――――アストレア・ファミリアの人達ってあんなに綺麗な人ばっかりなのかな?母さんも美人だったとは思うけど、あれが母さんがよく言っていた若さには勝てないということなんだろうか。
都市の北西にある教会。目的地に近づくにつれて灯りが減ってゆく。メインストリートとは違い、剥がれた石畳やそこから顔を覗かせる緑が都市の中でも貧困した区画であることをありありと主張している。
――――ダイダロス通りよりはマシかな……
やがて道は狭くなっていき、何度も角を曲がった先で目的地である建物を見上げる。教会は廃れており、窓や壁には穴が空き、風通しがよくなっている。正面玄関のてっぺんには顔が半分欠けた女神像が僕を見下ろしている。
――――ふと、玄関に目をやるといつもは閉じているはずの扉が
そっと中を覗き込む。暗くてよく見えないが、
「し、失礼します。ちょっと、用事があって来ました。お邪魔してもいいですか?」
恐る恐る中に入りながら尋ねる。しかし、返事はない。
「あの~、すいません。」
近づいてわかったのだが、その人物はフードを被っており性別の判断もつかない。やっぱり、神父様じゃないよね…
それに僕の声聞こえてないのかな?
「すいませーん!」
先程よりも少し大きな声で呼び掛ける。
「
それは気だるげで怒気を孕んだ女性の声だった。たった一言聞いただけで冷や汗が首筋を伝う。先程までの気配や存在感が希薄だったとは思えないほどの存在感だった。その声と存在感に圧倒され体がのけ反る。
「甲高い声で叫ぶな、小僧。妹が愛したこの場所で思い馳せているというのに。それを雑音で汚すな!」
女性は振り向きながら視線で僕を射貫く。青白い月明かりがステンドグラスを反射し、彼女をスポットライトのように照らす。フードを被っていても隠すことのできない長い髪は灰色で、彼女を着飾っている漆黒のドレスは美しく輝いていた。それはまるで魔女のようで……
「静かにしていろ。いいな。」
有無を言わせないその気迫に座り込んだまま頷くことしかできない。僕の行動に納得したのか、僕から視線を外し前を向く。姿勢を直した彼女からは先程までは威圧感はなかったが、僕は暫くへたり込んだままであった。
姿勢を直し背もたれに寄りかかる。その姿だけでも、絵になりそうなほど儚げで、月明かりがなければ夜の暗闇にかき消されそうなほどだった。瞼を閉じ、考えるのは直前のキャットピープルの少年の煩わしさ。さっさと帰ればいいものを、まだへたり込んだままらしい。これから成さねばならぬことを考えると期待と罪悪感の狭間で押し潰されそうになる。それに加えて束の間の息抜きにさえ邪魔が入るとは……
「はぁ……」
思わず、息が零れる。後ろの少年がビクッと跳ねるのが気配で伝わってくる。
――――口を閉じていても騒々しい
この場に存在しているだけで騒々しい少年を意識の外に追いやる。瞼を閉じると1番に浮かんでくるのはメーテリアのことであった。これからしようとすることを彼女が知ればどんな反応をしただろうか……やはり叱られてしまうか。体が弱いのに意志は強い子だから、こちらの主張を正面から受け止めた上で反論してくることが目に浮かぶ。いや、それでも優しい子だから結局は慈母のような深い愛で受け止められることもまた想像がつく。妹のことを考えると最終的にあの子に行き着く。1度は覚悟を決めたというのに……できることなら一目見たかった。できることなら言葉を交わしたかった。できることなら母親のことを語ってあげたかった。
できることなら、できることなら、できることなら、できることなら、できることなら、できることなら、できることなら、できることなら、できることなら、できることなら!
ああ、思い残した
これ以上の思慮はよくない方向に向かうと悟り現実に帰ってくる。ふと、意識外に追いやっていたものを認識する。
――――それは
「母さん…父さん…」
――――ああ、なるほど
その言葉だけで察しがつく。この少年が何故涙をながしているのか。何故この場所を訪れたのか。
別れを告げにきたのか、別れを認めたくないのか。そこまでは知るよしもないが。人が死ぬのは別に珍しいことではない。付け加えればここは
――――潮時だな。
これ程に泣かれては、ここに居続けることはできまい。教会をあとにしようと立ち上がる。
「怒らないんですか?」
涙に溺れていたはずの少年が小さく弱々しい声で問いかけてくる。他人と言葉を交わす義理などないと無視をして歩き始める。
「怒られると思ったんです。静かにしろって言われたのに泣いたから。うるさくしてしちゃったから。」
「……人が誰かのために流している涙にまでケチはつけんさ。それこそ
端的な言葉で終わらせようとしたが、昔の記憶に軽い意趣返しをしてしまう。この子には何の関係もないのだが……
「今朝、両親が死んだって言われたんです……そ、そんなの信じたくなくって……でも、家には帰ってこないし、大人達はやっぱり、死んだって話してて。昨日までいっしょだったのに。明日の晩御飯はパスタにしようねって。その前は家族3人でメインストリートに買い物行って。最近のオラリオは危ないから特別だよって。誕生日には大きな鏡を買ってもらって。これでいつでもオシャレできるねって、母さんは嬉しそうにしてて。父さんは普段してくれない冒険者だった頃の話をしてくれて。僕もなりたいって言ったら母さんに危ないからっ怒られて。じゃあ、母さんみたいにパン屋さんにしようなんて思ったりして。」
最初は聞いてもいない話を勝手に話す少年に嫌気がさしていた。だが、話を聞けば聞くほど、たどたどしく自分の思いを口にする少年は誰かに重なっているような気がして……
――――確かにあった過去を、ありえたかもしれない未来を話す少年に足を縫い付けられる。
「まだまだ教えてほしいことだってあったのに!一緒にしたいことだってたくさんあったのに!僕が大人になった姿だってみてほしかった!それなのに、それなのに……なんで僕の前から消えちゃうんだよ!なんで僕を置いて……」
――――少年の押さえつけていた思いが決壊する。理不尽に呑まれ、悲しさを糧に吠えている。思いの丈を吐き出した少年は溢れんばかりの涙を流す。それは言葉では表しきれない感情の嵐が渦巻いているようであった。
直前の自分を鏡で見せつけられている気分になる。叶わぬ望みを夢見て、成すべきことを見失いかけた自分を。
――――このままではメーテリアに顔向けできんな……少年を鏡に自分を律する。先程までの憂いを断ち、覚悟を決め直す。過去を視ていた自分はもういない。今、視るべきは未来。下界の命運を託すべく新たな英雄の誕生を望んで。
未だに涙を流す
「消えなどしない。姿形は見えなくともここにいる。」
「思いだしてやればいい、思いが風化しないように。語ってやればいい、自分の愛した人を他人に刻みつけるように。」
――――もう一押し必要か
「それでも足りないというのなら、他の誰かで心を埋めればいい。」
こちらを見つめる瞳は視点が定まっていない様に思える。それでも言葉を紡ぐ―――
「死んだやつを忘れろと言ってる訳じゃない。探すんだ。足りない心を、満たされない心を補ってくれる存在を。私はついぞ見つけることができなかったがな。お前ならできるやもしれん。」
最後に
「――――それとも、お前を愛した人にそんな無様な姿を見せるつもりか?」
「――――っ」
――――道は示した。この後立ち上がれるかは
「それとも、お前を愛した人にそんな無様な姿を見せるつもりか?」
――――体に衝撃が走る。最後に問いかけられた言葉にはそれほどの破壊力があった。嫌だ、嫌だと蹲る僕にどうして前を向かせるようなことを言うのか……その問いが頭の中で反響する。
――――そんなの否定したくなるに決まってる!
母さんと父さんが僕の幸せを願ってることなんてわかってる!奥歯を強く噛み締めて心を奮い立たせる。そんなこと認めてやるかと、女性を力強い眼光で射抜く。僕の全ては彼女に向いていた。だから気づけない、教会に近づく者の存在を――――
「――――話は聞かせてもらったぜ。」
その声は場違いなほど底抜けに明るいものだった。これから起こる未知に期待に胸を高鳴らせ、ニヤニヤと笑みを浮かべる
「お前、死んだ親に会いたくはないか?」