日本の政府債務の国内総生産(GDP)に対する比率は200%を大きく上回り、主要国の中で突出している。「経済学の書棚」第12回前編は、高度成長期から現在までをカバーした概説書『日本経済論』と、1990年代以降の日本の財政・金融政策を一応の成功と評価する『21世紀の財政政策』、日本は財政破綻の危機に直面していると説く『教養としての財政問題』や、大量の国債を保有する日本銀行の財務悪化を懸念する『日本銀行 我が国に迫る危機』の様々な主張を手がかりに、政府はどう対応すればよいのかを探る。

「経済学の書棚」第12回は、2023年に刊行された著作を手がかりに、日本の財政はどうなるのか、政府はどう対応すればよいのかを探る
「経済学の書棚」第12回は、2023年に刊行された著作を手がかりに、日本の財政はどうなるのか、政府はどう対応すればよいのかを探る
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どうなる日本の財政

 日本政府は毎年のように予算規模を拡大し、財源不足を賄うために大量の国債を発行している。政府債務の国内総生産(GDP)に対する比率は200%を大きく上回り、主要7カ国の中で突出している。日本の財政は早晩行き詰まると警告する論者は多いが、政府はいっこうに財政再建に取り組もうとしない。2023年に刊行された著作を手がかりに、日本の財政はどうなるのか、政府はどう対応すればよいのかを探る。

 米コロンビア大学の伊藤隆敏教授と東京大学の星岳雄教授による『 日本経済論 』(祝迫得夫、原田喜美枝訳/東洋経済新報社/2023年3月刊)は、伊藤氏の米国での講義ノートを基にした日本経済の概説書。第一版(英語版)の刊行は1992年で、伊藤氏の単著だった。その後、しばらく改訂作業ができなかったが、長年の友人である星氏の協力を得て2020年に完成した第二版を邦訳した。

『日本経済論』(伊藤隆敏、星岳雄著)。米コロンビア大学の伊藤隆敏教授の米国での講義ノートを基にした日本経済の概説書
『日本経済論』(伊藤隆敏、星岳雄著)。米コロンビア大学の伊藤隆敏教授の米国での講義ノートを基にした日本経済の概説書
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 第一版では日本が高度成長を成し遂げ、先進各国と競争ができるようになった経緯を議論した。第二版では、高度成長期に加えて最近の30年間をカバーし、なぜ日本経済が停滞し、世界での地位が低下したのかを考察している。研究者の間での日本経済に関する共通理解を示しつつ、論争やパズル(難問)に焦点を当てることで日本経済への関心を喚起するのが同書の目的だ。

1973年まで均衡予算を維持

 「財政制度と財政政策」と題する第7章では、戦後の日本財政を概観している。日本は厳しい不況で大幅に税収が減った1965年を除けば、1973年まで均衡予算を維持していた。高度成長期には税収が増え続けていたため、歳出の増加を税収で賄うのは容易だった。

 しかし、1974年以降、経済成長が鈍化すると歳出と歳入のギャップを埋めるために国債発行による資金調達に依存するようになった。1975年度の補正予算で特例法を成立させ、赤字国債を発行した。

 1980年代に入ると、大蔵省(現・財務省)は保守派の政治家の協力を得て財政の健全化に乗り出し、1980年代末までに財政赤字は最小限の水準に。1990年代に入り、日本経済が停滞してデフレに陥ると税収は減少に転じる一方、社会保障への支出を中心に政府支出は膨らみ続けた。政府債務のGDP比は上昇を続けている。

 「政府債務の持続可能性は、現在の日本の財政関連の様々な懸念の中でも、最も重要な問題」と指摘したうえで、「多くの研究者は財政政策を抜本的に変更しない限り、10年足らずで深刻な危機が発生する可能性があると結論付けている」と警鐘を鳴らしている。日本では「高い債務水準 → 政府の財政削減努力」というフィードバック関係が見られない。現在の税率と歳出傾向が継続するなら、日本の財政政策は持続可能ではないとする研究結果を紹介している。

 政府債務が累増している日本の財政政策を有識者はどう見ているのか。マクロ経済学者のオリヴィエ・ブランシャール氏は『 21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略 』(田代毅訳/日本経済新聞出版/2023年3月刊)で、1990年代以降の財政・金融政策は「一応の成功と言ってよい」と評価する。

『21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略』(オリヴィエ・ブランシャール著)。マクロ経済学者のオリヴィエ・ブランシャール氏は、1990年代以降の日本の財政・金融政策は「一応の成功と言ってよい」と評価する
『21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略』(オリヴィエ・ブランシャール著)。マクロ経済学者のオリヴィエ・ブランシャール氏は、1990年代以降の日本の財政・金融政策は「一応の成功と言ってよい」と評価する
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 日本の経済成長率の低下は人口増加率の低下、労働力の伸び悩みを主に反映している。失業率は低水準である。人々のインフレ予想は政府のインフレ目標(2%)より低いが、実際のインフレ率を上回っている。したがって生産は平均して潜在水準を下回るものの、それに近い水準にとどまってきた。

経済成長率 > 金利なら債務比率は低下

 同氏は貯蓄が投資と一致する(総需要が潜在生産量と一致する)「実質安定金利」(r)と実質経済成長率(g)の関係に注目する。rがgよりも低いとき、債務は償還されない限りrの率で増加する一方、gの率で生産が拡大する。新たな債務が発行されなければ生産に対する債務の比率は時間とともに低下する。

 国際通貨基金(IMF)の予測値を基に債務比率を安定させられる基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を計算すると、5年間の経済成長率が0.8%、名目金利(5年)がマイナス0.1%、政府の純債務比率が171%(2021年末時点)なら日本はPBが3.2%の赤字でも債務比率を安定させられる。「現在の予測では、債務が非常に大きいにもかかわらず日本は債務の持続可能性の問題に直面していないことを示唆している」と指摘している。

 対照的に、日本は財政破綻の危機に直面していると説くのは、関東学院大学教授の島澤諭氏。『 教養としての財政問題 』(ウェッジ/2023年5月刊)では、経済学の動学的確率的一般均衡(DSGE)モデルを活用して日本の「財政破綻確率」を推計している。

『教養としての財政問題』(島澤諭著)。関東学院大学の島澤諭教授は、経済学の動学的確率的一般均衡モデル(DSGE)を活用して、現状のままでは日本財政は破綻する可能性が高いと強く警告している
『教養としての財政問題』(島澤諭著)。関東学院大学の島澤諭教授は、経済学の動学的確率的一般均衡モデル(DSGE)を活用して、現状のままでは日本財政は破綻する可能性が高いと強く警告している
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日本の「財政破綻確率」を推計

 政府債務のGDP比が2022年度の10年後に400%、500%に達する確率はそれぞれ51.3%、46.9%。20年後に400%、500%に達する確率は61.4%、58.0%。政府債務のGDP比が何倍になると「破綻」するのか。明確な経済学的な根拠は存在しないと断りながらも、現状のままでは日本財政は破綻する可能性が高いと強く警告している。

 半世紀近くもの間、財政赤字の垂れ流しを続けた結果、「財政破綻」に至るマグマは蓄積されてきた。特に近年は社会保障給付を原因とした財政赤字が問題であり、社会保障制度改革が必須だと強調する。

 高齢者に社会保障というバラマキを使って利益誘導する政治が「シルバー民主主義」を、サービスは受けたいが、コストは負担したくない国民が「クレクレ民主主義」を生み出し、財政危機から目を背けている。若者が貧乏くじをつかまされている社会を変えるために、日本銀行のマネタイゼーション(財政ファイナンス)を止めるべきだ。それができるのは、政治参加か市場の力しかないが、投票による変化が難しいのなら市場による財政規律を選ぶしかない。日銀はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)による低金利誘導を放棄する必要があると訴えている。

 日本総合研究所の河村小百合主席研究員は『 日本銀行 我が国に迫る危機 』(講談社現代新書/2023年3月刊)で、日本の財政政策を支えてきた日銀の金融政策に焦点を当て、黒田東彦前総裁の下で実行してきた「異次元緩和」を厳しく批判している。

『日本銀行 我が国に迫る危機』(河村小百合著)。日本の財政政策を支えてきた日銀の金融政策に焦点を当て、黒田東彦前総裁の下で実行してきた「異次元緩和」を厳しく批判している
『日本銀行 我が国に迫る危機』(河村小百合著)。日本の財政政策を支えてきた日銀の金融政策に焦点を当て、黒田東彦前総裁の下で実行してきた「異次元緩和」を厳しく批判している
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日銀が「債務超過」に陥る可能性も

 日銀は大規模な異次元緩和を長期間続けた結果、ひとたび利上げ局面に入れば、中央銀行としての財政運営はたちどころに悪化し、赤字に転落するのが確実な状態だと苦言を呈す。数十兆円単位、場合によってはそれ以上の相当に大幅な債務超過状態が数十年単位で長期化する可能性すらあるという。その穴埋めは、政府の側から租税を充当して補填するしかない。

 米国や欧州、英国の中央銀行も経済・金融危機に対処するために自国(経済圏)の国債を買い入れている点は共通しているが、いずれも「出口」や「正常化」を視野に入れて金融政策を運営している点が大きく異なっている。

 日銀が赤字に転落し、円安が進めば長期金利は上昇する。新規国債の発行は不可能になる事態も絵空事ではない。2023年度の一般会計予算の金額から類推すると、新規国債を発行できなければ、歳出のすべてを一律4割カットしなければ収まらない。

 こうした事態に陥ってしまったのはなぜか。河村氏は、(1)国民に社会や国を支えるのは市民であり、国民であるという意識や自覚が希薄であり、追加的な税の負担に関する合意形成ができない、(2)財政再建の議論はせいぜい目先数年間のPBの幅にとどまり、過去の借金を国として返済していかなければならないという意識が欠けている、の2点をその理由として挙げている。

 日銀が抱える財務悪化の問題には、政府も日銀とともに取り組む必要があり、日銀が正常化を進める過程では、政府の財政再建の加速が不可欠だ。日銀にはYCC政策の解除を求め、長期金利の目安となる上限を設定し、必要に応じて日銀が国債を買い入れる余地を残すといった方法を提唱。同時に、日銀が政府に財政再建への取り組みを促し、国債管理政策と協調するよう求めている。

(後編へ続く)

写真/スタジオキャスパー

マクロ経済学の世界的権威が読み解く財政課題、そして日本への教訓

日本は現在の金融政策や財政政策を続けることができるのか。財政破綻、金利上昇のリスクをどう見るか。日本が長期停滞を脱するための正しい方向性とは? 今後の日本のマクロ経済政策の方向性の輪郭を説得的に示し、1990年代以降の日本の金融政策と財政政策について丁寧に分析。

オリヴィエ・ブランシャール著/田代毅訳/日本経済新聞出版/3080円(税込み)