「大雑把やけどこんな感じでええか? 聞きたいことあったら遠慮せんでええで」
先頭を歩いていたロキがそう言いながら振り返った。
言葉をかけられたベルはやや放心気味ですぐに返事することができなかった。
というのも、現在ベルは改宗を終えてロキ直々に本拠『黄昏の館』の案内を受けていたところだった。
日当たりの良い庭に広々とした食堂。
身を清める浴場に男女別れた塔。
細々と紹介するには1日では足りないくらいの広さがあった。
それが一つのファミリアの所有地ともなれば、言わずとも圧倒される。
それに加え、本拠を案内してもらう途中で何人もの【ロキ・ファミリア】の団員とすれ違い、その度にロキに紹介してもらう形で何度も自己紹介をした。
受け入れてもらえるか不安だったベルの思いとは裏腹に全員が快く受け入れてくれた。
広すぎる本拠を前に唖然とした感情と、受け入れてもらえた喜びの感情が混じり合い……そして冒頭へ戻る。
移ろう感情に戸惑いながらもゆっくりと気持ちを消化していき、そうしてロキと向き合うことができた。
ベルはゆっくりと被りを振る。
「……特に今はありません。ありがとうございましたロキ様」
「ん。まあ細かいことはこれから生活していくうちにわかってくるやろ。それでもわからんことあったら聞きにおいで」
「はい」
「ん〜、それじゃあ一通り案内も終わったことやしベルたん…………ダンジョン、行ってみたない?」
「っ⁉︎」
ロキがニヤリと笑みを浮かべながらそう口にする。
当然、行ってみたいベルは目を見開きながらも隠しきれない笑みが浮かんでいた。
特に先ほどランクアップしたばかりだ。
どれほど変わったのか、実は試したくてうずうずしていたところだった。
「ダンジョン! 行っていいんですか⁉︎」
「もちろんや。ただダンジョン行く前にうちと約束して欲しいことがある」
「約束ですか?」
「せや。まずは今日潜っていいのは5階層までや」
「5階層、ですか? でも──」
と、続けようとしたベルの言葉を「言いたいことはわかる」とロキが遮り、続ける。
「ベルたんのレベルなら『迷宮の孤王』、ゴライアスにさえ挑まんかったら中層域も余裕で潜れる」
中層の適正レベルは2。
単独行動が可能とされているレベルは3以上。
ベルの驚異的なステイタスを鑑みればランクアップしたばかりでも単独探索は可能だろう。
それをベルもわかっているからロキに意を唱えようとしたのだが、ダンジョンはレベルだけで判断できるほど簡単な場所ではない。
知識として学んでいるベルよりも、実際にファミリアの主神としてダンジョンの最前線に挑む子供達を見てきたロキだからこそ、それを知っている。
故に、ベルの思いを理解して尚止めるのだ。
「ベルたんがうちに入るって言ってくれた時は、うちに残ってる子にダンジョンへ連れて行ってもらおうか思ってた。でもベルたんのステイタス見た後やと力不足や。ベルたんダンジョン行って暴れたいやろ?」
「はい!」
ベルが戦闘狂、というわけではない。
レベルが上がった冒険者は大なり小なり試したくなるものだ。
それが冒険者の性でもある。
だからこそロキはベルの心情を汲み取った上で許可を出せるラインを定めたのだ。
「5階層まで言うたんわ保険のためや。ベルたん、12階層まで行ってとどまれる自信あるか?」
「うっ……」
ロキに痛いところを突かれ、思わず呻き声が漏れてしまう。
弱いモンスターと戦い、上層の果てにたどり着いたベルが中層の誘惑に勝てるだろうか?
想像するまでもなかった。
無理である。
ちょっとくらいなら、1階層だけならと踏み込むに決まっている。
ベルの反応からやっぱりなとロキは笑った。
「5階層ならイレギュラーが起きても捜索しやすいし、ベルたんのステイタスなら自力で戻ってこられる可能性も高い。初めてのダンジョンに馴染むと言う意味でもちょうどええ階層なんや。諸々考えた結果、この条件なんやけど……約束できるか?」
約束できないならダンジョンに向かわせない。
そう、ロキの瞳は語っていた。
ならば考えるまでもない。
ここで駄々を捏ねてダンジョンに行けなくなったら元も子もないのだから。
「はい! 約束します!」
ベルの元気の良い返事に嘘はないとロキは微笑み頷いた。
「よし! ならまずはギルドに行って冒険者登録してこよか。ベルたんも早くダンジョン行きたいやろ?」
「行きたくてうずうずしてます!」
「やろうな。今にも飛び出しそうやもん。うちがリード握ってるからええけど」
「っ! 僕は犬じゃありません!」
「ベルたんは犬というより兎やろ。白くてちんまりしてるし」
「兎でもありません! もうっ、ロキ様は意地悪です!」
ロキの言動に我慢ならないとばかりに部屋を出る。
別に本気で怒っているわけではない。
あのままあそこにいてはロキが満足するまで揶揄われると思ったから脱出したに過ぎなかった。
ロキもわかっているようで、「待ってぇな!」と情けない声を上げつつも笑みを浮かべてベルを追いかけてきた。
門番を務めるポールにギルドへ行く旨をロキが伝え、2人は並んで歩き出す。
大通りはすでに人で賑わっており、時折人を避けながらギルドへ続く道を歩いていく。
ベルが通り過ぎる度に視線が吸い寄せられるかの如く集まる。
初めてオラリオを訪れた時と同じ、いや、今は近くにロキも一緒にいるためそれ以上に注目されている。
この後ダンジョンに潜るから外套は必要ないと考え置いてきたのだが少し後悔が湧き上がってきた。
少し俯き気味に歩いていると、頭上からロキの優しい声音が振ってくる。
「村にいたベルたんには辛いかもしれへんけど少しの我慢やで。次期に視線は減る。ただ今は物珍しさから見られてるだけやからな」
「物珍しいって……僕以外にもエルフやハーフエルフの方は沢山いらっしゃると思うんですけど」
「ちゃうで。エルフやハーフエルフが珍しいんやない。眉目秀麗なエルフの中でもリヴェリアに並ぶほどの美しさと神秘的なオーラを纏ってるベルたんが珍しいんや」
「僕が珍しい、ですか?」
ベルの疑問にロキは頷いて続ける。
「でもここは世界の中心オラリオや。1つの話題がずっと続くことあらへん。すぐに新しいことに目が移る。それこそこの都市にはベルたんを超える美貌を持った神々がよぉさんおるからすぐに容姿云々で見られることも少なくなるわ…………ま、今後別の意味で注目集めることになるやろうけど」
ベルを励ましつつ、最後は誰にも聞こえないような声量で呟かれた。
当然、ベルも聞き逃す。
尋ねようと思ったがわざわざ声量を下げたということは自分が聞く必要のないことだったのだと思い直し開きかけた口を閉じた。
そしてギルドに到着する。
ギルド内は閑散としており、冒険者は数えるほどしかいなかった。
ギルドが忙しい時間帯は朝と夕方。
今はちょうどお昼に差し掛かる時間帯で、多くの冒険者はダンジョンに潜っている。
そのため、冒険者も少なくギルド職員も書類と向かい合いながらものんびりとした時間を過ごしていた。
ロキが誰かを探すようにギルド内を見まわし、視線が止まる。
向けられた視線の先にいたのは、綺麗なハーフエルフの女性。
「おっ、いた。エイナた〜ん! 久しぶりぃ!」
お目当ての人物を見つけたようで、ロキが手を上げながらエイナと呼んだ受付嬢へ足を進めた。
その後にベルも続く。
「神ロキ? お久しぶりです。ファミリアの主神である貴女がどうしてギルド、に────」
端正な顔つきのハーフエルフは見るからに真面目な表情でロキに挨拶を交わし、言葉を紡ぐ途中で目に入ったベルを見て……固まった。
神を前に言葉を中断させ、あまつさえ意識を逸らす無礼を晒したエイナをロキは怒るどころかその反応を待ってました! とばかりにニヤケていた。
そして、
「く、くくクラネル様ぁあ⁉︎」
彼女はロキの望む100点満点のリアクションを披露した。
「ワハハハッ!」と楽しそうに笑うロキに反して、エイナの顔色は青ざめていく。
彼女はベルたちと自分を隔てるカウンターから素早く出てきたかと思うと片手を胸の前に添え膝を折り深々と頭を下げた。
「も、申し訳ございません! 高貴の御方に気づかず挨拶が遅れてしまい……っ!」
「うぇ⁉︎ や、やめてください! 僕は初対面の人に頭を下げられるほど高尚なエルフじゃありません!」
ギルド内にエイナの謝罪とベルの悲鳴が響き渡る。
物静かな時間帯のため、どうした、何があったと少ない冒険者とギルド職員からの視線が自然と集まった。
だがそこに反応している余裕は残念ながらベルにはない。
ベルはなんとか眼前の女性に頭を上げてもらうように言葉を投げかけた。
「確かにハイエルフの血は流れてますけど僕も貴女と同じハーフですからっ。そこまで敬われるような存在じゃありませんから!」
「で、ですが! 『半分も』高貴な血が流れているのですっ。ハーフと言ってもやはり私とは天と地ほど違いますっ」
(い、意思が固い⁉︎ 僕の言葉じゃ届かない!)
ベルは心の中で悲鳴をあげた。
彼女の様子からベルがいくら言っても態度を改めることはないだろう。
しかしそれも仕方のないことだ。
エイナからすれば突然目の前に尊ぶ王族が現れたのだ。
いくら王族自ら態度を崩して欲しいと言葉にされても初対面の王族に一介のエルフ、それもハーフがそのような態度を取れるはずもない。
仮にベルの言う通りに態度を改めたとして、このことが後に他のエルフに知られれば謗りは免れないだろう。
と、諸々の理由でエイナは態度を絶対に変えられない。
ベルからどうすれば、という視線を受けたロキは2人の心情を誰よりも理解していた。
ベルが意味もなく敬われることに困惑を抱くことも、エイナが態度を硬化させてしまうことも。
2人の掛け合いを見て満足したロキは2人の間に割って入る。
「あ〜ベルたんもエイナたんもその辺にしときぃ。エイナたんは頭上げぇ」
そう言う割には変わらず口角は上がりっぱなしだった。
ロキと付き合いの長い者なら、こうなることをわかったていたくせに何を勝手な!
と鋭いツッコミを食らわせていたことだろう。
「神ロキ……」
ロキに促され顔を上げたエイナ。
その顔には「高貴な御方を連れてくるなら一報ください!」と書かれていた。
愉快に笑っていたロキはすまん、と軽く謝意を口にした後に話を進める。
「ベルたん、許したって。エルフにとってハイエルフはほんまに特別で大切な存在やねん。それこそ自分の命よりも遥かにな。エルフの里に行ったんならわかるやろ?」
ロキにそう言われ、ベルは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
ベル様! クラネル様! と初対面にも関わらず怖いくらいに敬う彼らの姿はある意味で恐怖だった。
苦い顔を作るベルの頭を優しく撫でながら、ロキが諭すように言う。
「ずっとヒューマンに育てられてきたからわからん感覚やろうけど、もう『そういうもの』として受け入れるしかない。────ただ、仲良くなったら少しは変わるかもな」
「え?」
「まだ2人は初対面や。あれこれ変えるのは仲ようなってからでも遅くない。大丈夫や。それはエイナたんが一番よーわかってるやろ? エイナたんの母ちゃんとリヴェリアがそうであるように」
「っ!」
ロキの言葉に目を見開いはのはエイナだった。
ベルは彼女の母とハイエルフの王女がどういう関係にあるのか知らないため話についていけず頭に「?」を浮かべる。
しかしエイナの方は受けた言葉を飲み込み、咀嚼して、そして頷いた。
「そう、ですね。交流を深めることがあればその時は必ず──」
「ベルたんはいい子やからすぐ仲ようなれる。同じハーフ同士しか分かり合えんこともあるやろうしな!」
と、ロキが締めるように言い放つ。
困惑するベルを置いて……。
(よくわからないけど……とりあえず仲良くなったら少しはフランクになるってことでいいのかな?)
強引に纏められた話をベルなりに噛み砕き理解するよう努力した。
そして初対面にも関わらず相手の立場も考えず無理強いしようとした自分を恥じ、反省する。
そんなベルの心情など関係なしに、ロキはエイナにここへきた理由を告げていた。
「んでや。うちがギルド来たんは新しくファミリアに入ったベルたんの冒険者登録のためや。それに伴ってエイナたんにはベルたんを請け負って欲しいんやけど、お願いできるか?」
「その件に関しましてはギルド長からもクラネル様のサポートをするように申し付けられていますので……クラネル様が良ければ私の方こそよろしくお願いしたいのですが」
「お、お願いします! えっと……」
「申し遅れました。私、エイナ・チュールと申します。エイナとお呼びください」
固い。
固いがこれが軟化するかは今後の付き合い次第。
ベルは体に走るなんとも言えない感覚をぐっと押さえ込むと声を張り上げた。
「ぼ、僕はベル・クラネルです! よろしくお願いします、え、エイナ、さん」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
初めのアクションと違い穏やかに挨拶を交わす2人。
しかしその後、ロキからもたらされたベルの情報にメガネの美少女の悲鳴に近い声がギルド中に響き渡るのだった。
「ロキ様」
「ん? どないした?」
「【ロキ・ファミリア】にも、リヴェリアさんを除いてエルフの方々っていらっしゃるんですよね?」
「おるで。みんな美女美少女揃いや!」
「その人たちはリヴェリアさんと長く一緒にいるなら他のエルフと違って僕への態度も──」
「それはあらへん」
「まだ言い終わってないのに⁉︎」
「諦めぇ。ことハイエルフに関してエルフが手を抜くことは一切あらへんから」
「そ、そんなぁ……」
「がんばれベルたん」