ザルドおじさんが、てょわわわぁ~んと輝きながら浮いていた。
いきなりこういわれても、何をいっているかさっぱりわからないであろうから、順を追ってザルドがてょわわわぁ~んした経緯を語っていこう。
ザルドの毒の治療、いや、毒の反転を行った後、もうすぐ暗くなることもあって移動することにした。
アルフィア達はエレボスに与えられた拠点を持っていたが、すでに裏切った身であるため使えなかった。拠点に置いていた必要最低限のものだけ回収する。
アルフィアはエレボスはなんと思うだろうかと考えたが、あの邪神のことだ。どうせ大笑いするに違いない。その哄笑を思い浮かべて少しだけ苛立った。
人目を避けるように移動する二人にベルは疑問を抱いたが、ザルドが理由は後で話すと説明し、今はおとなしく二人の後をついてきている。
三人がたどり着いたのは、街はずれにある団体用の大部屋もある、作りのしっかりした宿であった。ポケモンを出すことも考えて、アルフィアが迷わず大部屋をとる。
部屋に荷物を置き、宿の台所を借りてザルドが料理を作り上げたところで、ようやく一息つくことができた。
「ザルドおじさん、これめちゃくちゃ美味しい!」
ザルドの料理を一口食べたベルが、手放しで褒め称えた。
「はは、口にあって良かったぜ。なにせ異世界で育ったものな。味覚が同じで助かった」
「……私だって、やればできるぞ」
ベルに褒められたのが羨ましいのか、アルフィアがジト目でザルドを睨む。
「いや、お前今まで全部家事もなにもかも俺に押し付けていただろう」
ザルドの正論にアルフィアの神速の肘うちが飛んだ。スプーンを取り落とし、悶絶する。
「ザルドおじさん! 大丈夫? もしかして毒がまた――」
「気にするなベル。どうせ背筋がつっただけだろう」
「お、お前なあ……。いや、ベル。そんなに心配しなくても大丈夫だ。むしろ人生で一番絶好調だと言い張れる」
実際、その通りだった。今のザルドはどれだけ動いても、戦っても、ベヒーモスの毒が無限の活力を与えてくれる。先ほどのアルフィアの肘うちの痛みもすぐになくなった。
『ポイズンヒール』
後からベルに聞いたが、まさに今のザルドに相応しいスキル、もとい特性であった。神々が知ればチートだと騒ぎ立てること間違いなしであった。
「一応ヤドランに全力でスキルスワップかけてもらったけど、効果が切れたら遠慮なくいってね」
「ああ、そうさせてもらう。だが、たぶん長くは世話にならん」
「……? どういうこと?」
「毒で潰れた背中も治った。ステータスの更新をすれば、似たようなスキルが生えるだろう。ただの冒険者の勘だが、おそらく外れん」
ポイズンヒールを体感するまでは、こんな克服方法など思いもつかなかった。
だが、実際に身を持って知った。レベルアップのための高位の
自分もアルフィアには及ばないが、規格外の冒険者の気概がある。
……いや、こいつはそもそも才能以前におかしいが。なんだよ
アルフィアの
「あの、おじさん。スキルってなに?」
「ん? スキルといえば冒険者の……そうか。そういえばこちらの記憶がなかったんだな」
「ならば、今度は私たちの話をしよう」
こうしてベルは夕食を楽しみながら、二人の話をゆっくりと聞いた。
「……うん、お母さんたちの話を聞いて、だいたいのことはわかったんだけど。一番びっくりしたのは、こっちじゃ一年しか経ってなかったことだなあ」
「こちらとあちらでは時間の流れが異なるようだな。私としては、時間の流れが同じだとベルに会う前にくたばっていたから助かったが――」
「こっちに長居をすると、向こうに渡った時に自分以外みんな年寄りってこともありうるってか」
自分は若いままなのに、家族も友達もずっと年をとってしまった姿を思い浮かべて、ベルがうつむく。
さすがにそれは嫌だ。でもお母さんたちとも、もっと一緒にいたい。
そんな考えに板挟みになっていると、急に懐のボールが揺れ、中からソルガレオが飛び出してきた。
「あれ? どうしたの、ソルガレオ?」
ガオガオなにかをベルに訴えてくる。大事な話なのはわかるが、さすがのベルも詳しい内容まではわからなかった。
「あれがソルガレオ……確かにレベル8はありそうだな。でも何をいってるんだ」
「わからん。
「さすがに異世界の獅子相手に話はできんだろう」
二人が冗談めかしていると、さらにベルのボールが揺れて、中から新しいポケモンが飛び出した。
「あっ、王様!」
頭に大きな王冠を被ったようなポケモン、バドレックスが厳かな雰囲気でつむっていた目を見開いた。
「カム、カムゥル」
「…………ごめん、王様。王様のいってることもわからないや」
宣託を授けんと自信満々にベルに語り掛けたバドレックスは、まさかの返事にショックを受けた。ヨヨヨと地べたにへたりこむ。
「新しいポケモンか? いや、それにしても……頭でけえな!?」
見守っていたザルドが、バドレックスの規格外の頭頂部を見て思わず叫ぶ。
その声を聞いた瞬間、バドレックスの目が怪しく輝いた。するするとザルドの傍に近寄る。
――常のザルドなら、豊穣の王になにかされる前に避けることができただろう。
しかし、先ほどキノガッサとヤドランに助けられたおかげで、ベルのポケモンが危害を加えてくることを考慮できなかった。
その結果が冒頭に繋がるこれである。
「なんだ、でかいの。俺に用でも――てょわわわぁ~ん」
ザルドが光り輝いた。
そして浮いた。
それを見たアルフィアが吹き出した。
「ザ、ザルドおじさんが輝きながら、浮いている!」
端的なベルの言葉がツボに入ったのか、アルフィアは床に倒れこんでぴくぴく痙攣し始めた。それでも爆笑しないでいるのは、『静寂』の二つ名を持つ矜持からであろうか。
『ベル……ベルよ。ヨの声が聞こえるか?』
「あっ! 王様! ちゃんと聞こえているよ」
今や世界最強の冒険者を瀕死に追いやっている偉業をよそに、バドレックスがザルドの声を借りて話し始めた。
ぴかぴか輝く筋骨隆々の大男が浮かんでいる、異様な光景の中で。
『ベルよ、ソルガレオの言葉がわからず困っているようだな。ならば、このヨが翻訳してやろうぞ』
「ありがとう、王様。それじゃあソルガレオ、王様に話してくれる?」
「ガウガウッ。……ガウル。ガオーーーン……ラリオーナッ!!」
『ふむふむ……あいわかった! では、ベルにそう伝えよう』
あんな状態でヨ口調で喋り始めたザルドに、ようやく立ち直りかけたアルフィアが再び沈みこむ事態が起こったが、バドレックスの翻訳はつつがなく終わった。
ソルガレオのいいたかったことを要約すると、下記の通りであった。
1、向こうとこちらの時間がずれたのは、ベルが初めに吸い込まれたワープホールと異なるものを使用したため。
2、今日使ったワープホールを使い、向こう側の日輪の祭壇のワープホールを通れば、もう時間がずれる心配はない。
3、ベルが元々いた世界を探すのに手間取ったせいで、ウルトラホールを渡るのに時間がかかったが、次回からは場所も特定できたので、半日もあれば行き来することが可能である。
「すごい、すごいよソルガレオ! 問題が解決したどころか、簡単に行き帰りできるようになるなんて!」
「グオーーン」
ソルガレオは気にするなといわんばかりに、大きな前足でベルの背中をぽんぽんと叩いた。
『うむ。これにて一件落着!』
バドレックスが腕を振り下ろしながら締める。
腕の動きに合わせてザルドも上下し、最後に一層強く輝いた。
「…………いや、まだなにも落着していないぞ」
ザルドから全力で目線を逸らしながら、ようやく立ち直ったアルフィアが待ったをかけた。その声はまだ少しだけ震えていたが。
「ヘラとゼウスファミリアが、私とザルド以外全滅したことは聞いたな。その原因が『三大冒険者依頼』の最後の一角、隻眼の黒竜の討伐に失敗したからであることも」
「……うん、聞いた。それで悪いことをする
アルフィアの重い言葉に、神妙にベルは頷いた。
「お母さん達は
「ベルのせいではないさ。私たちもそろそろ離れようと思っていたところだ」
さらっとアルフィアは嘘をついていた。
自身が虐殺に加担しようとしていたことを、知られなくなかったこともある。だがそれ以上に、向こうの世界で育ったベルに、こちらの世界の人間の闇の部分を見せたくなかったからだ。
だから、アルフィアは母として決断する。
「ベル、お前は一か月ほど向こうの世界に帰れ」
「えっ? ど、どうしてお母さん! せっかく会えたのに……」
「お前は向こうの世界で育った人間だ。こちらの世界の問題に関わる義理はない」
ザルドならベルを『最後の英雄』と見込んで巻き込もうとしただろう。だが、アルフィアは初めからベルを巻き込むつもりはなかった。
幸いにもザルドは今、話せる状態じゃ――くくっ……! は、話せる状態ではない。
ベルを説得して帰すには今この時しかなかった。
「念のために一か月時間をとったが、あんな輩にそれほどの時間をかけるつもりはない。お前がこちらに再び来る頃には奇麗になっている」
「いや、でも僕だって――」
「それからしばらくは一緒にいられる。だが、再び黒竜を討伐を目指す日が来たら、必ず向こうの世界に帰れ」
断固とした声で、アルフィアはベルの反論を封殺した。
しかし、最後に母親らしい優しい顔で笑って見せる。
「案ずるな。あんな黒くてデカいだけのトカゲ、病も完治した私ならひとひねりできる。だからベルは安心して――」
「安心できるはずないじゃないか!」
アルフィアの見栄を張った楽観に、ベルは大声で反論した。怒りすら滲ませる息子の姿に、アルフィアが困ったように眉を下げる。
「だって、お母さんくらい強い人たちがたくさんいた、ゼウスやヘラファミリアがいても負けたんでしょ!? いくらお母さんの病気が治ったからって、そんな簡単に勝てるはずない!」
「……たしかに、そうかもしれん。だが、万全のザルドと共にオラリオの冒険者どもを鍛え上げれば、奴の命に届くはず――」
「だから、そういうことじゃないんだよ!」
アルフィアの両手を強く握りしめる。それでもアルフィアにとっては痛くも痒くもないのだが、ベルの熱いくらいの体温が伝わってきた。
「どうして、一緒に戦おうっていってくれないの!?」
ベルは強く吠えてみせた。
一番聞きたくなかった言葉を聞いて、アルフィアは目を閉じた。
「僕は弱いけど、それでも一緒に戦ってくれる、頼りになる仲間がたくさんいる!」
「うぬぼれるな。いくらお前のポケモンが強かろうが、お前が弱くては戦場で一瞬で死ぬぞ」
「なら強くなる! 僕が弱いことが問題なら、これから鍛えて強くなる! アナタの背中に追いついて見せる!」
どうにかしてベルの翻意をうながそうとするが、ベルは決して揺らがない。真っすぐにアルフィアを見つめる。
「……何故だ。向こうで育ったお前には、関係ない話だろう?」
「お母さんが関わっている時点で、僕が戦うには十分な理由だよ」
そういってベルは安心させるようににっこり笑った。
――ああ、やっぱりこの子はメーテリアの子なのだな。ひどく優しくて、でも一度決めたことは絶対に曲げない。
アルフィアは閉じた瞳をそっと開いた。
「……なにをいっても無駄か。なら、好きにするといい」
「うん、好きにさせてもらう」
「ずいぶんと生意気なことをいう」
「ダハハッ! 豪快でデリカシーのないお父さんに育てられたからね。それに、僕はお母さんの子だから」
「ふふ、減らず口を」
アルフィアが優しくベルの頬を抓った。予想以上の柔らかさに、ついもう片手も使ってベルの頬をお餅のように伸ばした。
「ふぉへに、ふぁふぇれるはら」
「なんだ、聞き取れないぞ」
意地の悪い顔でにやりと笑うと、ベルは「ふぉう!」と文句をいいながら、アルフィアの手を払った。
「慣れているっていいたかったんだよ」
「何にだ?」
「危ないこととか、悪い奴らと戦うこと」
妙に自身満々に言い放つベルに、アルフィアはもう一度頬を抓ってやろうと思ったが、今度はぺしんと弾かれた。
「もう、油断ならないなあ。――僕がまだ拾われたばかりの頃、ネクロズマ率いるウルトラビースト達と戦ったことを話したよね」
「ああ。記憶を失ってすぐに訪れたのが、人生最大の危機だったのは災難だったな」
「それ、今まで生きてて危険だったことのほんの一部」
「…………は?」
ベルのまさかのカミングアウトに、アルフィアが一瞬呆ける。
「話すと長くなるから詳しい内容は省くけど、あれと同等以上の修羅場を数えるには、十本の指じゃ足りないくらいなんだ」
「いや、待て。待ってくれ」
「更にそこに、一度壊滅したあと立て直した世界征服を企む悪の組織だったり、壊れた最終兵器を直して世界を滅ぼそうとする悪の組織だったり、とにかく色々な悪い人と戦ったこともあるよ」
「向こうの世界もこちらに劣らず、地獄のような世界なのか!?」
珍しいことに思わず声を荒げるアルフィアだったが、ベルは「ダハハッ! まあそれほどでも」とのんきに返した。
「まあ、そんな感じで危険なことはすっかり慣れっこだから、こっちでも十分やれる自信はある」
そういってベルは胸を張る。アルフィアはベルに、数々の苦難を乗り越えた英雄の顔を見た。
「――ははっ。やはりお前は私の息子だ。数々の凄まじい偉業を果たしてきたんだな」
アルフィアはゆっくりと手を差し出す。
「手を貸してくれ。異世界の英雄殿」
「英雄っていうほど、凄いことをした覚えはないけど。――うん。一緒に戦おう、お母さん」
ベルはアルフィアの手を力強くとった。
「グォオン」
『うむ。今度こそ一件落着したな』
静かに二人を見守っていたソルガレオとバドレックスが、嬉しそうに互いに顔を見合わせた。
ぷかぷか浮かんだザルドおじさんが、まるで祝福するように、二人と二体を眩く照らし出していた。