【ああ懐かしの雑誌黄金時代】「諸君!」 他では語られない話題を取り上げる魅力

2015.05.27


「諸君!」1980年10月号(文藝春秋提供)【拡大】

 現在、メディアをにぎわすビジネスマンの話題は、起業といえばIT、店の紹介ならランキング、関心事はプレゼン能力アップといった具合だろうか。みな判で押したように、同じようなトピックばかり繰り返しているように見える。

 といきなり書いたのは、数十年ぶりに「諸君!」を再見して読み入ってしまったから。学生時代よく購入していたその魅力は、他では見られぬオリジナルな企画趣向だったと改めて感じる。

 例えば、1979年1月号から始まったシンポジウム企画「共同研究 大正時代」。SF作家の小松左京が音頭を取り、社会学者の加藤秀俊らとともに、大正期に青春を過ごした西堀栄三郎らの著名人や民間人にインタビュー聞き取りを行い、同時代社会史を明らかにしようとの試み。

 念のためだが、当時は、現在長く続く昭和ブームのような、前時代としての大正を振り返る機運など全くなかった。田河水泡がのらくろ誕生の秘密を語り、映画監督の牛原虚彦(きよひこ)は映画が芸術になっていく過程を伝える。

 当初、筆者は大正時代に何の思い入れもなかったのに、いつのまにか毎号その連載を待ち望むようになっていた。他のどこにも扱われない、新鮮な趣向に満ちていたからだ。

 そしていちばんの楽しみは、当時「前略おふくろ様」「うちのホンカン」などのTVドラマで絶頂期にあった脚本家、倉本聰の連載エッセー「新テレビ事情」。TVの内幕を活写し、業界の香り全開だった。

 80年10月号では、彼がCM出演オファーを受けるエピソードが描かれる。当初、倉本は断ろうとするも、つきあいのあるTV局プロデューサーに口説かれるのだが、その理由がふるっている。

 「アンちゃん今年はMBS(注、毎日放送の番組)を八本書くとそれでしまいでしょ?」と尋ねられ、「夏からお前さんの連続ものにかかる」と彼が答える。すると「かかるけど放映は来年の十月からよ?それに丸一年かかりきるんでしょ?(中略)来年の十月まで収入ないのよ?」と迫られ、結局出演するはめに陥る。

 実は、調子のいいプロデューサーの企画は「連続ドラマ二十六本を今年の十月から丸一年かけて北海道で創りたい」だった。そう、今にして分かる、他では絶対読めぬ、あの「北の国から」誕生前のリアル秘話がそこでは語られていたのだ。同ドラマが放映開始したのは、その1年後、81年10月9日からである。 =敬称略 (矢吹博志)

 

 

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