日本人て「寛容」「すぐに、キレない」を美徳としてるけど、それらが美徳足り得るのは「美徳としてそれを目指さないと、すぐに不寛容になってブチ切れるから」だとは思っていてw
大抵の「美徳」とされるものは、それを成すのは困難でなかなかできないことだから、それを成し遂げられているのは尊敬に値するよね、という意味で美徳と、尊崇されるんだろう、とは思う。
日本人は忍耐も美徳としていて、「勤勉、謙虚」なども、なかなか成し遂げることが難しいからこそ、それを目指すべきだし成し遂げた人は尊敬に値する。
が、そこんところを、「幾らでも押し込んでもよい」「幾らでも蹂躙しても怒らない日本人」と誤解されてしまうことがある。
ある程度までは忍耐するけど、一定の基準(それには個人差があり、どの一線がデッドラインだったのかが識別しにくい)を越えると、
「今までこれだけ耐えたんだから、もう耐えなくてもいいよな?」
「今までされたことは同じだけやり返しても許されるよな?な?」
って考え始める。
ここらへんは、ベルサイユ条約の後にぶっちぎれた話とかの歴史的な「西洋から見た日本人の突然の瞬間着火」に限らず、戦後から令和の現代にも続く日本製物語群などで、
「理不尽にギリギリまで耐えた主人公が、耐えるのをやめてバーサーカーになる」ようなストーリーラインが割とありふれてることからも見て取れる。しかも、そうしてキレた主人公には同情が集まる。
現代日本人も「忍耐、謙虚、勤勉」を目指すべき美徳としてはいるけど、その対極にある「無礼・傲慢・無知(自分はそうしないように耐えている)」に対してリミッターカットする、してもよい口実を常に探してる感ある。
日本人がヘラヘラ笑って媚びへつらってるのを「もう、そうしなくてもいいな」と自分に許すと、今度は極端から極端に走ることをも許そうとしてしまう。所謂「日本人が突然キレた」とかのアレ。
虐められっこが突然ナイフ持って暴れ始めるとかのアレだけど、それでも自殺に走る(内面的爆発で自分を破壊してしまう)のにとどまるケースのほうが今はまだ多いから、日本人の自殺率は高いのかもなあ。
あと、他人を巻き添えに死ぬことが許される信仰がないから、ってのもあるか。
日本人の謙虚や忍耐の正体は「もう我慢しなくてもよい」という機会を常に窺ってるってことかもしんないよね、という与太です(*´▽`*)
残念ですが、私にはAzuki氏と貴方の会話から、貴方が傲慢で日本人に侮蔑的であり、論拠に対して怠惰であると感じています。
日本人は勤勉、謙虚、平等を美徳として尊重していることを付け加えさせて下さい。