカバーしているという
出典:Swisscom
スイスは人口の90%が都市に住むため都市をカバーするだけで、すでに人口の90%をカバーしているという

今はイギリスを含め5Gのオークションを始める段階に来たところに新型コロナウイルスの感染が広まりオークションが延び延びになっている参考資料2また新型コロナは5Gを媒介して感染が広まるというデマ(完全なウソの作り話)が広まり実際に基地局が燃やされるという事件が起きたこのためヨーロッパ全体での5Gのスタートは遅れつつある

二度とガラパゴス化したくない

マスコミやIT関係のメディアに日本は周回遅れとたたかれてもそれらの記事が正しい5Gの姿を伝えていないためNTTドコモやKDDIソフトバンクなどの通信業者はマイペースで開発を進めていた技術的に遅れている訳ではないむしろ意図的に少し遅らせた可能性さえあるなぜか

かつて2Gと言われた携帯電話がアナログ方式からデジタル方式に変わった時のことだ日本はTDC方式ヨーロッパはGSM方式アメリカはD-AMPS方式とそれぞれが呼ぶ各地区の方式で進めていったただしヨーロッパのGSM方式はヨーロッパ以外のアジアや212カ国で採用され事実上のスタンダードとなった

技術的には日本のTDC方式は進んでいたと言われていたが世界の通信業者は日本独自の方式を採用せず欧州の通信業者と通信機器メーカーが何度も話し合いをしながら決めたGSM方式を採用したこのため日本は自嘲気味に自分を「ガラパゴス化」したと表現した1990年代の終わりころの話しである

つまり世界の企業は標準化をみんなで決める規格だと認識するようになっていたそれまでは強い企業が先行し他の企業が付いていかざるを得ない状況を作り出し「標準化すること=勝ち組」と思い込んでいたかつてのVTRVHS方式やパソコンではWintelと呼ばれた方式がデファクトスタンダード(事実上の標準化)となり勝者となったからだ

ところが携帯電話の世界ではデファクトスタンダードは存在しない2Gまでは日本アメリカヨーロッパで規格が乱立したが3G以降は世界で規格を揃えようという動きに変わった携帯電話を使う消費者にとっても外国旅行に自分の電話が使えなければ不便だだから3G以降ではヨーロッパの通信業者の集まりであるGSMAが主催して標準化案を作りまとめ仕上げるようになった

ちなみに毎年2月スペインのバルセロナで開催されるMWC(モバイル・ワールド・コングレス)つい10数年前までGSM World Congressと呼ばれていたNTTドコモはもう二度とガラパゴス化しないと心に誓い世界の通信業者と歩調を合わせながら規格を決めていくように変わっただから5Gでも欧州と歩調を合わせて通信方式を合わせていく

[図5NTTドコモはエリクソンと共にすでに14.7Gbpsの実験済み
筆者撮影
NTTドコモはエリクソンと共にすでに14.7Gbpsの実験済み

技術だけならNTTドコモは2016年のバルセロナで開催されたMWC5Gの実験デモとしてエリクソンと共同で14.7Gbpsの高速データ速度のデモを見せていた(図5その後もNTTドコモは通信機器メーカーのノキアソフトウエアベースの計測器メーカーのNational Instruments(ナショナルインスツルメンツ)と共同で5Gの実証実験も行っておりガラパゴスにならない状態でいつでもスタンバイしている状態だったつまり決して遅れていたわけではなかった

特許争いは混とんと

ただし5Gの特許ではアメリカと中国が特許の件数が多いもののその質に関してはやはりヨーロッパやアメリカのものが高いQualcomm(クアルコム)Intel(インテル)は重要な基本特許を押さえることに長けており中国の5G特許はクロスライセンスを狙った大量の特許でアメリカの特許と相殺しようというもののようだ5Gのスマホ向けの特許ではクアルコムが強く同社は3Gで基本特許を支配できたがLTEでは抑えられなかったしかしLTEの特許の数はクアルコムが最も多いクアルコムの特許は変調方式の特許が多いため5GLTEと同様OFDM変調を基本とするため基本特許にはならないだろう

5Gのシステムとしては前述したように2030年までに目標値に向けて進化していくため基本的なハードウエアプラットフォームを構成した後はソフトウェアを使って進化に対応していくことになるだろうソフトウェアは仕様が流動的で素早く変化に対応する時代に適した技術であり仕様が進化していく時代ではハードウエアで固めてしまわない方がよいハードウエアを製品化するためには34年かかるからだ変化の速い時代にはハードウエアをほとんど変えずにソフトウェアを変更するだけで済むようにしていればビジネス機会を失うことがなくなる

5Gのシステムは基地局でもスマホでも共にハードウエアとソフトウェアからできておりハードは頻繁に変えなくてもソフトを更新することで機能をアップできる5Gのシステムはコンピュータシステムだからである後述するIoT専用のセルラーネットワークであるNB-IoTCat-M1などの仕様は基地局のソフトウェアを書き換えるだけで対応できるようになっている

世界の状況を見ている限り5Gはこれから始まる段階でありこれから進化していくサービスと言える現在はサブ6GHzを使った「なんちゃって5Gのレベルにすぎない今後はサブ6GHzをコアにしてミリ波のスモールセルと混ぜながら5Gの目標値を目指していく2030年には初期の目標をクリアできると期待されており今は「日本が遅れている」という指摘は当たらない日本はNTTドコモが気にすることだが先行して誰も付いていかないガラパゴス化を避けるように世界の通信業界を見ながら一緒に進めていくことになる

連載第2回では5Gの遅延と多接続について解説しこれからの「本当の5Gに向けたロードマップを紹介していく3回では5Gに使われるテクノロジーに関して説明し5Gを開発できなければ6G開発は無理であることを紹介していく

[第2回へ続く]

[ 参考資料 ]

1. 町田和久「中国の5Gライセンス発給に見るマーケットの行方~放送系「第4のキャリア」に勝算は?」InfoComニューズレター2019/8/15
https://www.icr.co.jp/newsletter/wtr364-20190815-machida.html
2. Huawei says European 5G delays certain; countries postpone spectrum auctions
https://www.fiercewireless.com/5g/huawei-says-european-5g-delays-certain-countries-postpone-spectrum-auctions
Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト技術アナリスト

現在英文・和文のフリー技術ジャーナリスト

30数年間半導体産業を取材してきた経験を生かしブログnewsandchips.comや分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしているセミコンポータルwww.semiconportal.com編集長を務めながらマイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍

半導体デバイスの開発等に従事後日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者にその後「日経マイクロデバイス」英文誌Nikkei Electronics AsiaElectronic Business JapanDesign News JapanSemiconductor International日本版」を相次いで創刊20076月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立著書に「メガトレンド 半導体2014-2025(日経BP社刊)「知らなきゃヤバイ! 半導体この成長産業を手放すな」「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011(インプレス刊)などがある

URLhttp://newsandchips.com/

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