9月7日、故ジャニー喜多川氏による性被害を訴える元所属タレントらで作った「ジャニーズ性加害問題当事者の会」が解散した。同会発起人の一人であり、元代表の平本淳也氏(58)は「全容解明は終わった」と語るが、いまだ被害者への補償は続いている。平本氏はなぜ「全容解明」を主張するのか。水面下で行われている補償交渉の実態はどうなっているのか。「当事者の会」解散から2カ月たった今、平本氏に真意を聞いた。
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久しぶりに会った平本氏は金色のつえをついて現れた。
髪は変わらず茶褐色で、顔の血色もよく元気そうだったが、今年1月に心臓の痛みが続き、救急車で2度病院へ搬送されたという。
「心筋梗塞でした。カテーテル手術を受けましたが、心筋の3分の1が壊死(えし)してしまいました。今でもめまいがして、ふらつくし、運動ができない。医師からは体重を少し落とした方が良いと言われ、食事を節制して16キロ痩せました」
ジャニー喜多川氏の性加害問題の渦中で「当事者の会」の先頭に立ち、さまざまな世論を正面から引き受けた平本氏は、やはり心労も大きかったのだろう。
被害者への補償業務を担う「SMILE-UP.」の発表(11月15日付)によると、昨年9月の補償受け付け開始後、合計1003人から申告があり、それを受けて連絡をしたが返信がない人が233人。その人たちを除いた770人のうち、「補償を行わない」と通知したのは214人、「補償をする」と通知したのは541人。このうち525人には補償金の支払いを終えたという。
いまだ被害者への補償は続いているが、平本氏に現状を聞くと「僕の中では、もう全容解明しています」と意外な答えが返ってきた。どういう意味なのか。
「加害者のジャニーがいないので、100%の全容解明は無理です。とはいえ、SMILE-UP.は770人以上の申告者の情報をすべて精査しており、真実かウソかも含めて、あらゆるケースのデータを蓄積しています。僕も同等の情報を得ています。それはもう、全容解明と言って良いでしょう。現状は、補償をすると通知した人のうちすでに97%に補償金を支払っています。SMILE-UP.は半月に1度、新たな申告者数を発表していますが、最近は1〜2人になっています。それも、僕が事前に相談を受けたケースがほとんどです」
■補償額は「2000万円級」の人もいる
平本氏はこれまで約200人の被害者から相談を受けたというが、実際にどのくらいの人が補償を受けられたのだろうか。
「僕が支援した約200人は、最初から僕に連絡してきた人たちとSMILE-UP.から補償を断られた人たちです。僕が相談を受けてからSMILE-UP.に申告し、補償を受けることになった人もたくさんいます。金額的にも決して安くはなく、500〜1000万円が一番多い。高い人で1000〜1500万円、2000万円級の人もいます」
中には、SMILE-UP.からの提示額に不服だったケースもあるようだ。
「700万円とか900万円とか中途半端な額を提示されたとして、僕のところに相談に来る人もいます。僕は不服申立書についてアドバイスをしたり、陳述書や不服申立書の代筆もしました。それで提示額に上乗せできた人はたくさんいます。それを知らず、僕とつながっていない人は提示額をそのままのんでしまうことが多いことも、後で知りました」
平本氏によると、金額が折り合わないなどの理由で、調停になったケースが4件確認されているという。
これとは別に、SMILE-UP.が被害者を提訴したケースも2件ある。
1件目は、昨年10月9日に放送された「ニュース7」(NHK)で、ジャニー氏からNHKのトイレ内で性被害にあったと告発したA氏。
「Aは『当事者の会』に1カ月ほどいましたがすぐに辞めてしまいました。そのため、Aとは連絡を取っておらず、事実関係はわかりません。ただ、NHKのトイレでジャニーから性被害にあったということは、十分にあり得ます。旧ジャニーズのレッスン場がNHKとテレビ朝日の局内だった時代がありますし、関西のテレビ局でもトイレで性被害にあったというケースがあったからです」
2件目は「当事者の会」副代表だった石丸志門氏。SMILE-UP.と石丸氏は補償額をめぐって調停になったが、両者が折り合わず、SMILE-UP.側が提訴に至ったという。
「訴状が石丸のところにすでに届いていますが、僕からは何も言えません。SMILE-UP.側は早く幕引きをしたがっているように見えますね。裁判をしてゴネるとこうなるよ、という一種の脅しでもあるようにも感じてしまいます」
■NHKスペシャルは「なんだあれ?」って感じ
今年の大みそかに放送される「第75回NHK紅白歌合戦」には、旧ジャニーズ事務所からマネジメント業務を引き継いだ「STARTO ENTERTAINMENT」の所属のアーティストは出場しないと報じられた。そうなれば、昨年に続き、2年連続で旧ジャニーズ勢の出演がゼロとなる。
この背景には、10月20日に放送されたNHKスペシャル「ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像」が放送された影響もあったとも言われるが、平本氏はどう見ているのか。
「NHKの会長が10月16日の定例記者会見で『本日をもってSTARTO所属のタレントへの出演依頼を可能とする』と発言し、その4日後にNスペで検証番組を放送したことから考えても、NHKはSTARTOのタレントを出したくて仕方がないんでしょう。Nスペは、被害者目線からすれば『なんだあれ?』って感じ。僕の周囲で、よくやってくれたという声はない。番組の最後でSMILE-UP.の補償本部長を悪者にし、解任させただけ。ジャニーズは社名変更して分社化したが、結局、何も変わってないということを揶揄することくらいできなかったのかなと思います」
そして、「紅白」について、こう続ける。
「STARTO側としては『紅白』に中途半端に1〜2組しか出られないのなら、出演オファーがあったとしても、断る方が賢明に見える。補償業務はまだ終わっていないわけだから、断った方が自粛感が出るという判断もあったのではないでしょうか。また、旧ジャニーズを辞めた滝沢秀明代表の芸能事務所『TO BE』所属の『Number_i』が出場することに決まったこともあり、共演して比べられるのを嫌ったという面もあったかもしれません。いずれにせよ、STARTO社は来年に一時復帰する『嵐』が頼みの綱になると思います」
平本氏は来年1月に新たな著書の出版を予定しており、それとは別に「全容解明」をサブタイトルに入れた本を執筆中だという。
「この問題を提起し続け、唯一、個人として深く関わってきた僕が、後世に記録を残さなければいけないと思うんです」
テレビ出演がいくら解禁されようとも、旧ジャニーズ事務所が背負うべき“被害者の痛み”が消えてなくなったわけではない。
(AERA dot.編集部・上田耕司)