創建600年以上の歴史を持つ京都市の禅寺が、今春から始める無料の学生寮に入寮を希望する大学生を募っている。掃除、雑用などの作務(さむ)や座禅を必須とするが、対象者は僧侶志望に限らない。若者を迎え入れる背景には、寺なりの現代社会への問いかけがある。
寮を始めるのは、室町時代の1404年に創建された退蔵院(京都市右京区)。臨済宗妙心寺派の大本山・妙心寺(右京区)に属する別坊(塔頭(たっちゅう))で、境内に40あまりの塔頭をもつ妙心寺の中でも屈指の古刹(こさつ)として知られる。
寮開設は、退蔵院住職の長男で、副住職の松山大耕(だいこう)さん(46)が発案した。
きっかけは2024年3月、三笠宮家の彬子さまの随行で訪れたブータンでの出会いだった。日本に留学経験のあるチベット仏教最大宗派の宗務総長が、寺院で部屋を間借りしていた日本での体験を「最良の時間だった」と懐かしんでいたのが印象に残った。
松山さんは「昔の日本、京都には学生寮をもつ寺院もあったが、今ではほとんどなくなった。(寮は)世の中への種まき、恩返しになると思った」と語る。
寺に直帰でも充実
寮は、JR山陰線花園駅から北へ徒歩約3分の妙心寺のすぐそばにある。料理旅館の2階建ての元社員寮を改装し、1室約25平方メートルの1DKの個室が4部屋ある。IH型キッチンや凝ったデザインの洗面台も備え、寝具一式も提供される。
改装費は寄付で賄った。寄付主で生前、檀家(だんか)だった柳田淑郎さん、よし子さん夫妻にちなんで「柳田寮」と名付けた。
松山さん自身、東京大学在学中、東京・南麻布にある妙心寺派の寺に書生として住み込んでいた。当時書生は松山さんだけで、掃除や雑用を一身に担った。アルバイトは禁止され、門限は午後6時。「同級生が新入生歓迎コンパに行っても、私は寺に直帰だった。思い描いていたキャンパスライフと全然違った」と振り返る。
だからこそ勉学に集中できた。授業のコマ数は埋められるだけ埋め、農学部に在籍していたが「宇宙からアートまで」幅広く学んだ。「寺にいる間は雑用があるでしょ。できるだけ大学に行った」
子どもの「心の風邪」への処方箋
柳田寮は門限こそないものの、早朝の作務や座禅といったお務めは毎日必須。お務めの後は、松山さんや住職、修行中の僧侶らと朝食を囲む。
共同生活の狙いについて、松山さんは「生存確認ですね」と語る。2024年の小中高生の自殺者数が過去最多になったとのニュースに懸念を深め、人間同士の関係性が希薄になりがちな今日、「つながりを大切にしたい」と考えている。
入寮者は書類審査と面接を基に決める。提出書類には、親や先生以外の尊敬できる大人からの推薦文も必須とした。これも、つながりを重視するからだ。
松山さん自身、大学の進路選択の際は、近所のラーメン屋の「大将」に相談し、「チャレンジしてみたら」の一言で、京都大ではなく、東大を目指したという。「今の子どもにとって大人といえば、親と先生ぐらいというケースが多い。今の世の中はばらばらで、『心の風邪』をひいている子どもたちも少なくない。寺の役割を担っていきたい」と意気込む。
入寮対象者は、大学2年以上の学生・院生4人。性別や国籍は問わないが、仏教を敬う姿勢を求めている。1月に始めた募集は2月21日に締め切り、選考を経て3月10日ごろに入寮者を決定する。
問い合わせは退蔵院(075・463・2855)まで。【大東祐紀】