ロキとの出会いから数日が過ぎた。
あれからギルドに行きーーギルド長が出てきて少し騒ぎになったーー様々なファミリアを紹介されたがどれもしっくりこなかった。
時には団員に話を聞いたり、直接神に会ったり、自分の足で、目と耳で見て回った。
中には強引にベルをファミリアに入れようとする神もいたがロキの名前を出せばーー本人? 本神? から名前使ってええよと許可をもらっているーー黙った。
もちろん全てがダメだったわけではない。
話の合う神もいた。
ただそう言ったファミリアはみな、食材や衣類のほか商業に力を入れていたり、制作系だったりと探索に力を入れたいベルには合わなかった。
「ーーーーとなると……ふふ。本当に運命みたい」
ギルドからもらったファミリアの名が書かれた用紙。
それには今まで訪れたファミリアの名前に射線が入っており、最後に残ったファミリアへ足を運んだ。
そのファミリアの名はーーーー、
「ここが『黄昏の館』……【ロキ・ファミリア】の
【ロキ・ファミリア】。
ギルドからファミリアに与えられた等級は最高のS。
名だたる冒険者が在籍しており、他の冒険者からは尊敬と畏怖の念を抱かれている。
そんなファミリアの前にベルはやって来た。
「すみません。主神のロキ様はいらっしゃいますでしょうか?」
本拠を守るように立つ門番の冒険者へそう尋ねる。
門番はベルに視線を向けると訝しげながら少し警戒した顔つきでこちらを見た。
「……申し訳ないが怪しい者に話すことはでない」
「…………はい?」
怪しい者?
そう言われて首を傾げるベルだったが、ああ、と納得する。
ベルは自分がずっとフードをかぶっていたことを思い出した。
あまりにも視線が辛かったため、2日目以降はフードを深く被り容姿を隠して歩いていたのだ。
確かに顔を隠した者が主神について尋ねたら警戒してあたりまえだ。
問答無用で攻撃されなかっただけ良かったとすら言える。
失礼でしたね。
そう言いながらベルはフードを脱いだ。
顕になったベルの容姿を見た門番は見事に固まった。
それは穢れを知らない純白だった。
神秘的な雰囲気を纏い、触れることすら躊躇われる美しきエルフは視線を奪って離さなかった。
「………………」
「えっと……どうかしました?」
こちらを見つめるだけで微動だにしない男を気遣うように、ベルが話しかけると頬を赤く染め、視線を逸らした。
「……あっ、いいや! まさかフードの下がこんな可憐なエルフのお嬢ちゃんとは思わなくてね。びっくりしてしまったんだ」
「あ〜、その、よく間違われるんですけど……僕、男です」
「っ⁉︎ 嘘だろ⁉︎」
信じられないとばかりに見開いた眼差しがベルに向けられる。
村でも、オラリオに来てからも、もう何度も目にしたリアクションにベルは諦めの境地に達していた。
自分の容姿が女性的であることはこれまでの人生で嫌というほどわからされてきたのだから。
衝撃から帰って来られないのか、もしくは現実を直視したくないのか、ベルを凝視していた男は途中で何かに気付いたのか「あっ」と声を上げる。
「真白で小柄、そして眩しいほどの美貌を持ったエルフ……君がベル・クラネルかい?」
「はい。そうですけど……ロキ様からお話聞いていますか?」
「ああ。門番を務める団員に、「近々もしかしたらベル・クラネルっちゅう真白でちぃちゃなどえらいかわええエルフたん来るかもしれんから来たらすぐにうちに教えてぇ」と」
「あはは……」
門番がロキを真似て言うが全然似ていない。
それともバカにしているのだろうか?
しかし、なんともロキらしい説明に苦笑が漏れ……、
「あ」
それに気づいた。
ベルの視線の先。
硬く閉ざされた門が少しだけ開き、その隙間から特徴のある糸目が覗き込んでいることに。
「あー……」
伝えたほうがいいのか……いいや、既に遅いだろう。
背後の気配に気づかない門番は、明るい表情で言う。
「ここで待っていてくれ。俺はロキ様を呼んでくるからーーーーひっ!」
振り返って門に手をかけようとした瞬間、門番の男の喉から短い悲鳴がこぼれた。
と同時に、ギィィィイッ。
扉の軋み開く音と、悪い笑みを浮かべたロキが姿を見せた。
「ポールぅ? 今のもっかいやってくれへぇん?」
「か、神ロキ⁉︎ まだ呼んでいないのどうしてここに⁉︎」
「そんなん上からベルたんの姿が見えたからに決まっとるやろ。うち、ずぅぅっとベルたんが来ないか下のこと見てたんやからな」
そう言いながら門番の男、ポールの肩に腕を回し引き寄せるロキ。
ポールの顔がロキの胸元にぐりぐりと押し付けられるが本人はちっとも嬉しそうに見えない。
なんなら押し付けられるたびに目が死んでいき、ロキへ憐れむ眼差しを向けていた。
「…………ロキ様、痛いです」
「ッ⁉︎ 自分っ、うちの胸が断崖絶壁並みに硬くて平や言いたいんかっ⁉︎」
「ただ痛いって言っただけですが⁉︎」
「嬉しいやろ? 主神様の胸やで? こんな時くらいしか堪能できんへんちょうレアものやで?」
「…………それならまだ彼の方がいいまであります」
顔を赤くして2人のやり取りを見ていたベルはポールの発言を受け、固まる。
そして言われた言葉の意味を理解した瞬間、スッと体温が下がり、全身に悪寒が走り抜けるのを感じた。
スタタタッ!
身を守るように自分を抱きしめ、距離を取る。
感じたことのない種類の恐怖に怯えていると、ロキの拳がポールの脳天を突いた。
「ごほっ⁉︎」
「ベルたんが怯えてもおてるやんか! これでうち入るのやめます言い出したらどないしてくれんねん!」
「ええっ、今の俺が悪いんですか⁉︎」
「当然やろ、自分も想像してみぃ! 自分よりも大きい男に、あの女よりお前の方が……ってガチっぽく言われる瞬間を!」
「ーーーーコフっ」
「うわっ! 吐血して倒れるほど嫌やったんか……ま、ええわ」
ポールが吐血する直前で彼を話したロキは、血に伏すポールをスルーし、ベルに向けて手招きする。
「ベルたん。ポールの言ったことは冗談やからこっちおいで。大丈夫や。誰も取って食ったりせんから」
「じ、冗談でもやめてください……鳥肌がすごいですから」
特にベルの場合だとその容姿から男でもいい! いや、男だからこそいい! と言う変態もいずれ湧いてくるだろう。
オラリオは世界中から人が集まるためその手の趣味の持ち主はいる。
人だけに限らず神々すらも……。
「すまんすまん。でもうちかてポールがあないなこと言うとは思わんかったわ。
それよりベルたん。自分がうちに来たってことは『そういう事』って、思ってええんか?」
「ーーーー」
ロキの問いかけに、ベルはすぐには答えられなかった。
それは貞操の危機だから……と言うわけでは当然なく、これからの冒険者人生を左右する決断を口にするには覚悟が必要だったからだ。
ベルは答えを口にする前にもう一度、熟考する。
これまで尋ねたファミリアに本当に良さそうな場所はなかったか。
自分の目的と照らし合わせていく。
最終的にここに来る前に出た答えと同じ回答に辿り着いた。
時間にして1分もかかっていない。
黙っているベルを静かに待つ神に、ベルは
「ーーーーロキ様」
「なんや?」
「僕の夢を、聞いてくれませんか」
「それは是非うちとしても聞きたいところや! ベルたんが何を求めてオラリオにやってきたのか。教えてぇな」
ロキは楽しそうに、それでいてベルを見る瞳は真剣で、ベルの答えを待った。
「僕は……」
笑われないか心配だった。
ここは英雄の都。
既に英雄候補は狼煙を上げている。
そんな中でこの夢を口にするには文字通り覚悟が必要だった。
ーーーーお前の覚悟はその程度で揺らぐものなのか?
ふと、義母の声が耳を叩いた。
実際に聞こえてきたわけではない。義母はあの村にいるのだから。
これは記憶だ。
義母と暮らした、そして英雄を目指すと口にして以降の記憶。
厳しすぎる訓練に心折れそうになったベルに放った義母の言葉だった。
(そうだ。笑われたって、バカにされたっていい。この願いは、この思いは、その程度で消えるほど弱いものなんかじゃない!)
バカみたいに一途で、スキルにまでなった思いが揺らぐはずがないのだ。
ベルは顔をあげロキをまっすぐに射抜くと、堂々と告げた。
「僕は『最後の英雄』になるためにオラリオに来ました」
「っ⁉︎」
「そのためにきっと僕は無茶をしてします。もしかしたらファミリアの皆さんに迷惑をかけてしまうこともあると思います。それでも、僕をロキ様はファミリアに入れたいと思いになりますか?」
今度はベルがロキへの覚悟を問うた。
生意気だと怒るか。
不敬だと叩き出すか。
子供の戯言と聞き流すか。
それともーーーー。
ロキの反応を待っていると、俯いて肩を震わせていた。
流石に怒っただろうか?
そう思ったベルだったが次の瞬間、間違いだったと気づいた。
「最ッッッ高やでベルたん‼︎ 自分可愛い顔して馬鹿でかい夢持っとるやないか! うち、そういうん大好きやわっ。それにしても、そうかぁ。『最後の英雄』ときたかぁっ! フィンでもそこまでは口にせぇへんかった! ほんまあのとき声かけて正解やったわ!」
感情を爆発させたロキが声を高らかに笑う。
しかしこれは決して嘲笑の類ではない。
心の底から自分の幸運が、巡り合わせという運命が、おかしくて、でも笑ってしまうくらい嬉しかったのだ。
「おいでやベルたん! いいやベル・クラネル! 大丈夫や。ここには自分の夢を笑うような奴はおらん! 断言するで。その夢を奪いにくるくらい先を見据える子達や。逆に自分が喰われんように頑張るんやで!」
その返答は、ベルにとって何よりも心に響くもので。
どこかで燻っていたであろう悩みや葛藤は全て吹き飛んだ。
ともなれば、答えは決まった。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ! はいっ! よろしくお願いします!」
まだ昼前のオラリオの空にベルの元気な声がこだました。