不適切融資の発覚に揺れるスルガ銀行(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
不適切融資の発覚に揺れるスルガ銀行(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 ――結局、これらの不正行為などに関わった銀行員は、銀行のためでもなく、顧客や取引先等のためでもなく、自己の刹那的な営業成績のため(逆に成績が上がらない場合に上司から受ける精神的プレッシャーの回避のため)、これらを行ったものと評価される。
 決して、違法性があるかどうか分からなかったとか、会社の利益のためになると思ってやったなどというものではない。――

 これは先月、スルガ銀行の第三者委員会が公表した「不適切融資」に関する調査報告書(以下、報告書)の192ページに記されていた文言である。

 不正や問題が起きるたびに、似たような報告書が公開されてきた。が、私はこれほどまでに人間の「愚かさと野蛮さ」を克明に描いた“読み物”をみたことがない。
事実は小説より奇なり、リアルはドラマよりおぞましいとでもいうべきか。

 要するに「カネ」。一時は地銀の「優等生」と称されたスルガ銀行の実態はカネだけを追いかけた組織だった。

 「雲の上から下界を見ているような人たち」だった経営陣は、「上納金」さえちゃんと収めてくれればモーマンタイ(問題ない)。目的を果たすための手段は問わず、「下界」では営業担当役員が審査部門の人事に介入するなどやりたい放題。本来、ブレーキをかけるべき審査部門が全く機能しない、退廃的な「王国」ができあがっていたのである。

 不正行為が疑われる件数は調査委員会が調査したもので約800件、会社が調査したもので1000件もあり、内部通告制度を利用したものはわずか1%。
 「どうせもみ消される」「言うだけムダ」「下手なことをしたら報復される」「誰が通報したかバレる」との理由から、通報を断念した行員たちもいた。

 担当者、支店長、執行役員のすべてが「共犯者」であるため、不正通報は裏切り行為と見なされていたのだ。

 また、資産形成ローンの営業に携わったことのある行員の9割が、「営業ノルマを厳しいと感じたことがある」とし、7割が「営業成績が伸びないことを上司から叱責されたことがある」と回答。
 ノルマは営業担当の麻生治雄元専務の独断で決められた非現実的なもので、その麻生氏を執行役員に引き上げたのが、岡野喜之助副社長(故人)だ。

 第三者委員会は、岡野光喜氏の実弟で2016年7月に急逝した故岡野副社長こそが、営業偏重の人事や過大な営業目標、審査部門の弱体化など一連の問題の背景となる構図を作り上げた主たる責任者と断定している。

 330ページに及ぶ報告書に記された経営的な問題点は、既に専門家があちこちで指摘している。よって、私は第三者委員会が明かしたリアルから「いかにして人は暴走するのか?」についてあれこれ考えてみようと思う。

行員たちが受けたパワハラ

 まずはこちらをご覧いただきたい。
 行員たちが実際に受けたパワハラである。(以下、報告書より抜粋)。

  1. ノルマが出来ていないと応接室に呼び出されて「バカヤロー」と、机を蹴ったり、テーブルを叩いたり、「給料返せ」などと怒鳴られる。
  2. 「なぜできないんだ、案件を取れるまで帰ってくるな」と、首を掴まれ壁に押し当てられ、顔の横の壁を殴った。
  3. 数字が達成できないなら「ビルから飛び降りろ」と言われた。
  4. 毎日 2~3 時間立たされ、怒鳴り散らされる、椅子を蹴られる、天然パーマを怒られる、1 カ月間無視され続ける。
  5. 「死ね」「給料どろぼう」「できるまで帰ってくるな」と罵倒。
  6. 数字が(達成)できなかった場合に、ものを投げ、パソコンにパンチされ、「お前の家族皆殺しにしてやる」と言われた。
  7. 毎日、怒鳴り続けられ、昼食も2週間行かせてもらえず、夜も午後11時過ぎまで仕事させられた。
  8. 支店長席の前に1時間以上立たされ、支店長が激高し、ゴミ箱を蹴り上げたり、コップを投げつけられた。
  9. 達成率が低いと、椅子を蹴られ、机を叩かれ、恫喝されながら育った。
  10. 数字があがらないなら休日はなし、数字があがらないなら時間外請求するな、融資実績があがらないならば、会社に給与返せ、いつまで会社から定額自動送金してもらっているんだというモラルの欠片もない会社だった。

 どれもこれも信じがたい愚行だが、これは報告書に記載されているごく一部に過ぎない。

 営業を担当した経験のある行員7割超が「営業成績が伸びないことを上司から叱責されたことがある」と回答しているのだ。

 「会議中にターゲットになる者を特定。みんなの前で罵声を浴びせる。
 被害者が精神的に追い詰められ、休職や退職に至ると、営業推進を一生懸命に行った結果だと肯定し、その数や追い詰め方を自慢し競い、賞賛されるような状況にあった。
 恫喝、強要でパワハラ以外の何でもないことが行われていることを知りながら、誰も止められなかった、本気で止めようとしなかった」(行員の証言)

 ……追い詰め方を自慢しあい、賞賛される職場。想像するだけでおそろしくなる。

 これまでにも「飛び降りろ!」「死ね」という暴言を吐かれたという話は聞いたことがあったが、身体的暴力が日常的に行われていたという話は聞いたことがない。

 ましてや、「精神的に追い詰めることが営業推進を一生懸命にやった結果」と肯定されるなど、ありえない。

 いったい何人の行員たちが、精神を病み、体を壊したのだろう。中には人生をめちゃくちゃにされてしまった人もいたのではあるまいか。

創業オーナー家ら多数の上位者が存在

 下界のトップである麻生氏は02年に執行役員、04年に常務執行役員、専務執行役員となったが、「強大な力を誇ったとはいえ、だたの執行役員に過ぎなかった」(報告書より)。

 スルガ銀行の執行役員は「雇用型」で、従業員。すなわち一労働者にすぎず、創業オーナー家の岡野兄弟を含む多数の上位者が存在していた。役員などのインタビューによると、故岡野副社長は、麻生氏を営業本部長に取り立ててはいたが、それは営業成績や営業能力に着目したもので、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 どんなに麻生氏が成績を上げようとも、故岡野副社長は取締役に取り立てる気も、ましてや自分の後継者にする気もなかったのである。

 いわば「鉄砲玉」だ。

 ――経営トップ層は、持株比率や創業家の権力を背景に全体としてのスルガ銀行は完全に支配していたが、他方、現場の営業部門は強力な営業推進力を有する者、しかも従業員クラスに任せ、その者には厳しく営業の数字を上げることを要求し、人事は数字次第となっていた。

 一方で経営層自らは執行の現場に深入りせず、幾重もの情報断絶の溝を構築していた。

 このような仕組みは、客観的に評価するならば、業績向上のために執行の現場は強力に営業推進する者をトップにして自由にやらせるが、それは経営層が自ら手を汚すのではなく、少々営業部門が逸脱あるいはやり過ぎることにも目をつぶる、という態勢を採ってきたといわれてもしようがない。―(報告書 P231より)

 とどのつまり退廃的な「王国」は、雲の上で自分に利を運ぶ人を善としたエゴイスト経営陣の産物であり、麻生氏自身もまた「創業家の威光」を後ろ盾にした、下界のエゴイスト。

 倫理観や道徳心のかけらはなく、誰もが「自分を守る」ためだけに上司の奴隷となっていったのである。

 報告書では営業部門が暴走したメカニズムを次のように分析している。

強力な営業推進政策

上位者による精神的な圧迫

逸脱行為の組織的な蔓延による規範的障害の欠如/全員共犯化

高業績者の昇進による逸脱行為の更なる促進/正当化認識

高業績による営業部門の増長と管理部門の萎縮

 とりわけ私が注目したのが「逸脱行為の組織的な蔓延による規範的障害の欠如/全員共犯化」を加速させた「表彰制度」だ。

 スルガ銀行では、故岡野副社長の「頑張った行員は細大漏らさず褒めてあげたい」との思いから、年々表彰項目が増えていったそうだ。

表彰制度が「悪」を正当化する装置に

 報告書の別紙に表彰制度項目が並んでいるのだが、A4に5ページ分。店舗や個人を対象に、膨大な項目が並んでいる。

 本来、こういった表彰制度は従業員の士気を高め、組織風土をプラスに作用させるリソースである。

 しかしながら、エゴイストが権力をもった組織では「悪」を正当化する装置と化した。

 表彰されたものたちは、
 「おかげさまで首都園トップ店となりました」
 「岡野会長から特別に食事に連れていってもらった。普通ではありえないこと」
 などと、嬉しそうに周囲に吹聴していたのである。

 上からのお墨付きを得れば、悪は善と化す。

 いかなる手段であれ、ノルマを達成すれば万事オッケー。パワハラと不正でノルマを達成した人が表彰され、昇進すれば、ますますパワハラは加速する。

 「数字至上主義・パワハラ・表彰」の3点セットが、劣悪な組織風土の土台になっていたのだ。

……なんとも恐ろしいことだ。

 度々発生しているスポーツ界におけるパワハラでは、自身のスキル向上や勝負に勝つというポジティブな経験が、パワハラを肯定的に捉える傾向を高めることが国内外の調査研究から明かされているが、それと全く同じだ。

 「あのとき厳しく言ってくれたのは自分のためだった」
 「あのとき怒られたことで踏ん張ることができた」
 と、コーチや監督の恫喝や暴行を自ら肯定し、
 「パワハラに耐えられなかった人は弱い人」となる。

 パワハラに耐える力と結果を出す力は同義ではないのに、結果を出すためにはパワハラが必要と錯覚するのだ。

 しかも、人間には「承認欲求」があるため、パワハラに苦しんでいる最中でもそれを正当化させてしまう場合がある。

 これまで私のインタビューに協力してくれた方の中には、上司からパワハラを受けていた人が何人もいた。そして、多くの人たちが「パワハラを受けているうちに、“自分が悪いのでは?”という気持ちに苛まれた」と心情を明かしてくれたのだ。

 念のため断っておくが、「頑張った行員は細大漏らさず褒めてあげたい」というトップの思い自体は悪いものではない。

 が、今回の報告書が明かした「表彰制度」の負の側面は、極めて貴重である。

 そもそも「頑張った」とは何を意味するのか? 
 頑張りとは「数字」「カネ」に絶対的に反映されるものなのか? 

 いかなる制度も、「ナニ」に価値を置くかでプラスにもマイナスにもなる。

 故岡野副社長は、
 「社員教育は時間の無駄、その時間があれば営業させろ、現場で経験を積む中で教育はできる」が持論で、銀行員としての基礎知識やモラルが熟成される時間さえムダと考えていたという。

 第三者委員会が故岡野副社長を、「一連の問題の背景となる構図を作り上げた主たる責任者と断定」した上で、
 「麻生氏は情報の断絶が生じているスルガ銀行の中で、現場に明確な形で介入しない経営陣の下、ひたすら営業に邁進した立場というべきである。したがって、「本件の構図」を作った張本人ではないし、その構図について責任があるとするのは酷であろう(それは経営トップの責任である)」と論じている。

 だが、私は「創業家の威光」を背に不可能な数字目標を掲げ、自分に従わない人を切り捨て、何でもありの王国を作り上げた麻生氏には、人道的な責任が多いにあると考えている。

 仮に麻生氏が暴走したのが、上からのパワハラによるものだったとしても、だ。

 と同時に、麻生氏に成り下がるリスクは誰にでもあるように思う。

絶対的権力による無力化

 つまり、これは創業家という絶対的権力による無力化であり、無力化による思考停止だ。

 麻生氏は、「いつか雲の上の住民になれる」と期待し、「初の営業からの取締役」を夢みていたのだろうか。
 あるいは「しょせん、営業。私たちとは別」と上流階級である経営陣たちに見下される不満を部下たちにぶつけ、社外の人たちから「スルガ銀行の絶対的権力者」と祭り上げられることに酔いしれていたのか。

 無論、報告書に答えは記されていない。

 しかし、おそらくそういった人の心の複雑さと環境の大切さを、しみじみと何度も妄想することこそが、人を暴走させないために欠かせないことなのかもしれない。

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